第7話 静かなる変革と秘められし悪意

 港町カルビヨンからはるか北東。アルティリア王国領に存在する〝北の高山地帯〟にて。勇者ロイマン率いる五人のパーティは吹雪舞う雪山を進み、人知れず洞窟内に隠された、小さなほこらへと辿たどいていた。


「よくぞおいでになられた。誇り高き勇者ロイマンと仲間たちよ。ここはかつて〝聖地〟と崇められし場所。今は名もなき〝つげしょ〟となっている」


 祠を守護するように立った一人の男が、おごそかな声で客人たちを出迎える。炎の松明たいまつによって照らされた彼の顔に表情はなく、目は固く閉じられている。


「フッ、くだらんあいさつはいい。真実が得られるという情報は、本当だろうな?」


 ロイマンは番人をいちべつし、彼が守護する祠を指さす。石造りの祠には、不可思議な紋様の彫り込まれた小さな扉がついており、中に入ることが可能なようだ。



にも。もっとなんじらの求む真実が、刻まれし真実とあいなれば――の話であるが」


「つまり『きたいことを正確に伝えることが出来れば答えてくれる』って、ことかしら?」


 ロイマンのかたわらに居た女性・ハツネが、穏やかな口調で番人にたずねる。


 ハーフエルフ族であるハツネは外見こそ若々しく見えるものの、実年齢はロイマンと同じく、すでに五十を過ぎている。


よう。告げを望む者は一名ずつ祠に入り、さまよりことたまわるがよい。巫女さまは不死なる身ながらに高齢ゆえ、くれぐれも負担にならぬように」


 そう言うと男はまぶたを固く閉ざしたまま、周囲を見回すかのように頭を動かす。


 ロイマンとハツネ以外の若い仲間たちはか祠の前でポーズを決めている者やわれかんせずといった様子の者、そして松明たいまつに両手をかざし、暖を得ている者もいる。


「はーい! あっ! あたしは最後でいいから! うっうー、寒い寒いっ」


「なんダヨ、アイエル。ババくせぇナ! んじゃ俺っちは、ボスとあねさんの次ってコトデ! ラァテルもそれでいいダロ?」


「かまわん。好きにしろ」


 若い仲間の内で最年長のゲルセイルが、三人の意見を手早くまとめる。魔人族である彼は強靭なる肉体を有しており、一同が分厚い防寒着に身を包んでいるなか、半裸に近い格好で極寒の雪山を踏破してきた。



「うふっ。決まりね? それじゃロイマン、お先にどうぞ」


「ああ。行ってくる」


 ロイマンはハツネと口づけを交わし、背中の〝魔剣ヴェルブレイズ〟を彼女に託す。そして祠のせっを開け、自慢の巨体を押し込ませるかのように入っていった。


             *


 しばしの後。再びゴリゴリという摩擦音と共に石扉が開き、暗闇の中からロイマンが姿をみせた。そしてハツネからものを受け取ると、今度は彼女を見送ってやる。


「ナァ、ボス。ナニを訊いてきたんスか?」


「フッ、つまらんことだ。――それより、問答の時間は存外に少ない。今の内に質問を考えておけ」


「ウッス! もう俺っちはバッチシなんデ!」


 ロイマンとゲルセイルが話していると、やがて祠の中からハツネも戻ってきた。


 彼女の表情には、心なしか暗さがにじんでいたものの――。

 四人の視線に気づくや、穏やかな笑顔を一同にみせた。



「さぁ、次は誰かしら?」


「んじゃ、俺っちが行ってクルゼ! ラァテル、得物コイツを見張っててクレヨ」


「いいだろう」


 ゲルセイルは金髪を長く伸ばした青年・ラァテルにそう言い、背負っていた巨大な剣を地面に突き刺す。彼の武器は〝剣〟と定義するにはかっこうであり、どちらかというと〝破片〟や〝部品〟と呼ぶのが相応しいような形状をしている。


 荷物を置いたゲルセイルは頭のつのが石枠に触れないよう気をつけながら、うような体勢で扉の中へと入ってゆく。


 そして彼もしばらくの後、らくたんの表情と共に戻ってきた。



「ナンカ、変なバーサンが居るだけだったナ。ハァ……。ラァテル、アンマシ期待しない方がイイゼ?」


「承知した」


 ゲルセイルはラァテルの背中をバシリと叩き、彼の後ろ姿に手を振ってみせる。


 パーティのムードメーカーであるゲルセイルだが、同じ〝けんぞく〟であるラァテルに対しては、特に仲間意識が高いようだ。


 ラァテルはゆっくりと祠へと進み、扉の前で一礼をする。そして彼も長身をかがませながら、闇の中へと入っていった。



「ラァテルって、けっこー礼儀正しいよね! 下品なゲルっちも見習ったら!?」


「るセェ! オメェこそ可愛い顔のワリに、一言余計なんダヨ!」


 アイエルは松明たいまつに手をかざしたまま、からかうような笑顔をゲルセイルに向ける。戦闘時においては絶妙なコンビネーションをみせる二人ではあるが、普段はこうした小競り合いが絶えない。


