第8話 忘れ去られし存在たち
カルビヨンでの滞在先に選んだ宿〝
アリサとティアナは酒場の料理全般を、エルスとニセルは清掃全般を、そしてミーファは料理と接客を受け持ち、それぞれが労働に
「思ってた以上に疲れたぜ……。酒場をやンのも大変なんだなぁ……」
一仕事を終えたエルスは休憩のため、一階の酒場から外へ出る。
港町の南西端、
それでも定期船の多くが欠航している影響か、数組の冒険者らに来店してもらうことができた。また、エルスは作業用のエプロンと
三角巾を外したエルスは汗ばんだ銀髪を潮風に
「おつかれさまっ! エルス!」
霧を観察するエルスの肩を
「
「いやぁ、気にすンなッて。ほら、
「ありがとっ……。なんだか赤ちゃん見てると、
第一王女として王城で暮らしていた際にも、
「ああ、ティアナと初めて会った時の。あン時は、無事に見つかってよかったぜ」
「うんっ! ナディアちゃんたち、元気にしてるかなぁ……」
ぼんやりと海を
父親であるアルティリア国王から
「大丈夫さッ! あいつらは勇気があるし、ナディアはスゲェ
「あはっ!……うん、そうだね。私たちも頑張らなきゃ!」
ティアナはポケットから出したハンカチで自身の目元を
「そういえば、これエルスのだった……。ありがとう、返すねっ」
「おうッ! 役に立ったならよかったぜ!」
彼女の手からハンカチを受け取り、エルスも少年のような笑みを返す。そんな彼を
「あっ……。やっぱり、
「勇者さま! 帰りが遅くなってしまい、大変申し訳ございません!」
ティアナの声をかき消すように、さらに慌てた様子の宿の主人が大声と共に、
よほど急いで戻ってきたのか、店主は大きく息を切らしており、額からはだらだらと汗が流れ落ちている。彼の
「おッ、おかえり! 急がなくてもよかったのに。無事に儀式は済んだのか?」
「ふぅ……。ふぅ……。はい、おかげさまで。……実は教会が立て込んでおりまして、あのタイミングを逃していれば、危うく
言い終えた店主は深々と頭を下げ、その場に
命名の儀そのものは、町を巡回中の神殿騎士へ申し出ることでも、簡易的に執り行なってもらうことができる。しかし親の思いとしては、やはり我が子には伝統に
やがて店主夫人も赤子と共に到着し、五人は揃って店内へと戻ってゆく。店主夫婦の話によると、娘の名はカルビヨンに
*
その夜――。無事に依頼を終え、軽めの夕食を済ませたエルスたち。ニセルを除く四名は二階の宿泊部屋へと移動し、それぞれが就寝の準備を整えていた。
しかしエルスらの働きによって宿泊客が増えたことで寝室が不足し、二つの一人部屋にエルスとアリサ、ミーファとティアナに分かれて眠ることとなってしまった。
「戦わない依頼は久しぶりだったねぇ。出航できなかったのは残念だけど、なんだかちょっと楽しかったかも」
アリサはポニーテールを
「だなぁ。……でも、なんだろな。この町に来てから、どうにもムズムズするんだよな。よくわからねェけど、何かを忘れちまッてるような……」
「そういえば、今日ずっと言ってるもんね。それ」
寝支度を整えたアリサは、エルスが脱ぎ散らかしたコートやマントを
「なんか、こう……。ガルマニアの時に、もう一人いたような気がすンだよな。誰か、スゲェ嫌な奴が居てさ。それから悔しくて悲しい気分にもなったような……」
「うーん? あっ。もしかして、ラァテルさんとか?」
「アイツのことなら忘れねェよ。それにリリィナの家族だッて聞いてからは、それほど嫌な奴とは思ってねェしな。そういやロイマンたち、今頃どこに居んのかなぁ」
ロイマンと共に旅を続けているラァテルは、エルスたちの仲間であるリリィナの
「今はエルスも勇者だもんね。今度会ったら、ロイマンさんも褒めてくれるかも?」
「ばッ!? いらねェよ、そんなモン!――ええい、考えても仕方ねェ。そろそろ寝ちまおうぜ」
エルスは
ファスティアでのロイマンとの一件は駆け出しの頃の苦い経験として、そして大きな
「うん。おやすみ、エルス」
「おやすみ、アリサ。……いつもありがとな」
最後は
*
深夜――。
中に
ニセルは大きめなサイズの窓を狙い、そちらへ向かって左手をかざす。すると
射ち出された左手は灯台の窓枠を
「まっ、
灯台の中には外壁に沿うように、石の階段が
内部には
*
階段の終着には〝照射管理室〟への大扉があり、半開きの隙間からは断続的な光が
ニセルはそれらの状態を観察した後、ゆっくりと
「ふっ、なるほどな」
何らかの予測が的中したのか、ニセルはニヤリと口元を上げる。
そして光あふれる管理室へ入り、制御装置の前へと移動した。
室内には横長に開いた大きな窓があり、霧の海が一望できる。窓にはガラス代わりとなる
円形をした部屋の中央には反射鏡によって囲まれた、巨大な
「
暗号術とは古代の
「だが、比較的新しい。
ニセルは台座に刻まれた術式を左眼で読み取り、自身の記憶領域に保存する。こうして刻み込んだ情報は、決して
「――さて、帰るとするか。これ以上、ここで得られる情報は無さそうだ」
明日はエルスたちと共に、デスアーミー
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