第4話

 ヘリアスはスノーを抱えながら直剣を後ろへふるう。それで後方からの刺突をそらし逆袈裟に敵の心臓めがけて切り上げる。それだけで、目の前のDNは煙にまかれ、人影のみが天へあがっていく。

 「ぬるい」

 対してアセナは淡々と相手の心臓めがけトリガーを引いていく。彼女の所属元であるキムメリオスが作った、現状唯一、人の身でDNを帰天させることのできるこの弾丸は貫通に特化した特別性AP弾。

 その威力は申し分なく、次々にDNを帰天させていく。

「危ない!」

 次いで、アセナの死角を狙うようにダガーを握ったDNが懐へ入り込む。

 スノーそれを見つけるとたまらず声を上げた。

「そこも領域」

 もはや焦る様子もない。

 体を傾け、体制を崩した状態からの回し蹴りが正確に敵の腕に向けて当たる。ダガーを手放したDNは前傾に倒れ、背から弾丸を撃ち込まれる。

「あいつは人間じゃないからあれくらいじゃ死なないよ」

「へ、なにそれ」

 ヘリアスはヘリアスでスノーを抱えながらでも社交場を踊るように、鮮やかに複数の敵をいなしていく。

そのままの勢いをのせアセナとヘリアスの二人は少しずつ後方に道を作っていく。

 「アセナ! 私の部屋まで下がるぞ、私の部屋ならここのDN程度じゃ侵入できない。休みついでにスノーに状況説明してやってくれ」

「了解」

 際限なく影から湧いてくる敵。

 冷静にそれをさばいていく二人。

 「あと少し」

 そして扉の付近までやってくると、そこから一気に部屋へと駆け込んで扉を閉じた。

 「「はぁ」」

 一息ついて扉に背をつくヘリアス、と懐のスノー。緊張からなのかヘリアスはスノーを離せず抱きかかえたままだった。

「もう大丈夫だよ?」

「ん? あぁ、ごめん」

 へリアスはスノーを床に下ろす。

 アセナの方はというと呼吸一つ乱すことなく、銃をホルスターにしまっている。

 「怠けているのではないですか?」

「お前が家事をする仕事を与えたからだろ?」

「愚問ですね」

 そんな軽口を挟む余裕もある。

 「スノー、こんなことに巻き込んでごめんな」

 ヘリアスはスノーにそうつぶやいて向き直る。

「大丈夫って言いたいけど……どうしてこんなことになってるの」

「……スノー」

「それも当然の疑問です。ではいったんそこへ」

 アセナはスノーに諭すと、部屋の中にあるソファーに腰を下ろさせる。

「扉はどのくらいもちます?」

「見つかってセブンスにでも能力を使われるか、私の部屋に窓があることを知っている奴がいるかによるな」

「じゃあそれまでに」

「了解」

 二人は短いやり取りを終え、アセナのほうはスノーの隣に腰を下ろす。

「私が言うのもどうかと思うのですが、こんな状況で聞いてもらうつもりではなかったのです。ほんとはもっと落ち着いた所で話したかった」

「しょうがないです、わけがわからないですけど……とにかく必要なんですよね私」

 精一杯の強がりなのか、二人のためにと思うからなのか、スノーは笑みを見せる。

「ええ、そうです」

 それにヘリアスもうなずいて答えた。

「では何故あなたが必要なのか、というところなのですが……その話をするために、まずヘリアスの話をしなければなりません」

「そういえばさっきの白いやつ……」

「そうだな」

 そう言うとヘリアスは先程の戦いで見せた一部分だけの鎧ではなく、全身の鎧を換装させて見せる。

空間が歪み、へリアスのまとう半透明で微かな存在は確かな存在へと移り変わる。

そして目の前に現れるのは真っ白な鎧をまとったヘリアスの姿。

印象的なのは鎧の異質さに引けを取らない、その背から生えた白い翼と、それに合わせた猛禽類の頭部を想起させる兜。

「うぁ……」

 目を輝かせてヘリアスを見つめるスノー。

「どうだ」

ヘリアスがくぐもった声で聞いてくる。

そのギャップにスノーは少し笑ってしまう。

「うん、ヘリアスに似合ってるよ。かっこいい」

「そ、そうか……ありがと」

照れくさいのか、ヘリアスはカリカリと兜を掻いた。

「ということで、このとおりヘリアスは人間ではない」

スノーはというと、ただ頷くのみだった。

「驚かないのですか?」

「それさっき言うべきじゃないですか?」

「「確かに」」

もはやスノーは先程の戦闘で二人が人間ではないことに納得がついてしまっている。

「こほん、では何者か……答えは天使です」

「天使ってあの頭に照明器具がついているアレ?」

「こら、照明器具ゆうな」

「天使と言っても様々いますが、地上に存在する大体の天使はその主を神タナトスとしています。役割はなくなった人の魂を冥界へと贈り届ける仕事と、人々が睡眠中に見る夢を管理する仕事」

