第9話 真の勇者
エルスたちがカルビヨンに到着した翌日。
「よし、それじゃ行ってくるぜ! ミーファ、ティアナ、留守番は頼んだ!」
「ふふー! この〝
「うんっ!
二人の少女は息の合った独特のポーズを決め、エルスら三人を送りだす。
メイドの姿こそしているが、ミーファはドワーフの王国〝ドラムダ〟の第三王女であり、ティアナとは幼少時からの親友同士という間柄だ。
続いて店主が厨房から現れ、急ぎ足で一同の元までやってきた。彼は
「本当にありがとうございます。本日も手伝っていただけるとは……」
「おうッ、二人ともやる気だしな! 今日もよろしく頼むぜ!」
「奥さんのこと、
*
見送ってくれた三人に手を振り、エルス・アリサ・ニセルの三名は、カルビヨンの町へ出た。
「やっぱ
「ああ。それに見たところ、少しずつ霧の範囲が拡大しているようだ」
「あっちの灯台の方も真っ白だし。どうしちゃったんだろうねぇ」
「まッ、オーウェルさんに詳しい話を
「情報収集は冒険の基本、だもんねぇ」
たとえ勇者の称号を得たとしても、冒険者としての本質は変わらない。エルスたちは雑談を交わしながら高低差のある街路を進み、やがて街の入口近くにある、〝デスアーミー漁猟団〟の本部へと
*
「お邪魔しまーッス! オーウェルさん、居るかな?」
本部事務所の正面入口から中へ入り、エルスは大声で挨拶をする。
無人の室内には年季の入った木製カウンターが置かれ、石壁や天井には大きな旗や、
しばらく待っているとカウンター奥の扉が開き、エプロン姿の老人が姿をみせた。人間族であろう彼の頭部からは美しく長い金髪が伸びており、それはクレオールのヘアスタイル以上に、優雅なカールをみせている。
「あら、いらっしゃい。お客さまかしら?――おう、兄ちゃん。見た顔だな?」
現れた老人は器用に声色を変えながら挨拶し、三人の姿を順番に
「ご
「ああ、そうそう!――久しいじゃねぇか、ニセルよぉ!」
ライアンなる老人は言い終えるや、軽々とカウンターを跳び越えてニセルの背中を何度も叩く。二人は旧知の知り合いなのか、早くもライアンとニセルは親しげに、世間話を始めている。
「なッ……。なぁ、ニセル。えーッと……?」
「あら、ごめんなさい!――エルスにアリサっ
突然の展開に置いていかれ気味だったエルスとアリサだが。そんな彼ら二人の腕を
*
ライアンに案内された三人は、カウンター奥とは別の、もう一つのドアへと入った。ここはテーブルとソファの設置された応接室となっており、様々な賞状や写真、巨大な魚拓などが飾られている。
「いまオーウェルは港に出ているの。――まぁ、もうすぐ戻って
三人をソファに座らせるや、ライアンは隣接する小部屋に入ってしまった。そこは
《なぁ、ニセル。あのライアンッて人は?》
《彼はデスアーミー漁猟団の、先代の
珍しげに部屋を見回しながら、暗号通話で質問をするエルス。
「お待たせ! これはノインディアから輸入した〝緑茶〟よ。――ちぃと
ライアンはそれぞれの前に湯気の立った
「あッ。これは、ろいまんまんじゅう……」
「ええ、
「ありがとうございます、ライアンさん。いただきますっ」
アリサは上品に両手を合わせ、泣き顔のロイマンが刻印された、黄色のまんじゅうに手を伸ばす。
対してエルスは彼女が選んだ〝激辛カレー味〟を避け、白色のものを手に取った。それを一口かじって茶を流し込むと、口内で〝つぶあん〟の甘みが深まってゆく。
「おおッ? 確かに、この前に食った時よりも
「ふっ。このカルビヨンは、勇者ロイマンの出身地なのさ」
エルスの問いに答えながら、ニセルはライアンの顔を
「ええ……。あの子は。――ロイマンは、ウチの
どこか物悲しそうに言い、ライアンは静かに窓を見つめる。窓の外は町の入口に面しており、今日も大勢の人々が出入りしている。
「大神殿からの
「いや、本当さ! 俺が保証するッ! なんたッて俺は、ロイマンに助けてもらったことがある! 魔王メルギアスに父さんやアリサの両親を殺された俺を、ロイマンが助けてくれたんだ。間違いねェよ」
エルスは急に席を立ち、ライアンへ向かってロイマンへの感謝を
「俺はロイマンに憧れて冒険者になったんだ。そンでファスティアであの人に再会して……。色々あって、ニセルや仲間とも出会えて、ここまで来ることができた」
ソファとテーブルの間を器用にすり抜け、ライアンの元へ移動したエルスは真っ直ぐに、彼の黒い瞳を見つめる。
「だから……、ロイマンには本当に感謝してるよ。ありがとうございましたッ!」
エルスは
すると
「ハッハッハッハッハ……! そうか。そうかい……! あいつがしっかりと、
ひとしきり笑ったライアンは天を仰ぎ、自身の両眼を指で押さえる。そんな彼の頭からは金髪のカツラが滑り落ち、
「教えてくれてありがとよ。……感謝すんのは、俺の方だ」
「ああッ! ロイマンは〝真の勇者〟さ! だから自信を持ってくれよなッ!」
エルスは爽やかな笑顔で言い、ライアンと握手を交わす。
そんな彼らを横目にしつつ、アリサは床に落ちたカツラを拾い、自身の
「おう、すまねぇな……。妻は――
カツラを受け取ったライアンは飾り棚に
「だから俺はロイマンにも、
「忘れたくない……、ッか」
エルスの脳裏に
しかしそれ以上を思い出そうとすると、エルスの頭に激痛が走った。
《エルス、大丈夫?》
《ああ……。なんか、短けェ金髪の野郎が頭に浮かんでさ。ソイツが誰なのか、もうちょっとで思い出せそうなんだけどよ》
二人の暗号通話を聞き、ニセルは小さく息を吐く。
すると、その直後――。
応接室のドアが大きく開き、赤毛のオーウェルが姿をみせた。
「おやっさーん! たっだいまー! おっ? エルスたちも来てくれたんだね!」
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