第42話 白き霧は世界を覆う
闇の空間と化した玉座の間にて、どうにか
「ふぅ……。危なかったぜ。勝てたのが奇跡みてェだ」
「うん。でもエルス、
「ああッ、この通りなッ! それより、ユリウス!」
不意にエルスに名前を呼ばれ、ユリウスが驚いたように顔を上げる。するとエルスは半歩横へ下がり、足元に渦巻いている〝
「ゼレウスさんが……。最期に話したいッてよ」
「父さんが……?」
エルスに
「ユリウスよ。愛する息子よ」
「
「おまえの成すべきことは、これから始まるのだ。ガルマニアの再興を――いや、新たなるガルマニアを、どうかおまえたちの手で創りあげてくれ」
「……はい。お任せください、父上」
ユリウスは父から
「貴公らの協力により、ガルマニアの奪還は成った。心より礼を申しあげる」
「へへッ、仲間たちが頑張ってくれたおかげさ。もちろんゼレウスさんもなッ!」
エルスは言いながら、足元へ向かって得意げに親指を立ててみせる。それが見えているかのように、黒煙が再び大きく揺れる。
そうして黒煙が揺らめくたびに、心なしか周囲の明るさが増してゆく。どうやら空間を形成する闇が少しずつ
「なんだか、空間の様子が……」
「うむ。
「うぐっ……。ゼレウス様……」
カリウスは顔を右手で覆い、身を震わせながら天を仰いでいる。
やがて闇色の空にも光が射し、透き通った青空に浮かぶ
「別れの時だ。偉大なる英雄たちよ。諸君らの未来に、神々の導きが在らんことを」
「ありがとな、ゼレウスさん。――大いなる闇よ。どうか仲間に、導きと幸運を」
「……感謝する。さらばだ」
降り注ぐ光に導かれるように。
そして七人が彼を見送った直後、空間を形成していた闇は完全に晴れ、エルスらの周囲の光景は、荒廃した廃墟の姿へと移り変わった。
*
「これは……。本来のガルマニア帝都か?」
「おそらくは……。帝都を覆っていた暗域が消滅し、元の〝
カリウスは頭を押さえながら、ニセルの
戦闘の影響か、あるいは長年仕え続けたであろうゼレウスとの別れが
「よしッ! それじゃ野営地に戻ろうぜ! カリウスさんも参ってるみてェだしな」
「うん、そうしよう。――カリウス、戻ったら充分な休息を。そしてどうかガルマニアのため、これからも僕に力を貸してほしい」
「はい……。もちろんです、ユリウス様……」
七人は野営地へ向け、
*
エルスたちが帝都へ想いを
「もう霧が出るのか。これでガルマニアも、元の街に戻ったりしねェかな?」
「ガルマニアは大神殿により、〝
ニセルが説明するように、長き戦乱と混乱によって、ガルマニアの拠点としての機能は完全に消失してしまった。この街が再興を果たすための道のりは遠い。それには長い時間と資金、そして人々の努力が必要となるだろう。
「なぁ、ユリウス。新しいガルマニアは、どんな
「ん、そうだね。できれば、
ユリウスは言いながら、白みがかった空に指で曲線を引いてみせる。どうやら彼は〝あの遊園地〟を――異空間の帝都を、再現しようと考えているらしい。
「おッ、そりゃいい考えかもなッ! へへッ、楽しみだぜ!」
「はは、ありがとう。それで、もしよければなんだけど、僕もエルスたちの仲間に入れてもらえないかな? もちろん、帝都の復興が最優先になってしまうけど……」
「ああ、もちろんいいぜッ! これからもよろしくな、ユリウス!」
そう言ったエルスに続き、アリサら彼の仲間たちも、ユリウスに歓迎の言葉をかける。ユリウスは大きく一礼し、
*
やがて七人は野営地へと
待機していた支援部隊の騎士らによって、大歓声と共に迎えられた。
帝都は奪還したものの、ガルマニアの新たなる歴史は始まったばかり。
