第5話 赤毛の頭目オーウェル

 アルディア大陸における西の玄関口、港町カルビヨンへと辿たどいたものの。長引く天候不良によって、足止めを受けてしまったエルスたち。


 いっこうしばしの休憩を終えたあと、カルビヨンを取り仕切っている組織〝デスアーミーぎょりょうだん〟との交渉へおもむくべく、町の入口まで引き返すことにした。


「船を出してくれるといいけど。お話、聞いてくれるかなぁ?」


「まッ、せっかく来たんだし。交渉するだけしてみようぜ」


「うんっ! 私も港町ここに滞在するのは初めてだし、観光だけでも楽しいよっ」


 ティアナの正体はアルティリア王国の第一王女・アルティアナであり、つい最近までは王族としての生活を送っていた。しかし突然の王命によって王籍を剥奪され、現在は迷宮ダンジョン探索者クエスターとして、エルスの仲間に加わっている。


「さっきの青いバンダナの人たちが、漁猟団の人なんだよね?」


「ああ。以前のカシラはライアンという人物だったんだが。彼は今は引退し、こうけいに代表を譲っているようだな」


 ニセルいわく、くだんの団体の代表は〝カシラ〟と呼称されているとのことだ。


 船着場から引き返し、町の入口まで戻っていた五人だったが――目的地の中ほどまで辿り着いたところで、ニセルが静かに立ち止まった。



「オレは先に、宿を確保しておくとしよう」


「おッ、いつもありがとな!」


 定期船の航路が遮断されている以上、想定外の滞在者らによって宿泊施設が満室になってしまう可能性が高い。礼を言ったエルスに対し、ニセルはふところから小箱を出し、それを軽く振ってみせた。


「なぁに、ついでに一服したくてな。何か問題や進展があれば、あんごうつうで」


「わかッた!」


 ニセルは小さく右手を挙げ、町の南西方向へと歩いてゆく。そちらの区画は石造りの階段が連なっており、やや高台となっているようだ。


 エルス率いる四名はそのまま東へ向かって進み、ほどなくして町の入口にある〝デスアーミー漁猟団〟の本部へとやってきた。


             *


 漁猟団の建物は二階建てで、町を囲うような構造となっているようだ。石の壁面には木製の大看板が設置されており、そこには魚類の特徴を有した謎の大型生物とさんそうを構えた老戦士が相対するイラストが、迫力満点に描かれている。


「えっと……。〝人類に食を! 魚にあみを! 魔物には死を! ようこそデスアーミー漁猟団へ!〟だって」


 アリサは建物の上部に掛けられた、横断幕の文字を読みあげる。


 屋上は平面状となっており、団員の制服と思われる青色の海兵セーラーふくや、白い肌着といった洗濯物のたぐいが干されているようだ。


「ようこそ!――ッてことは、入っても良いんだよな?」


「うーん。念のため、あそこの人たちにいてみましょっか」


 ティアナが指さした敷地内にはぎょや武器の並べられた小規模な広場があり、複数の団員らが集まっている様子が確認できる。


 いっこうがそちらへ近づいてゆくと――不意に建物の扉が開き、奥から赤色の髪をショートヘアにした、若い女が現れた。



「みんな、おっかえりー! 海の調子はどうだった?」


カシラぁ!……いやぁ、駄目っすね。漁のほうはともかく、定期船は絶望的でさぁ」


 軽快な口調の女に対し、漁猟団の男はバツが悪そうに、自身の後頭部をポリポリとく。すると彼に釣られるかのように、周囲の男たちも同様の仕草をしはじめた。


「そかー。天候ばっかりは仕方ないね。……とはいえ、そろそろ何か手は打っておきたいとこだけど」


「ランベルトスとの折り合いもついて、せっかく客足が戻ってきたとこっすからね。霧の範囲も広がってますし、残った航路もいつまでつか……」


 報告を行なった男はそこまでを言い、ためいきながらに肩を落とす。


 しばしの重苦しい沈黙の後――。

 カシラと呼ばれた女は彼らをするように、景気よく両手を打ち鳴らした。



「まぁー、考え込んでも仕方ない! みんな、ご苦労だったね。まずはお風呂にでも入って、ゆっくり休んでよ」


「アイアイサー!」


 カシラの言葉に男たちは思い思いの敬礼をし、ゾロゾロと建物の中へと入ってゆく。これまでにも様々な団体や組織に出会ってきたエルスたちだったが、ここまで統一感のない構成員らを見たのは初めてのことだ。



