第6話 秘宝の正体

 港町カルビヨンを仕切る〝デスアーミーぎょりょうだん〟への訪問を済ませ、別行動をとっていたニセルとも合流したエルスたち。


 その後いっこうはニセルが確保してくれた宿〝なぎさかんどりてい〟の食堂に集い、遅めの昼食を兼ねた作戦会議を行なっていた。


「いやはや、まさか勇者さま方にお泊りいただけるとは……。ご覧のとおり、ウチむさ苦しい店でして……」


 宿の店主を務める中年の男は申し訳なさそうに頭を下げながら、ガタついたテーブルに料理の皿を並べてゆく。彼の言うとおり、店内は狭く殺風景であり、エルスら五人以外に客の姿は見当たらない。


 小さな食堂には三台のテーブルがあり、エルスたちは二台を連結させた形にして食卓を囲んでいる。その卓上には続々と、豪勢とまではいかないまでも色鮮やかな海鮮料理の数々が勢ぞろいしはじめた。


「ンなこと気にしねェでくれよ! 泊まらせてくれるだけでもありがてェぜ」


「うん、それになんだか貸切みたいだし。料理も美味しそうだねぇ」


「ふふー! さっそくいただくのだー!」


 ミーファは手にしたスプーンを振り上げ、大皿に盛られた〝カルビヨン風パエリア〟へ向けて正義の銀光を振り下ろす。そして魚介の出汁によって炊き上げられた米と具材をすくい上げ、自らの口中へと放り込んだ。


「おー! カルビヨンの料理も、ドワーフ料理に負けず劣らず絶品なのだー!」


「ハハ……。そう言っていただけますと、作り甲斐がございます」


 店主は恐縮したような笑顔を浮かべ、一礼の後に厨房へと戻っていった。そして彼の後ろ姿を見送ったエルスたちは、改めて今後の方針について話し合うことに。



「さて、これからどうするかだが……」


「んー、とにかく〝あの霧〟をなんとかするしかねェ――ッて感じだよなぁ」


「オーウェルさん、何か手があるって言いかけてたね。秘宝がどうとか」


 アリサが出した〝秘宝〟という単語に、ティアナがビクリとからだを震わせる。彼女はさきほどから口数が少なく、まだ料理にも手をつけていない。


「どうした? ティアナ。どッか調子わりィのか?」


「えっ……? ううん! だいじょうぶっ!」


 ティアナはあわててフォークをつかみ、目の前のサラダを一口頬張る。生野菜の上に生魚の切り身が載った〝カルビヨン風海鮮サラダ〟は幅広い地域で食されている料理だが、本場のカルビヨン以外では、加熱調理した魚肉が用いられるのが一般的だ。


「――うんっ、さすが本場のサラダは美味しいっ! あはは……」


 しかし今回の話題の中心が〝秘宝〟となることは疑いようもなく、ティアナは真剣な表情でフォークを置く。その様子に一同の視線が、彼女へ向かって集中する。


「あの……。その〝カルビヨンの秘宝〟なんだけど……。たぶん、使わないほうがいいと思う……」


「ん? 何か、ヤベェモンなのか?」


 エルスの問いに無言のまま、ティアナが大きくうなずいてみせる。そして彼女はゆっくりと、アルティリア王家に伝わる伝説について語りはじめた――。


             *


 かつてカルビヨンが小さな漁港だった頃。海をまたいだ先の大国・サンクトシス聖王国がアルティリアへの侵攻を開始し、両国間での戦争が発生した。


 当時のアルティリア王国は自由都市ランベルトスの独立による混乱期にあり、聖王国の進軍によって完全に〝隙〟を突かれる形となってしまった。


 また、長年の敵対関係にある砂漠エルフたちやランベルトスの一部勢力による武力蜂起もあり、アルティリア王国はの危機へとさらされてしまったのだ。


「ふっ。ランベルトスの独立というと、およそ千年前か」


「はい。〝歴史に残る失政〟などと、呼ばれている時期ですね……」


「でもアルティリアが無事ッてことは、攻めてきた奴らは追い返せたんだよな?」


 神への強い信仰と、宗教による結束によって成り立っているサンクトシス聖王国は〝聖戦〟をかかげ、強大な兵力をってアルティリアへ押し寄せてきた。


 その圧倒的な兵力に一時はカルビヨンを破壊され、敵軍の上陸を許したアルティリアであったが――ランベルトスの王国派やガルマニア帝国、ネーデルタール王国の助力もあり、どうにか敵を海上へと押し返すことに成功した。



「――でも当時のアルティリアに海軍は無く、東のネーデルタール艦隊の助力を得るには、広大なアルディア大陸を大回りしなければいけない状態だった……」


 さらに聖王国はサンクディア大陸の近隣諸国をも巻き込み、新たに連合軍を結成。圧倒的な物量によって、アルディア大陸の一挙制圧作戦を開始した。


 もはや絶望的な状況に追い込まれたアルティリア王国。そこで当時のアルティリア王家は、禁断の手段に打って出た。それは、ミストリアスの外の世界――異世界からもたらされたとされる、神聖遺物アーティファクトを使うことだった。



