第14悪 これからは好き放題されてくださいませ

 光る魔法陣の上で、ゴブーリンが腰を抜かしている。


「き、き、き、きィィィィィィィィ!?」


 私達にびっくりしすぎて、ガラスひっかいてるみたいな声になってる……。


「お久しぶりですわね、ゴブーリン邪鬼長閣下。二か月ぶり、くらいでしょうか」

「な、なぁぁぁ……、ア、アンジャスティナだとォ!!?」


 私が挨拶をすると、ゴブーリンはあごを外さんばかりに大口を開けた。

 おお、でっぷりしたおなかがプルンプルン揺れていらっしゃるわ。そんな驚く?


 んー、まぁ、そりゃあ驚くか。

 普通なら、こんな隠れ場所、絶対に見つかるはずないもんねー。


 でも残念でした、私がいたのです。

 DLC追加ルートを余すところなくやり尽くした、この私が! ででーん!


「あなたが、ゴ連のヨシッ・ゴブーリン邪鬼長、ですか」


 ファスロが、神妙な面持ちで立ち上がれずにいるゴブーリンを見据える。

 おっといけない、空気を読み違えるところだった。

 そうだ、ゴブーリンが見つかった以上、ここから先は彼ら魔王軍のターンだ。


「き、貴様、私を見下すとは生意気な! 衛兵、衛兵はどこだァ!」


 だがゴブーリンは顔を憎々しげに歪め、いもしない衛兵を呼び出そうとする。

 誰も知らない場所に逃げ込んだの、あなた本人でしょうに……。


「初めまして、僕はファスロ・L・グラハム。――当代の魔王です」

「ま、おう……?」


 おおう、いきなりすぎる単刀直入。

 聞かされたゴブーリンの顔から表情がすこんと抜け落ちる。


「こうして会うのは初めてじゃのう。ワシこそが〈黒鬼将軍〉ゴリアテよ」

「同じくぅ、魔王軍三巨頭の一人、リーリスよぉ」


 ゴリアテとリーリスが続けて名乗ると、ゴブーリンの顔色は真っ青になった。


「ひっ、ひぃぃぃ……!」


 前方を塞がれたゴブーリンは、両腕をバタつかせて後ろに逃げようとする。


「どこへ行こうというんじゃね、おぬし」

「絶対、逃がしませんからね!」


 だが、スケルトン老師とシュトライアが立ち塞がって往く手を阻む。

 こうしてゴブーリン邪鬼長は完全に包囲されてしまう。退路はどこにもない。


「ひ、ひィ、ア、アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリームゥ!」


 ぴ?

 ゴブーリンが震え声で私を呼んだ。すごい目つきでこっちを睨んでいる。


「何だこれは! か、完全な協定違反だぞ、どう責任を取るつもりだぁ!」


 は? 何それ?


「……大首領さん?」


 その言葉にファスロと魔王軍がこちらを見るが、私はかぶりを振る。


「全く心当たりがございませんわ」

「き、貴様ァ、しらばっくれおってェ!」


 ゴブーリンは顔中を脂汗で濡らしながら、こっちに指を突きつけきた。


「おい、愚物。どういうことだ」

「知りませんて。そんな協定なんて結んでないっすよ。本当っすよ」


 小声でサードに尋ねられ、思わず下っ端口調になってしまう。

 だが、私の態度がトボけているように見えたようで、ゴブーリンが撃発する。


「忘れたとは言わさんぞ、私との取り引きの際に貴様は言ったはずだ!」

「私が? さて、何と言いましたかしら?」

「貴様は言ったぞ、確かに言った! また、いつでもご利用ください、と!」


 ただのセールストークじゃん!?


「これは間違いなく、私が利用する側、貴様が利用される側という関係が成立したことを示す言葉だ! いわば私と貴様の秘密協定に等しいもの、それを――!」


 あー、あー、思い出してきた。

 DLC追加ルートでも、ゴブーリンってこういうキャラだったなー。

 人の言葉を都合よく解釈して、しかもそれを理由に責任転嫁しまくる的なヤツ。


「ふぅ……」


 私は、怒り狂うゴブーリンに対してこれみよがしに息をつき、肩をすくめた。


「話になりませんわね、ゴブリン風情が」

「な、何ぃ~……?」


 身なりの整ったゴブーリンを見る私の脳裏に、一昨日見た光景が蘇る。

 鎖に繋がれ、飼われている人々。裸で殺し合いをさせられていた幼い兄妹達。


「邪鬼長閣下、いつだって、自分の行ないは自らに返ってくるものですわよ」

「ぐ、ぎ、ぎ……! か、金か! 金を払えば助けてくれるのか!?」


 キツく歯噛みしながらも、だがゴブーリンは私に向かって命乞いを始める。


「金じゃないなら、そうか、食いモノか! 食いモノなら、いいものがあるぞ。最近仕入れたばっかりの、最高品質の新鮮な肉だ! 若いメスの肉だぞ! 臭みもなくて、柔らかくて、舌触りも滑らかで、瑞々しいぞォ!」


