第2話 冒険者の五人

 世界に新たな〝勇者〟の誕生を告げる、せんたくが行なわれてから五日後。


 どうにかガルマニアへと到着し、現地での用を済ませたエルスたち五人は、トロントリアから西方に位置する〝ランベルトス〟の街へと戻ってきた。


「うへェ……。ひでェ目にったぜ……」


 あの〝せんたくほうそう〟の直後――。ニセルのしていたとおり、エルスらは勇者の姿をひとようと集まった人々や冒険者らによって取り囲まれ、ほうぼうの酒場や民家で熱烈な歓迎を受けることになってしまったのだ。


 なかには勇者との手合わせを望む者や、善意にかこつけて寄付や借金をう者などもり、それらの申し出をあしらうだけでも、エルスはかなりの体力と精神力をすり減らしてしまう有様だった。



「ははっ、おかえり。あんたも立派になったもんじゃないか」


 エルスたちが冒険のきょてんとしている〝ギルド商館〟へ戻るなり、ギルドの仲間である錬金術士のドミナが五人を迎える。熟練の技術者である彼女はミーファと同じドワーフ族であり、年齢に似合わず少女の外見をしている。


「おかえりなさい、エルス。ふふっ、この〝エルスネスト〟にも、加入希望者が殺到しておりますことよ」


 ドミナに続き、長い金髪を優雅にカールさせた、若い女性がエルスを出迎えた。


 彼女の名はクレオール。ドミナと同様にエルスが盟主マスターを務めるギルド〝エルスネスト〟の秘書として、ランベルトスにとどまって活動している人物だ。



「そッ、そうなのか……。うーん、仲間が増えるのは嬉しいけど、俺たちは行かなきゃいけねェとこがあるしなぁ」


「ええ。有望な人材以外は、すでに追い返しておきました。見込みのある者たちにはギルドの職員として、わたくし――いえ、街のために働いていただきます。うふふっ」


 そう言ってクレオールは自身の制服であるメイド服のそでまくり、不敵な笑みを浮かべてみせた。


 このランベルトスの国家元首である、大盟主プレジデントを父に持つクレオール。そんな彼女も親に似てか、胸の内には大きな野望を秘めているようだ。



「おー! さすがはクレオール、正義を見極める眼は確かなのだー!」


「うん。クレオールちゃん、最近なんだか楽しそうだよねぇ」


「あはは……。少しワクワクするような……? でもやっぱり怖いような……?」


 ギラギラとやる気をみなぎらせている彼女の様子を見て、アリサたち三人娘は口々に感想をらす。この〝エルスネスト〟の規模が拡大するにつれて、クレオールは目に見えてと、職務に取り組むようになっていた。


             *


「そンじゃ帰ってきて早々だけどよ、俺たちはカルビヨンに向かうぜ! 予定よりも随分遅れちまッたしな」


「そうだね。ユリウスさんにも挨拶できたし、いよいよ出発だねぇ」


 エルスたち五人は船に乗って〝海の向こう〟へ渡るべく、港町である〝カルビヨン〟へ向かう計画を立てていた。


 その長い旅立ちに際し、新生ガルマニア共和国の代表であり、ギルドの仲間でもあるユリウスの元へと、出発前の挨拶へ向かっていたところ――トロントリアに差しかかったあたりにて、いきなりルゥランに捕まってしまったのだ。


