第3話
ピンポーン……。
時計の針は深夜一時を指し示す、施設内には甲高い来客用の玄関チャイムが鳴り響いた。
突然の事にヘリアスの肩は小さく跳ねる。
(まったく、今何時だと)
ヘリアスが働き、スノーが住まうこのカンパニュラという施設は社会的立場としては福祉施設として運営されている。その為、幼い子を連れた来訪者が度々夜更け頃に訪ねてくることがあった。
しかしヘリアスはどうにもこの呼び出しのチャイムには慣れる事がなかった。
嘆息しつつも、こういった場合は夜勤の守衛が対応する形になっているので未だ書類仕事をしていたヘリアスは止まった手を動かそうとペンを握ろうとした、その時二度目のチャイムが鳴った。
「……まったくなにをしているんだ、守衛は?」
訝しく感じたヘリアスは今まさにペンを握ろうとした手を止め、部屋を後にした。
向かう先は当然窓口のある玄関、一般的な家庭ならば出迎えなどしない所だろうが、ここは福祉施設だ、誰かが出迎えに顔を出さねばならない。
建物の端にある自分の執務室から玄関は少し遠い、小言をつぶやきながら身支度を一応すると、玄関へ向かう。
「はい、ただいま……あ」
玄関前のホールに出ると既にその扉は開かれていた。
不審に思い、周囲を見渡すがそこに守衛の姿は見当たらない。
へリアスは体温が下がる感覚がした。
「…………っ」
駆け寄った窓口から中を見るとそこには守衛に支給されている制服が一式散乱しているのが見て取れた。
そこから状況の異常性を感じ取ったヘリアスは警戒する。
「くそっ!」
第一に思いつくのはスノーの身の安全。殺されたのが“敵”であろうと関係ない、急がねばならないとヘリアスは駆け出した。
向かう先は当然スノーの自室だ。
予想される襲撃者の抵抗の為にヘリアスは堕天使特有の能力を使い、白銀の剣と盾にもなる篭手を換装する。
窓口に在中していた守衛はヘリアスと同じ堕天使であった。
仮に犯罪者の襲撃があったとしてもヘリアスと同じく固有の能力を使えば対抗など容易いことではあるのだが、ヘリアスの見立てでは抵抗すら出来ず消えているように見えた。
もはや足音など殺さずスノーの部屋の前までたどり着く。
ドアノブが向こうからひねられるのを確認したヘリアスは一切の躊躇無く刺突をその扉の隙間へと差し込む。
(この高さの刺突ならスノーに当たらない)
「死ね」
しかし、渾身に近い高速の刺突は感覚を返さなかった。その代わりにあるのは剣の腹を返そうとする抵抗の力だった。
(なっ!)
「まだまだ甘いですね」
部屋の暗闇から聞こえてきた、どこか聞いたことのある声にヘリアスは瞠目する。
「アセナ?」
喉から溢れる声。その途端、両者の間にあった緊張が霧散した。
「スノー……いるんだろ、無事か?」
ゆっくりと脱力するヘリアス。それに合わせてアセナもナイフを下げた。
「うん」
もぞもぞとベッドから這い出たスノー。
「驚かせて悪かった……こいつの話はすまないが後だ、簡単には説明できない」
事前に二人が交わしていた会話を聞いていないアセナは悩むようにそういった。
その時にはアセナの片腕から鎧と剣は消えていた。
「てか、おいアセナ。来るなら連絡ぐらい入れたらどうだ」
「そんな、今日来るのがばれたらどうするんですか」
もっとやり方があるだろうと、心の中でため息を吐くヘリアス。
「とりあえ……」
そう言ってヘリアスが自分の事務所へ二人を連れて行こうとした時。
『何事だっ!』
部屋の正面、二階と一階をつなぐ吹き抜けの奥から男の声が聞こえる。
「はぁ……お前がチャイムをポチポチ押すからだ」
「いや、まさか。施設所長の彼が今日居るなんて知らなかったんです」
二人は先立って廊下に出る。
ちょうどロビーを見下ろすような形だ。
「こんばんは。ご無沙汰しております、セブンス所長」
セブンスと呼ばれたのは紺色のストライプスーツに赤いワイシャツとオールバックの白髪が印象的な老齢の男。
両者は一瞬瞳を合わせると、セブンスがヘリアスにとってかった。
「いったいどうゆうことだ、ヘリアス!!」
へリアスは無言で首を振る。
「くっ、アセナ……キムメリオスがこんな時間に一体なんの様だ?」
今度は直接アセナ本人に。早口の言葉から焦る様子が垣間見える。
「今日は霧月雪花を引き取りに来ました」
アセナの雰囲気が徐々に冷たいものに変わっていく。
スノーは廊下に出た二人を追いかけ、そしてヘリアスの背に隠れる。
(スノーおいで……)
小声で耳打ちするヘリアス、スノーをそのまま抱きかかえられる。
(大丈夫だ、私がいる)
「なっ……勝手に預けておいて、その子が必要にでもなりましたか?」
セブンスはどこか落ち着かない様子だったが表情にだけは挑発的な笑みを貼り付けている。それにアセナは温度を極限まで下げた目線で見据える。
「そうです」
「あっはっはっは! まるで物を扱うようじゃありませんか」
スノーはセブンスの発言に反応してしまう。
「聞くな」
ヘリアスはセブンスの言葉に対し、反射的にスノーを抱える力を強くする。
対して冷静さを崩さないアセナ。
「心配しないで、大丈夫です」
そう言ったアセナは吹き抜けを飛び降り、一階に音もなく着地する。
歯噛みするヘリアスは後を追ってスノーを抱えたまま飛び降りる。
両者の視線の高さが同じになる。
「やれやれ……最初期の迷子として、貴方は私たちキムメリオスに献身的で私も一目を置いていましたが、見損ないましたセブンス」
アセナは右股のホルスターから、グリップに包帯が巻かれるハンドガンを引き抜くと銃口を床に向け、おもむろに自分の影を撃ち抜いた。
「アセナ何を……?!」
「裏は取れていますよ、セブンス……」
突然の行動に取り乱すヘリアス、それを制すアセナは影を指差す。
撃ち抜かれた影からは能面の白いドールのようなものが浮かび上がってくる。そのドールはそのまま浮き上がり続け、天井をすり抜け消えていく。
「帰天現象? DNか!」
ヘリアスの脳裏には守衛の残骸がフラッシュバックし言葉が漏れる。
「アセナぁ……貴様!」
突如激昂するセブンスに対し、依然として冷たい目線をセブンスから離さないアセナ。
「ヘリアス、実力行使です」
アセナはハンドガンに続き、へリアスの攻撃を受けたブレードナイフを引き抜き抜いて構える。
「しょうがないか……スノー捕まって」
へリアスは支える左腕をそのままに右腕の他、下半身を鎧に換装する。
「きれい……」
並んだ二人。その姿を見るだけでスノーにはこの二人が長い時間を共にしていたのだと、少しアセナに嫉妬しつつも感じ、二人の姿が憧憬に映る。
「きますよ」
DNが室内の影から現れ三人を囲む。手にはそれぞれ自分のトレース元になった夢から武器を持ってくる。ジャベリンやヘリアスのような剣、それから素手まで。その全てが戦闘向きのDNであることがわかった。
「私『DNは銃なんかで死なない』なんて言いましたっけ」
「いってないな」
へリアスが状況のトリガーを引いた。
それがすべての合図となる。
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