第9話 真の勇者

 エルスたちがカルビヨンに到着した翌日。

 なぎさかんどりていに宿泊したいっこうは朝のたくを整え、一階の酒場に集まっていた。


「よし、それじゃ行ってくるぜ! ミーファ、ティアナ、留守番は頼んだ!」


「ふふー! この〝正義の探求者ユスタス・エクリスタ〟に、どーんと任せるのだ!」


「うんっ! 宿こっちは〝不思議の探求者ラビリス・エクリスタ〟に任せてっ!」


 二人の少女は息の合った独特のポーズを決め、エルスら三人を送りだす。


 メイドの姿こそしているが、ミーファはドワーフの王国〝ドラムダ〟の第三王女であり、ティアナとは幼少時からの親友同士という間柄だ。


 続いて店主が厨房から現れ、急ぎ足で一同の元までやってきた。彼はれたエプロンを正し、エルスに深々と頭を下げる。


「本当にありがとうございます。本日も手伝っていただけるとは……」


「おうッ、二人ともやる気だしな! 今日もよろしく頼むぜ!」


「奥さんのこと、いたわってあげてくださいね? いってきます」


             *


 見送ってくれた三人に手を振り、エルス・アリサ・ニセルの三名は、カルビヨンの町へ出た。がけぎわの坂道には太陽ソル朝陽あさひが降り注いでいるが、目の前の海には相変わらず、白く濃い霧がうずいている。


「やっぱアレ……待ってるだけじゃ、どうにもならねェみてェだな」


「ああ。それに見たところ、少しずつ霧の範囲が拡大しているようだ」


「あっちの灯台の方も真っ白だし。どうしちゃったんだろうねぇ」


 ぎょりょうだんの本部を目指しながら、アリサは右手方向のみさきへと目をった。ティアナから聞いた伝説によると、カルビヨンの秘宝たる〝オディリスの灯火〟は、灯台から海へと放たれたとのことだ。


「まッ、オーウェルさんに詳しい話をいてみるしかねェな」


「情報収集は冒険の基本、だもんねぇ」


 たとえ勇者の称号を得たとしても、冒険者としての本質は変わらない。エルスたちは雑談を交わしながら高低差のある街路を進み、やがて街の入口近くにある、〝デスアーミー漁猟団〟の本部へと辿たどいた。



             *



「お邪魔しまーッス! オーウェルさん、居るかな?」


 本部事務所の正面入口から中へ入り、エルスは大声で挨拶をする。


 無人の室内には年季の入った木製カウンターが置かれ、石壁や天井には大きな旗や、綺麗きれいに磨き上げられた様々な漁具などが飾られている。


 しばらく待っているとカウンター奥の扉が開き、エプロン姿の老人が姿をみせた。人間族であろう彼の頭部からは美しく長い金髪が伸びており、それはクレオールのヘアスタイル以上に、優雅なカールをみせている。


「あら、いらっしゃい。お客さまかしら?――おう、兄ちゃん。見た顔だな?」


 現れた老人は器用に声色を変えながら挨拶し、三人の姿を順番にながめる。そしてニセルの顔を見るや、そこでピタリと視線を止めた。


「ごしております、ライアンどの。ニセル・マークスターです」


「ああ、そうそう!――久しいじゃねぇか、ニセルよぉ!」


 ライアンなる老人は言い終えるや、軽々とカウンターを跳び越えてニセルの背中を何度も叩く。二人は旧知の知り合いなのか、早くもライアンとニセルは親しげに、世間話を始めている。


「なッ……。なぁ、ニセル。えーッと……?」


「あら、ごめんなさい!――エルスにアリサっったな? ここで立ち話もナンだ、お前らも入れ入れ!」


 突然の展開に置いていかれ気味だったエルスとアリサだが。そんな彼ら二人の腕をつかみ、ライアンが強引に引っ張ってゆく。エプロンから伸びた太い腕には加齢によるすじが目立っているものの、いまたくましい筋力に満ち満ちている。


             *


 ライアンに案内された三人は、カウンター奥とは別の、もう一つのドアへと入った。ここはテーブルとソファの設置された応接室となっており、様々な賞状や写真、巨大な魚拓などが飾られている。