「魂を、っていうのはわかるけど……夢を?」

 スノーの中にあったイメージでは天使とは神の使い、死んだ人のところへ現れるというイメージでしかない。

「そうです。というのも人の夢というのは人間が想像するような物とは別に、一つのエネルギー源として働く面があります」

スノーに加えヘリアスまでもが首をかしげる。その様子に気が付いたアセナはヘリアスに鋭い眼光を飛ばし、ヘリアスはそっぽを向いた。

「人間一人を器として想像してください」

 そう言われたスノーは素直に一つの深皿をイメージした。

「それは子供用の食器ほどしか無く、体内で生成された大きな夢は僅かしか貯めることが出来ません。この僅かを超えて蓄えられてしまうと、その夢は溢れて現実に影響を及ぼし、その結果、夢の世界が現実を書き換えてこの世界に顕現してしまうのです」

「まるで魔法みたいだね」

「そうとも言えるかもしれません」

 子供らしい解釈にアセナは納得いったように大きく首を縦にふった。

「そこで、天使たちは一晩の間で睡眠中の人々のもとへ訪れ、夢を回収し主の元へ持ち帰ります」

「「ふむふむ」」

「しかし天使でも仕事が上手くいかない日もあります。例えば、ヘリアスがそのヘマをしたという例……」

 そう言って向かいを指差す。

「指さすな、こら」

「夢がもつその強大なエネルギーの取り扱いを天使が一歩でも間違えた結果、それは天使の体に影響を及ぼします。夢の発生元である人間の存在をその体に転写し、そして回収していた夢を権能としてその身に刷り込まれてしまいます」

「私だったらこの顔と、この鎧だな」

自慢げに顔を指差し、ついでに体を指差した。

「きっと何かのナードで、夢に見るほど好きだったのでしょうね……」

「なんでそんな悲しそうな顔すんだよ、美人だしいいじゃないか」

 先ほどからいじられ続けて不服そうなヘリアスを構わず、アセナは話を進める。

「いよいよそうなると夢の影響を受けた天使は主の管理下を外されてしまいます。やがて自動的に『堕天した』という処理をされ、この世界に捨てられてしまうのです」

「それがヘリアス……」

「ええ」

「そこで私が今所属している組織の出番です。『キムメリオス』というのですが、そこではヘリアスみたいな天使として存在価値がまだある者をDA、人界で犯罪に手を染め、その本質自体をも堕天した者をDNと区別し、管理しています」

「セブンスは今DNになったな」

 ヘリアスがスノーに向き直って補足を入れる、すると思い起こされるのはセブンス所長の見たことの無い怒りに満ちた表情。

「う……ん」

「取り敢えず今は天使が実在し、悪い奴と良い奴がいるということだけわかってください」

「うん、わかった」

「では最後、なぜこれがあなたに関係あるのか」

 アセナはわざとらしく人差し指立てる。

「端的に言うと最近になってあなたの存在が天使にとって重要になったからです」

「重要になった?」

 スノー自身にしてみれば全く検討がつかず、疑問符が増えていくばかりである。

「ええ、あなたに流れる天使の血が」

 流れるように明かされる話にスノーの思考は停止する。

「は、え? 天使⁈」

 わけも分からずスノーの頭はパンク寸前に空回りしている。

「いや、そういうわけでも……まぁ、とにかくその部分に関しては後ほど説明するとして……あなたの出自、そして父から譲り受けている可能性がある力が解明できれば現状天使が抱える問題を解決する糸口になるかもしれないのです」

「なるほどな」

 とヘリアスは一人納得言ったかのようにうなずいている。

「私に黙っていたのはそういう理由か」

「あなたにはだいぶ迷惑をかけましたね」

「いやいいよ、別に私の使命はスノーを守ることに変わりない」

 スノーを横目に再度互いの信頼を確認する二人。スノーはその二人を割いて話を再開させた。

「じゃあ今その問題で、セブンスおじさんは私を欲しがっている。逆にアセナとヘリアスは私を渡さないようにしてくれてるって事?」

アセナはスノーに向き直ると安心させる為なのか、先程よりもしっかりとうなずいた。

「どっちかが正しいかなんて今のあなたには判断できないでしょうが、そうゆう事です」

「うん……けど、私はヘリアスを信じてるから、信じるよ」

「そう言ってくれると嬉しいです」

 そう言って三人はうなずきあった。

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