俺はドキドキ……?

『吊り橋効果』


 その言葉を俺が知ったのは、つい最近のことだった。


 ……でも、その通りだと思わないと説明できないことがある。

 それは、最近小堀のことが気になっているということだ。



 俺はあいつのことを、ずっとバカにしてきた。それなのに最近は、小堀のことを考えると胸が苦しくなる。


「……なんでだよ?」


 自分でも分からない。どうしてこんな気持ちになってしまうのか……。


***

 時は、中学校の入学式に遡る。


 今日から中学生。俺は期待に胸を膨らませて学校に向かった。

 クラス分けの表を見ると、俺の名前は一組にあったので、自分の教室へと向かうことにした。


(……あれ?)


 教室に入ると見覚えのある姿が目に入った。それは、去年まで同じ小学校に通っていた小堀の姿だった。


「……小堀?」


 思わず名前を呼ぶと、小堀はこちらを振り返った。その拍子に、長い髪が大きく揺れる。



「……っ!!」


 その時、俺の心臓は大きく跳ねた。

 振り返った小堀の顔を見た瞬間、なぜか鼓動が激しくなったのだ。


「か、川中くん……?」


 驚いた様子の小堀だったが、すぐに笑顔を浮かべた。その表情に見惚れてしまいそうになる。


「おはよう」


「お、おう……おはよう」


 ……ヤバい!なんか変な感じになってしまった!


「こうして話すのは、小学生の時以来だね」


「ああ……そうだな」


 小堀の言葉に相槌を打ちつつ、チラッと横目に彼女を見る。


 黒くて艶のある長い髪に、透き通るような白い肌。

『チビ』とバカにしていた身長は、俺に追いつくくらいになっていた。そのせいか、前より目線が近くて変な気分だ。


 ……小堀って、こんなに可愛かったっけ?



「ねぇ、川中くん」


「ん?なんだよ」


「あのさ……」


 小堀が何か言いかけた時、担任の教師らしき人が入ってきた。


「はーい、席についてください」


 ……タイミング悪すぎんだろ。


 小堀は残念そうに口を閉ざすと、渋々と前を向いて座った。



「では、皆さん自己紹介をしましょうか」


 そうして始まった自己紹介タイム。みんな緊張しながらも順調に進んでいった。そして、ついに小堀の番が来た。


「次の方、どうぞ」


 先生の声に、小堀は「はい」と返事をして立ち上がる。


「えっと、小堀心葉です。よろしくお願いします」


 小堀がペコッとお辞儀をする。すると男子たちが一斉にざわめき始めた。


「小堀さんっていうのか……」


「めちゃくちゃ可愛いじゃん!」


「マジかよ……レベル高ぇ……」


 そんな声がちらちらと聞こえてくる。

 小堀は恥ずかしそうに頬を赤らめながら、ゆっくりと腰を下ろした。


 俺は、なんだか落ち着けなかった。小堀が他の男に注目されることに、モヤっとした感情を抱いてしまう。


 ……なんだこれ?まさか、嫉妬? いやいやいや!そんなわけない!! 必死に自分にそう言い聞かせた。


***

 それから数日が経つと、小堀の人気はかなりのものになっていた。

 休み時間になると必ずと言っていいほど、クラスの女子たちに囲まれて談笑している。


 ……すると、気になる会話が聞こえてきた。


「ねぇねぇ、小堀さんの好きなタイプは?」


 ……何!?それは俺も気になる……。

 俺は、こっそり聞き耳を立ててみた。


「好きなタイプですか?う〜ん……。やっぱり優しい人かなぁ?」


「へぇ〜」


「じゃあさ、好きな人はいないの?」


「えっと……。それは、秘密ですっ……!」


 そう言って、小堀は困り顔で笑みを作った。

 それを見ていた周りの女子どもがキャアキャア騒いでいる。



 な、なにぃっ!好きな奴がいるのか!? ショックだった。小堀に好きな相手がいたなんて……。


 ……って、何でショック受けてんだろう?別に関係ないじゃないか……。


***

 ある日のこと。授業中に消しゴムを落としてしまった。


「あっ……」


 拾おうとしたら、隣の席に座っている小堀と手が触れ合った。


「ご、ごめん……」


「ううん、気にしないで……」


 お互いに謝った後、再びノートを取る作業に戻る。


 でも、手に残る感触がなかなか消えてくれなくて、妙に落ち着かない気分になった。

 ……小学生の頃は、手を繋いでも何も思わなかったのに。


 ふと、小堀の横顔を見つめる。その視線に気づいた彼女は、不思議そうな顔で首を傾げた。


「……何?」


「い、いや……なんでもない」


 慌てて目を逸らす。……なんだか、無性にドキドキしてきた。


 それからというもの、俺は小堀のことが頭から離れなくなってしまった。


***

 そんなある日の昼休憩。いつものように一人で弁当を食べていると……


「川中くん、一緒に食べてもいい?」


「……は?」


 突然現れたのは、小堀だった。……なぜここに?


