第41話 選択された未来と儚き夢の終わりに

 ガルマニアの王城内、その最奥に位置する玉座の間。


 いまや王権の象徴たる玉座さえも失われ、広大な〝闇の異空間〟と化したこの場所にて、帝都奪還作戦のせいを決する〝最後の戦い〟が開始されようとしていた。


「まさか、魔王と戦うことになッちまうとはな……」


「うーん。でも、なんか弱ってるみたいだねぇ。――あの魔王の皇帝さん」


「ああ。おそらくは、ゼレウス殿のおかげだろう」


 老いたる身のうえに重傷を負った息子ゼレウスの肉体を得た影響か、〝おう〟となったガルマリウスの口からは時おり、真っ黒な体液が流れ出している。そんな魔皇は若きユリウスを新たな器とすべく、狂気ともうしゅうに満ちた視線を彼の方へと向けている。


「さあ、若き血族よ! 我と共に、栄光あるガルマニアを再び取り戻そうぞ!」


「断る――! ガルマニアに絶対的は〝王〟は要らない! これからのガルマニアは、僕らの未来は! 僕ら自身の手で決める!」


「愚か者め! 帝国の誇りを失ったか! ならば力ずくで、その肉体を奪うまで!」


 ガルマリウスは両手をかかげ、不可解な呪文を唱え始める。エルスたちはユリウスをかばう形で陣形を組み、未知の攻撃に対して身構えた。


             *


「出でよ! 我が忠実なる騎士どもよ! ダ・ビル・デアムド――!」


 ガルマリウスによる召喚術が発動し、闇色の床にあやしく輝く魔法陣が出現する。


 魔法陣からはおびただしい量のしょうが立ちのぼり、それらは壊れたガルマニアの鎧をまとった、異形変異体クリーチャーの姿へと変化した。


「うぬ……? なんだ、そのしゅうあくなる姿は! まあい。ガルマニアの騎士どもよ、帝国へあだなす逆賊どもを処刑せよ!」


 あふれ出す瘴気からは次々と異形変異体クリーチャーが生まれ、魔皇ガルマリウスの眼前に、おぞましき騎士団が誕生する。


 そして異形の騎士らはあるじに従い、エルスたちに向かっていっせいに触手を伸ばした。



「アリサッ、ミーファ! 前を頼む! ニセルたちはユリウスをまもってくれ!」


「わかったのだー!」


「うんっ! 後ろは任せてっ!」


 エルスたちは囲まれぬよう散開し、まずは迎撃態勢をとる。


「何を隠しているとも限らん。皆、前へ出すぎんようにな」


 迫る触手をニセルが雷撃によって撃ち落とし、ティアナが後方に結界の光魔法マルベルドを展開する。エルスは前衛を務めるアリサたちに、魔法剣と守護の付与魔法エンチャントを掛けた。



「ありがとッ、エルス! いくよ、ミーファちゃんッ!」


「ふふー! ドワーフの正義をみせてやるのだー!」


 アリサはミーファと息を合わせ、魔装式大型剣ダインスヴェインの一振りで、異形変異体クリーチャーの群れをたおす! ミーファも全身をのように回転させ、次々と敵を巻き込んでゆく!


「いいぞ、二人ともッ! ユリウス、魔皇アイツの狙いはおまえだ。絶対に俺たちから離れないでくれよなッ」


「すまない、ガルマニアの傭兵なかまたち。……情けないが、今は頼らせてもらうよ」


 これまでの非礼をびるかのごとく、ユリウスはエルスに頭を下げる。そんな彼をするように、エルスはにぎこぶしを作ってみせた。


「おうッ! 取り戻そうぜ。ゼレウスさんと一緒に、このガルマニアをッ!」


「……ああ! もちろんだ!」


 アリサらの活躍により、異形変異体クリーチャーたちは次々と闇へかえされてはいる。しかし床に刻まれた魔法陣は輝きを失わず、いまだ新たなる増援を絶え間なくび続けていた。


             *


「とにかく、魔法陣あれをなんとかしねェと……」


「ゼレウス様の――いえ、魔皇の詠唱をめることができれば……」


「俺が行くしかねェか……。ニセル、カリウスさん。を頼むッ!」


 エルスは〝クィントゥスの盾〟を構え、真っ直ぐにガルマリウスへ向けて突撃する。すると魔皇は召喚術の詠唱を中断し、迎撃のための呪文を唱えはじめた。



「ふん、接近戦とは愚かな。串刺しにしてくれる! ゼルデバルド――!」


 闇魔法・ゼルデバルドが発動し、魔皇の右手に闇を束ねた刃が出現した!


 そして魔皇が黒き刃を突き出すも――。

 エルスの構えた盾によって、難なく攻撃を防がれてしまう。


「それは〝クィントゥスの盾〟かっ――!? ええい、マクシムスめ! 奴までもが帝国を裏切ったというのか!」


「ずっとガルマニアをまもってたさ! バケモンになッちまっても、あんたらの仲間たちと一緒になッ!」


 エルスは気合いと共に盾を振りぬき、闇の刃ごと魔皇の体勢を崩す。続いて攻撃に転じるべく、エルスも闇の呪文を唱えた。


「馬鹿なっ!? その呪文は……!」


「ゼルデバルド――ッ!」


 魔皇はきょうがくの表情を浮かべ、反射的に後ろへと退すさる。エルスは暗黒のつるぎを振り上げて、すぐさま追い討ちにかかる!


