閻魔の舌切り包丁
龍崎操真
簡単な質問
地獄。生前に罪を犯した罪人の魂が行き着く場所。店からつまらない物を盗む窃盗から、激情に駆られ短絡的に他人の命を奪う殺人まで多種多様な罪人の魂が集められる場所の事だ。
そんな場所で毎日いったい何が行われているのかと言えば、それは考えるまでもなく地獄の管理を預かる閻魔が罪を裁く事である。
本日もまた、連れてこられた罪人が席に着いた閻魔を前に、身体を震わせていた。
「まず最初に、お前の名前は
連れてこられる者の名が記された台帳をめくり、閻魔は無機質な声で目の前の青年に尋ねた。
すると、青年は恐る恐る頷き、間違いない事を伝えた。
「お前の死因はトラックに轢かれ、身体が潰された事による圧死。ここに来るまでに犯した罪は詐欺を何度も重ねた事で相違ないな?」
「はい。その通りです」
鷺田は閻魔の機嫌を伺うように、正直に答えた。
コミュニケーションを取り、人を陥れ、金を搾り取る事を得意としていても、閻魔の威厳の前ではそんな技術や経験など役に立たない事が見て取れる。
「さて、これから質問をするが、お前は質問に全て正直に答えねばならない。良いな?」
「はい。分かりました」
鷺田は
「鷺田。お前は恋をした事があるか?」
「.......は?」
鷺田は質問の意図が分からず、思わず間抜けな声を出した。
数秒の沈黙の後、閻魔は再び質問を繰り返した。
「恋だよ。お前は生きてきた中で恋をした事があるのかと聞いたんだ」
「あの、意味がよく分からないのですが」
「お前の裁きはもう始まっているんだ。先程、質問には正直に答えねばならないと私が言ったことに対して、『分かりました』とお前は答えた。ならば、質問の意図が分からなくともお前は正直に答えを口にしなければならない。良いな?」
閻魔の瞳に鋭い輝きが宿る。お前はさっそく嘘を吐いたのか、と問いかけるような威圧感を孕んだ眼差しを鷺田へ向けていた。
眼差しに射抜かれた鷺田は、それでも納得できないと閻魔に口を返す。
「それでも僕が今まで恋をしてきたかどうかを聞くなんて、いったいどういう意味があるのか分かりませんよ」
「なに、深い意味はない。ただ、裁く奴の生涯の一ページを本人の口から聞いてみたかった。それだけの事だ。簡単な質問だろう?」
「それは分かりました。ちなみに僕が嘘を吐いたとしたら、いったいどうなるのですか?」
当然の疑問だ。嘘を禁じ、その規則を破ればどんな罰を受ける事になるのかなど気にならない奴がいるものだろうか?
その答えは大多数の者が首を横に振るだろうし、鷺田もその内の一人であった。
それを理解している閻魔は、傍で控えている刀を持った鬼を指さした。
「あの鬼を見ろ。あいつが腰に差している刀は『閻魔の舌切り包丁』と言ってな。嘘を吐いたと分かった瞬間、あの刀を持った鬼がお前の舌を切り落とす。その後、お前は地獄の釜の中で茹でられながら永久の時を過ごす事になる。だから答える時はよく考えて答えろ。分かったな?」
「はい。分かりました」
「よし。話を戻そう。お前は恋をした事があるか?」
「ええ。ありますよ」
「そうか。では、付き合った奴との思い出を語ってみろ」
「はい。分かりました。では.......」
鷺田は恋人との思い出を語り始めた。海へ泳ぎに行ったり、山へ星を見に行ったりと、数多くの思い出を作ったようだ。
話を聞きながら台帳に視線を落とす閻魔は、傍に控える鬼へと声を掛けた。
「舌を切り落とせ」
「分かりました」
閻魔の命令を受けた鬼はゆっくりと鞘から刀を引き抜き、振り下ろすために刀を構えた。
もちろん、鷺田としては、その決定に納得が行くはずもなく何故だと訴える。
「どうしてですか!! 僕は正直に答えたでしょう!!」
「その理由は、お前自身がよく分かっているだろう?」
冷たく突き放す閻魔の声。
立つ瀬が無くなった事を理解した鷺田は、最後の抵抗とばかりに口を真一文字に引き結ぶ。
しかし、抵抗も虚しく刀を前にした鷺田は己の意思と関係なく口の中から舌を突き出し、跪いてしまった。
閻魔の前で嘘を吐いた者は例外なく刀の力によって、こうなるのだ。ゆえに何回も罪人の舌を切り落として行く内にいつからか、この刀は「閻魔の舌切り包丁」と呼ばれるようになっていた。
今日も振り下ろされた刀は、確かに嘘つきの舌を捉え、切り落とす。霊魂のために血は流れる事はないが、悔恨の念を吸った刀は鈍い輝きを放っていた。
地獄の釜へと連行されて行く鷺田を見送った鬼は、刀を納めると閻魔へと向き直った。
「閻魔様、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「あの男が嘘を吐いていると、どうして分かったのですか?」
その問いに対し、閻魔は台帳を見せながら鬼に答えを提示した。
「簡単な事だ。あの男は結婚詐欺をしたのは良いものの、騙した相手に突き飛ばされてトラックに轢かれたんだ。結婚詐欺をするのに一々恋に落ちているようでは心がもたないだろう?」
「ああ」
納得した鬼は、再び閻魔の後ろに控えて、次の命令を待っていた。
閻魔の舌切り包丁 龍崎操真 @rookie1yearslater
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