第4話 霧に包まれた港

 ランベルトスを出発し、街道を西へと進んだエルスたち。


 周囲の冒険者らが魔物をせんめつしてくれたことも幸いし、いっこうは何事もなく、目的地である〝港町カルビヨン〟へと辿たどくことができた。


「おおッ、ついに来たな! 念願のカルビヨンに到着だぜ!」


 入口のアーチ門をくぐるなり、エルスは思いきり深呼吸をする。こういっぱいに広がるしおかぜが、船出への期待感を大いにたかぶらせてくれる。


 前回、エルスらが訪れた際に設置されていたバリケードも今は撤去され、多くの商人や冒険者たちが自由に町を出入りしているようだ。


「ちょっときりが出てるけど。れいとこだねぇ」


 建物の多くは白を基調とした石造りとなっており、青く塗装された屋根が、はくの中でも確認できる。何かの公共施設だろうか、アーチ門の右手側には幅広く大きな建物があり、さながら市街を守護する〝防壁〟かのごとき、堅牢さをかもしている。


「ふふー! 屋台がいっぱいなのだー! いつ来ても良いにおいなのだー!」


「うんっ! ファスティアやランベルトスもにぎやかだけど、港町ここはなんだかワクワクする感じっ!」


 ミーファはエルスの肩から飛び降りて、ティアナと共に屋台を見て回っている。


 新たなるきょてんへの到着にエルスら四人が浮かれているなか、ニセルだけはただ一人、遠くの海へと視線を投げ続けている。


「ニセル、どうしたんだ? さっきから遠くのほうばッか見て」


「なに、少し気になることがあってな。じつは向こうの〝霧〟なんだが、さきほどから移動している様子がない」


 そう言ってニセルは、真っ直ぐに正面の海を指す。


 本来であれば反り上がった地平線上に、一面の〝青〟が視界に入るはずであるのだが。今は真っ白な霧によって、それらが覆い尽くされている。


「そういえば、町と違ってあっちは何も見えないねぇ」


「ニセルッて、霧の動きまで見えちまうのか? すげェなぁ……」


 ニセルの左半身は錬金術によって造られた〝どうたい〟へと換装されており、彼の左眼も〝特別製〟の眼球ものとなっている。そんな彼がたところ「町の霧はゆっくりと南北へと流れているが、海上の霧は一点に留まったままの状態」であるらしい。


「霧なんて毎日出るモンだけどさ。うーん……。ちょっと気になるな」


「そうだねぇ。先に船着場に行って確認しよっか?」


 そう提案するアリサに同意し、いっこうず、定期船の船着場へとおもむくことに。


 移動に際してエルスがミーファらに声をけると、すでに彼女らは両手いっぱいに、様々な食べ物を握りしめていた。



             *



 入口のアーチ門から右手方向へ進み、エルスたちは定期船の船着場へと到着する。ここは町の北側に位置しており、多くの商人や旅人の一団などがひしめきあっていた。


 大半の者が笑顔で港へと進んでゆく一方、いくつかの団体や個人の中には焦りや怒り、らくたんといった表情を浮かべている者の姿も目立っている。


「あの、すみません。定期船のことで、ちょっとお聞きしてもいいですか?」


 アリサは手近にいた青いバンダナ姿の男に近づき、丁寧な口調で質問をする。


「おうっ? ああ、団体さんかい? 行き先はどちらかな?」


「えっと、ノインディアって国まで行きたいんですけど」


 気さくな笑顔で応対してくれた男だったが、アリサの口から〝ノインディア〟という単語を聞くや、おもむろに表情をくもらせる。そして「あちゃー……」と小さくつぶやきながら、申し訳なさそうに頭をいた。


「申し訳ない! ノインディア行きは欠航中なんだ。ほら、例の霧の影響でな……」


「れぇの霧? にゃのだー?」


 青いバンダナの男に対し、ミーファが〝イカゲソ串焼き〟をかじりながら問いかける。これは近海で獲れるイカの部分を串焼きにした料理であり、なんと彼女は同じものを、左手に三本も握りしめている。


「ああ。海に濃い霧が出てるだろ? ここ数日の間、あいつがまったく晴れなくてな」


 この男いわく、航路上に出現した霧が一向に晴れず、定期船の運航にも大きな支障が出ているらしい。視界不良はもちろんのこと、霧の内部は魔力素マナが活性化されたことで風や海水が荒れ狂い、まるでおおあらしのような状態になっているとのことだ。


「おまけに、魔力素マナに引き寄せられたかいじゅうどもまで暴れだす始末でな。とても通航できたもんじゃねぇのさ」


「そンじゃ、えーッと……。この〝サンクトシスせいおうこく〟ッてとこは?」


 エルスは乗り場のたてふだに貼り付けられた運賃表を見ながら、男に向かって質問をする。同時に掲示されている航行予定表にはノインディアを含め、すでに複数の行き先に取り消し線が引かれていた。