「さて、お待たせしたね! お客さんたちは、どんなご用件かな?」


 赤毛の女は男らの背中を見送った後、ゆっくりと四人へ顔を向ける。彼女の血のように赤い瞳は、今は真っ直ぐにエルスをとらえている。


「あッ、気づいてたのか。なんか申し訳ねェな」


「あっはっは! だってそんな所に突っ立って、ずっとこっちを見てるからね!」


 そう言って女は豪快に笑い、エルスたちに向かって手招きをする。そんな彼女の招きに応じ、いっこうも広場の中へと立ち入った。



「アタシはギルド〝デスアーミー漁猟団〟のカシラをやらせてもらってる、オーウェルって者だよ。よろしくー!」


「俺は冒険者のエルスだ! で、こっちが仲間のアリサで――」


 互いの自己紹介を手早く済ませ、エルスとオーウェルは軽い握手をする。


 オーウェルの耳は長く尖っており、身長はエルスよりもやや低い。その身体的特徴から、彼女は〝ハーフエルフ族〟であることがうかがえる。


「エルス? どこかで聞いた名だね。それで用件は、定期船のことかな?」


「おッ、すげェ! 何でもお見通しなんだなッ!」


「あっはっは! ここ最近は、そういった苦情が多いからねー」


 デスアーミー漁猟団は漁業のみならず、定期船の運航や町の統治なども行なっている団体だ。アルディア大陸の玄関口でありながら〝独立都市〟としての毛色も強いカルビヨンでは、この団体のカシラが実質的な〝国家元首〟としての役割もになっている。


 そういった立場も相まって、漁猟団には〝謎の霧〟に関する苦情が住民や旅人からも多く寄せられており、団の運営にも大きな支障が出てしまっているとのことだ。


 すると一連の事情を聞かされたエルスたちは、それぞれに頭をひねりはじめた。



「うーん、霧が晴れないって。何か原因があるのかな?」


「わからねェな……。なんか俺たちにも出来ることがありゃいいんだけどなぁ」


「教会や学者の話だと、魔力素マナに異常が起きてるとか。――っていうか、キミたち」


 オーウェルはそこで言葉を切り、改めてエルスらの顔をまじまじと見つめる。


「そこまで真剣に考えてくれるなんて。まさか、漁猟団アタシたちに協力してくれるのかな?」


「えッ? そりゃ、俺たちはノインディアに行きてェからな。それに何よりも、冒険者は困ってる人の味方だぜ!」


 エルスの言葉に、アリサたち三人も力強くうなずいてみせる。すでに彼らは、この不可解な事象を自ら解決するつもりのようだ。


 目の前の冒険者らの対応を見たオーウェルは、再び豪快に笑いはじめた。


「あははっ、それは頼もしいね! そう言ってくれる人間は初めてだよ!」


 オーウェルは嬉しそうに言い、おもむろにエルスのからだに抱きついた。しかし彼女はぐに我に返り、照れた様子でせきばらいをする。


「ごめんごめんっ! なんか年甲斐もなくはしゃいじゃった……!」


「い……、いやぁ。ちょっとビックリしちまったけどよ」


「……実はね、まだ確証はないんだけど。〝対抗策らしきもの〟の見当はついてるんだー。その名も、カルビヨンの秘宝っていう――」


 オーウェルがそこまで言いかけた瞬間――とうとつに彼女の背後の扉が開き、青いバンダナを巻いた団員が建物から顔をのぞかせた。



カシラ!……あっ。すいやせん、お取り込み中ですかい?」


「うん、ちょっとねー。どうかしたの?」


「いえ。そろそろ、出発のお時間ですぜ?」


 団員の男はそう言いながら、指先と視線を空へと向ける。すでに天上の太陽ソルからは、昼下がりの陽光ひかりが放たれていた。


「あー、もうそんな時間かー。ありがとね! すぐに準備するよ!」


「アイアイサー! そんじゃ、外に馬車を待たせておきやす」


 男はその場で一礼し、速やかに扉の奥へと引っ込んでしまった。

 オーウェルは小さく呼吸を整え、再度エルスたちに向き直る。


「ごめんねー。アタシはこれから、ファスティアまで行く仕事が入っててさー」


「あッ、そうだったのか。こっちこそ、急に押しかけちまッてすまねェな」


漁猟団ウチも〝ギルド制度〟に参加した以上、政治的なアレコレで忙しくってねー。申し訳ないけど、明日また来てもらえると助かるよ!」


 申し訳なさそうに頭を掻き、オーウェルも足早に建物の中へと入っていった。彼女が立ち去ってしまったことで、敷地内の広場にはエルスたちだけが残されている。


             *


「なんだかオーウェルさんって、団長さんみたいな人だったね」


「あッ……。じつは俺も、ちょっと団長のことを思い出しちまッたんだよな」


 アリサの発言によって、エルスの脳裏にファスティア自警団長の顔が鮮明に思い浮かぶ。彼も豪快かつ勢いのある性格で、どこか親しみの持てる好人物だった。


「それじゃ俺たちも、ニセルと合流しようぜ。勝手に話とか進めちまッたし、まずは全員で話し合わねェとな」


「そうだね。それに、そろそろお腹も空いちゃったかも」


「同感なのだ! いざ、カルビヨン名物を喰らい尽くすのだー!」



 四人はニセルと暗号通話で連絡を取り、まずは彼と合流すべく、町の南西地域にある階段群を昇ってゆく。小高い丘へ上がると周囲への見晴らしも良く、左手方向のみさきには、大きな灯台の姿も確認できる。


「カルビヨンの……秘宝……」


 前をゆく仲間たちに続きながら――。

 ティアナは一人、険しげな視線を灯台へと向けていた。

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