「それが、カルビヨンの秘宝?」


 アリサの言葉に、ティアナは小さく頷いてみせる。心なしか彼女のからだは小刻みに震え、こんじきの前髪は、冷たい汗によって湿り気を帯びている。


「うん……。正式な名前は、オディリスのともし。かつての王家は、それをカルビヨンの灯台から解き放った」


「へぇ。変わった名前だなぁ」


「誰が創ったのか、どんな由来があるのかもわからないけど……。灯台から放たれた光は、あらゆる存在ものを貫いた……。敵も、大地も、空や海さえも……」


 神聖遺物アーティファクトの威力は絶大で、灯台から打ち出された〝オディリスの灯火ともしび〟は、押し寄せる船団を一瞬のうちに焼き払った。


 結果的に、この一撃によって戦争は終結を迎えたものの――。暴走する光は海底にしんえんへ至るほどの穴を穿うがち、それによって全世界の海岸線が大きく変動してしまったとも伝えられている。



「マジかよ……。じゃあオーウェルさんは、そんなモンを使って〝あの霧〟を吹き飛ばそうとしてるッてことか……」


「うー? ということは、まだはアルティリア王家にあるのだー?」


「ううん。あまりの恐ろしさに、王家は神聖遺物アーティファクトを手放し、カルビヨンの地に封印した。それ以来、誰にも隠し場所は知られてないの……」


 王家に伝わる伝説を語り終え、ティアナは大きく息を吐く。そしてグラスに注がれていた冷水を、一気にのどへと流し込んだ。



「んー。そうなッちまうと、別の手を考えとく必要もありそうだなぁ……」


 エルスはあごに手を当てながら、ゆらりゆらりとからだを揺らす。そしてティアナの額の汗に気づき、自身のハンカチを差し出した。


《あっ……。ごめん、ありがとっ……》


《へへッ! どうせ使う機会がェからな!》


 暗号通話で礼を言うティアナに対し、エルスは無邪気に白い歯をみせる。彼なりに元・王女である、彼女への気遣いを見せたのだろう。



「でも他に方法があるのかなぁ。そういえばオーウェルさん、『あの霧は魔力素マナの異常だ』って言ってたっけ」


「ほう? 本来ならば世界中の魔力素マナは、精霊によって常に制御されているはずだ。しかしそうなると、ただの自然現象ではない可能性もあるな」


 ミストリアスの気候・気温・天候といった自然現象は、すべての魔力素マナを司る〝精霊〟たちが管理を行なっている。したがって精霊たちの力の均衡が崩れてしまった際には魔力素マナの流れも暴走し、異常気象や異常現象が発生してしまうのだ。


「おー! それならご主人様が正義のもとに、魔力素マナを制圧してやればいいのだ!」


「いッ!? いやいや、ンなモンやったことねェし……。そもそも俺は〝精霊〟じゃなくて、なんか〝精霊族〟らしいしなぁ」


 人間族の父と精霊族の母を持ち、自身は〝精霊族〟としての生を受けたエルス。本来、常人をはるかにりょうする高い魔力素マナへの親和性を持つはずの彼だが、幼少時のつらい経験によって、その才能の多くがいまだ眠ったままとなっている。


             *


 五人が食事を進めながら作戦会議にいそしんでいると、静かにカウンター内の扉が開き、赤子を抱えた細身の中年女性が姿を現した。


「いらっしゃいませ。当館をご利用いただき、ありがとうございます」


「あっ、かわいいっ! お子さんですか?」


 ティアナの言葉に女性は小さく頭を下げ、慈愛に満ちた笑顔を浮かべてみせる。すると今度は厨房から店主が現れ、妻の隣へと歩み寄った。


「はい。じつは今朝、産んでくれましてね。まだ命名の儀式も済んでおらず……」


「ええっ!? そんなっ……! 大変っ……。早く儀式を受けないとっ……」


 驚きのあまり大声を出してしまい、ティアナはあわてて声量を落とす。


 ミストリアスに生を受けた者は〝命名の儀式〟を受け、くううつわへ〝命の名〟を刻む必要がある。さもなくば存在そのものが失われ、霧へとかえされてしまうのだ。



「そうだ……。私たちが留守番をしますから、お二人は教会へどうぞっ。ちょうどまちなかの霧も晴れましたし……」


「なんと……。よろしいのですか?」


「ああッ、いいぜ! じつは俺も、店番には慣れてッからな!」


 冒険者として駆け出しだった頃は、様々な依頼をっていたエルス。思い返せばファスティアで〝店番の依頼〟を引き請けたことで、今の仲間たちとの出会いや冒険がはじまったとも言える。


「ありがとうございます……。ぜひ、お言葉に甘えさせていただきます」


 内心では、かなりせっつまっていたのだろう。店主は深々と頭を下げ、妻と共に宿を出ていった。すでに二人が外出の支度を整えていたことからも察するに、エルスらに店を離れる了解を得にきた可能性もある。


             *


「……みんな、ごめんねっ。勝手に決めちゃって」


「ううん。赤ちゃんに名前を付けてあげないと、大変なことになっちゃうもんね」


「ふふー! このメイド服はではないのだ! ミーにどーんと任せるのだー!」


 身勝手な行動をびるティアナに対し、仲間たちはこころよく理解を示す。


 そして宿の留守番をった五人は食事を平らげ、それぞれに後片付けや掃除といった任務をすいこうしはじめた。

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