第5話
アセナ側にある情報と事情、それらが影響するであろうスノー周辺に関する認識のすり合わせを終える。
一拍置いたからなのか、どことなく弛緩した空気が生まれ始めた時。そこで部屋が地震でも起こったかのように大きく揺らいだ。
「うわぁ!」
スノーは隣に座っていたヘリアスに思わずもたれかかる。それを受け止めたヘリアスは立ち上がると扉に背をつけた。
『おい! ヘリアス! 聞こえているんだろ?!』
息もつかず、扉の向こうからはセブンスの怒声が聞こえてくる。
「聞こえてませーん」
こちらから聞こえるかどうかは疑問だったがアセナは笑いながら軽口をいう。
『いますぐ開けんと、この部屋ごと潰すぞ!』
「なっ!」
その極端で、説得力のありすぎる脅迫の内容にヘリアスは焦った。
(そんな事、スノーが居る以上出来るわけない。しかし、追い込まれたアイツなら……)
そこでヘリアスは扉の真反対、壁際にずらりと並ぶ木製の本棚にまで足早に動くと、その一部を引き倒した。
「おりゃ!」
大きな音で倒れた本棚は差し込まれていた書物や数々のファイル盛大に吐き出し、床には紙が撒き散る。
スノーはあ然として床を見つめたが、すぐに倒れた本棚の後ろに現れた人一人通れるような窓の存在に注意が向いた。
「二人は先にここから出ろ」
「ヘリアスはどうするの?」
スノーの疑問も当然のことだ、ヘリアスはここに残るという言外の言葉にスノーの内心は不安に駆られる。
「ギリギリまでアイツと問答した後、スキを見て逃げる」
心配そうな顔をして近づくスノーにヘリアスはいつもの笑顔を返してスノーの頭をなでてやる。
「大丈夫、私はアセナより強い」
その答えに、アセナも強くうなずいた。
「近接戦闘は私より強いでしょうね」
アセナは窓を開け、先に勢いよく出る。
スノーも窓へと近づいていくと外から雨粒が木々の葉を叩く音がよく聞こえてきた。
窓枠のすぐ下にはアセナが待っており、スノーに向かって手を伸ばしている。
大した高さでもなかったのでスノーはそれに答える為飛び出すと、アセナが脇を支え受け止めてくれた。
地面に足をつくと水の冷たさと泥の不快感が帰ってきて、スノーは自分が素足だったことを思い出す。
数時間のうちで強くなった雨脚はすぐさま三人の体を濡らす。
「4時前か」
アセナは腕時計を覗き、時刻を再確認した。
「これからどうするの?」
「こうします」
その一言を言うとアセナはスノーから離れ森に近づく。スノーは何事かとアセナを見つめていると、その姿がすぐさま大量の銀の体毛に包まれていく。
やがてその大きな毛玉は肥大化し、一つの形をなす。
目の前に現れる大きな狼の姿。
「うわぁ」
瞠目するスノー。
『スノー、早く私の背に乗ってください』
次の瞬間、体の中に響くような重い振動と聞いたこともない破壊音がする。
スノーは驚き後ろを振り向こうとすると、それより早く体をヘリアスによって担がれアセナに向かって放り投げられる。
軽々と浮いたスノーの体は器用に狼となったアセナの背に受け止められる。
「なにするのヘリアス!」
「スノー……すぐ追いつくから先に行っててくれ」
「やだよ、私も残る! ヘリアスならさっきみたいに私を抱えてでも戦えるんでしょ?」
「あっははは! いやいや、無理だって」
『あなたを戦闘に巻き込ませるわけには行きません』
「でも……」
スノーの中から言いたいことが沢山漏れ出してくる。しかしそういった事諸々、涙を流して飲み込むことで、変身したアセナにまたがった。
『アセナが強いのはあなたも見たでしょう』
「……うん」
スノーを乗せたアセナは踵を返して森に向かって疾走を始める。
対称にスノーは離れていくアセナの姿から目が話せないでいる。
施設が木々の奥へと消えていく。
そして目に見えなくなってすぐのこと、窓枠からは赤い炎の輝きが、剣戟の奏でる鮮やかな音が遠くまで響き、鮮烈にスノーの記憶へと刻まれていく。
「……がんばれヘリアス」
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