第13悪 これはゴブリンにしか影響しない

 戦争というものに、人はどんなイメージを抱くんだろう。

 戦場を舞台に、多数の兵士がぶつかって、殺し合ったりするイメージだろうか。

 それとも、平和な街が突然敵の軍に侵略されていくような感じ、とか。


 どっちにしろ、ロクなものじゃない。

 人が死ぬ。モノが壊れる。大量に失われて、生まれるものは悲劇だけ。


 前世の頃に思ってた。

 戦争なんて、する人の気が知れない。って。


 私は、悲劇なんてゴメンだ。

 誰かが苦しむ姿を見たいなんて思わない。助けられる相手なら、助けたい。

 でも、その願いすら自分勝手なモノでしかないことを、私は思い知らされた。


 ――ゴ連の首都ゴブーリングラードで。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 48時間が過ぎた。

 私がアークムーンに命じて〈神滅雷〉を発射してから、である。


「降りましょう」


 玉座の間に集まった皆が押し黙っている中、ファスロが言う。

 私とサードもそれに従って、魔王城の城門まで歩いていく。

 まっすぐ伸びる長い通路は城門へと続いている。そこを、私達は無言で歩いた。


 重い空気が通路を満たしているように感じた。

 静寂に包まれた場に、硬い床を踏む靴音だけがやけに大きく響いている。


 長い通路を抜け、私達は城門前のエントランスに到着した。

 そこに淡く白く発光している大きな魔法陣がある。

 地表とこのエントランスとを繋いでいる、発着用の転移門である。


「まずは私が行きます」

「はい、兄上様」


 ファスロとシュトライアが、最初に魔法陣の上に立って転移する。

 続いて、ゴリアテとリーリスが地上に降りていった。


「さて、では見に行くかのう。オジジらがしでかしたことの結末を」


 スケルトン老師がこちらを見て言って、アゴ骨を鳴らしながら転移する。

 そして、エントランスには私とサードだけが残された。


「あのー、サード様?」

「何だ」


 素を晒した私は、この二日間、彼に聞けなかったことを聞いた。


「おとといの私の説明って、あれでよかったんですか?」


 そう、あのときのことだよ。

 一方的にバトンを投げつけておきながら、この男、二日間一切何も言及無し!

 こっちは『もしかしたら失敗したかも!?』とか色々気を揉んでたのに!


「どうでもいいことだな」


 そうして、勇気を出して尋ねた結果が素っ気ないこの一言ですよ?

 全身から力が抜けて、この場に崩れそうになってしまったわ。

 彼から期待を寄せられたと思い、舞い上がった私は一体何だったのか……。


「そんなことよりもだ、愚物」


 そんなことて、そんなことて!


