第6話
【16/4/21】
「……どこなの?」
強い日差しに思わず目を細める。空を見上げると白い鳥たちが隊を組み、気持ちよさそうに飛んでいる。そして心地の良い風が吹き、それとともに磯の香りを感じられた。
陸から数十キロ離れた海上のどこか——。
スノーは今、ヘリアスが『本部』と呼ぶ、海上プラントの甲板に立っていた。
(うーん……)
今まで起こったことを想起しようと鼻筋をつまみ思慮しようとした。
(昨日の夜のことなんだよね)
(へリアスとアセナ。どっちも凄かった。かっこよかった)
(ヘリアス大丈夫かな)
(助けなきゃ)
(アセナは人間じゃないって言ってたけど、あんな大きな狼だったなんて)
(背中、暖かかったな)
(暗いし、怖いし、早いし、下手したらヘリアスが戦ってる時より怖かった)
(もう……戻れないんだ)
◆◆◆
二人はカンパニュラのアセナの書斎を飛び出してそのまましばらく林の中を走った。
暗闇の中、二人は雨に打たれながらも林道を駆け抜ける。
それはいつまでも続くことはない。
やがて道は開け、森の終わり、その兆しを感じてすぐ視界がひらけた。
そこから街道に出たのだ。
アセナは道路という道筋に依存することなく、大きな跳躍と落下を使って街道の古い町並みを屋根伝いに駆け抜けていった。
屋根上から見えた眠らない人々とネオンの輝き。
雨上がりで濡れる大通りを往来する車たち、それらが照らすハイビームとテールランプの交錯と乱反射。
いつか見たのだろうか、スノーは輝きを懐かしさとともに眺め、見入ってしまった。
アセナの背で景色を堪能し、しばらく走った後についたのはコンク―リートがどこまでも敷かれた、空港の滑走路の上だった。
獣毛を硬く握った手の平をやっとの思いで解くとアセナの背から降りる。
その頃には日も昇り始めており、スノー自身、なれないことの連続で満身創痍だった。
アセナはというと、いつの間にか変身を解いていた。
フルマラソンを走りきった選手のように爽やかに汗を拭う。破けたレインコート以外の装いが変身前のように元通り戻っていたことに疑問もあったが、スノーはそれについて触れることがどうでも良くなった。
アセナも何の目的もなく空港にたどり着いた訳では無い訳で、スノー達を待っていたのはまるでホットドックをとてつもなく大きくしたような形をしたヘリコプターだった。
近づいていく二人を出迎えたのはこれまた軍人のような装備をしているようだがそれとは違った見た目をした男女。
男性は小走りでこちらに近寄りアセナに近づくと、うやうやしくタオルとドリンクの入ったボトルを渡した。
アセナはそれらを受け取るのと同時に「暇なら車で迎えにこい」と八つ当たり気味にげんこつを食らわせていた。
痛がるそぶりを見せる男性はアセナに隠れるスノーに気がついた。
「君が例の子だね。自分はデンドロと言います。まぁ、コードネームだけどね」
自己紹介も早々に彼はさわやかな笑顔で手を差し伸べてきた。
スノーはその手を握り返すとそのデンドロという男性は満足げに頷いた。さらに後ろの女性に顎でスノーを指した。
しょうがないといった様子で女性も近づき「シュアン」とだけ言いスノーの手をそっけなく触り後ろに下がっていく。
「気難しくてすまないね」とデンドロは苦笑いで言っていたが、それとはまた違う感情があるような気がスノーにはした。
毛嫌いとは別の、何か人見知りのような、けど嬉しそうな。
隣ではアセナはシュアンに何かを伝えると、ヘリコプターの方へと歩いていく。
スノーもその後に慌てて続き、荷台につくスロープを上がろうとした。
その時、先を行くアセナは振り向きスノーに目を合わせた。その視線は真剣そのもので、それに思わずスノーも足を止めた。
「ここから先にあるのは本当にあなたの知らない別世界です。極力私たちもあなたに助力はするつもりですが、もう子供扱いもできません」
「覚悟はいいですか?」と言い放つアセナの声音は真剣そのもので、その眼光も数時間前にみたそれであった。
それに対してスノーはさも当然のごとく。
「へリアスにまた会えるなら」
と自信ありげに答えた。
彼女自身も悟っていたのだ。生きているのは絶対だろうが、へリアスに会えるのは当分先になるのだろうと。
そして最後に「色々わたしに言った上、無理やりつれてきたのはアセナだし」と付け加えた。
「それもそうですね……少し格好付けたかっただけです。いきましょう」
端で二人のやり取りを見て、ワナワナとするデンドロを横目に二人は先に奥へと進んでいくのであった。
Deep Night 湯弐 @ymt_Ray
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