それは吊り橋効果のせい?
夜桜くらは
私はドキドキ……
『吊り橋効果』
それは、緊張や不安といったドキドキを恋と勘違いしてしまう心理現象のことらしい。
……でも、そんなものがなくても、私はいつも彼にドキドキさせられっぱなしだった。
私の名前は『
「わっ!!」
「ひゃあっ!」
「ハハハッ、ビックリしただろー!」
……そう言って、私を驚かせて笑っているのは、同じクラスの『
「もう!急に驚かせないでよ!」
「わりぃわりぃ、小堀、良い反応するからさぁ」
川中くんはヘラヘラと笑いながら謝った。本当に悪いと思ってるのかしら……。
彼はお調子者で、私をよくからかってくるの。初めて会った時から、こんな感じよ。
私は五年生になってから、この学校に転校してきたんだけど、周りの皆が優しく声をかけてくれた中で、彼だけは違った。
『へぇ~……お前、チビだな!』
って。いきなり失礼よね?! 私は身長が低いのを気にしてたのに、それを初対面で言ってきたんだもの。
だから、ちょっとムカついて言い返してしまったの。
『あなただって小さいじゃない!!』
そしたら、
『うっせーな!お前の方がチビだろ!』
なんて言うものだから、ますます腹が立ってしまったわ。
それからというもの、川中くんは私に意地悪ばかりしてくるようになった。
私のことをバカにして笑うし、「チビ」「ちびっ子」と言ってくる。ひどい時は頭をポンッて叩いてきたりするの。
その度に私は怒って彼を睨み付けるけど、全然効き目がないみたい。
今日もこうして追いかけ回されてるわけだけど……正直、嫌気が差していた。
***
放課後になり、ランドセルを背負って帰ろうとした時だった。
「おい、待てよ」
後ろを振り返ると、そこにはニヤついた顔を浮かべている川中くんがいた。
また何かされるんじゃないかと思いつつ警戒していると、彼の口からとんでもない言葉が出てきたのだ。
「なぁ、裏山に行ってみね?」
「え……」
裏山っていうのは、学校の裏にある小さな山のことで、あまり人が近寄らない場所でもある。
そこは薄暗くて気味が悪いということもあって、私たち子どもの間では『幽霊が出る』という噂まで広まっていた。
そんなところに行こうと言うの!?冗談じゃない!!行きたくないわ!!!
そう思って首を横に振っても、川中くんは全く聞く耳を持たなかった。それどころか強引に腕を引っ張られてしまい、そのままズルズル引きずられるように連れて行かれてしまった。
そして着いた先は……やっぱり、噂通りの不気味な雰囲気の場所だった。草木に覆われていて見通しが悪く、奥の方からは風によってザワザワと音が聞こえてくる。
「ねぇ、やっぱりやめようよぉ……」
怖くなってそう言うけれど、川中くんはニッコリ笑ってこう言った。
「大丈夫だよ、俺がいるじゃん!」
そういう問題じゃなくて……!! 私が反論しようとすると、彼は私の腕を強く引っ張って歩き出した。
「痛い!」
抗議の声を上げるも、全く聞いてくれない。すると突然立ち止まって振り返り、ニヤッと笑って言った。
「あれれ?小堀、怖いのかな~?」
「こっ、怖くなんかないもん!!」
図星を突かれて思わず大きな声で叫んでしまった。川中くんはそれを面白がるようにクスクス笑っている。
悔しかった私はキッと彼を睨み付け、再び歩き始めた。
「あー、チビが怒ったー」
ケラケラ笑いながらそう言っている。
完全に馬鹿にしているわね……! もう知らない!勝手にすればいいわ!私一人で行くから!
ズンズン歩いていくと、背後から声をかけられた。
「小堀!置いてかないでくれよ!」
「……ふん!」
私は無視して更に歩くスピードを上げようとした。
……でもそこで、木の枝につまづいてしまった。
「えっ……きゃあああっ!!」
「小堀!!」
地面に倒れそうになった私を見て、川中くんが慌てて駆け寄る。そして、倒れる前に抱き留めてくれた。
「あっぶねー……気を付けろよな!」
「ごめんなさい……」
素直に謝ると、川中くんはホッとした表情になって微笑んだ。
……その笑顔を見た瞬間、ドキンッと心臓が大きく跳ねた。
「……小堀?どうしたんだよ?」
不思議そうな顔をして見つめてくる。私はなんだか恥ずかしくて俯いた。
……どうしてだろう?いつもならこんなこと思わないのに……。
「……何でもないわ!」
「え~?変なヤツ~」
照れ隠しで誤魔化す私に、彼はまだ疑問を抱いていたようだ。
でも、今はそんなことを考えてる余裕はない。早くここから帰らないと……!