「ぐっ……! 貴様は何者だ――!?」


「ただの冒険者さ! 今は〝ただの傭兵〟だけどなッ!」


「……ゼレウスめ! ガルマニアを滅ぼすつもりか!」


 古来よりガルマニアの民は危機に際し、常に傭兵らと共に戦地へおもむいていた。それゆえに傭兵を連れたいくさというものは、ガルマニアにとって特別な意味をもつ。


 それはわば、決戦中の決戦。愛する国家を守る戦い。


 闇の刃どうしが打ち合うたびに、ガルマリウスの口元は苦痛に歪み、黒い液体があふす。純粋な剣技においては魔皇が圧倒的な優位に立ってはいるが、魔力に関しては完全に、エルスにおくれをとっている。


「おのれ……! この肉体さえ万全ならば……!」


 闇と闇によるけんげきは続き、ガルマリウスは少しずつ劣勢へと追い込まれてゆく。そしてついにエルスの〝つるぎ〟が、魔皇の胴を両断した!


「ぐおおぉ……!? まだだ……! まだ終わらぬ――!」


 魔皇の上半身は闇色の地面に落ち、周囲の瘴気を急速に吸収しはじめる。それらは腹部の傷口へと集中し、やがて断面からたこのような、無数の太い触手を生やした。


             *


「クソッ……! まだやる気かよッ!」


「エルスッ! なにかくるよッ!」


 アリサは異形変異体クリーチャーとの交戦を続けつつ、エルスに対して注意をうながす。魔皇は不気味に触手をらしており、何らかの予備動作をとっているようにも見受けられる。


「滅びるがよい! 魔円波動葬法陣ダ・ザーク・マジェヴル――!」


 魔皇の触手が空中に暗黒の魔法陣を描く。そして彼を中心とした全方位へ向けて、すさまじい闇のほんりゅうが押し寄せた! 大量の瘴気と共に襲いくる波動はエルスたちのみならず、異形変異体クリーチャーの群れをも呑みこんでゆく!


 エルスらは体勢を低くかがめ、歯を食いしばりながら攻撃に耐えるも――。

 一人、また一人と、その場で力なくうずくまる。



《みッ……みんな、無事かッ……?》


《うぐぐ……! 正義の炎は不滅なのだ……!》


《わっ、私たちはなんとかっ……! エルスも早く結界へ……》


 ティアナがあんごうつうで退避を呼びかけるも、すでにエルスはその場でかたひざをついてしまっている。


わりィ……。瘴気を浴びすぎちまッたみてェだ。もう俺は……》


《エルスッ……!》


 叫ぶアリサの視界の先で、エルスが闇の中へと倒れ伏す。彼女は必死にそちらへ向かおうとするが、質量を持った奔流に阻まれてしまい、彼に近づくことができない。


 ニセルも状況を打破すべく、ガルマリウスへ雷撃を放つも――それは闇の障壁によってさえぎられ、あえなく霧散してしまった。


             *


《マズイな……。これほどまでの瘴気では、オレの義体からだつかどうか》


《仕方ないね。それじゃ僕が新人さんに、〝格の違い〟を教えてあげようかな?》


《む……!? エルス――なのか?》


 膝をついたニセルの前方で、エルスが何事もなく立ちあがる。そしてエルスは仲間たちには脇目も振らず、軽やかな足取りで闇の中心地へと進んでゆく。



「き……、貴様……!? どういうことだ、なぜ我がおうが通用せぬ……!?」


「さあ? 年季の違いッてやつかな?」


「なんだと!? そのらくいんは……! まさか、リーランド――!?」


 ガルマリウスは目を見開き、エルスの〝額〟をぎょうする。


 リーランドは数多あまたあるそうせいの歴史の中で、間違いなくガルマニアにおける最大のきょうにして、最強の存在であると云える。


 しかし、過去にガルマリウスがいくら召喚術を重ねても、この〝魔王〟をび出すことは叶わなかった。そして、いま彼の目の前に、その疑問の解答こたえたたずんでいる。



「ご名答。――でも残念。今は〝エルス〟なんだ。新人さん?」


「うぐっ……! あがっ……!?」


「ティルトフォルス――!」


 炎の精霊魔法・ティルトフォルスが発動し、エルスの目の前にごくえんの火柱がのぼる。炎は闇をあかく照らし、眼前に立った愚かなる敵を、しょうもろとも焼却した!


             *


 ごうくうへとかえったあと――。そこに魔皇ガルマリウスの姿はなく、ただ足元には小さな〝こくえん〟のみが渦巻いていた。


 エルスはいちべつし、軽く自身の前髪を右手ではらう。

 そしては後方の、仲間たちの方へと向き直った。


「……エルス? えっと、大丈夫……?」


「ああッ、アリサ。――大丈夫だ。ちょっとだけに、頼ッちまったけどな!」

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