最終話 海の向こう、次なる冒険を求めて!

 アルティリア王都の街教会。その敷地内に存在する、孤児院にて。


 孤児院を抜け出したミケルとベランツが夕食の時間まで戻らなかったため、教会のしん使であるマルクトは、彼らの捜索へと出かける準備をはじめていた。


 しかし、ちょうその時――。ファスティア自警団の団長・カダンが息を切らせながら、黄昏たそがれどきの教会を訪れた。手にはミケルとベランツがのこした〝はか〟が握られており、彼は沈痛な面持ちでをマルクトに差し出した。


「本日の定期巡回の際、これを〝はじまりの遺跡〟で発見いたしまして……。未来ある命を散らしてしまうとは、お詫びのしようもない……」


「……そうですか。いえ、すべては教会わたくしの責任です。それに今はファスティアでも、例の行方不明事件の対応に追われているとのこと。貴方あなたがたに非はありません」


 行方不明事件とは、あの異界迷宮ダンジョンで遭遇したダブレイたちと同様の、ひとさらいによる犯行だろうか。扉のかげに隠れたナディアはそんなことを考えながら、カダンとしん使のやり取りに聞き耳を立てていた。



「彼らの命を奪った者は必ず探し出し、罰を与えますので……」


「いえ、カダン殿。あの子らとて、武器を手にしておりました。教会はな復讐を望みません。今は二人が迷うことなく神に導かれ、霧へかえれるように祈りましょう」


「そう……、ですな……。申し訳ない」


 カダンは深く一礼し、二人のために祈りを捧げた。そして彼は口元を真一文字に結び、涙をこらえた表情のまま、静かに教会から去っていった。


             *


「そうよね。なんて思いやりが無いのかちら……」


 友人たちを失った直後だというのに。ナディアは悲しむよりも先に、犯人あいての素性や動機への興味がわいてしまった。それに彼女自身も幼い身ながら、すでにいくにんもの命を奪っている。


 ましてや〝はじまりの遺跡〟はけいそう。街から一歩でも外へ出れば、誰もが命を失う可能性がある。今回はそれが、ミケルとベランツだっただけのこと。



「ナディア。見ていたのですね?」


「はい。しん使さま」


「では、二人の〝墓〟を貴女あなたに預けます。彼らも、それを望んでいるでしょう」


 マルクトから差し出された物は、ベランツがいつも持っていた黒い手帳と、孤児院から支給されている、二人分の名札バッジだった。ナディアはそれらを両手で受け取り、頭を冷やすために屋外に出た。


             *


 すでに天上の太陽ソルルナへと変化し、穏やかな銀光ひかりを地上へ降らせている。


たちかに、聖女には向いてないわね……。あなたたちの言うとおりよ」


 聖女ミチアはしょうがいを神への祈りに捧げ、世界の〝終わり〟に際しても神への信仰を貫いたことで、人々の支えとして在り続けたのだという。


 ナディアはベランツの手帳を開き、彼の生きた証を心に刻む。そこには日記や何気ないメモに混じって、冒険者や探索者クエスターに対する憧れの言葉が刻まれていた。その傾向は後半へ読み進めるごとに、よりけんちょになってゆく。


「冒険者……」


 銀色のルナを見上げたナディアの脳裏に、エルスの顔が思い浮かぶ。彼らは確か、ランベルトスを拠点に活動しているという会話をしていたはずだ。


「いいわよ。ミケル、ベランツ。――聖女になるのはあきらめて、代わりにあなたたちの夢を叶えてあげる」


 ナディアは手帳を静かに閉じ、手元の名札バッジを見つめて決意を呟く。それにこたえるかのように、刻まれた亡き友の名が、銀色にキラキラと輝いた。



             *



 一方、アルティリア領内に密かに造られた、不気味な研究施設にて。


 その何処いずこともしれぬ、まるで地下牢のような空間内に、博士はかせことボルモンクさんせいの狂気的な笑い声が響いていた。


「ヴィ・アーン! 上出来ですよ、カリウス君! ええ、ええ。約束どおり、ガルマニアには干渉しないと誓って差しあげましょう」


 ボルモンクの目の前、すなわちいんうつな部屋の中央部には、金属製の作業台のような、悪趣味なベッドが設置されている。さらにその上には実験体のような状態で、鎖によって拘束された、騎士カリウスが寝かされていた。