「もう遅いし、そろそろ帰りましょ?」
「え~、もう帰るのかよ?」
川中くんは不満そうだったけど、その日は結局帰ることにした。
***
次の日から、私はなぜか川中くんの姿を見ると胸がドキドキするようになった。
今までこんなことはなかったはずなのに……。一体どうしてしまったんだろう?
川中くんを見かけただけで顔が熱くなり、まともに話せなくなってしまう。そして声をかけられるたびに、私は慌てて逃げてしまうようになった。
そんなある日、私はお姉ちゃんに相談してみることにした。
「お姉ちゃん……私、おかしいの……」
「ん?どういう風に?」
お風呂上がりの髪を乾かしながら、お姉ちゃんが聞き返してきた。
お姉ちゃんは中学ニ年生だ。私と違って背が高くて美人で、とても優しいの。勉強もスポーツもできて、学校の皆からも人気があるらしい。
そんなお姉ちゃんは私の憧れであり、自慢の姉なのだ。
「最近、川中くんを見るたびに胸が苦しくなるの。話しかけられたら緊張しちゃうし……これって、何かの病気なのかなぁ……」
そう言って不安げに呟くと、お姉ちゃんはドライヤーを置いて私の頭を撫でてきた。
「ううん、違うよ」
「え……?」
驚いて顔を上げると、優しく微笑んでいるお姉ちゃんの顔があった。
「それはね、恋をしてるからなの」
「こい……」
予想もしなかった言葉に、私は呆然としてしまう。
「心葉は、その男の子に恋をしているのよ」
「私が……川中くんに……?」
「そう」
私は驚きのあまり固まってしまった。まさか、そんなことがあるなんて思いもしなかったから。
……確かによく考えてみれば、私は川中くんのことばかり考えていたような気がする。
初めて会った時から、ずっと……彼に意地悪されてばかりだったけど、私はそれが嫌じゃなかった。
むしろ、川中くんに構ってもらえることが嬉しかったのかもしれない。私は川中くんが好きなんだ。
その事実に気付いた途端、急に恥ずかしくなってきた。きっと今、私の顔は真っ赤になっているに違いない。
「うふふ、心葉……可愛い」
「うぅ……」
お姉ちゃんはクスッと笑って私の頭を撫でる。その手が優しくて、私はますます頬を赤く染めた。
「あのさ、お姉ちゃん。その……私はどうしたら良いと思う……?」
「そうねぇ……とりあえず、相手の気持ちを知るところから始めてみたらいいんじゃない?」
「相手……川中くんの?」
「そう」
川中くんが、私のことをどう思っているのか……知りたい。もし嫌いだったら悲しいし……好きだったら嬉しいし……。
「分かった……頑張ってみる」
「応援してるわ」
こうして、私は川中くんと向き合うことに決めた。
***
次の日。学校に行った私は、川中くんに話しかけようと決めた。
……だけど、いざとなるとなかなか勇気が出ず、結局何もできないまま放課後になってしまった。
「……」
川中くんは友達と遊びに行くみたい。ランドセルを背負って教室から出て行った。
このままだと、チャンスを逃してしまう。私は覚悟を決めて立ち上がった。
「よしっ」
小さく意気込んで、川中くんの後を追う。玄関を出て、校門に向かう彼の姿を見つけた。
「川中くんっ」
「え?小堀?」
呼び止めると、川中くんは驚いたように振り返った。
「な、なんだよ?」
「えっと……」
……どうしよう!何を言えばいいか分からない!! 焦りながらも必死に言葉を探す。
そしてようやく思いついた言葉を、震えながら口に出した。
「きっ、今日、一緒に帰ってもいい?」
すると、彼は一瞬キョトンとして……それからすぐにニヤリと笑みを浮かべて言った。
「もちろん!」
***
二人並んで帰路につく。私は少し緊張していた。
……川中くんに、私のことをどう思ってるのか、聞くんだ。
「なぁ、小堀」
「ひゃいっ!?」
いきなり川中くんに声をかけられて、思わず変な返事をしてしまった。
川中くんがクスクス笑っている。私は恥ずかしくて顔を伏せた。
「小堀って、面白いよな」
「……面白くないもん」
「いやいや、そんなことないぜ」