「でもまさか、いきなり〝勇者〟になれッて言われるとは思わなかったけどな……」


「なんだかただものじゃない雰囲気でしたね、あのルゥランさん……。いったい何者なんでしょう……?」


「んー、俺も会ったのは二回か三回なんだよな。でもわりィ奴じゃねェし、いざッて時には頼りになるぜ!」


 ルゥランがエルフの大長老であることはエルフ族の中でも一部の評議会員しか知らず、当然ながらハーフエルフ族であるティアナには、その事実をよしもない。


 しかしながらエルフの血族としてのかんゆえか、彼女はルゥランに対して、どこかとらえどころのない緊張感を抱いてはいたようだ。



「ええ。くれぐれも気をつけてね。この〝あんごうつう首輪チョーカー〟で、会話だけなら出来ると思うけど……」


「かーなり改良したとはいえ、まだまだ試作品だからねぇ。さすがに海の向こうにゃ届かないたぁ思うけど――。まぁ、実験テストってことで頼むよ」


「ああ、任せてくれ! そンじゃ、ギルドこっちの方は引き続きよろしくなッ!」


 心配そうな表情のクレオールに対し、エルスは満面の笑みを浮かべながら、自信満々に親指を立ててみせる。


 そして五人は仲間たちの待つ商館をあとにし、新たなる冒険へと旅立った。



             *



 ランベルトスをったエルスたちはカルビヨンへ向かうべく、白い敷石によってそうされた街道を、西へ向かって進んでゆく。まだ天上の太陽ソルは朝の陽光ひかりを放っており、この幅広い街道にも、いくもの人々が往来している。


「ずいぶん人が増えたねぇ。前に通った時は、わたしたちしか居なかったのに」


「どうやらランベルトスとカルビヨンの衝突が終結し、も解かれたようだ。ガルマニアの解放や、ギルド制度の全世界適用も影響しているだろうな」


「なんだか行き交う馬車なんかも、派手派手になっているような……? ほら、ほろにギルドの名前とか、イラストとかまで描いちゃっているし……」


 ティアナの指さした方向を見ると、たいしょうと思われる荷馬車の車体に、派手なしゅうや塗装などが施されているのが確認できた。


 その他、街道をく冒険者らの一団パーティのなかには「ギルドメンバー募集!」と大きく書かれた旗をなびかせながら、勇ましく行進している者らの姿も見受けられる。



みんなすげェな……。なんか俺は、別の世界にでも来ちまッたような気分だぜ……。一気に世界が変わっちまったッつうか……」


「ふふー! ミーたちはそれだけのことをやりげたのだ! ご主人様も胸を張って前進するのだー!」


 世界の変革期。それをたりにして口元を引きつらせているエルスとは対照的に、ミーファは彼の肩に乗りながら、高々と拳をかかげてみせる。


 ミーファの発言のとおり――。ギルド制度の拡大にしろガルマニアの解放にしろ、世界がここまでの大変革をみせるに至ったのは、これまでのエルスらの冒険と活躍によるせきが、大きく関わっているのは間違いない。


             *


「さすがにこんなに人がいると、魔物や盗賊も出てこないねぇ」


「そうだな……。そこらじゅうに冒険者がいるし、俺らは先を急がせてもらおうぜ」


 冒険者としての役割の一つに、日々の〝ものり〟がある。


 この世界・ミストリアスに際限なく現れる〝魔物〟と呼ばれる存在は、目についた人類を手当たり次第におそう。そうした魔物を狩り続け、力無き民を守護することも、冒険者としての重要な役割なのだ。


 いまも街道の周囲では、冒険者らが武器を手に、魔物を退治すべくしおかぜの香る平原を駆け回っている。


「今回は船に乗るだけだし、街に着いたら少しゆっくり休もうぜ!」


「せっかくの港町だし、観光とかお土産みやげとかも……。えへへっ」


「ふっふっふー! ミーはカルビヨン名物を喰らい尽くしてやるのだー!」


 新たなるきょてんを前に、早くも胸をおどらせているミーファとティアナ。そんな彼女らの姿に口元をゆるめながら、ニセルは「ふっ」と息をらした。



「――さて。無事に出航できれば、いいんだがな」


「ニセルさん、どうかしたの?」


 小さなつぶやきに反応し、アリサが不思議そうにニセルの顔を見上げる。


 そんなニセルの視線の先――。

 カルビヨンの町の上空には、うっすらと〝きり〟がかっているのが確認できた。

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