渡り旅

黒白 黎

渡り旅―一話

 透き通った湖に映る景色は美しい。まるで空のように青く鮮明で白い雲が優雅に泳いでいるようだ。空のようにどこまでもどこまでも広く、そして渡り切ってもその先にあるのは、水面一色。

 この世界ににつかわない黒く青い色をしている。初対面の人からは「それ、染めているの?」と聞かれるが、これは地毛なのですと、答えるのは日課だ。黒く青い色の髪をした人はそうそういない。この髪を視る度にすれ違う人はまるで有名人を見るかのように見つめてくる。そして、聞いてくるのだ。

 肩に乗せた小鳥ピヨにも注目がいく。彼女は、私の友人にして古い相棒だ。猫耳に青い毛玉のような姿をしているがれっきとした鳥なのだ。テニスボールほどのサイズしかないが、意外と力持ちなのだ。私の腕力で両手を使っても持ち運べないものは彼女なら両足で掴むだけで軽く浮かせる。彼女の力自慢は通行人さえも驚くほどだ。彼女の力自慢は、いつも私の仕事も手伝ってくれるうえ、疲れたときには服を掴んで飛んでくれるとても頼もしい。

 そんな彼女と旅をしたのはつい最近のようだけど、もう二年は経とうとしている。彼女と旅を始めたきっかけは、そうだ。運命的な出会いを果たしたことだ。

 放せば長くなる。とてもつまらないかもしれないし、呼んでも飽きて投げ捨ててしまうかもしれない。なにせ、書く分には私の書き方は一般の人と比べると劣るのだから。


 彼女との出会い、ピヨとの出会い。

 あれは、小さな島国についた。あの頃は荷物はリュックパックに詰めるほどしかなく、大した長旅のことを想定していなかった。旅を初めてまだ数か月。相棒もいなければ友人もいない。孤独で寂しい一人旅のこと。

 ピヨとの運命的な出会いは、見せ場(建物の外で出すお店、出店とも呼ぶ)で牢に閉じ込められた哀れな小鳥を見つけたことだった。かわいそうなのかバカなのか、当時のピヨはまだ箱入り娘で外のことなんて何も知らないでいた。牢に閉じ込められたのも、「見世物として客を誘ってくれ。もちろん給料も出るぞ」と勧誘されたのだと。

 いまどき、そんな勧誘で騙されるなんて、小説とか漫画とかの世界ぐらいだよ。それで、哀れにと思ったのか、ついつい彼女が欲しくなって、店主に頼んだんだ。すると、意外なことを言われた。

「これがほしいのかい? なら、この牢を開けてごらん。この牢は見ての通り、鍵もなければ出口もない。一度は行ったら最後、二度と出ることはできない代物だ。もし、ほしいのなら、この牢を開けて、助ければいい」

 店主はニヤリと笑っていた。この牢は、魔法の産物だ。誰の作品なのかは分からない。鍵がない牢。一見してみれば鳥かごにも見える。入れたのなら、出口もあるはずだ。しかし、触ってみてもそれらしきものはない。

「破格の金をだしてもやる気はない。なにせ、うちの看板娘だ。金で売ったら、せっかくの見世物がなくなってしまう。そうなったら、高い金を積めば売ってくれると思われてしまう」

 店主は金で動こうとする気はないらしい。他に売っているものはそれほど価値があるものとは思えんが。

「店主よ、この娘を出すことができたら、譲ってくれるのだな」

「ああ、俺は二言はいわねぇ。”出すことができたら、譲ってやる”。出せたらな!」

 強い口調に怯えることなく、私は口を大きく開け鳥かごに思いっ切り噛みついた。グシャグシャとまるで紙を食うかのように口の中に入っていくではないか。店主のあの時の表情は忘れもしない。

「おいおい! 食べろとは言っていないぞ! それに、その…なんだ…食うなんて…あの…」

 しどろもどろとなっている店主はとてもかわいい。娘が慌てふためている。私に食われることもとても怖がっているようだ。大丈夫だよ、私が食べれるのは無生物のみ。生物は腹を通ることすらできないのだから。