 その言葉に私は内心、凍りつく。

 ゴブーリンが口にした今の言葉が意味するところは、まさか――、


「あんた、食ったのねぇ……」

「ひっ」


 リーリスの地獄の底から発されたような呟きに、ゴブーリンがおののいた。


「ち、違う! 食いたくて食ったんじゃない、あまりにもあのメスが美味そうだったから仕方なく、だ! だから悪いのは私じゃない、あのメスだ! 美味く生まれてくる方が悪いのだ、そうだろう!?」


 結晶体の光に照らされながら、彼は破綻した論理で必死に弁明する。

 しかし、そんなメチャクチャな弁明、逆に魔王軍の怒りを煽り立てるだけだ。

 だから私は、さらにそこに油を注ぐことにした。


「存じておりますわ、邪鬼長閣下。集めた民衆の前で殺した、若い魔族の女性のことでしょう。戦勝記念の祭典における供物、という名目でしたかしら」


 DLC追加ルートでもあった鬱イベントのことを思い出しながら、私は告げる。

 ゴブーリンの顔つきが変わった。何故知っているのか、という顔だ。


「万民の前で、泣き叫ぶ敵対種族を嬲り殺して勝利と正義を宣言する。パフォーマンスとしては最高ですわね。あなたもさぞかし、楽しまれたことでしょう」

「い、いや、それは……、違う。違うんだ、アンジャスティナ君。私は……」


 汗をボタボタ滴らせる彼に、私は小さく微笑みかけた。


「これまで好き放題してきた分、これからは好き放題されてくださいませ」

「な、ま、待て、待ってくれ……!」


 ゴブーリンがまだ何か言っているが、右から左に流してファスロに告げる。


「そこなゴブリンの生殺与奪の権利は、皆様に差し上げますわ。どうぞご自由に」

「ありがたく、頂戴しましょう」


 言う私の声も冷ややかなら、返されたファスロの声も冷淡だった。


「ひ、ひ……ッ!」


 私に切り捨てられたゴブーリンは、魔王軍を見上げてのどの奥を鳴らした。


「あそこまで追い詰められながら、召喚魔法とやらを使う気配がないな」


 隣に立つサードが、そんな疑問を口にする。


「使えないんですよ。召喚するには、生贄が必要なんです」


 それが、この魔法装置の欠点。

 大規模な召喚を可能とする代わりに、生贄というリソースが必要なのだ。

 そんでもって、今、ゴブーリンが使える生贄は、ここにはない。


「ちなみにだが――」

「はい?」

「セカンドは呼べるか?」


 半ば以上、来るんじゃないかと思ってた質問が来た。

 サードは召喚魔法によってこの世界に来たのだから、そりゃあ考えるよねー。


「完全に特定の相手を狙った召喚は、多分できないと思います」


 だから、私も正直に彼に答えた。


「召喚される側にはある程度のランダム性が付きまとう、ということか」

「はい。私だって、サード様が召喚されるなんて少しも思ってなかったですし」


 ゴブーリンがやったような、ゴブリンという種族の召喚ならできる。

 しかし、特定の一人を狙って召喚することはできない。だがそれは逆説――、


「狙わなくば、召喚できる可能性もあるということだな」

「……おそらくは」


 若干の緊張と共に私はうなずく。

 ここで、彼が魔法装置に関心を示せば、最悪、私と彼の関係は破綻する。が、


「フン、生贄を必要としながらも対象を選べないだと、不完全すぎるな」


 うん、知ってた。

 九割方、サードならそう答えるだろうなー、って思ってた。

 それでも一抹の不安はあったけど、杞憂に終わってよかったわー、ホント。


「き、君達! 欲しいものを言ってみたまえ、最大限考慮しようではないか!」


 さて、こっちが胸をなでおろしたところで、あっちは泣きべそをかいていた。


「私は、今や二大列強に比肩しうるゴブィエトの長だ。私に用意できないものはない! 金も、財宝も、奴隷も、地位も、名誉も、思いのままだぞ! なぁ!」


 自分を囲む魔王軍に対し、膝立ちになったゴブーリンが汚い笑顔で訴える。


「そうですか。望むものを、望みのままに――」

「ああ、私を助けてくれるならば叶えてやるとも。さぁ、言ってみたまえ!」