 カリウスは時おり獣のようなうなりをげ、必死に〝なにか〟に対してあらがっている。そんな彼の額には、闇色の光を放つ〝おうらくいん〟が浮かびあがっていた。


「ふぅむ。残念ながら、タイプ・リーランドではありませんね。さしずめ、タイプ・ガルマリウスといったところでしょうか」


「まさか博士センセを手に入れるために、彼にエルスたちを見張らせたのん?」


「当然です! 真理と真実の探究者であるわがはいには、先の先まで見通すことが可能なのですからね!」


「……本当ホントかしらねん?」


 疑うゼニファーの声を無視し、ボルモンクは上機嫌な様子で携帯バッグから拳銃を取り出す。彼はそれを興味無げに、汚れた医療器具が並ぶ机の上へと放り投げた。



「そして喜ばしいことに、厄介な顧客クライアントまでくれましたからね。これで、くだらないがん作りからも解放です」


「なんだったかしらん? 。なんだか思い出せないのよねん」


 机の上の黒い物体を見ながら、ゼニファーは前髪をかき上げるように頭を押さえる。彼女は、ここ最近の〝なにか〟に関する記憶だけが、れいに抜け落ちてしまっているかのような気がしていた。


「よければ貴女あなたにも、ほどこしてあげましょうか? なぁに、脳内に〝あるモノ〟を埋め込むだけですよ」


「遠慮しとくわん……。それよりも、頂いていいかしらん?」


「好きにしなさい。――さあ、それよりも! いよいよ新たなる境地へと踏み出す時です! これから忙しくなりますよ!」


 ゼニファーはぞうに投げ出された銃を手に取り、それを自身のバッグに入れる。そして彼女もボルモンクに従い、実験の準備に取り掛かった。



             *



 それから数日後。エルス率いる〝特命ギルド〟の活躍によりガルマニアが七十年ぶりに解放されたことが、ランベルトスの商人ギルドを通じて、大々的に発表された。


 ガルマニア帝国改め、新生ガルマニア共和国の総将軍インペラトルにはざんていてきにユリウスが着任し、彼が当面のあいだ、復興の指揮を執ることとなった。


 そんなユリウスがエルスらの仲間に加わったこともあり、ガルマニア新首都の創設作業には、ランベルトスからの全面的な支援が約束された。


 この援助に関しては商人ギルドの大盟主プレジデント・シュセンドにも何かしらの思惑があるようだが――。彼の娘であるクレオールが特命ギルドの窓口として厳しく目を光らせているために、そのこんたんが実を結ぶ可能性は低いだろう。