 熟年の二人が彼らのやり取りを微笑ましく眺めていると、やがてラァテルが帰還した。石扉を閉じた彼は再び祠へ一礼し、仲間たちの方へと向き直った。



「おかえり。有用な情報は聞けたかしら?」


「ああ」


 ハツネの問いに短い答えを返し、今度は険しげな視線をアイエルへ向ける。


 尤も、彼は普段からこのような表情をしているため、無言で「行け」とうながしているだけにすぎない。


「もっとゆっくりしてっていーのに! せっかく長旅をしてきたんだからさー」


「オメェの家じゃネェダロ。ホラ、さっさと行ってこいヨナ!」


 アイエルはヘラヘラと笑いながら、ゲルセイルに向かって中指を立てる。そのジェスチャの意図をつかめていないのか、彼はな笑顔で白く尖った歯をみせた。


             *


「それじゃ、ごっかいちょー! お邪魔しまーっす!」


 なぜか祠の前で手を叩き、アイエルはからだかがめて扉をくぐる。祠の内部は外観に反して広く、直立した状態で進むことができそうだ。


「ふーん? つまりは異空間ってことね。まっ、その方が都合がイイけどっ!」


 アイエルは鼻歌交じりに両腕を振り、真っ直ぐに闇の中を進んでゆく。


 ほどなくすると周囲に複数のかがりが浮かび、空間全体に見慣れぬ紋様の刻まれた、げんしつの姿へと移り変わった。



 そこには儀式的な、あるいは呪術的な意匠の施された石の台座があり、白髪のろうが正座をした状態で、深く目をじている。


 しかし老婆のからだは半ば透き通っており、そんな彼女のりんかくからはうっすらとした、青い光が放たれている。


「む? 誰じゃ? そこに誰かるのか? 何もえぬ」


「はいはーい! ここにいますよー! っていうか、目をつぶってるからでしょ」


「これはきっかいな。……名を持たぬ者よ、ぬしは何者じゃ?」


 質問をする老婆を無視し――。アイエルはにこやかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと彼女の前へと近づいてゆく。


「えー? あたしが逆にかれちゃうのー? こっちが質問する側だって聞いてたんだけどなー」


かいなる者よ。早々に立ち去るがよい。ぬしの存在は、いずれしん殿でんらによって……」


 そこまでを老婆が言いかけた時。不意にアイエルの右手に〝光の円盤〟が浮かびあがった。そして彼女は躊躇とまどいもなく、を老婆の腹へと突き入れた――!


「ぐっ……! ぉおっ……!?」


「あたしってオバーチャンっ子だけど、おにんぎょ遊びは嫌いなんだよねー! だから、その〝記録〟だけをもらっちゃうね?」


「馬鹿な……。わしに触れられる存在ものなど……!」


 まるで老婆の内部を探るかのように、アイエルは右手をまんべんなく動かす。やがて半透明だった姿は円盤の光によってかくはんされ、老婆は完全に消滅してしまった。



「ふー! ダウンロード完了ーっと! でも、ざーんねんっ。これでも取扱説明書トリセツレベルかぁ……」


 アイエルは〝お手上げ〟のジェスチャをしながら、ひとり大きなためいきをつく。


 そしてくるりときびすを返し、何食わぬ顔で異空間から脱出した。


             *


「ヨォ、おかえり。オメェも早かったじゃネェカ」


「ただいまぁー! うーん、ちょっと期待はずれだったかな!」


「フッ、致し方あるまい。もう少し雪山を進んだ先に、次の休息地アルカディアる。じきに最後の目的地だ」


 ロイマンは戻ってきたアイエルを迎え、祠の番人へとからだを向ける。


「邪魔したな」


「よい旅を続けられよ。さらばだ、誇り高き勇者たち」


 五人は番人に別れを告げ、極寒の雪山へ戻るべく洞窟を出ていった。

 そんな彼らを見送った番人は、ゆっくりと祠の方を振り返る。



「これも我らが役割さだめか。それとも変革のことわりか。、偉大なる古き神々よ」


 その言葉と共に――。

 番人の姿は白い霧と化し、くうの中へと消え去った。

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