第10話 隠された秘宝を求めて

 海をおおう〝謎の霧〟を晴らす手がかりを得るために、デスアーミーぎょりょうだんの本部を訪れたエルスたち。三人が漁猟団の先代のカシラ・ライアンからのもてなしを受けていると、やがて現在のカシラを務める赤毛の女性、オーウェルが姿を現した。


「おかえりなさい、オーウェルさんっ」


「やっ、ようこそアリサちゃん! そっちの黒ずくめの彼は、はじめましてかな?」


「ニセル・マークスターと申します。お初にお目にかかります、オーウェルどの」


 ニセルはソファから立ち上がり、オーウェルに丁寧なあいさつをする。カルビヨンにおいて漁猟団はまつりごとになう組織でもあり、いわばカシラであるオーウェルは、国家元首にも相当する人物だ。



「そいつぁ俺の、ふりかおみってヤツだ。もう二十年くれぇ前か? ハハッ、俺も老いちまうわけだぜ!」


「ほほー。二十年っていえば、アタシよりも付き合い長いじゃないの! よろしくね、マークスターさん!」


 オーウェルは気さくに右手を差し出し、ニセルと軽い握手を交わす。


 続いてオーウェルは赤い上着を脱ぎ、それをソファの背に引っ掛ける。彼女の首には〝りの守護符アミュレット〟がぶら下がっており、そこに埋め込まれた小さな水晶が、キラキラとした輝きを放っている。


「ニセルって呼んでやんな。そうぃやオーウェルよ、港の様子はどうだった?」


「オッケー、ニセルさんね! あー、海の方はダメダメ。まだ漁に支障はないけど、出られる範囲もせばまっちゃってさ」


 ライアンの質問に答えながら、オーウェルはきゅうへと入ってゆく。そして少しの間をおいた後、湯気の立つのみを手にして戻ってきた。


「――まっ! それについては、これから作戦会議ってことで! エルスたちも、いいかな?」


「ああッ、もちろんだ! 俺たちは、そのために来たんだしなッ!」


             *


 エルスたち五人はソファに腰掛け、〝ろいまんまんじゅう〟を片手に会議を始める。対面の一人掛けソファにオーウェルとライアンが座り、同じく対面の三人掛けソファにはエルスとアリサ、ニセルに分かれて着席した。


「しかしエルス。あんたがあの〝勇者エルス〟だったなんてね! ファスティアであんたの名前を出したたん、カダン氏の態度が一変してね。『エルス殿の助けになるならば!』って、色々と便べんを図ってくれたんだよ」


「おッ、団長に会ったのか! なんか、そう言ってるトコが目に浮かぶようだぜ」


 エルスは駆け出しだった頃の、ファスティア自警団長のカダンとの交流を思い出す。もしもカダンと自警団の存在がなかったならば、現在のエルスたちの冒険も、存在しなかったと言っても過言ではないだろう。



「そういえばオーウェルさんは、何しにファスティアに行ったんですか?」


「まー、政治的なアレコレがおもっちゃ主なんだけど――。アタシらの本当の目的は、〝カルビヨンの秘宝〟の手がかりを得ることだね」


「それッて、〝オディリスのともし〟ってヤツのことか?」


 エルスが秘宝の名前を出すや、不意にオーウェルの目つきが鋭さを帯びる。


「――ひゅう! さすがは勇者! あの時のさいな一言で、とっくに正体をお見通しだったとはね!」


「いやぁ。正体ッつっても、なんか危ねェ神聖遺物アーティファクトだッてくらいしか。それにどこにンのかも、さっぱりわからねェんだよな?」


「そう! 問題は、そこだったんだよねー」


 オーウェルは思わせぶりに「ふっふっふ」と笑いながら、ゆっくりと自身の携帯バッグに手を伸ばす。そこで彼女はさらにもったいをつけながら、巻物状になっている、古い羊皮紙を取り出してみせた。



「おおッ? そいつはもしかして、宝の地図ッてヤツか!?」


「ご名答ー! これぞ〝灯火〟の在処ありかが記された、王家の地図ってやつよ!」


 オーウェルは独特のファンファーレを口ずさみながら、羊皮紙をっていたリボンを解く。そして皆の視線を確認しつつ、テーブルに地図を叩きつけた。


「ばぁーん! ねっ、どう?」


「えーっと……。よくわからないかも?」


「なんだこりゃ? なんかガキがテキトーに描いた、落書きにしか見えねェ……」


 テーブルに広げられた地図には、色とりどりのろうりょうで塗りつぶされた、奇妙で乱雑な図形が描かれていた。一同は目の前の代物に首をかしげながら、困惑したような反応を示す。


