第14話 レベルアップ
もっともっと先生のこと知りたい。もっともっと先生に相応しい女性になりたい。見せかけだけじゃない、魅力的な女性になりたい。
先生とのチャット以来、私は急速に先生に想いを募らせ、胸をときめかせていた。
******
「はい。じゃあ、この前の期末試験のテスト返すぞー」
先生の一声に、
「えー」
「いらなーい」
みんなが口々に騒いだ。
「来週中に、進路希望を第三希望まで書いて提出しておくように。忘れるなよー。それを元に、学期末、三者面談あるからなー。」
「えーやだー」
また一段と教室がうるさくなった。
ホームルームが終わると、かおりが私のところへ駆け寄って来た。
「ねえねえ、真琴は進路どうするか決めてるの?」
「全然!まだ実感ないよねー。」
「でも、2年になると文系と理系でクラス分かれちゃうもんね。それくらいは決めとかなきゃね。でも真琴とクラス離れるのやだね。」
そこへ、佐野くんが現れた。
「それは俺もだよ!俺も高杉とクラスが離れるのは嫌だな。」
その一言にかおりは驚き、両手で口を塞ぎ、大きな瞳で私を見た。私は自分でもわかるほど、真っ赤になっていた。
「佐野って、そう言うこと言うキャラだった?」
かおりが横目で私と佐野くんを見比べながらそう言った。
「俺も頑張ろうと思って。」
佐野くんは真っ直ぐに私を見つめた。
私は慌ててカバンを持って立ち上がった。かおりは、そんな私を見上げた。
「もう帰るの?」
「う、うん…今日は予定があって…」
「あっそっ。ハンバーガーでも食べにいかないかと思ったんだけど…」
「ごめん、また今度ね…じゃ…じゃあ佐野くん、バイバイ。」
私は足早に教室を出て、靴箱のところまで一気に走った。
まだ心臓がバクバクしてる。
あんなにハッキリと好意を向けてこられるなんて、経験がなくて、どうしていいか戸惑ってしまった。
「佐野くん、ごめんね…感じ悪かったよね…」
私はうつむきながら、1人呟いた。
******
「きゃー、寝坊したー!」
私は駆け足で改札を抜けると慌てて、いつもより一本あとの電車に飛び乗った。
昨日、佐野くんのことや進路の事考えてたら、全然寝られなくなって…佐野くんにはちゃんと返事しなきゃいけないな…とか、やりたいことも特にないし…私に取り柄って言っても格ゲーやることくらいしかないし、でも本当は…1番なりたいのは…勇者様の奥さんなんて…
きゃー。
私は、ニヤけた顔を周りにバレないように噛み締めた。
電車は、学校の手前の駅でますます人が増え、混雑してぎゅーぎゅー詰めだった。
電車のドアが閉まって、すぐだった。違和感を感じたのは。
え?ま…まさか…痴漢?
なんだかお尻の辺りでゴソゴソ動いてる。
恐る恐る振り返ると、帽子を被った中年の男性が、私を見下ろしてニヤリと不気味に笑った。
私はすぐに顔を逸らした。全身の血の気が引いていくのを感じた。
どうしよう。でも、体が震えて、声が出ない。
怖い怖い…
どんどん大胆になっていく痴漢にされるがままなんて…私はぎゅっと目を閉じた。このままじゃ、ダメだ。
力を振り絞って、声を出さなきゃ…
「何やってるんだ!その手を離せ!」
振り返ると、佐野くんがその男の腕を掴んでいた。
******
駅に着いた途端、私はホームで力なくしゃがみ込んでしまった。
目の端に、駅の職員が痴漢を連行していくのが見えた。
「立てるか?」
私は佐野くんに支えられながら、近くのベンチに座った。
さっきの恐怖が拭えなくて、膝についた手が小刻みに震えた。
「はい。とりあえず一口飲んで。」
佐野くんに水のペットボトルを手渡された。
「あ…ありがとう…」
佐野くんも私と並んで、横に座った。
でも、手が震えてうまくキャップが開けられない。すると、佐野くんが私の手を包み込むように握りしめた。
「大丈夫。もう大丈夫だよ…もう心配ない…大丈夫…」
まるで呪文のように、小さな声で優しく声をかけ続けてくれた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
あれから黙ったまま、佐野くんは側に寄り添ってくれた。
「高杉!佐野!」
水野先生が、汗だくで走ってきた。
「先生!」
私はベンチから立ち上がり、先生に駆け寄ると思わず抱きついた。後から考えると、顔から火が出るほど恥ずかしいし、佐野くんの目の前ってことを忘れてたけど、ショックのあまり何も考えられなかった。
それでも先生は、そのまま私を受け止めてくれて、私をなだめるように背中をトントンと優しくたたいた。
「佐野、学校には連絡してあるから、今から登校しなさい。高杉は、車で送っていくから、今日は家でゆっくり休みなさい。」
そう言うと、ホームに佐野くん1人を残し、私は先生に肩を支えられながら、車へと向かった。
呆然と立ち尽くしている佐野くんが、遠くに見えた気がした。
******
先生の車の助手席に誘導されるがまま、私は乗り込んだ。
「少し落ち着いてきた?」
「はっ…はい!」
先生は運転席に座りハンドルを握りながら、心配そうに顔を覗き込んできた。
私はズキュンと心を射抜かれた。
もうさっきまでの怖さより、ドキドキする心臓の方がうるさかった。
「はい…だいぶ落ち着いてきました。先生の顔見て、ちょっと安心しました。」
「そうか、それはよかった。」
そう言い、大きな手で頭を撫でられた。
車を発進させると、先生は前を見つめたまま、
「タカさんは、どんどん可愛くなっていくなぁ。」
呟くようにそう言った。
「そ…そんな…」
私は真っ赤になりながら、否定すると、
「いや、本当に明るくなったし、良い友達にも恵まれたみたいだしな。」
「はい。みんなには感謝してます。」
そんなことを話してるうちに、あっという間に家に着いてしまった。
先生との時間はなんでいつもこんなに早いんだろう。
私が黙ったまま俯いていると、
「どうした?気分でも悪い?」
顔を覗き込む先生の顔が近くて、なんだか嬉しいのに、切なくて、悲しくて…
「どうした?」
「あっ…いや…家には誰もいないから…一人になると思うとなんだか少し不安で…」
なんとなく先生と離れがたくて、言い訳のようにそう呟いた。
「そうかぁ…困ったなぁ…じゃあ、もう少しだけだぞ。」
「え?」
そう言うと、先生はアクセルを踏んだ。
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