第12話 霧の中の海賊島

 海賊たちの根城を目指し、霧の海へと乗り出していったエルスたち。


 しかし陸から離れた沖に差し掛かるや、いっこうかいじゅうたちの襲撃にい――さらに予期せぬトラブルによって、船の動力たるまでも失う羽目となった。


 それでもエルスらはぎょりょうだんの面々らと一致団結し、どうにか危機を乗り越えることができた。襲撃を押し返した乗組員らは破損した帆を交換し、現在は目的地へ向けて、高速で海を駆け抜けている。


             *


「えらい目に遭ったけどよ。なんとか切り抜けられてよかったぜ」


 エルスたち三人は船長フェルナンドが操船を行なっている、せんろうにて合流する。ここは甲板よりも数段高くなっているということもあり、船の様子を一望することもできる。


 甲板には帆に魔力素マナで風を送る男らのほか、さきほどのシーマイマイの残骸をほうきで集める者や、しおなまガエルの肉体を解体している者たちの姿も見える。あれら魔海獣は魔物とは異なる生物のため、討伐を終えた際にはこうした〝片付け〟が必要のようだ。


「マイマイのかられいな虹色のりょうになりやすし、カエルの目玉は薬の素材に使えやす。それに肉は塩漬けにして潮風にさらせば、良いさかなになりやすぜ」


 フェルナンドは言いながら、右手でジョッキをかたむけるような仕草をする。


 海には通常の魚以外にも、さきほどのような魔海獣や魔物が多く生息している。こういった事情もあり、いかなる漁を行なう際にも充分な武装が必須となる。


 さらに〝人間のみ〟を襲う魔物と異なり、魔海獣は〝生物全般〟を捕食する。そのため充分な海洋資源を確保するためには、漁猟団のような武装組織が不可欠なのだ。



「さっきのタコは? あれって食べられるんですか?」


「いえ。ヤツにゃ、やっかいな毒がありやす。しかもとんでもねぇにおいのすみを吐きやがるんで、海の上で仕留めるのが鉄則でさぁ」


 首をかしげながら問うアリサに、フェルナンドが丁寧に回答する。


 デスアーミー漁猟団への入団に際しては、海での戦闘や操船に有効となる〝風の精霊魔法〟に精通していることが、絶対の条件となっているそうだ。浮遊ダコは魔法でとす他、移動魔法フレイトで海上をしょうしつつ、上方から高速で仕留める戦法もあるらしい。


「――とはいえ、周囲はこのザマですからね。今は決して、船から外へ出ねぇでくだせぇ。もしもルートを外れちまうと、無事に帰れる保障はできやせん」


「わかッた! 俺とアリサは海が初めてだし、いろいろと勉強になるぜ」


 エルスはフェルナンドに礼を言い、今度は冒険バッグから〝王家の地図〟を取り出す。これは出発を前に、オーウェルからエルスにたくされた物だ。



《ティアナなら、地図これのことも知ってるかと思ったけど――。ダメだな、あんごうつうつながンねェや》


《ミーファちゃんや、ランベルトスの仲間みんなにも届かないねぇ》


《おそらくは、この霧の影響せいだろう。町へ戻ったら、ドミナにフィードバックしておいた方がよさそうだな》


 カラフルに塗りつぶされた地図に視線を落としながら、エルスは時おり頭を押さえる。さきほどの戦闘を終えて以降、彼の脳裏では〝なにか〟の映像が浮かんでは消えるといった現象が、何度も繰り返されていた。



《エルス、オーウェルどのについてだが――。彼女は別の世界から来た人物、転世者エインシャントの可能性が高い》


《へッ? 転世者エインシャントッていやぁ……。ナナシや、ディ……》


 そこまで言葉をつむいだたん、エルスの頭に刺すような激痛が走る。釣られてアリサもうつむくような格好で、自身の頭に手を当てている。すると異変を感じたのか、フェルナンドが彼らの方へと視線を向けた。


「おっと、大丈夫ですかい? 慣れねぇうちは、酔っちまいやすからね。もうすぐ着きやすんで、少し座って休んでくだせぇ」


「あッ……。ああ、わりィ。そうさせてもらうぜ」


 エルスはフェルナンドのそばから離れ、甲板への階段に腰かける。

 そんな彼の隣に、アリサも並んで腰を下ろした。



《大丈夫か? 二人とも》


《ああ……。なんか、思い出したんだ。カルビヨンに着いた時とか、さっきのニセルのぶきを見た時とか……。そういうのが重なって、急に記憶が戻ってきた……》


 手にしていた地図を冒険バッグにい、エルスは自身の右腕をさする。とうに傷はえているものの、とつじょとして以前に受けた痛みの記憶が鮮明によみがったのだ。


転世者エインシャントの、ディークス……。アイツの顔と名前をさ……》



             *



 真っ白な霧の中、エルスたちを乗せた船は順調に航路を進み、ついに目的地である〝海賊島〟へと辿たどくことができた。エルスらは船から小さなボートへ乗り換え、霧に包まれた浜辺に足を下ろした。


「おおっと……! 足元が変な感覚だぜ」


「うん。なんだか〝はじまりの遺跡〟に着いた時みたい」


 まだ二人が駆け出しだった頃、アリサは運搬魔法マフレイトによって現場へ到着し、浮遊する結界から足を下ろした際にも似た感覚を味わっていた。


「何気ない動作や感覚のひとつひとつにも、記憶は宿ってゆくものさ。二人とも、しっかりと心に〝経験〟を刻んでおくといい。そうすれば、に済む」


「わかッたぜ。……ありがとな、ニセル」


 なぜ〝ディークス〟という男の存在が、エルスの頭から抜け落ちてしまっていたのか。理由に思い当たる節もない。しかし、ひとたび思い出した今となっては、あの時の記憶を自由に辿たどることができる。