「覚悟はできているのだろうな」


 うぐ。


「……一応は」


 覚悟。

 何の覚悟かと問われれば、決まっている。結果を確認しに行く覚悟だ。


 すでに魔王軍がゴブーリングラードに降りている。

 私達も、すぐそのあとに続かなければならない。今さら、待ったはなしだ。


「ならばよい。行くぞ」

「はい」


 呼吸を整えつつ、私はサードと共に転移の魔法陣に乗った。

 周囲が一瞬だけ白い光に包まれて、肌に感じる空気の質が変わる。

 重たく停滞した空気から、ゆるやかに流れる濡れた空気へと。外に出たのだ。


 ゴブーリングラード中央広場。


 ゴ連の王宮とも呼ぶべきゴブムリン宮殿にほど近いそこに、私は降り立った。

 そして、自分が命じたことの結果を、目の当たりにした。


 ――ゴブリンが、倒れている。


 ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。

 ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。

 ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。

 ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。

 ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。ゴブリンが倒れている。


 そこにも、あそこにも。あっちにも。向こうにも。

 見る場所全てに、肌を黒灰色に変えたゴブリンが横たわり、積み重なっている。


「グ、ギギ……」


 私の近くにいるゴブリンが苦しげに呻いた。

 彼らは生きている。その場に横たわりながらも、死に絶えたワケではない。

 ただ、治る見込みのない病に冒され、高熱に苦しんでいるだけだ。


「なかなかの効果だな」


 ゴブリンをこんな風にした張本人が、実に素っ気なく言った。

 先に降り立った魔王軍の皆さんなんて、揃って硬直しちゃってるのに。


「こりゃあ、何ちゅうこっちゃ……」

「ここまですさまじい効果があるなんてねぇ。――疫病の呪い」


 リーリスが口にしたそれこそ、対ゴ連の作戦に用いたものの正体。

 アークムーンが自力で構築して〈神滅雷〉で発射した、熱病の呪いである。

 それによって、ゴブリンの間に疫病が蔓延し、こうなった。


 いいや、ぶっちゃけてしまおう。

 呪いなんかじゃない。これは、ものすごく感染力が高いウィルスの仕業だ。

 サードがよりによって『病原性ウィルスを作る魔法』を作ったのだ。


 それが、私が提案した(ということにされてる)作戦の中身だ。

 この世界の人はウィルスなんて知らないだろうから、呪いってコトにしたけど。


「本当に、ゴブリン以外は平気なんですね?」

「無論だ。この呪いはゴブリンにしか影響しない。ゆえに気にする必要はない」


 気にするなといわれても、この光景を見せられたら不安にもなるよ。

 私だって、実のところ不安はあるモン。

 魔法で作られたウィルスだから、増殖はしても変異はしないって聞いたけどさ。


「あの人達はいない、か……」


 軽く周りを見渡して、私は零した。囚われてた魔族達の姿がない。

 ゴブリンが熱病に倒れて動かなくなったのを見て、一斉に逃げ出したらしい。


 でも、それだけじゃない。

 倒れてるゴブリンの中に、暴行を受けて殺されたと思われる死体があった。

 酷い有様だった。よほど深い恨みを買っていたのだろう。


 きっとそれは、自業自得。そして因果応報。

 そうは思うけど、でもどこか割り切れない。おなかの底がズシンと重くなる。

 これでも、覚悟はしてたつもりなんだけどなぁ……。


「忘れるな、これは必要なことだ」


 サードに言われた。

 そんなこと、言われるまでもなくわかってる。


 だって私は悪役令嬢アンジャスティナ。

 〈七つの月のエトランゼ〉の全ルートで、悲惨な末路が運命づけられている女。

 それは、DLC追加ルートでも何も変わらない。


 そして追加ルートでの私の死には、どれもゴブーリンが関わっている。

 それは暗殺であったり、巻き込まれ事故であったり様々だ。


 共通してるのはゴブーリンの関与。

 つまり彼が生きている限り、私は死ぬ可能性はどこまでも残り続ける。


「それでは皆様、参りましょうか。ゴブムリン宮殿へ」


 思い直し、私は一度深呼吸をしたのちに、広場の前に鎮座する宮殿を見上げた。

 恐ろしく大きな、しかし、美しさなど微塵もない薄汚れた宮殿を。


 行こう。

 私が、この世界で生き残るために。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 宮殿の中は、酷い有様だった。

 病に倒れ、うめくゴブリンが多数転がっているのは外と変わらない。

 私が酷いと思ったのは、宮殿内部の荒れ果てっぷりだ。


 かつて純白であったろう壁は、無茶苦茶な落書きで汚し尽くされている。

 飾られた絵画には糞が塗りたくられ、通路に置かれた彫像も全て壊されていた。

 床に無造作に広がるボロキレは引き裂かれたカーテンだろう。


 さらには見た目に加え、匂いもキツい。

 排泄物と、生臭さと、水臭さと、腐った生ゴミの匂いが混じり合った刺激臭。

 こういうのを、鼻が曲がりそうな臭さというのだろう。


「……こちらですわね」


 鼻と口をハンカチで押さえながら、私は先頭に立って進む。

 そうすると、後ろから戸惑いながらもついてくる魔王軍の気配が伝わってくる。


 ゴリアテ辺りはこう考えているに違いない。

 ゴブーリンは、とっくにこの宮殿から逃げ出したに決まっている、と。


 確かに私が知るゴブーリンは、狡猾で抜け目がなく、保身に長けたキャラだ。

 実際、彼はすでに宮殿にある玉座の間からは逃げ出しているだろう。


 ――では、どこに逃げたのか?


 前世の私が知る、こういうタイプの悪役が逃げる先に選ぶ場所。

 それは大体決まっている。絶対に誰にも見つけられないと確信できる場所だ。


「ここですわ」


 私は進めていた歩みを止めて、横を向く。

 そこは通路の真っただ中、首から上をなくした彫像が私の前に立っている。

 皆が不思議そうにそれを見ているところで、私は彫像の腕を掴んだ。


「ご覧ください」


 掴んだ腕に力を加えると、それはあっさり曲がってガコンと音を立てる。

 直後、石像脇の壁の一角が中に押し込まれ、左右に開いた。


「こんなトコに隠し通路があったんかい!」


 驚くゴリアテに私はうなずき、目でこの先だと促す。

 リーリスが生み出した魔法の光を頼りに、私達は隠し通路の奥を目指した。


「ぐぉ、何じゃあこの道は、狭っ苦しいのう!」

「あんたがデカイだけなのよねぇ。ほらぁ、さっさと先行きなさいよぉ~」


 先頭に立って歩いていると、後ろからそんな会話が聞こえてきた。

 緊張を強いられる今の状況にあって、微笑ましく思えるそれは一服の清涼剤だ。


「前に進むのではなく、どんどんと下へ……。外に向かっているワケではない?」


 ファスロの疑念の通り、この通路は別に外には繋がっていない。

 この先にあるのはとある古代の遺跡。そこにゴ連最大の秘密が隠されている。


「……あっち、光が見えます」


 暗かった通路の先に灯るものを見つけて、シュトライアのか細い声。


「ところで皆様、先日私が説明した、二つ目の勝利条件を覚えておられますか?」


 私がそれを皆に問いかけたところで通路が終わる。

 そして、影に覆われていたそこから、光明に照らされ、ひらかれたここへ。


 白い壁、高い天井、だだっ広い円形の部屋。

 だが何よりも最初に目に飛び込んでくる、宙に浮いた巨大な虹色の結晶体。

 その真下には、今もしっかりと活動し続けている、明滅する魔法陣。


「たった半年程度で、ゴ連が魔王軍を圧倒するまでに成長拡大できた、その理由」

「うひィッ! ひぃぃぃ、き、貴様ら、何でここが……!?」


 その魔法陣の上に、不似合な貴族衣装をまとった太ったゴブリンがいる。

 醒めた気持ちでそれを見ながら、私は答え合わせをする。


「足りない分は、よそから補充すればよいのです。――召喚魔法を使って、ね」


 半年間、大量のゴブリンを召喚し続けていた魔法陣が、輝きを放っていた。

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