第4章 カルビヨンの秘宝

第1話 新たなる勇者

 銀髪の若き冒険者・エルスと仲間たちの活躍によって、〝魔王ガルマリウス〟が打倒され、闇に閉ざされていた〝ガルマニア帝国〟が、実に七十年ぶりに解放された。


 現在、ガルマニア帝国は〝新生ガルマニア共和国〟として、ランベルトスをはじめとした周辺国の協力を得ながら、復興へ向けた活動が急速に進められている。


 その新生ガルマニア共和国から西方に位置する、トロントリアの地下街にて。


 このたび、魔王を打倒したエルスに〝勇者の称号〟を授けるという、じょくんしきが行なわれようとしていた。


             *


「はっはっは! さすがはエルスさん! まさか魔王を倒されるとは!」


 地下街の内部に造られた、中規模な礼拝堂内に、若い男の楽しげな声が響き渡っている。そんな彼の前には黒いコートに真紅のマントをまとった銀髪の青年――エルスと彼の四人の仲間たちが、この場に集められていた。


「いやぁ……。あれは倒したッていうか、成り行きで戦ったッていうか……。それより、みんなは勇者にならなくていいのか?」


 エルスは振り返り、仲間たちの顔を一人ずつる。すると彼のおさなじみであり、一番の相棒であるアリサが、真っ先に口を開いた。


「うん。わたしは別にいいかなぁ、って。ミーファちゃんは?」


 アリサは茶色の長い髪をポニーテールにっており、せいな赤い戦闘衣の上に、白のマントをっている。


 そんなアリサに問われ、続いてミーファと呼ばれた少女が元気よく右手を挙げる。


「ふふー! ミーは、ご主人様の奴隷で充分なのだ!」


 ミーファは長い金髪をツインテールにし、品質の良いメイド服を身に着けている。彼女は〝ドワーフ族〟という小柄な種族であるため、すでに成人となっている今でも、標準的な人間族の幼児ほどの背丈しかない。


「それより、ティアナはどうするのだー? 勇者になれるチャンスなのだ!」


 ミーファは言いながら、今度はアリサの隣に立つ、金髪の少女の顔を見る。


 このティアナという少女は白と水色を基調としたエプロンドレスを着ており、頭にはウサギの耳のような、大きな青いリボンを着けている。


「わっ、私も奴隷――じゃなくてっ! ほらっ、私には不思議の探求者ラビリス・エクリスタの称号があるし……。それに、みんなと冒険が続けられるだけで幸せだから。……ねっ!」


 そう言ってティアナはと、エルスにほほんでみせた。


             *


「んー、俺もで充分なんだけどなぁ。ニセルは?」


 エルスは一団の後ろに隠れるように立っている、黒ずくめの男へと視線を移す。このニセルは熟練の冒険者であり、エルスの良き兄貴分ともいえる存在だ。


「オレは元・暗殺者だからな。これ以上、顔や名が知れ渡ってはかなわんよ」


 ニセルは「ふっ」と息を吐き、首の黒いマフラーを口元まで上げた。全身に黒いマントをまとった物々しい姿だが、彼の眼差しからはどこか優しげな印象を受ける。


「そッか……。ユリウスもガルマニアの国家元首リーダーになって忙しいらしいし、カリウスさんは行方不明だしなぁ」


「では! 勇者の叙勲を受けるのは、エルスさんだけでよろしいですかねぇ?」


 りちに彼らの相談を待っていた男が、〝待ってました〟とばかりに手を叩く。


「なぁ、ルゥラン。念のためにくけど、俺も遠慮するッてのは……?」


 エルスは彼らの対面に立っている、紫色の髪をオールバックにした男にたずねる。


 この男の名はルゥラン。エルスとは顔見知りの〝エルフ族〟であり、現在はこの場での儀式進行を任されている人物だ。



「はっはっは! ご冗談を! 本当は皆さんを〝勇者〟にしないといけないんですけどねぇ。今回は特別なんですよ? ト・ク・ベ・ツ!」


 ルゥランはパタパタと手を振りながら、楽しそうにゲラゲラと笑う。


 彼は執事のような服を着ており、まるでつかみどころのない男に思えるが。こう見えても彼は、かなり地位の高い人物なのだ。


「いやぁ。本来ならばミルセリア大神殿へ、皆さんをお連れしたいんですけどねぇ。も色々と立て込んでいるようでして!」


 じつはルゥランはエルフ族の大長老であり、勇者の叙勲を取り仕切る〝ミルセリア大神殿〟の所属ではないのだが――。ゆうに三千年以上の時を生き続けている賢者として、彼は〝大教主〟からの絶対的な信頼を受けている。


