第13話 魔杖の女海賊ヴィルジナ

 船上での戦いを乗り切り、〝海賊島〟へと辿たどいたエルスたち。船長フェルナンドとぎょりょうだんの四人も加えた八人は、海賊団・テンプテーションズの根城アジトを目指す。


「なんか不気味な森だな……。それに、寒さもキツくなってきやがったぜ」


「ヴィルジナの魔力の影響でさぁ。ここら一帯は、いっつもこんな感じですぜ」


 精霊たちの制御により、カルビヨン周辺は温暖な気候に保たれているはずなのだが、浜辺から森林地帯へ進むにつれて、だいに肌寒さも増すようだ。


 水場での活動という性質上、軽装であることの多い漁猟団員たちも、この場では彼らのシンボルカラーである、青いコートを着用している。


 エルスは赤いマントの内側で両腕をこすりながら、先頭をゆくフェルナンドら漁猟団の面々や、周囲の様子を観察した。



「ぶぇっくしょん! うひぃー、さみぃッス……」


「ちょっと、やめてよ。はなを拭いた手で触んないでくれ」


 うすぬののシャツ一枚という、軽装で島へ降り立ったマーカス。さきほどから彼はクシャミを繰り返しては、仲間の服をタオル代わりにしようとしているようだ。


「やめろ……」


 定期船の料理人・ノーラからの抗議に対し、彼女の夫である漁師・ドルガドが首を横に振りながら、マーカスとの間に割って入る。


「わかったッス! わかったッス! だから、そんなににら――ぶぁっくしょん!」


「頼むから静かにしてくれ。ここは奴らの根城アジトなんだぞ?」


 前方を歩いていた漁師・マルコが振り返り、マーカスの行動に苦言をていす。そして、彼は申し訳なさそうに、エルスらに対して小さく頭を下げてみせた。



「やっぱり、おそわれちゃったりするのかな?」


「今のところ、森に敵の気配はないが――。わなが仕掛けられていないとも限らん。警戒はしておいた方がいいだろうな」


 薄暗い森の中、ニセルの左眼が黄色の淡い光を放っている。エルスたちが島に来た目的は、あくまでも〝カルビヨンの秘宝〟の情報を得るための〝交渉〟だ。しかし、フェルナンドの言うとおり、ここでは〝武力交渉〟となる可能性が高い。


 ニセルの言葉にエルスとアリサが、静かにうなずいてみせた。


             *


 霧と冷気が支配する森を抜け、やがて八人は目的地だと思われる、大岩の前に行き着いた。大岩には人間族の大人が直立で入れるほどの入口が穿うがたれており、中には地下へと続く階段が確認できる。


 なんといっても目を引くのは、その入口の周囲に飾りたてられた、看板の数々だ。それらには「ようこそ!」や「歓迎・テンプテーションズ!」などといった文言や、エルフ族らしきようえんな女性のイラストなどが打ちつけられている。


 この部分だけに目を向ければ、ならず者たちの集う〝酒場〟に見えなくもない。


「なんだこりゃ? 歓迎……、してくれてるッてのか?」


「これが連中のやり方でさぁ。エルスさん、奴らは心の隙に付け込んできやす。くれぐれも心を強くち、おのれの信念や、愛する人なんかへの想いを手放さねぇように」


 そう言ってフェルナンドはエルスの方へと向き直り、彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。そのがんりきされそうになりながらも、エルスは力強く頷いてみせた。



「覚悟はよろしいようですね。――ノーラ、という時は頼むぞ」


「はいよ。いろに惑わされるような馬鹿は、ウチがしてやるよ」


 ノーラは口元をつり上げながら、腰にげたものにぎってみせる。彼女の武器は鎌のように湾曲した刃が特徴の、〝ショーテル〟という剣だ。その他、ドルガドはちょうの小型の斧を、マルコは片手持ちの長剣と短杖ワンドを得物としているようだ。


「ゆくぞ。マルコ、あかりを頼む」


「はい、船長。――ソルクス!」


 フェルナンドにうながされ、マルコが左手の短杖ワンド照明魔法ソルクスの光をともす。そんな彼を先頭に、いっこうは闇の地下道へと入っていった。


             *


 地下道の中は魔法の灯りをってしても薄暗く、常に前方は闇に包まれている。壁は天然の洞窟のような質感をしているが、それらはうっすらと氷におおわれている。


「まるでむろの中ッス……。オイラは冷凍される魚じゃねぇッスよぉ!」


 薄暗い地下道に、最後尾を行くマーカスのわめきと、クシャミの音だけが鳴り響く。


「この感じ……。もしかして、ッて異界迷宮ダンジョンなのか?」


「いえ、ヴィルジナが生み出した異空間ですぜ。まぁ、あの女の思い通りになる空間って意味じゃあ、悪趣味な異界迷宮ダンジョンとも言えやすが」


 ミストリアスに存在する異界迷宮ダンジョンは性質的に、異空間によって構成されているのだが――。その実体はいまだ謎に包まれているとされており、当然ながら、もんがいかんであるフェルナンドが、詳しい仕組みを知っているはずもない。