 ペロリと鳥かごを食べると、店主は怒っていた。

「お前、それ殺人だぞ!!」

 周りに聞こえるようにして大声で怒鳴った。

「みんなー聞いてくれ! こいつ、俺の商品を食ったんだ!!!」

 周りに聞こえるように言いまわす。呆れた。この店主はそうまでして恥をかきたいのだろうな。

 左手を見せる。

 店主が困った顔をしていると、周りがなんだなんだと集まってきた。そして、左手から鳥かごが飛び出した。飛び出したというよりは左手が変形し、鳥かごとなって床に落ちたといったほうが正しいか。ガシャンと音と共に落下する鳥かごにみんなが注目する。

 左手は元通り。種も仕掛けもない。

「なんだよー店主のごねか」

「人を呼んどいて、それはねぇーだろ」

「帰ろ帰ろ」

 みんなが呆れて帰っていく。店主が周りを引き留めることなく、空になった鳥かごをじろじろと見つめ、中身はどうなったと聞いてきた。

 私は娘――いや店主の言い方だ。失礼だな。彼女は、この通り右手にいる。もちろん、店主を怖がるようにして服の中へと逃げて行ってしまったがな。

「お前、何者だ!?」

 お決まりのセリフだ。私はいつも通りの言葉を添えた。

「私は旅人。人と違う食生活ですが、決して偏食ではない。ただ、周りと合わないだけ」と、店主はじろじろと見ながら私に指を差した。

「旅人がなんだ? 偏食だとぉお? 俺の娘を盗んでおいて、どういう態度だ貴様ァ!!」

「おやおや、聞き捨てなりませんね。あなたは確かに言いましたよ『”出すことができたら、譲ってやる”。』その言葉そっくりに頂きました」

「ぐぅぬぬぬ……」

 店主の悔しそうな顔は忘れることはない。なぜなら、あの後、彼女を口説いたのだ。

「…確かにやるとは言った。だが、それは俺の意思だ。この娘が言ったわけじゃない! お前もそう思うだろ。こんな奴に連れていかれるよりは、毎日バイト代と宿を提供してやっている俺から離れようと思わないだろ!」

 説得のつもりなのだろうか。もし私が彼女だったら――

「あうちっ!!?」

 叩いた。店主の頬にクリティカルヒットだ。店主が蝶のように宙を舞い、蜂のように落下先に棒が尻に貫いた。これは痛い。店主が泣いて喚いている。

 それにしても彼女は相当の力持ちだ。テニスボールぐらいのサイズしかないのに身長180センチほどのふっくらと膨らんだ男を吹き飛ばすなんて、案外籠を破壊して出られたのではないかと思うのだが。

「どうやら、彼女はあなたのことがお嫌いのようです。では、彼女は私が預かりましょう」

「まっ……ぇ」

 店主の断末魔が遠くへと離れていく。

 島を去ったのはすぐだ。あの店主のことだ。すぐに追っ手を出して、せっかく手に入れた彼女を奪おうと画策(かくさく)するだろう。そうならないうちさっさと退散だ。


 ――こうして、彼女はいま相棒として、古い友人として一緒に旅をしている。

 ピヨと名前を付けたのはそのあとすぐだ。彼女は「ピヨピヨ」と鳴くためそう名付けた。安直かもしれないが、呼びやすいのもある。彼女はとくに反対しているわけではない様子だし、まあ大丈夫だろう。

 それよりも、ピヨが来てくれてとても助かる。大した距離を移動することができなかったのだが、いまでは長い距離を移動することができるようになった。これも、ピヨのおかげだ。

 さて、長い長い旅路の果て、そして私の正体。旅の目的は何なのか。それらをすべて語ってしまってはここでお話は終わってしまうでしょう。ですので、書き方も変わってしまうかもしれませんが、どうぞ、見ていってください。では、さいなら。

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渡り旅 黒白 黎 @KurosihiroRei

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