第16話 ラスボス

ピーポーピーポー


私は助けてくれた彼女と2人、並んで処置室の椅子に座っていた。気まずい沈黙が流れていた。

そこへ、「大丈夫か?」と言って血相を変えて、飛び込んできたのは水野先生だった。

「あ、はい。私は大丈夫ですが、助けてくれた人が…。」と言いかけて、

「咲!腕を怪我したのか?!」と先生が話しかけているのは、私ではなく、助けてくれた女性の方だった。

「え?そっち?」

と、私が驚いていると、

「もうすぐコンクールなのに、なぜそんな無茶をしたんだ!作品が仕上げられなくなるぞ!」

「大丈夫よ。これくらい。それに、コンクールなら、また来年もあるわ。」

「だって、今回はすごい良いのが出来たって…」

「良いのよ。他にもっと大事なことがあるでしょう。ね?」と言って、彼女は私に視線を移した。

すると、それに気づいた水野先生は私を見て、

「え?咲が助けたのは、高杉だったのか…。」

やっと私の存在に気付いてくれた。


「ともかく送って行くよ。

高杉は、怪我はなかったのか?」

「あっ、はい。」

「じゃ、今日はゆっくり休むんだぞ。もし、明日調子が悪かったら無理するな。わかったな?」

「はい。咲さんも、ありがとうございました。」と家の前で一礼して、2人の乗る車を見送った。


あんなに取り乱した先生…始めて見た。

私は悪い予感がした。もしかして、彼女がラスボス?それとも、先生の生徒さんだったの?私はモヤモヤした夜を過ごした。


翌日放課後、私は病院へ向かった。

咲さんの治療があると聞いていたからだ。


病院の廊下を歩いていると、待合室の椅子に先生と咲さんが並んで座っていた。

「咲さん。先生。」近づいて声をかけると、

「真琴ちゃん、わざわざ来てくれたの?よかったのに。」

咲さんが立ち上がった。

「俺がついてるから大丈夫だよ。」

「でも、私のせいなので…」

と言うと咲さんが、

「それは違うわ。気にしなくていいのよ。」

「でも、咲さんが助けてくれなかったら、私はどうなっていたか…。」

と今になって、ゾッとした。

「大丈夫よ。」咲さんは私の肩に手を置いて、そう言うと、処置室へ入って行った。


先生と並んでベンチに腰掛けた。

しばらく2人とも無言だった。

「私…本当にいつも誰かに助けてもらってばかりですね。」そう呟くように言うと、

「高杉は、ラッキーだよな。」そう言ったっきり、しばらく沈黙が続いた。


すると先生は、組んだ両手を見つめながら、ゆっくりと話し始めた。

「俺は…そうじゃなかったな。いつも、目の前で何か起こっていても、見て見ぬ振りで通り過ぎていた。トラブルに巻き込まれるのも嫌だし、赤の他人を助けるなんて俺には出来なかった。でも、咲は人を助けることに躊躇いなんて無いんだ。人の命より大切なものはないって。目の前で、もしその命が失われたら、そっちの方が耐えられないって。それを聞いて、ハッとしたよ。後になって後悔するのは嫌だって。命だけは何があっても取り返しがつかないからって。教師である俺の方が彼女に教えてもらったよ…本当言うと、俺としては、咲の方が心配だけどね。」

「コンクールがどうとか言ってましたよね?」

「ああ、彼女は美大の四年生で、卒業制作の作品の完成度が高くて、教授達の推薦もあって、大きなコンクールに出品する予定だったんだ。」

「それを…私がダメにしてしまったんですね。私、咲さんの命の次に大事なものなのに、取り返しのつかないことをしてしまった。」

すると俯いていた目線の先に、仁王立ちに立っている足が見えた。

「何言ってるの!取り返しのつかないことなんてないわ!今からでも私が頑張れば良いことだし、今年じゃなくても、来年でも良いの!」と咲さんが怒った。

そして、今度はゆっくりした口調で、

「真琴ちゃんを助けられて、本当によかった。私もあなたもこれからの人生の方がまだまだ長いのよ。もし、私に悪いと思う気持ちがあるなら、今度、困っている人を見かけたら、あなたが助けてあげて、ね。」

そう言うと彼女は優しく笑った。

私は涙がポロポロ溢れた。負けた。完敗だ。咲さんが先生の大事な人なんだ。

「先生、すいませんでした。咲さん、ありがとうございました。これから私も充分に気をつけます。咲さんの言う通り、私も人を助けられる人になりたいです。」

涙を手でぬぐいながら、私は笑顔で応えた。


そこへ「水野さーん。」と看護師さんに呼ばれると、

「はーい。」と応えたのは、咲さんだった。

「え?水野?咲さん?」って私が驚いて立ち上がると、先生が

「うん。妻なんだ。」

緩んだ顔で照れながら先生が答えた。

私はその場で腰を抜かして座り込んだ。

「え?どうした?大丈夫か?」

「妹さん…じゃなくて、つ…妻?つまり、奥さん?」

私はパニックだった。

「そうなんだ。まだ彼女は学生だから、公にはしてないけど、もう入籍もしてる。彼女の卒業を待って、結婚式を挙げる予定なんだ。」先生が今まで見たことのないデレデレした顔でそう言った。


妻?入籍?結婚式?私は唖然とした。

先生の彼女になりたくて、頑張ってたのに、既に結婚してたなんて。

しかも、先生ってそんな顔するんだ!


「ふふふふふ…あははははは。」悲しいのを通り越して笑えてきた。

「タカさん?」

先生がきょとんとした顔で私を見た。

「学校のみんなが知ったら、ひっくり返りますよ。てっきり先生ってフリーなんだと思って、狙ってる子だって、沢山いるのに。先生って悪い男ですねー。生徒にも迂闊に可愛いとか言っちゃうし。」

「そりゃあ、俺の生徒はみんな可愛いさ。みんなそれぞれに光るものを持っていて、これからどんな大人になっていくのか想像すると、ワクワクするよ。」

キラキラした目でそう言った。

そう言う意味か、とんだ罪な男だ!

ハハハハハハ。笑いすぎてお腹痛い!涙出る!とんだラスボスだ!!!

先生こそが、最大のラスボスだったんだ!


私のゲームはコンプリート出来ないまま、ゲームオーバーとなった。


が、何だか清々しい気持ちで終われた。

初恋は告白もできないまま終わったけど、大事な友達も出来たし、今までよりずっと前向きな私になれた。影の黒子じゃなくて、本当の私自身の生き方を見つけたよ。


「先生。私!進路決まったよ!」

「おっ?なんだ?」

「私、教師になる!」


完結

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この恋、コンプリートしてみせます❗️ カナエ @isuz

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