             *


 充分に笑い終えて満足したのか、ルゥランは礼拝堂の壇上に、てのひらサイズの水晶玉を置いた。そしてエルスらの方へと向き直り、右手に巨大な大杖スタッフを出現させる。


「それでは、そろそろ始めましょうか! エルスさん、魔水晶クリスタルの前へどうぞ!」


「あッ……、ああ。なんか緊張するぜ……」


 エルスは真っ直ぐに姿勢を正し、静かに前へと進み出る。

 するとルゥランの杖が光を放ち、同時に水晶玉も輝きはじめた。


 水晶玉からは直上へ向かって光が伸びて収束し、そこに幼い少女の姿を映し出す。彼女は豪華できらびやかな法衣を身に纏っており、エルスと同じ銀髪をしている。


「勇敢なる冒険者よ。よくぞ魔王を打ち倒しました。私はミルセリア大神殿の大教主・ミルセリアです。まずは、このような形での叙勲となることをお詫びします」


「ああ、えっと……。俺……、わたくしはー、エルスと言い……、申して……」


「ふふ。楽になさってください。あなたがた冒険者はこの世界ミストリアスにおいて、自由をおうする者たち。形式にこだわる必要はありません」


 そう言って映像の中のミルセリアは、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。幼い少女の容姿をしているが、彼女もルゥランと同様に、ゆうきゅうの時を生きる存在だ。



 ミルセリアは形式にのっとった訓示を述べたあと、エルスら冒険者の栄誉をたたえる。彼女が段取りを進めるにつれ、時おりルゥランの姿がこの場から消失しては、映像の中へと出現しているのが確認できた。


「わぁ、すごい。本当ほんとに瞬間移動してたんだねぇ。ルゥランさんって」


「おー! あれはまさしく、正義のせるわざなのだー!」


「ううっ。あこがれの大教主さまが、目の前にいらっしゃるなんて……!」


 アリサたちは口々に、儀式への率直な感想を口にする。しかし当の主役エルスは儀式のあいだ、ほぼ直立不動の状態で固まってしまっていた。


 かくして叙勲は無事に終わり、エルスに〝勇者〟の称号が授けられた――!


             *


「おッ……、終わったのか……? ふぅぅ……。緊張したぜ……」


 エルスは額の汗をぬぐい、深く大きなためいきをつく。すでに水晶玉の光は失われており、大教主の姿も消えている。


「はい! お疲れさまでした! ささっ、これが魔王討伐のほうしょうです。皆さんには金貨袋と、なんとエルスさんには〝聖剣ミルセリオン〟も贈られますよ!」


 ルゥランは消失と出現を繰り返しながら、仲間たちに大きな革袋を手渡してゆく。そして最後に彼は、片手持ち用の立派な騎士剣をエルスに手渡した。


「うおッ!? 重てェ……。これッて、しん殿でんが持ってるヤツじゃねェのか? こんなモン、貰っていいのかよ?」


「それがミルセリアさんのお望みのようですからねぇ! ワタシは、ただの雑用係ですので! はっはっは!」


 エルスはルゥランに礼を言い、受け取った剣を冒険バッグの中へとい込む。続いて渡された金貨入りの袋も、そのままバッグに放り込んだ。


「では、あとは我々こちらでやっておきますので! わざわざ引き止めてしまいまして、すみませんねぇ!」


「いやぁ。この大陸を出る前に、ユリウスに挨拶しとこうと思ってな! そンじゃ、トロントリアとガルマニアのこと、よろしく頼んだぜ!」


「ええ! ミルセリアさんにお伝えしておきますよ! では、さようなら」


 にこやかに手を振りながら、ルゥランは一同の前から瞬時に消失する。そして地下礼拝堂に残された者は、エルスたち五人のみとなった。


             *


「なんだか思ってたよりも、あっさりとしてたねぇ」


「むしろ助かったぜ……。あの映像まぼろしン中みてェに、大勢の神殿騎士に囲まれたりなんかしたら……。本当に気を失ッちまう」


 あの映像の中、大教主の両サイドには全身鎧フルアーマーを着込んだ神殿騎士らが、勇壮たる様子でずらりと整列している姿が映っていた。


 神殿騎士とはミルセリア大神殿直属の騎士であり、この世界の秩序を維持している存在だ。エルスは幼少の頃より、過度に彼らをしている。



「そンじゃ用も済んだし、ガルマニアに向かおうぜ! そンでいよいよ、カルビヨンに向けて出発だ!」


「ああ。……だが、素直に向かうことができればいいんだがな」


 ニセルはなにやら含みのある様子で、「ふっ」と息をらす。そしてエルスら五人は次の目的地に向かうため、地下街から地上へと戻っていった。



             *



 ランベルトスとガルマニアとの国境に位置する、トロントリアの街。


 この場所は様々なきょくせつけいそうとなっていたことで、以前は地下街の部分を除き、さらも同然の状態と化していた。


 しかし一連の係争や混乱が落ち着いたということで、再度〝きょてん〟としての承認が受けられることが決定した。現在では多くの建物が建設の真っ最中となっており、いたる所から活気のある掛け声や、ハンマーによる軽快な打撃音が鳴り響いている。


 その時――。天上の太陽ソルが数度の光を放ち、さきほどの礼拝堂の時と同様に、上空に大教主ミルセリアの巨大な映像が浮かび上がった。


 すると周囲で建築作業をしていた者らは手を止めて、いっせいに空を仰ぎ見る。


「ミルセリア大神殿からのせんたくです。このたび、強大なる魔王ガルマリウスを打ち倒し、ガルマニアを解放した〝勇者〟が誕生いたしました」


 ミルセリアの声と共に、上空には、緊張しきった表情のエルスの顔が投影される。

 それと同時に周囲の人々からは、大きな歓声が巻き起こりはじめた。


「新たなる勇者エルスと、その仲間たちの冒険に――。さいせいしんミストリアの加護と、大いなる祝福があらんことを!」

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