第3話 花泥棒

 このちょっとした遠出に、百合が乗り気じゃないのは、自転車の籠に入れられた花のことだけではなかった。高校受験を機に、百合はあまり家族と出かける回数が減っていたからだ。


 特別仲が悪いわけじゃない。ただ、百合も友達との付き合いが頻繁になり、両親に構っていられなくなったのだ。


 例の件が発生してからは、さらに距離を置くようになった。そのため、両親と会話らしい会話が出来ず、百合はずっと窓の外を眺めていた。そんな中、車内に音楽が流れてきた。


 雑音の混ざった音。しばらく聞いていると、人の声がし始める。そこで百合は、音の正体がラジオだと気がついた。会話がないからと、父親が気を利かせて付けたらしい。


紅林くればやし満久みつひさ東屋あずまやにようこそ! こんにちは。暑い日が続いて、皆さんは大丈夫ですか? 室内にいても、ちゃんと水分補給しましょうね。パーソナリティーの紅林満久です。この番組は――……』


 時刻を見ると、九時半。ちょうど始まったばかりらしい。聞いたことがあるような、ないような人物のタイトルコールが流れてきた。そして当たり障りのない挨拶をして、番組の内容を説明している。


 どうやらラジオを公園などにある東屋に例えて、そこにリスナーを招く、というコンセプトらしい。

 東屋にやってきたリスナーと、井戸端会議のように最近の出来事や相談などを話題に、パーソナリティーの紅林満久という男が、盛り上げていくようだ。


 そっか。ラジオっていう手もあるのか。匿名での悩み相談というか、話題提供とかでヒントを得られるかも。


 普段ラジオを聞かない百合は、文面の参考にと、音に意識を集中させた。お悩み相談のコーナーに入ると、自然と前のめりになる。


『えっと、ラジオネーム○○さん。

 ≪紅林さん、こんにちは。毎週この時間を楽しみにしています≫

 ありがとうございます!

 ≪実は困ったことが起きているんです≫

 何でしょうね。』


 紅林はリスナーから来たメールに、逐一答えながら読み進める。


『≪些細なこと過ぎて、周りに話しても、適当にあしらわれてしまいそうな話なんですが、聞いてもらえますか?≫

 勿論です。むしろ、そういった話を取り上げるのが、このラジオの良い所ですから、気にせずどうぞ』


 まるでリスナーと会話をしているように答える。その分、一つのメールを読むのに時間がかかってしまう。


 しかし、百合にとっては、それが有難かった。ちょうどこのリスナーと同じ悩みを抱えていたからだ。肝心の中身まで一緒なのか、とても気になった。


『≪恥ずかしながら、私の家の庭はガーデニングが出来るほどの広さはありません。そのため、玄関の外周りに植木鉢を置いたり、塀にぶら下げたりしています。毎日母が世話をして、綺麗な花を咲かせてくれていたんですが、ここ数ヵ月、その花を盗って行ってしまう人がいるんです≫

 ……人様の家の花を盗るんですか。そんな困った人がいるんですね』


 百合は思わず、紅林と同じような感想を抱いた。


 そんな奇特な人がいるんだ……。花を勝手に置いていく人がいれば、盗む人もいるなんて。


『≪母は警察に言おうと言っているんですが、花くらいで大袈裟だと私は言ったんです。けれど、一度や二度じゃないので。どうしたらいいと思いますか?≫

 そうですね。確かに、盗られた物は金品ではありませんが、大事に育てた物ですから警察に、という〇〇さんのお母さんの気持ちも分かります。そして、警察に言うのは大袈裟だと言う〇〇さんの気持ちも』


“大袈裟”という言葉が、百合の心に突き刺さった。


「こういうのって、警察は取り合ってくれるのかしら」

「こういうのって?」

「聞いてなかったの? 花泥棒はなどろぼうよ」

「花泥棒?」


 両親の会話に、思わず百合は割り込んでしまった。まだラジオを聞いていたかったのだが、母親の発言も興味を引いた。


「そうよ。花を盗んだんだから、花泥棒」


 花を置いていく人は、何て言うんだろう、なんて思ったが、さすがに口にはできなかった。

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