「では、ゴ連の侵略によって失われた全領民の命を返してください」

「…………は?」


 ファスロの熱い無茶振りに、ゴブーリンが凍りつく。


「叶えて、いただけるのですよね?」

「ふ、ふざけるな! そんなモノ、通るか! 死んだ連中など知ったコトか!」

「でしょうね。そう言っていただけて、安心しましたよ」


 当然のように憤激するゴブーリンに対し、ファスロが自分の眼鏡に手をかける。


「それと、勘違いしないでください。僕達は交渉に来たのではありません」


 そして、彼は眼鏡を外して、漆黒の瞳でまっすぐゴブーリンを見た。


「僕達は、恨みを晴らしに来たのです」

「そ、その眼は、ァ、ァ、アアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!?」


 ゴブーリンの絶叫を耳にしながら、私はちょっと驚いていた。


「わーぉ、魔眼使っちゃうんだぁ……」

「何だ、魔眼とは?」

「魔法の効果を宿した瞳のことです。ファスロさんは魔眼保有者なんですよ」


 さらに言えば、彼の眼鏡はその魔眼を封印するためのもの。

 ベッタベタの設定ではあるけど、でも、そういうのもエモいっちゃエモいよね。


「彼の魔眼は〈石呪の魔眼〉。相手に石化の呪いを与えるっていうものです」

「ほぉ、石化か」


 私とサードが見ると、尻餅をついたゴブーリンが爪先から固まりつつあった。


「わ、私の体が、足が、い、い、石に……、石にィィィィィィ!!?」


 服ごと石になっていってるのが、いかにも魔法って感じだ。


「あれを見るに、なかなかに強力な効果に思えるが?」

「それがー、彼自身の魔力が低いので、普通の魔族には通用しないんですよ」

「……弱いな」


 そう、ファスロ自身は悲しいくらいに弱いのだ。

 眼鏡で封印しているのも、裸眼だと魔力使いすぎて貧血起こすからだし……。


 でも、相手がゴブリンなら話は別だ。

 魔法耐性がなきに等しいゴブリンならば、彼の魔眼でも十分に通用する。


「心臓が石になるまでの短い時間、これまでの行ないを後悔し続けてください」

「ヒ、ヒィ、ヒッ……!」


 再び眼鏡をかけても、ファスロが向ける絶対零度の眼差しは変わらない。

 もう、あと十秒もすればゴブーリンは完全に石化するだろう。

 それは、肥え太った邪鬼長にとって最期の、そして最悪の十秒に違いなかった。


「――終わった、かな」


 特に何の感慨もないまま呟く。

 ゴブーリンを助けたいとは思わない。あれは完全な因果応報だから。

 むしろ、私はこのゴ連邪鬼長の最期を教訓として、これから――、


「ヒィ、ヒッ、ヒッ、ヒヒ、ヒヒヒ……、ヒヒヒヒヒヒヒヒ!」


 ……ん?

 悲鳴じみていたゴブーリンの声の調子が、変わった?


「そうか、私は死ぬのか。そうか、そうか! そうか! ヒヒヒヒヒヒ!」

「狂いましたか?」


 バカ笑いする邪鬼長に、ファスロは不思議そうに目を細める。

 何だろう、猛烈に嫌な予感がする。

 けれど、今の状況からゴブーリンが逆転できる手段なんてあるはずが――、あ。


「すぐにゴブーリンにトドメを刺しなさい!」


 私は血相を変えて叫んだ。そうだ、どうして気がつかなかったんだ。

 この場に、生贄として使える者はいない。それに思い至っておきながら……! 


 召喚には生贄が不可欠で、生贄にするには魔法装置への登録が必要となる。

 だから登録されていない私達を生贄にすることは不可能だ。


 でも!

 ゴブーリン自身が、すでに生贄として登録されていたなら――――!


「『        ッ!』」


 ゴブーリンが、私には理解できない何かの言葉を高らかに唱えた。

 直後、彼はその場に倒れ伏し、そして――、


「光が……ッ!?」


 巨大結晶体から、虹の輝きがあふれ出す。

 召喚魔法が、発動した。

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