「サンクトシス行きなら出てるよ。でも、あそこからノインディアには渡れないな」


「うーん? 航路が無いから、とかですか?」


「――いや、サンクトシスとノインディアは昔からワケアリでな。まっ、いわゆる政治的な問題ってヤツさ」


 アリサの疑問に、いっこうの最後尾にいたニセルが回答する。今回、五人が目的地としているノインディアという国は、ニセルの故郷でもあるのだ。


「そッか……。色々と大変なんだなぁ」


「申し訳ないね、団体さん。こればっかりはどうにもならなくてな」


「自然現象は仕方ないですよね……。ありがとうございましたっ!」


 ティアナは男に礼を言い、丁寧にをする。さきほど露店で購入した物なのか、彼女もなにやら、平面状の紙箱を両腕で抱きしめていた。


             *


 バンダナの男が業務へ戻っていった後、エルスらも定期船の乗り場を離れ、展望台を兼ねた待合所へと移動することにした。


 小高い丘のようになったこの場所にはいくつかのテーブルが置かれており、ここで飲食を行なっている者や、居眠りをしている者の姿も見受けられる。


「あれが例の霧か……。確かに、あン中を突っ切るのは厳しそうだなぁ」


 エルスは右手で額にひさしを作り、展望台から海をながめる。


 町を覆っていた霧はすでに晴れつつあるものの――。すりばちじょうに広がるせいかいには、いまだ白き闇がごとく、所々に霧のかたまりたいりゅうしている様子が確認できた。



「なんだか、ガルマニアの時と似てるよねぇ。あの時は黒い霧だったけど」


 白く塗装された木製のテーブル席に着いたアリサが、エルスの背中に語りかける。


 彼女らが以前の冒険で訪れた〝ガルマニア帝都〟への入口も、黒い霧〝しょう〟によって、行く手をはばまれていたのだ。


「そういや、なんか似てるよな。……あれ? あン時は、どうやって入ったんだッけ……?」


「えっ? 確か、ゼレウスさんが開けてくれたんじゃ?」


「そうだッけか? なんかを忘れちまッてるような気が……。うーん……?」


 エルスはみょうな違和感を覚えながら、自身の右腕を左手でさする。当時の記憶を呼び戻そうとすると、なぜだか右腕に痛みが走る。


 そんなエルスの様子を見つめながら、ニセルは静かに「ふっ」と息を吐いた。


             *


「でも、これからどうします? あっ! 皆さんも、お一つどうぞっ!」


 ティアナは笑顔で言いながら、抱えていた紙箱のフタを開く。箱の中には白・茶・黄・桃といった色の半球形をした菓子が、上品に敷き詰められていた。


「おッ、食いモンか!――ッて、何だこりゃ? ろいまんまんじゅう……?」


 テーブルに置かれたフタの表面には丸みを帯びた書体によって、〝元祖勇者! めい・ろいまんまんじゅう〟といった文言が記されている。特に〝まんまん〟の部分にはポップな装飾が施され、愛らしさと親しみやすさが前面に押し出されている。


「これッて、あのロイマン……? だよな……? 全然似てねェけど……」


 菓子の上面には喜怒哀楽を表したロイマンの顔がやきいんされており、特に桃色の品物には、満面の笑みを浮かべた表情が刻印されている。


 実物の〝勇者ロイマン〟は五十歳を過ぎたくっきょうな大男である。実際に彼との接点のあるエルスでさえも、このような表情は見たことがない。


「いっつも怖い顔してたもんねぇ、あのオジサン」


「ふふー! この〝いちごみるく味〟は、ミーが頂戴するのだー!」


 ミーファは言い終えるなり、桃色の〝まんじゅう〟を右手でわしづかみにする。そして即座に大口を開け、笑顔のロイマンをひとくちもとに平らげてしまった。


「おー! 甘くて美味しいのだ! これぞ正義の味なのだー!」


「あはっ、良かった! はいっ、エルスとニセルさんもっ!」


「ふっ。ありがとう、いただくよ」


 ニセルはティアナに礼を言い、白色の物を口に運ぶ。にはニヤリとわらうロイマンが刻印されており、中にはノインディア伝来の〝つぶあん〟が入っているようだ。


 そしてエルスが手に取った黒色には、怒りに満ちたロイマンの顔が描かれている。彼がほおってみると、こちらには苦めのチョコレートが詰まっていたらしい。


「見た目はともかく、結構ェな! アリサが食ってる黄色いヤツには、何が入ってたんだ?」


「これ? えっと、〝カレー味〟だって。美味しいよ?」


 アリサはそう言い、自身が食べかけていた黄色いまんじゅうをエルスに差し出す。すでにロイマンの顔は半分近くがかじり取られており、元の表情は判別できない。


「くれンのか? わりィな!――ッでぇ!? かれえェー!」


「そう? 美味しかったけどなぁ。あっ、だから〝かれあじ〟っていうのかな?」


「ンにゃワケあるぎゃッ! みッ……! みじゅをッ……!」


 新天地を訪れたエルスらに降りかかった、予期せぬ不運。


 騒がしくも楽しい、つかの休憩を終え――。

 五人は今後の冒険計画について、改めて話し合うことにした。

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