3

 僕らは顔を見合わせ、もう一度空を見上げた。けれどそこには見知った雪が降ってくるだけだった。狐につままれたような心地になる。

 それだけだ。

 それだけ。

 けれど芽生えた気持ちは加速度的に確信に変わっていく。

 拍子抜けするくらいに、全身から力は抜けている。雪が教えてくれた。

 かわらないためにかわる。

 遠くに青白い光が見えた。遠雷というやつだ。

「おかしな天気」

 と詩は笑った。雷の音が遠くから聞こえる。けれど僕らの周りには静寂に満ちていた。雪は音を吸い込むという。

 真夜中の一番静かなところに、僕らはいる。

「ねえ、雪だるま、作ろうか」

 僕はそう言って、雪だるまを作りはじめた。雪を両手ですくって、大きなまると小さなまるを作る。小さなまるには、石を二つ、くっつける。大きなまるには、詩が持っていた棒を折って、左右につける。

「ねえ、詩」

 僕は言う。

「なあに」

 詩は言う。

「子ども、育てよう」

 え、と詩は驚いて言葉を失くした。もう一度、

「子どもを育てよう」

 と僕は言った。

 遠くで光と雷鳴が響いている。雪はその音を静かに吸い込む。音が、消える。一瞬の雷光がやけに眩しく感じた。僕らは真夜中の静けさの中で、雪だるまを作っている。詩は雪だるまをぽんぽん、と手で叩いて固めて、

「完成」

 と震えた声で言った。見ると、目鼻を赤くして泣いていた。

 雪はまだ降り止まない。

 空を見上げると僕らの上の空だけ白んできている。もう朝だ。まだ遠くで雷の音がする。でも辺りは相変わらず静かなままだった。

 変わらないために変わればいい。結婚しても、子どもが出来ても、僕と詩は、僕と詩のままなのだ。「小さな棘」も、何度だって爆発すればいい。そのたびに詩と話せばいい。わかり合えるまで話せばいい。そうやって変わっていけばいい。それでも僕は僕で、詩は詩のままなのだと信じられた。そう思えた時、はじめて僕は詩と向き合えた。また、向き合いたい、と強く思った。

「結婚しよう」

 僕はそう言った。

「え」

 詩は僕を見たまま固まってしまった。

 向き合いたい、を言葉にするのなら、この言葉が一番だと思った。

 詩はどう思うだろうか。急にそう言った自分勝手な僕の言葉を彼女はどう感じたのだろうか。わかっている。ゆっくりでいい。ゆっくりと向き合っていけばいい。まだまだ僕と詩の間には交わさないといけないことがたくさんあるだろう。けれど、いまこの時を逃してはいけないと思った。

 いま一番伝えたいのは詩とこれから先も一緒にいたいということだけだった。自分のことばかりを考えている僕の突然の言葉は彼女を困らせてしまうが、どうか彼女にこの気持ちが届いて欲しいという、その一心だった。

 詩がゆっくりと口を開く。

「えっと、あの…」

 それから続く言葉は、聞こえない。雪が吸い込んでしまった。

 わかっている。ゆっくりでいい。子どものことも、結婚のこともゆっくり考えればいい。また帰ったらふたりで時間を掛けて話せばいい。でもいまは、伝えたいことを伝えたかった。詩とずっと一緒にいたい。それを伝えられればそれでよかった。わがままな僕を許して欲しい。

 僕は耳を澄まして詩の言葉を探した。

「…、  …、……」

 詩が泣きじゃくりながら喋っている。

 その時、まだ僕は彼女の答えを知らない。その時、彼女の答えは、雪だけが知っていた。

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