第11話 霧の海に潜むもの

 カルビヨンの秘宝こと〝オディリスのともし〟の情報を求め、海賊たちの根城アジトへ向かうことを決めたエルスたち。


 天上の太陽ソルいまだ朝の陽光ひかりを降らせており、カルビヨンには暖かく穏やかな潮風がそよいでいる。しかし船着場から海へと目を向ければ、そこには真っ白な霧がたいりゅうする、異界のごとき光景が広がっていた。


「二人とも、勝手に決めちまッてすまねェな……」


「ううん。わたしも行くつもりだったし」


「おそらくはオーウェルどのも、オレたちが向かうことを期待していたんだろうさ」


 ニセルは「ふっ」と息を吐き、停泊中の小型船へ視線を移す。


 目の前のはんせんは小型とはいえ、ぎょりょうだんが保有する本格的なかんせんだ。このサイズでも数十名もの人員が、余裕をもって乗り込めるほどの規模がある。


 それがまるで、最初から誰かが〝海賊島〟へ向かうことを想定していたかのように、すでに出航の準備を終えていたのだ。



「でも久しぶりに、この三人での冒険だねぇ」


「だなッ。なんか、ファスティアを出発した頃が懐かしいぜ」


 エルスは出発に際し、あんごうつうでミーファたちとの連絡を取ってみたものの、この霧の影響か客足が絶えず、あちらもであるとのことだった。


「まッ、俺たちも頑張ろうぜ! 覚悟だけはしとくけど、なにもッて決まったワケじゃねェしな」


 エルスは手にしていた〝ろいまんまんじゅう〟の箱を防水・防腐用のほうに包み、ひもでマントの裏にぶら下げる。冒険バッグには食品類を収納することができないために、昔から食品のたぐいはこうした形式で持ち運ばれている。



「どうも、勇者の皆さんがた。準備はよろしいですかい?」


 三人が船をながめていると、背後から近づいてきたひげづらの中年の男が一礼した。彼は青いコートと青いキャプテンハットを身に着けており、腰にはわんきょくした形状の、年季の入った剣を下げている。


「あっしはデスアーミーぎょりょうだんのフェルナンド。普段は定期船の船長をやっとります。こう見えて元・ネーデルタール軍人でしてね。皆さんの足は引っ張りやせんぜ」


「おッ、よろしくな船長! 俺たちは準備完了だ! 頼りにさせてもらうぜ!」


 エルスたちはフェルナンドと握手を交わし、互いに簡単な自己紹介を済ませる。定期船の運航が停止してしまったことで彼をはじめとする多くの漁猟団員たちが、おかで体力を持て余しているようだ。


「承知いたしやした。――よぉーし! 気合いを入れろ野郎ども! 出航するぞ!」


「アイアイサー!」


 フェルナンドの号令で、周囲の団員らがいっせいに持ち場に就く。エルスたちも乗船し、こうしていっこうを乗せた船は、霧の海へと繰り出した。



             *



 海上には冷気を帯びた空気が漂ってはいるが、波風はおもいのほかに穏やかだ。しかし周囲は白い霧によってに支配され、太陽ソル陽光ひかりさえも大幅に削り取られている。


 冷めたそよかぜに受けながら、カルビヨンを出港した船は真っ白な空間を緩やかに進んでゆく。エルスたち三人は甲板で白い海をにらみながら、現れるであろう魔物の襲来に神経をとがらせる。


 そんな彼らの周囲では十数名の船員らがあわただしく駆け回り、勇者たちを目的地へ運ぶべく、安定した航行に努めていた。


「真っ白だねぇ。なんだかゆらゆらしてるし、別の世界に来ちゃったかんじ」


「ああ。それにさみィ……。この服が調整してはくれてるけどよ、なんかからだの奥から冷えるッつうか……」


 現在、エルスとアリサが着ている服は、ギルドの仲間たちが用意してくれた特別なしろものだ。クレオールが材料の確保とデザインを担当し、ミーファが仕立て――ドミナとラシードによってあんごうじゅつの刻印や、魔紋様ルーンの加護を施された末に完成した。



「エルスはオレたちよりも、魔力素マナの異常に敏感だからな。この一帯が不安定なんだろう」


 ニセルは黄色の瞳を細めながら、周囲を包む霧を見渡す。


 カルビヨンの周辺は年中を通して温暖な気候に保たれており、通常であれば浜辺で海水浴を楽しむ観光客も訪れるほどだ。しかし謎の霧が発生して以来、海上の気温は低下しており、そうしたレジャー目的での客足は遠のいてしまっていた。


「む? エルス、アリサ。来るぞ――!」


 ニセルの言葉の意味を察し、エルスは左腰に下げた細身の銘剣エレムシュヴェルトを抜剣する。アリサも武器収納の腕輪バングルから魔装式大型剣ダインスヴェインを呼び出し、即座に戦闘の構えをとった。


             *


「敵襲ー! 総員、配置に就け! セイルを死守せよ! くれぐれも基本を忘れるな!」


 船長フェルナンドはそうりんを握りながら、乗組員らに大声で指示を飛ばす。彼の号令に威勢よく呼応し、青バンダナの男らも即座に戦闘の配置に就いた。


しおなまガエル、八! ゆうダコ、六! シーマイマイ、多数! 全方位に確認!」


 緊張の走る船上に、若い男の大音声が響く。どうやら帆柱マストに登った船員が自らの声を魔力素マナに乗せ、周囲に拡声しているようだ。


 その直後――。渦巻状のからを背負った軟体生物たちの群れが、霧の海から続々とがってきた。さらに海面からは、ドワーフの成人ほどの大きさをした黒いカエルが跳び上がり、粘性を帯びた不快な音と共に、次々に甲板へと落着する。