「アリサも思い出したのか? アイツのこと」


「うん。〝ふぁっく〟って言ってた人だよね? どういう意味だったんだろ?」


「わからねェ。もしかすると、異世界の言葉だったのかもな。――とはいえ、今は考えてる場合じゃねェや。海賊たちに会いにいかねェと……」


 どうにかエルスは気持ちを切り替え、島の奥へとらす。


 砂浜の先にはうっそうと茂る森林地帯が続いており、見たところはきょてんらしき、建造物などのたぐいは見当たらなかった。


             *


 しばらく三人が待機していると、今度はフェルナンドと数人の船員たちが、小舟で砂浜へと到着した。人員はフェルナンドの他、細身の若い男が一名、壮年の小柄な男が一名。そして引き締まった体格をした若い女が一名の、総じて四名が上陸した。


 船長に連れられた三名は姿勢を正し、勇ましげに敬礼をしてみせた。


「お待たせしやした。漁猟団うちの精鋭どもを連れてまいりやしたぜ。相手は悪名高き海賊団、テンプテーションズだ。あらごとなしとは、いきやせんからね」


「やっぱそうなるよな……。でも、船長まで行くのか?」


「あっしが仮にヤラれても、船を動かせるヤツはりますんで。逆にヴィルジナめとあいたいするにゃ、ってワケにゃあまいりやせん」


 そう言ってフェルナンドは真っ直ぐに、エルスののうかいしょくの瞳を見つめる。


 フェルナンドいわく、ヴィルジナという女海賊は人心に付け込み、敵を操る戦法を得意としているらしい。確かに彼が連れてきた精鋭たちの眼差しからは、どこか言葉では表現できぬほどの、意志の強さが感じとれる。



「そッか。それじゃ改めて、よろしく頼むぜ!」


「ええ、足手まといにはなりやせん。この若ぇ二枚目がマルコ、こっちのドワーフがドルガド。こいつぁジジイに見えやすが、三人とも若い同年代でさぁ」


「ちょっとせんちょぉ。ウチのダーリンに失礼じゃないかい? シュッシュッ!」


「――で、この気の強ぇのがノーラ。普段は調理場にりやすが、敵のもお手のものですぜ」


 連続で突き出されるノーラの拳をなしながら、フェルナンドは仲間たちの紹介を手早く済ませる。そしていっこうが森林へと足を向けかけた時、いかりを下ろした船の方から、聞き覚えのある大声が響いてきた。



「ちょちょちょ! 待ってくれッス! オイラもついてくッスー!」


 エルスが船の方へ目をると、マーカスが移動魔法フレイトを発動し、こちらへと飛行してくる様子が確認できた。そして彼は盛大に海水や砂を巻き上げながら、一同のもとへと落着する――。


「……ペペッ! おい、マーカス! なんのためにボートを使ったと思ってやがる!」


「うひぃ!? これは単なる事故で……。オイラは悪くないッスよぉ!」


「だいたいオメェは適任じゃねぇ。エルフのいろまどわされちゃあかなわんからな」


 フェルナンドはキャプテンハットの砂をはらいながら、マーカスの眼をにらみつける。船長から向けられるあつに屈し、彼の視線はいやおうもなく、絶えず周囲を泳いでいる。


「だっ、大丈夫ッス! エルフの女に興味ねぇッス!……たぶん。それに、オイラはこう見えて、人殺しは得意ッスよ?」


 対人戦を主とする盗賊団に居た以上、マーカスの弁にいつわりはないのだが。彼のストレートすぎる言い草に、エルスは思わずまゆを寄せた。


 当のマーカス本人はフェルナンドたちによって必死に説得され続けるも、どうやら彼の決意は固く、一向に折れるつもりはないようだ。



「まッ……、まぁ。連れてッてやってもいいんじゃねェか?」


「だねぇ。それに置いてっても、勝手についてきちゃいそうだし」


 このままではらちがあかないと判断し、エルスはマーカスの同行を許可することに。するとマーカスは尻を左右に振りながら、全身で喜びを表現しはじめた。


「おっ、さすがは勇者! 話がわかるッス! こっちの仲間になりたいッス!」


「おい、調子に乗るんじゃねぇ!――いいんですかい? エルスさん。最悪、が増えちまいやすぜ?」


「いやぁ、俺は逆に、にんげんとの戦いは苦手でさ。心強いことには変わりねェッつうか……」


 そこまで言いかけたエルスは気づいたように、言葉を切って黙り込む。


 もはやエルスは〝駆け出し〟ではない。

 人々に希望をもたらす〝勇者〟として、不安な言動はつつしまねばならないのだ。



「わかりやした。いざってぇ時は、こっちでキッチリしやす。――マーカス! 覚悟はいいな!?」


「ぐひっ!? もっ、もちッスよ! オイラ負けねッス!」


 マーカスは大振りのナイフを抜き、勇ましく右手を突き上げてみせる。


 こうして漁猟団の精鋭を加えたエルスたち八人は、海賊団・テンプテーションズの根城アジトを目指し、霧に包まれた不気味な森林へと足を踏み入れてゆくのだった。

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ミストリアンクエスト 幸崎 亮 @ZakiTheLucky

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