エルスたちは束の間の休息を終えるなり、
*
そして、エルスたちが勝利の帰還を果たした頃。
トロントリアから遠く北西。
アルティリア王国内、ファスティアの街の〝農園〟にて。
黒髪の青年・ナナシは本日の収穫を終え、いつものように作物を保管庫へと運ぶ、
「うん、いいね。今日も豊作だ」
ナナシは草刈り鎌を手に、労働で汗ばんだ額を
まだ天上の
「そろそろ霧が出そうだな。それじゃ、一旦戻って……」
そう呟いて、ナナシが荷車に目を向けてみると――。そちらでは軍服姿に金色の短髪をした男が、今朝ナナシが収穫したばかりの根菜を
男は右の手首から先を失っているのか、そこに黒い布を固く巻きつけている。
そして、その男・ディークスはナナシに気づき、殺気立った視線を彼に向けた。
「あぁ?――んだ、テメェは。ここを管理してるデク人形か?」
「霧に
「事実だろうが。テメェらデク人形は、人間サマの……」
そこまで言いかけたディークスだったが、ナナシの首に掛けられた〝
「おい! テメェは
「何のこと? 僕はナナシ。残念だけど、君の言ってることはわからないよ」
一方的に
「ファック! テメェにも俺様の、
「僕は何も知らない。覚えてないんだ」
ナナシが
「……正気かい? 軍人が民間人に銃を向けるなんて」
「それだよ! この世界の人形どもは、銃を知りもしねぇ! まぁいい。そこまで言うなら、思い知らせてやる!」
ディークスは銃を自身の右の
「どうだ!? 霧から〝声〟が聞こえんだろうが! それに、ここに刻まれた文字が」
しかしナナシの
「無い? 馬鹿な……。じゃあ、なぜテメェに
「――返せ」
静かな、しかし確かな怒りの
「それは僕のだ。エルスが、僕の友達がくれたものだ。返せ」
「あぁ!? テメェまでも、エルスエルスとほざくのか!?」
「返せェ――ッ!」
ナナシは右手の草刈り鎌を振り上げ、素早くディークスに襲いかかる。手入れの行き届いた刃は非常に鋭く、ディークスの左手首を
「シィ――! また
「敵だッ! おまえは僕の、敵だァ――ッ!」
呪文を唱えようとしたディークスの
しかし、
「ファック! しまった――!」
ディークスは
そんな彼とは対照的に、ナナシは自身の
「や……やめろ! 俺様は異常じゃない! 俺様は人間だ! 待てっ! 消さないでくれ! 頼むよっ! やめてくれ――!」
泥まみれになりながら、しばらく土と
《異常な存在を検知。――解析を完了。
ディークスの頭に響く、謎の声。
その直後――。
*
やがて先ほどの
「ナナシ、大丈夫か? なにやら大きな音が聞こえたのだが」
「あ、父さん。僕も、なにか嫌なことがあったような感じはするんだけど……」
ナナシは気分が悪げに
その指先を眺めていたナナシだったが、ふと足元に落ちている黒い物体に気づき、
「ん? これって、銃……? どうしてこんなものが……」
「ナナシよ。ここに木彫りの
「えっ? どんなの?」
ナナシはカルミドから
「誰のだろ? さっき拾った
「ふむ……。おまえの〝記憶〟の手がかりとなる、なにか重要な物かもしれんな。――ともかく、家に戻りなさい。あまり霧に触れぬほうが
「ありがとう。悪いけど、そうさせてもらうよ」
ナナシはカルミドに残りの作業を任せ、自宅へ向かって霧の中を進む。手の中にある謎の銃と
「僕の名は、ナナシ。――それだけが、真実だ」
二つのアイテムを携帯バッグに
家に辿り着いたナナシは扉を固く閉じ、自室で大きく深呼吸をする。
本日の霧は一段と濃く、ミストリアス全体を完全に覆い尽くしていた――。
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