《つまり、が造った異界迷宮ダンジョンッてことか。ティアナがいてくれりゃあなぁ》


《ティアナちゃん、こういうの好きそうだもんね。エルス、罠には気をつけてね?》


《うッ……。なんか、ランベルトスの研究所を思い出しちまうな……》


 アリサとのあんごうつうで嫌な記憶を思い出したのか、エルスがからだを震わせる。こうした〝悪意ある施設〟で罠にかかってしまうのは、もっぱら自身であることが多い。


《いまのところ、罠らしきものは見当たらんが――。そこらじゅうに空間の〝ゆがみ〟がえるな。言うなれば、巨大生物の腹の中といったところか》


 ヴィルジナの能力は未知数ではあるものの、彼女が空間の歪みを操ることができるとすれば、突発的な罠を発生させることもやすい。そのようにニセルが警告した。



「エルスさん、着きやしたぜ。どうやら〝お出迎え〟は、一人のようで」


 フェルナンドはさやから湾曲刀カトラスを抜き放ち、前方に見える空間を剣先で示す。そこにはと〝水色の光〟が浮かんでおり、より強みを増した冷気がただよってくる。


「わかった。……でも、まずは俺に話をさせてくれ。戦いは、そのあとだ」


 エルスの言葉に漁猟団員らはうなずくも、すでに彼らの手には、抜き身の武器がにぎられている。エルスはかたを飲み込んだあと、先陣を切って広間の中へと突入した。


             *


 広間に足を踏み入れた途端、強烈な冷気が一同の体温を奪う。エルスたちはマントで口元をおおい、マーカスに至っては、悲鳴を上げながら通路へと戻ってしまった。


「スゲェ寒さだ……。あそこで光ってるやつのせいか?」


「エルスさん。不用意に近づくと危険ですぜ。あれこそが――」


 フェルナンドが注意をうながしかけた瞬間、周囲にまばゆいばかりの照明がともり、青色に氷に覆われた床や壁面からは、妖しくも美しい光がいくにも乱反射される。


 そして、その中央。

 水色の光が浮かんでいた位置には、一人の女が立っているのが確認できた。



「ホホホ。ひさしぶりに、団体様のお出ましかの。――きた顔も混じっておるようじゃが、今さらわらわなにようかぇ?」


 女の右手には、青いりっのあしらわれた巨大な大杖スタッフが握られており、から光と冷気が放たれているようだ。ぼうのエルフ族である彼女は、胸と下腹部を薄布で覆うのみの姿でありながら、このごっかんの広間の中で、平然と笑みを浮かべている。


「いきなり押しかけちまってすまねェな。あんたがヴィルジナってヤツか?」


にも。まさか〝新たなる勇者様〟が会いにきてくれるとはの。ホホホ。どうやらわらわのコレクションの一つとしても、申し分ないようじゃのぉ?」


 ヴィルジナは左手で口元を覆いながら、ぎゃくてきな視線をエルスに向ける。そんな彼女の目をぐに見つめ、まずはエルスが対話を試みる。


「俺たちは戦いに来たワケじゃねェ。きたいことがあるんだ。あんた、海の財宝を探すのが得意な〝冒険者〟なんだろ? カルビヨンの秘宝の場所を知らねェか?」


「これはこれは、じつにすいきょうわっぱよのぅ。この大海賊ヴィルジナともあろう者が、タダで〝宝〟の情報を教えるとでも思ったかぇ?」


「おッ! やっぱ知ってンのか!? なぁ、この〝霧〟を晴らすためには、秘宝が必要なんだ。あんたも海が真っ白なままじゃ困っちまうだろ? ここは協力して――」


 エルスが興奮気味に身を乗り出したたん、ヴィルジナの杖から鋭い氷の刃が放たれる。は彼のみぎほほをかすめ、うっすらと赤い血がにじませた。



しょう――。この霧を晴らすなど、わらわが望むと思うたか?」


「なッ……。どういう意味だよッ?」


「やはり貴様のわざというわけか。ぎつねめ……!」


 エルスをかばうように左腕を伸ばしながら、フェルナンドがヴィルジナの前へと進み出る。そんな彼の瞳には、憎しみの炎が宿っているかのようにも見受けられる。


「ホホホ。短命な人間族ヒュレインらしい、じつにたんらくてきな発想じゃのぉ。――だが、そうじゃのぉ。仮に『そうだ』と言ったら、どうするのかえ?」


「知れたこと! この剣で貴様を打ち倒し、我らがどうほうを取り戻す!」


 フェルナンドはネーデルタール騎士流の構えをとり、ヴィルジナとの臨戦態勢に入る。そんな彼を冷ややかに見つめ、ヴィルジナが白い息を吐いた。



「同胞じゃと? ああ、のことか。ほれ、感動の再会をさせてやろう」


 ヴィルジナが右手の杖をくるりと一回転させると、周囲にキラキラとして氷の粒子が舞う。そして、それらが床へと落下するや、広間の中には氷のように透明なからだをした、数十人の男らが現れた。


「なッ……!? こいつらは……!」


わらわの〝コレクション〟の一つじゃ。すでにでの。こうして〝外側〟だけを、再利用してやっておるというわけじゃ」


 色のない姿をしているものの、男らはいちように頭にバンダナを巻いており、さんそうで武装しているほか、漁猟団のベストやコートも身に着けている。


「この女のいろまどわされたバカどもさ! そこの昔のバカていしゅ……。そいつだけは、あたしの手で粉々に砕かせてもらうよ」


 ノーラがショーテルで、透明な男の一人を指す。そんな彼女のかたわらには、現在の亭主であるドルガドが、険しい表情でひかえている。


「ホホ、奪われる馬鹿が悪いのではないかぇ? まあ、もう飽きたとはいえ、タダでくれてやるつもりはないのぉ。欲しければ、力づくで奪い取ってみるがよいわ」


 もはや、戦いは避けられない状況となってしまったようだ。エルスはくちびるみしめながら、右手を剣のつかへと伸ばした。


「うむ、よいきょうじゃ。じつに気に入ったぞ。――このヴィルジナと〝じょうヴェルグラシア〟が、を氷漬けにしてくれようぞ!」

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