川中くんは楽しそうに笑っている。……私ばっかりドキドキさせられて、悔しい。
「ね、ねぇ……。川中くんは、どんな子が好き……?」
私は、思い切って聞いてみることにした。
だって、気になるんだもの。川中くんが好きな女の子のタイプが分かれば、私にも可能性があるんじゃないかと思って……。
川中くんは顎に手を当て、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「そうだな……やっぱりオシャレで、大人っぽい子がいいかな!」
「そう……なんだ……」
私はショックを受けた。
やっぱり私じゃダメだったんだ……。
「……小堀?どうかした?」
「えっ!べっ、別になんでもないっ!」
慌てて首を横に振る。
でも、もうここにはいられない。これ以上ここにいたら、泣き出してしまいそうだった。
「私……もう帰るね!」
「えっ、おい!」
川中くんが引き留めようとする声が聞こえてくる。でも、私は逃げるようにその場を走り去った。
その日から、私が川中くんと会話することはなくなってしまった。
***
私は、家に帰るとすぐに、部屋に閉じこもった。
「ぐすっ……ひっく……」
涙が次々と溢れてくる。私は枕に顔を埋め、声を押し殺しながら泣いた。
川中くんが好きなタイプは、私とは正反対だった。私は背が低いし、子どもっぽく見られることが多い。
だから、川中くんが私を好きになってくれることはないだろう。
分かっていたつもりだった。でも、実際に聞いちゃうと……すごくショックで……悲しくなって……辛かった。
「うわあああん!!」
大声で泣くと、部屋の外から誰かが声をかけてきた。
「……心葉?心葉、どうしたの……?」
それは、お姉ちゃんの声だった。私はベッドから起き上がって扉を開ける。
そこには心配そうな顔をしているお姉ちゃんがいた。
私はお姉ちゃんに抱きついて、また声を上げて泣いてしまった。
***
「そっか……そんなことがあったんだ……」
お姉ちゃんは私を抱き締めながら、優しく背中をさすってくれた。
「うん……」
「大丈夫よ。心葉はまだ五年生なんだから、時間はたっぷりあるわ」
「……ほんと?」
私が顔を上げると、お姉ちゃんはニッコリと微笑んでくれた。
「本当よ。これから、もっと素敵な女の子になって、その男の子を振り向かせればいいのよ!」
「そ、そんなことできるの?」
「できるよ!お姉ちゃんが保証する!」
お姉ちゃんが自信満々に言うから、私は何だか出来るような気がしてきた。
「……私、頑張る!」
「その調子よ!」
お姉ちゃんは私を元気づけるようにギュッと抱きしめてくれた。……お姉ちゃんの優しさが嬉しかった。
それから、私は川中くんの好みの女の子になろうと努力し始めた。
まずは髪型を変えてみた。今まではおかっぱだったけど、今は肩までの長さのストレートにしている。
次に服装も変えることにした。今までは動きやすい服を好んで着ていたけど、今はスカートをよく履くようになった。
そして、なるべく背伸びをするように心掛けた。……まぁ、これはお姉ちゃんに言われたからやってるんだけどね。
他にも、いろいろなことに挑戦してみた。勉強とか運動も頑張ってみた。
***
そうして過ごしているうちに、二年が経った。私は今年から中年生になる。
そして迎えた入学式の日。私はお姉ちゃんに、オシャレにしてもらっていた。
「……これでよし!うん、バッチリ似合ってるわよ」
「ありがとう……」
鏡を見てみると、いつもとは違う自分が映っていて、なんだか不思議な気分になった。
「心葉、可愛い~」
お姉ちゃんはそう言って、私の頭を撫でてくれる。私は照れ臭くって俯くことしかできなかった。
「ほら、早く行きなさい」
「う、うん……」
私はお姉ちゃんに見送られて、玄関を出た。
「いってきます……」
「はい、いってらっしゃい」
こうして私は、新しい学校生活の第一歩を踏み出したのだった。
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