「ダメ?」


「いっ、いや……べ、べつに……」


「よかった!」


 嬉しそうな顔で俺の隣に座り込む。

……近い。


「……どうしたんだ?」


「お友達と一緒に食べる約束してたんだけどね、急用ができちゃって……」


「……そうなのか」


「うん。だから、川中くんと食べたいなぁ……と思って……」


 上目遣いでそう言われて、ドキッとしてしまう。


 ……そんな顔されたら断れないだろうが!


「……勝手にしろ」


「ありがとう!」


 小堀は嬉しそうに微笑むと、弁当箱を広げ始めた。

 俺は、そんな彼女から顔を背けるように窓の外を眺めた。


 ……あ〜もう!かわいすぎるだろ!こっちの気持ちにもなれよ! そんなことを思いながら、箸を口に運ぶ。


 しばらく黙って食べ進めていたが、やがて小堀が口を開いた。


「川中くんは、付き合ってる人とかいないの?」



 ……ぶほっ!!危うく吹き出すところだった。危ねえ……。


「……いねーけど」


「そっか」


 ……なんだこの質問は?もしかして、俺のことが好きだから聞いてきたとか……?いやいやいや!それはあり得ない!


 ……でも、もしそうだとしたら……? 心臓がバクバク鳴っているのを感じる。


「小堀は……いんの?」


 俺は恐る恐る聞いた。


「……私もいないよ。告白されたことはあるけど、全部断ったから」


「…………そうか」


 ホッとしている自分がいた。……なんで安心してんだよ?意味分かんねー……。


「なんで……断るんだ?……好きな奴とか、いんの?」


「……うん」


「……そうか」


 また胸の奥に痛みを感じた。


 ……ちくしょう!なんでこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ?訳わかんねぇよ……!



「………川中くんだよ」


 ……ん?今なんて……?


「私が好きなのは、川中くんなの」


「……は?」


 思考停止状態に陥る。

 ……どういうことだ?小堀が好きなのは、俺……だと?


「……う、嘘だよな?」


「ううん。本当……」


 小堀は真っ直ぐ俺の目を見て言った。その真剣な表情に、思わず見入ってしまう。


「……いつからだ?」


「小学生の頃から……ずっと好きだった」


 ……マジか。そんな前から俺のことを……?


「でもね、諦めようと思ったこともあったの」


 ……え?


「だって、川中くんの好きな女の子のタイプは、私と正反対だったから……」



 小堀の話を聞いて、俺は思い出した。確かに、俺はそんなことを言っていたかもしれない。


「……だけどね、川中くんの好みの女の子になろうって決めたの。それで、努力すれば振り向いてくれるかも……って思ったから」


「そうだったのか……」


 俺は俯き加減で呟いた。


「……ねぇ、川中くん。あなたの気持ちを教えて欲しいの……私のこと、どう思ってるか」


 小堀は不安げにこちらを見ている。


 俺の気持ち……か。本当はとっくに気づいてたんだ。でも、認めるのが怖くて逃げていた。

 ……そのせいで、こんなことになるとはな。



「……俺の答えは決まってる」


 俺は意を決して、自分の想いを告げた。


「……俺も小堀のことが好きだ」


 小堀の顔がみるみると赤く染まっていく。そして、照れ臭そうに頬を緩ませた。


「嬉しい……」


 その笑顔は今までで一番可愛く見えた。


「これからよろしくね」


「ああ」


 こうして俺たちは付き合い始めた。


***

 付き合い始めてからも、特に変わったことはなかった。……というより、何をしたらいいのか分からないのだ。

 俺が戸惑っていると、小堀の方から声をかけてくれた。


「……ねぇ、川中くん。私のこと、名前で呼んでくれないかな……?『小堀』って名字で呼ばれると、他人行儀な感じがするから……」


「そうだな……」


 考えてみれば、小堀のことを下の名前で呼んだことがなかった。


 ……ちょっと緊張すんな。


「じゃあ……心葉ここは


「っ!!」


 小堀は驚いた表情を浮かべると、顔を真っ赤に染め上げた。そして、恥ずかしそうに目を逸らす。


「……ありがと」


「いや……なんか、悪い」


「ううん、大丈夫……。ただ、ちょっとビックリしただけ……かな?」


 小堀がチラッとこちらを見る。



「……海心かいしん


 今度は、俺が驚かされる番だった。まさか反撃されるとは……。


「なっ……!」


「ふふっ……!仕返し!」


 悪戯っぽく笑う心葉。……くっ!可愛いじゃねーか!


「お前……!」


「ほら、早くしないと昼休み終わっちゃうよ?」


 楽しそうに笑いながら、心葉は先に歩き出した。

 そして、俺はその後を追うのだった。


***

 二人の心はいつもドキドキ。それは吊り橋効果のせい?それとも本当に恋をしているから?


 ……さて、どちらでしょう?

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それは吊り橋効果のせい? 夜桜くらは @corone2121

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