             *


「それにしても……。エルスが凄い人だったなんて。本当に申し訳ない限りだよ」


「俺が凄いッていうか……。ここまで来れたのは、仲間みんなのおかげさ! それにユリウスだって、もう俺たちの仲間なんだぜ?」


 真新しい軍服にそでを通したユリウスに対し、エルスは親指を立ててみせる。


「ふふ、そうだったね。当分はガルマニアからは離れられないけど、僕も〝エルスネスト〟の一員として、精一杯に頑張らせてもらうよ」


「あッ……、ああッ! クレオールも来てくれてるし、こっちのことは任せたぜ!」


 ユリウスの言った〝エルスネスト〟とは、エルスら〝特命ギルド〟が世界で活動するにあたり、公式に名乗ることになった新たなる名称だ。


 大盟主プレジデントいわく、『その方が宣伝しやすいぢゃろ?』とのことなのだが――。エルス自身はこの名を耳にするたびに、なんとも言えぬ気恥ずかしさを感じていた。


             *


『名前を決めろッて言われてもなぁ……。俺、そういうの得意じゃねェんだよなぁ』


『ほら。ナナシさんの時みたいに、なにか思いつくんじゃ?』


『じゃあ、全員の名前を一文字ずつ取って……。えーッと、エアニミクドザ……』


 エルスは指折り数えながら、一文字ずつ口に出してゆく。


『うー? 新しい呪文なのだー?』


『あはは……。ちょっ……、ちょっと嫌かも……?』


 このように命名には多少の苦労があったものの。エルスの冒険者としての〝原点〟を刻むということで、彼自身の名と、彼の父親の名を組み合わせた名が提案された。



『へぇ、エルスネストか。なかなか良いんじゃないかい?』


『シシッ! 異論は無いですのぜ』


『エルスとエルネストの名前を足し合わせたのね? なんだか〝エルスの巣〟みたいな響きだけれど。あなたが決めたのなら、しっかりと自信を持ちなさい?』


『ほほ。偉大な父の名に恥じぬようにな。――さて、それでは我々も心機一転し、仕事に取り掛かるとするかの!』


 ドミナらギルドの仲間にもおおむね好意的に受け入れられたこともあり、今後は〝特命ギルド〟改め、〝エルスネスト〟と名乗る運びとなったのだ。


             *


「そういや……。カリウスさん、まだ戻らねェのか?」


「ああ。彼は僕よりもずっと長い間、父さんと共にった。もしかすると……」


 カリウスはゼレウスの従騎士を務めていたこともあり、ゼレウスをあるじと呼びしたっていた。ガルマニアには古来より〝あるじの死にじゅんずる〟という思想が根づいているために、姿を消したカリウスの行方も案じられている状態だ。


「もし、が彼の選択なら、僕は受け入れるしかない……。ガルマニアには、伝統と革新の調和が必要だからね。これからも禁止するつもりはないよ」


「そうか……。それじゃ俺らは冒険に戻るけど、ユリウスも気をつけてな」


「うん。それじゃまた。君たちにも、数多あまたなる神々の導きと幸運を」



 エルスたちはランベルトスへ帰還するためにユリウスと別れ、トロントリアをあとにする。時代にほんろうされた〝この係争地トロントリア〟の扱いに関してもミルセリア大神殿を交え、すでに関係国の間にて、前向きな協議が始まっていた。


             *


「あッ、そういや誰か。〝ダム・ア・ブイ〟ッて、どこにるか知ってるか?」


 ランベルトスへの帰路につきながら、エルスは仲間たちに、多忙のなかで聞きそびれていた疑問を口にする。ダム・ア・ブイ。それは賢者リーランドから聞かされた、次なる目的地となりうる場所の名だ。


「ふっ、それはおそらく〝ノインディア〟のことだろう」


 ニセルいわく。はるか古代のそうせい、現在のノインディアに相当する場所には同名の無人島があり、大いなる闇へ繋がるとされる大穴が口を開けていたらしい。


 この世界が復活した際、さいせいしんミストリアは真っ先に闇の大穴を塞ぎ、その上にさいせいの象徴として〝ノインディア〟を建国した。


 いわばノインディアは――。

 神自身の手によって創られた、世界初にして唯一の〝神の国〟ともいえる。


「ノインディアって、確かニセルさんのふるさとだよね? 海の向こうの」


「そうだ。もしも向かうならば、カルビヨンから船に乗る必要があるな」


 ニセルからの言葉に、エルスとティアナはそろって表情を輝かせる。


「おおッ! じゃあ、俺たちもいよいよ、この大陸から出られるッてワケかッ!」


「わぁ、楽しみっ! 王家にいた頃には、自由に探索なんてできなかったから!」


 海を渡ってきたニセルとミーファはともかく、アルティリア出身の三人は、アルディア大陸から出ることが密かな夢でもあったようだ。



「これで次の目的地がわかったぜッ! ニセルとミーファも、それでいいか?」


「おー! ミーはご主人様に、どこまでもついてゆくのだー!」


「ああ。問題ない。――ふっ、久しぶりの帰郷か」


 仲間たちの同意を得たことで目的地も決まったことで、エルスは少年のように街道を駆ける。そして彼は仲間たちの方へと向き直り、元気よく拳を突き上げた!


「それじゃ次の冒険は港町カルビヨン! そして、ノインディアに決定だ――ッ!」

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