「いまオーウェルは港に出ているの。――まぁ、もうすぐ戻ってらぁ。茶でも飲んで待っててくれや」


 三人をソファに座らせるや、ライアンは隣接する小部屋に入ってしまった。そこはきゅうとなっているのか、時おり陶器どうしがれるような、小気味よい音が聞こえてくる。


《なぁ、ニセル。あのライアンッて人は?》


《彼はデスアーミー漁猟団の、先代のカシラさ。そして――》


 珍しげに部屋を見回しながら、暗号通話で質問をするエルス。質問それにニセルが答えかけた時、給仕場から戻ってきたライアンが、大きなトレイをテーブルに置いた。



「お待たせ! これはノインディアから輸入した〝緑茶〟よ。――ちぃとにげぇかもしれねぇが、コイツとの相性はバッチリだぜ?」


 ライアンはそれぞれの前に湯気の立ったのみを並べ、同時にテーブルの中央で、持ってきた菓子箱のフタを開いてみせる。


「あッ。これは、ろいまんまんじゅう……」


「ええ、漁猟団うちの工場で作ってるの。――これもオーウェルのアイデアでな。まさか、こんなに〝バカウケ〟するとは思わなかったぜ」


「ありがとうございます、ライアンさん。いただきますっ」


 アリサは上品に両手を合わせ、泣き顔のロイマンが刻印された、黄色のまんじゅうに手を伸ばす。


 対してエルスは彼女が選んだ〝激辛カレー味〟を避け、白色のものを手に取った。それを一口かじって茶を流し込むと、口内で〝つぶあん〟の甘みが深まってゆく。


「おおッ? 確かに、この前に食った時よりもェな! でも、なんでロイマンの顔なんだ?」


「ふっ。このカルビヨンは、勇者ロイマンの出身地なのさ」


 エルスの問いに答えながら、ニセルはライアンの顔をる。すでにニセルの右手には、桃色の〝いちごみるく味〟が握られている。


「ええ……。あの子は。――ロイマンは、ウチのせがれでよ。昔はどうしようもねぇゴロツキだったんだが、いつの間にか〝勇者〟になりやがったらしくてよぉ」


 どこか物悲しそうに言い、ライアンは静かに窓を見つめる。窓の外は町の入口に面しており、今日も大勢の人々が出入りしている。



「大神殿からのせんたくだと、あの子が『魔王を倒した』って話なのだけれど。――どこか俺は信じられねぇんだ。よりにもよって、ゴロツキ同然のアイツが? 何かの間違いじゃねぇのか?……ってなぁ」


「いや、本当さ! 俺が保証するッ! なんたッて俺は、ロイマンに助けてもらったことがある! 魔王メルギアスに父さんやアリサの両親を殺された俺を、ロイマンが助けてくれたんだ。間違いねェよ」


 エルスは急に席を立ち、ライアンへ向かってロイマンへの感謝をまくてる。そんな彼に圧倒され、ライアンは思わず目をみはった。


「俺はロイマンに憧れて冒険者になったんだ。そンでファスティアであの人に再会して……。色々あって、ニセルや仲間とも出会えて、ここまで来ることができた」


 ソファとテーブルの間を器用にすり抜け、ライアンの元へ移動したエルスは真っ直ぐに、彼の黒い瞳を見つめる。


「だから……、ロイマンには本当に感謝してるよ。ありがとうございましたッ!」


 エルスはおもむろに、ライアンに向かって深々と頭を下げる。

 するとぜんとしていたライアンが、やがて大声で笑いはじめた。



「ハッハッハッハッハ……! そうか。そうかい……! あいつがしっかりと、ひとさまの役に立ったってのか! フフッ、ハハハハハッ……!」


 ひとしきり笑ったライアンは天を仰ぎ、自身の両眼を指で押さえる。そんな彼の頭からは金髪のカツラが滑り落ち、禿げあがった頭皮があらわになった。


「教えてくれてありがとよ。……感謝すんのは、俺の方だ」


「ああッ! ロイマンは〝真の勇者〟さ! だから自信を持ってくれよなッ!」


 エルスは爽やかな笑顔で言い、ライアンと握手を交わす。


 そんな彼らを横目にしつつ、アリサは床に落ちたカツラを拾い、自身のくしで整えた後に、そっとライアンへ差し出した。



「おう、すまねぇな……。妻は――せがれの母親は、あいつを産んだ時にっちまってよ。優しくて、美しくて。本当にイイ女だったんだ」


 カツラを受け取ったライアンは飾り棚にを置き、代わりに小さな写真立てを手に取った。そこには黒髪の若い男性と金髪の若い女性が、なかむつまじい様子で微笑んでいる。彼は静かに愛おしげに、写真の女性を指でなぞる。


「だから俺はロイマンにも、母親あいつの素晴らしさを伝えてやろうってな。一人でをやってたわけさ。それに俺自身、絶対に忘れたくはなかったからな……」


「忘れたくない……、ッか」


 エルスの脳裏にわずかながら、金色の短髪をした男の姿が浮かぶ。彼は憎悪に満ちた表情で、何かの道具をエルスに向かって突きつけている――。


 しかしそれ以上を思い出そうとすると、エルスの頭に激痛が走った。


《エルス、大丈夫?》


《ああ……。なんか、短けェ金髪の野郎が頭に浮かんでさ。ソイツが誰なのか、もうちょっとで思い出せそうなんだけどよ》


 二人の暗号通話を聞き、ニセルは小さく息を吐く。


 すると、その直後――。

 応接室のドアが大きく開き、赤毛のオーウェルが姿をみせた。


「おやっさーん! たっだいまー! おっ? エルスたちも来てくれたんだね!」

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