「オレは船尾へまわる。エルスたちはりょうげんへ分かれ、なるべく船首側の敵を狙ってくれ」


「了解ッ! いくぜアリサ!」


「うんっ!」


 ニセルの指示に従い、エルスとアリサは船の左右へと分散した。



 手早くげんがわへまわったエルスは剣を構え、手近に居たシーマイマイに細身の刃を突き立てる。刃はやすやすと殻を貫き、シーマイマイは動きを止める。するとその様子を見ていた船員の一人が、すぐにエルスに向かって大声を出した。


「おおっと勇者さん! そいつから離れてくだせえ!」


 船員の警告に従い、エルスは反射的に後方へ跳ぶ。直後、目の前のシーマイマイの殻が大きく破裂し、鋭利な破片が周囲へ向かってらされた。


「うへェ……! 助かったぜ、ありがとなッ!」


「へい! こいつらはかいじゅうでさ! おかのヤツラとはひとあじちがいますぜ」


 漁猟団制式のさんそうで応戦を続けながら、彼はエルスに敵の対処法を説明する。シーマイマイは絶命と共に爆散し、しおなまガエルは正面にとらえた獲物に対し、高速で舌を突き出してくるとのことだ。


「わかッた! 情報感謝するぜッ!」


 エルスは船員に礼を言い、周囲の状況に気を配りながらしんちょうにシーマイマイを貫いてゆく。ちらりとアリサへ目をると、すでに彼女は持ち前の戦闘センスで、相手の特性を見抜いてしまっていたようだ。


「はあぁーッ!」


 カエルの鋭利な舌をかわし、アリサは大型剣を両手で振り抜く。上体の捻りを伴って繰り出された一撃は、カエルの首をやすやすと斬り飛ばした。


 首を失ったカエルは力なくたおれ、傷口からはしょうではなく、真っ赤な液体が流れ出ている。息絶えてなお肉体が残っていることからも、この魔海獣という生物は、魔物よりも動物などに近しい存在であると推察される。



《こりゃ、なかなかやっかいだぜ。派手に魔法をブッ放して、船を傷つけるわけにはいかねェし……》


《ああ。それに霧の中には、まだ後続が潜んでいる》


 せんろうに陣取ったニセルは二丁の〝じゅうヴェルジェミナス〟を構え、海上を浮遊するタコの群れに次々と雷撃を撃ち込んでゆく。いかずちの直撃を受けたタコは即座に炭化し、崩れ去りながら海中へと沈む。


「第二波! 来ます!」


 魔海獣たちの襲撃を乗り切ったのも束の間。ニセルの言葉を裏付けるように、帆柱マストの上から再度の警告が響いてきた。見れば海上には泳ぐカエルの群れの他、不気味に回遊する新たな〝影〟も確認できる。


「ここでしょうもうさせるわけにはいかんな。――手の空いた者はセイルに風を送れ! 強行突破するぞ!」


 激戦の中、フェルナンドはたくみに操船を行ないながら、船員らに向けて大声を張り上げる。雄々しく野太い彼の声は、魔力素マナの補助がなくとも船全体へ響き渡るほどの声量を誇っている。


 そんな船長の指示を受け、青いバンダナをした数名の男たちが、帆に向かって両手をかざす。そんな時、赤いバンダナを巻いた小太りの男が、ようようと船室から飛び出してきた。



「ラジャー! 風ならオイラに任せるッス! ヴィスト――ぉ!」


 風の精霊魔法・ヴィストが発動し、男のてのひらから連続した風の刃が発射される。いくにも重なった刃は一直線に標的へ飛び、まんぱんとなった帆に大きな風穴を穿けてしまった。


「この馬鹿野郎ッ!? おい、マーカス! セイルに呪文を使う奴があるか!」


「うひぃッ!? つつつッ、ついウッカリ……! これは事故なんスよぉー!」


 フェルナンドにしっせきされ、マーカスなる男はいちもくさんに船室へと逃げ去ってゆく。風の魔法ヴィストを受けた帆は力なくしなれ、もはやすいりょくを生み出すことは不可能だ。


「訓練をサボりおって、あのなまものめ!――総員、第ニ波の迎撃に移れ! せんめつの後、速やかにセイルを交換! 全速離脱するぞ!」


「アイアイサー!」


 勤勉な船員らはいっせいたけびをあげ、再度の迎撃準備に入る。エルスたちも警戒を解くことなく、海からの襲撃に対して警戒を続けた。



《なんか、さっきの奴……。どッかで会ったような気がすンだよなぁ》


《そうだっけ? わたしは知らないかも》


《ジェイドのところに居た盗賊だな。あの時、アリサは深手を負っていた。覚えてなくても無理はないさ》


《あー! あそこから逃げてッた奴か! あいつ、漁猟団ここに入ッてたのか》


 エルスがファスティアでの出来事に思考をめぐらせようとした矢先、霧の中からは続々と、新たなる敵が船上へと押し寄せてきた。白き闇の上に孤立した戦場で、エルスたちの戦いはなおも続く。


《余計なことを考えてる場合じゃねェや。どうにかこいつらを乗り切るぜ!》

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