「……だよねぇ。カダン氏を通じてアルティリア王家に掛けあってもらえたはイイんだけど、そこで渡されたのが〝これ〟でさぁ」


 オーウェルが面会した文官いわく、すでに〝オディリスの灯火〟は王家のかんかつには有らず、部外者に渡せるものはだけとの話だったらしい。



「あとは歴史書や記録なんかを調べさせてくれればよかったんだけど。さすがに『そこまではさせられぬ!』――って。まっ、アルティリアも色々と抱えてるみたいだし、アタシらもこれ以上は食い下がれなかったってワケ」


「うーん……。そもそも危ねェモンみてェだし、別の方法を試すッてのは?」


「そっちは教会の聖職者や神学者、魔術士たちが寄ってたかって知恵を出してる最中なんだけどー。どうにも進展がなくてねぇ」


 深いためいきをつきながら、オーウェルは〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせる。結局のところ、何ひとつ打つ手がないというのが現状だ。



「でも、この地図。よく見ると海を表してるんじゃ? この下のほうに見えてる部分って、港町ここですよね?」


「おっ、鋭いねアリサちゃん! アルティリアから得た情報や地図の縮尺的に、この近海の、どこかの島にあるのは間違いなさそうなんだけど……」


 そこまで言ったオーウェルだったが、バツが悪そうに口ごもる。エルスは地図に視線を落としながら、自身のあごに手を当てる。


「じゃあ、その中からしらみつぶしに探すしかねェってことか」


「うん、それもなんだけど。ここいらの島は、やっかいな連中がじろにしてんだよねぇ。特に〝テンプテーションズ〟っていう海賊団がくせものでさ……」


「海賊ッて、海の盗賊みてェな冒険者だよな? へぇ、本当に居るんだ」


 海に縁のない者たちにとって、海賊は物語の中の存在だ。しかし陸で盗賊が大手を振っているのと同様、海では海賊が幅を利かせているのが実情だ。



「ああ。古くっからのヤンチャどもでよ。特にテンプテーションズの女頭目・ヴィルジナはようしゃがねぇ。俺の代じゃ、仲間がなんにんことか」


 悔しさをにじませるように言い、ライアンは緑茶の湯呑を握る。すると彼の怒りを表すかのように、冷め切っていたはずの水面からは、再び湯気が立ちのぼりはじめた。


「アタシの代になってから、何度かヴィルジナと交渉してね。ここいらの島を〝なわり〟として認める代わりに、町や漁猟団うちらには手を出さないって取り決めたんだ」


「奴らにとっちゃ、あくまで表面上の約束だがな。それでも奴らの襲撃は、多少はマシになった。俺に出来なかったことをやってのけた、オーウェルの見事な功績だ」


 ライアンはねっされた茶を一気にのどに流し込み、満足そうな笑顔をみせる。そんな彼の顔を見て、オーウェルも少女のような笑みを浮かべた。


             *


 会議は踊るも解決策はいまだ見えず。一通りの議論を交わした後、一同は判明した情報を改めて整理することにした。


「つまり、どうにかして秘宝を見つけるしかねェってことか。そンで、手がかりはその地図と、海賊の島……」


「学者さんたちの方は、ちょっと無理そうな感じだねぇ」


「それにあの霧の範囲は、日増しに拡大を続けている。もしも島を探索するならば、急いだ方がよさそうだ」


 ニセルの提案に、四人はそろってしゅこうする。

 続いてエルスが名案を思いついたかのように、人差し指を真っ直ぐに立てた。


「なぁ、海の宝ならさ。その海賊が手に入れてたりはしてねェかな?」


「奴らはしゅうだつが専門だ。まぁ、可能性がなくもねぇんだが」


「じゃあ、その人たちにいてみるとか?」


 アリサは口元に指を当てながら、小さく首をかしげてみせる。そんな彼女の言葉を受け、オーウェルは軽快な笑い声をあげた。


「あっはっは! いいね、名案だ!――とはいえ、めっに話の通じる相手じゃないからねぇ。アタシが交渉した時も、仲間がなんにんせいになっちまったし」


「あぁ。それに落ち着いたとぁいえ、漁猟団おれらが島に上陸すりゃ、間違いなく厄介なことになっちまうからな」


 ライアンがそう口にした瞬間。

 まるで〝待ってました〟とばかりに、エルスが手を叩いてみせた。


「――よしッ! それなら俺たちが、そいつらの所に行ってやるぜ!」

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