第15話 すれ違いの気持ち

「タカさん、着いたよ。」

助手席から滑り落ちるように降りると、

さぁ〜っと風が通り抜け、髪やスカートがなびいた。

「緑の匂いがする!」

私は大きく深呼吸した。

先生も、同じように深呼吸すると、

「俺の行きつけの神社!」 

張りのある声で、嬉しそうにそう言った。

無邪気に笑う先生が一瞬少年のように見えた。

濃い緑に朱色の鳥居が映えて綺麗。

「行きつけが神社ってどう言う事ですか?」

私はくすくすと笑いながら聞いた。

「俺が生徒のためにできることなんて、本当に些細なことで、結局応援することくらいしか出来ないからね。」

「どうして?そんなことありません!現に私は先生に助けられてますよ?!」

先生は苦笑いすると、ため息をついた。

「ただ側にいることしかできてない。」

「側にいてくれることが大切なんです!」

私は両手で拳を握って力説した。

「あはは…タカさん、ありがとう…」 

私はなんと答えていいか分からず、戸惑っていると、

「何言ってんだかな?俺は。」

そう言って先生は、笑って見せた。

「さあ、せっかくここまで来たんだ。お参りして行こう!」

「はい!」

2人で階段を小走りに駆け上がった。

パンパン!

2人の柏手が揃って、境内に響いた。

なんて新鮮な空気。私の心はとても穏やかだった。

幸せ…私は2人だけの時間をしみじみと噛み締めていた。

「さあ、帰るぞ!」

先生の笑顔が眩しかった。


******


翌日、学校に行くと私は昨日体調不良で欠席と言うことになっていた。確かに、あまりみんなに騒ぎ立てられるのも嫌だったから、先生の配慮に感謝だ。

でも、佐野くんにはちゃんとお礼言わなきゃ。最初に助けてくれたのは佐野くんなんだから…。


放課後のチャイムが鳴ると、一斉にざわざわと教室が騒がしくなった。

私は人波を縫って、佐野くんに駆け寄った。

「佐野くん!」

今にも教室から出ていきそうな佐野くんの腕を掴んだ。振り返った佐野くんは少し驚いた様子だった。

「あ、ごめん…ちょっと話せるかな?」

私はどきどきしながらそう言った。

「あ…うん。」

思いの外、佐野くんの返事は歯切れが悪かった。


人の目を避けて、空き教室に2人で入ると、なんとなく気まずい雰囲気が流れた。

佐野くんの顔をちゃんと見て話さなきゃ!

「佐野くん、昨日は助けてくれて本当にありがとう。落ち着くまで、側にいてくれてありがとう。それなのに、私何も言えないまま、先生と帰ってしまって、ちゃんとお礼を言えてなかったから…」

「別にそんな事は気にしてないよ…」

そう返事をしたものの、佐野くんは明らかに元気がなかった。

「本当にごめんね。」

私は気になって、顔を覗き込んだ。

「立ち直ったのは、水野のおかげ?」

佐野くんらしくなく、少し怖い顔だった。

「え?ああ、うん。」

すると、佐野くんは大きなため息をついた。

「本当は最初から分かってたんだ。高杉が水野のことが好きだって事は…」

「そっ…そんな事は…」

私は真っ赤になりながら、手を振って否定した。

「わかるよ!そんなこと!俺は高杉が好きだから!…」

そうはっきり言われて、その場に沈黙が流れた。

「高杉を見てれば、わかる…それでも、初めて人をこんなに好きになったんだ。闘わずして、このまま静かに諦めたくはなかった。だから、頑張ってみようと…でも、昨日水野が来た時の高杉の顔を見たら…ショックだったよ。俺の慰めなんか一瞬で消し飛んでしまった…水野が現れただけで…。」

佐野くんの顔が哀しみで歪んだ。佐野くんと目が合わない。

「俺…もう頑張れない…高杉のこと諦めるよ…しばらくは、今まで通りとはいかないけど…気持ちの整理がついたら…ごめん…じゃあ…」

佐野くんはその場を去ろうとしたが、私は思わず彼の腕を掴んで引き止めた。

振り返った佐野くんの目は潤んでいた。

「ごめん…」

そう言うと、佐野くんは私の手をそっと、自分の腕から離して、そのまま教室から出て行った。


私は体の力が抜けて、その場にへたりこんだ。

すると、私の目からポロポロと涙が溢れた。

ごめん…ごめんなさい…佐野くん。

すごく優しくしてくれたのに…

こんな私のこと、面と向かって好きって言ってくれたのに…

ちゃんと想いを伝えてくれてたのに、私は結局いつもいつも佐野くんのこと傷つけてた。


とても、胸が苦しくなった。今まで、地味で目立たなくて、幽霊だなんだと言われた私が、好意を持ってもらえるなんて、今までならとても信じられなかった。でも、先生のために少しずつ変わって、明るくなったとか、前向きになったとか、みんなに認められて、自然と自分にも自信が持てた。

かおりや佐野くんとも友達になれたのに…


******


どうすれば良かったんだろう。

私は家へと向かう道をフラフラと歩いていた。

そんな時に、私は薄情にも逆の立場なら…と考えていた。

本当に先生に好きになってもらえるかな?私、本当に理想の女に近づけてるかな?先生にもし…もし、断られたら私、本当に立ち直れるんだろうか…怖い…


パアーーーー!!

すごいクラクションの音で、ハッとした瞬間、顔を上げると車が凄いスピードで、私の方に走ってくるのが見えたと同時に凍りついた。



ドサッ!!


私は歩道に思い切り尻もちをついた。

「あいたたた…。」

そんな私の横で長い髪をかき上げながら、立ち上がる女性。

間一髪のところ、細身の彼女が精一杯の力で私の腕を引っ張ってくれた。こんな細くて小さい彼女にそんな力がどこにあったのかと思うほどだ。

そこには、彼女の荷物と思われる画材道具が

散乱していた。


「すいません。助けてくれて、ありがとうございます。大丈夫ですか?」

散らばった画材道具を拾い集めながら、その女性にお礼を言った。

「ぼーっとしてちゃダメよ。いつも助けられるわけじゃないんだから。」

そう言いながら、荷物を拾う彼女の白い腕から、真っ赤な血が滴った。


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