第40話 悪意の行方

 エルスたちが賢者リーランドとの対面を果たしていた頃。ガルマニア帝都からはるか北西、アルティリア領内に位置する〝はじまりの遺跡〟にて。


 荒れ果てた遺跡の中央にあるちたさいだん――。

 その周囲の空間にわずかながらのゆがみが生まれ、ひとりの男が姿を現した。


「ファック! エルス――あの銀髪デク人形め! 今度こそブチ殺してやる!」


 憎悪と恨みのもった暴言ことばと共に、ディークスは全身の具合を確かめる。彼は激戦の中で下半身と左腕を失ったはずなのだが、今ではたいまんぞくの状態に戻っている。


「チッ、またこのしんくせぇ場所に逆戻りか。――まぁいい。今回は銃が残っただけマシだ。さっさと戻って、あの野郎どもに復讐してやる!」


 ディークスは右手の拳銃を軍服ジャケットに忍ばせ、遺跡の出口を目指して進む。


 しかし彼は道を間違えたのか、あろうことか遺跡の最奥にある、ザインのために建てられた石碑の場所へと迷い込んでしまった。


             *


「なんだこれは? んなモン、前は無かったじゃねぇか。――クソが!」


 焦りによるいらちからか、ディークスは石碑をぐんの靴底で蹴り飛ばす。


 するとカダンらファスティア自警団によって築かれた石群は砕けてくずれ、供えられていたさかびんも割れはじめた。


「デク人形の分際で、〝墓〟でも作ったつもりか? ふざけやがって!」


 ディークスは自身のうっぷんを晴らすかのように、砕けた石やガラス片を粉々になるまで踏みつけている。


 その時、彼の背後の通路から、少年らの勇ましい大声が響いてきた。


             *


「やめろッ! それは自警団の人たちが作った大切なものだぞッ!」


「そっ……、そうだぞ悪人めっ! おとなしく神殿騎士のところに出頭しなさい!」


 なんと声を上げたのは、アルティリア王都の孤児院で暮らす、ミケルとベランツの二人だった。


 ミケルは子供用の修道衣の上に黒いマントを羽織り、両手で剣を構えている。


 そしてベランツは魔導書の代わりなのか、左手に開いた状態の手帳を持ち、右手で真っ直ぐにディークスを指さしている。


「なんだガキども。ヒーローごっこならでやれ。――それにテメェ、戦場で武器を抜くってことは、死ぬ覚悟があるっつう宣言だ。わかってんのか? あぁ?」


 少年らを追い払うべく、ディークスはけんをツリ上げながらすごんでみせる。しかし二人は彼のどうかつおくすることもなく、改めて武器を構えなおした。



「そんなおどしには屈しませんよ! ぼくらは盗賊退治もやってるんですから!」


「そのとうりだッ! おれたちだって、アリサさんやエルスさんみたいに戦える! おれたちをナメてると、痛い目をみるぞッ!」


「あぁ!? エルスだと!? おい、テメェ。……あの銀髪デク人形と知り合いか?」


 エルスの名前にあからさまな不快感を示し、いまだディークスは丸腰のまま、二人の方へと詰め寄ってゆく。



「あの人を悪く言うなッ! ベランツ、戦闘開始だ! でいくぞッ!」


「りょっ……、了解っ!」


 相棒の合図を確認し、ベランツはディークスのそくほうへと回り込む。そして自身へと迫るディークスに対し、ミケルは大上段に剣を構えた。


 その瞬間――。

 乾いた炸裂音と共に放たれた弾丸が、ミケルの額を貫いた。


 そしてミケルは大きく目を見開いたまま、そのままバタリと後ろへ倒れる。


「えっ……? ヴィスト――!」


 何が起こったのか理解が追いつかず、ベランツは唱え終えていた魔法を放つ。風の精霊魔法・ヴィストが発動し、真空の刃がディークスの右手首を斬り飛ばした。


 切断された右手と共に、黒光りする道具が落下する。しかしディークスは痛みに声をげるでもなく、を左手で拾い上げ、今度はベランツに目を向けた。



「やるじゃねぇか、クソガキが。新品のアバターが、いきなり傷モノになりやがった。テメェも覚悟はできてんだろうな? 安物のデク人形が」


「あっ……、あなたは何者だっ!? ミケルに何をしたっ!?」


「あぁ? 見りゃわかんだろうが。俺は〝人間様〟だよ。――で、そいつは戦場で武器を手にした以上、兵士として相手をしてやったまでだ」


 ディークスは白い霧のれる右腕を軽く振り、左手の銃をベランツに向ける。


 真っ赤な水たまりの上に寝転んだままのミケルは、もうピクリとも動かない。


 ベランツの身体は恐怖に震え、そちらへ視線を移すことができない。しかし彼は震えるくちびるをなんとか動かし、どうにか言葉をつむぎ出す。


「ミケル、いま助ける……! エスエフアイ――」


 親友の傷をいやすべく、呪文を唱えようとしたベランツだったが――放たれた二発目の銃弾が、無情にも彼ののどを切り裂いた。


 攻撃を受けたベランツは痛みにもだえ、冷たい石床にうずくまる。


「その勇気ガッツだけはめてやる。テメェらも良い兵士になれたかもなぁ?」


 ディークスはミケルのマントをがし、それを自らの右手首に巻きつける。そして傷口かられる〝白い霧〟が治まったのを確認した後、彼はきょうがれたかのように舌打ちし、出口へ向かって去っていった。


             *


「ミ……、ケ……」


 恐怖が立ち去った後、ベランツは痛みをこらえながら、相棒の元へといずってゆく。すでに呼吸が上手く出来ず、呪文を唱えることも不可能だ。


「……し」


 ベランツはミケルの修道衣から名札バッジを外し、自らの名札ものと一緒に床に並べる。そして力の抜けた右手でけんめいに、持っていた手帳に今起きた状況を記しはじめた。


 もう、治療は間に合わない。

 時が経てば肉体は霧へとかえり、消えてしまう運命なのだ。


「さ……、よ……」


 二人の生きた証を刻み、ベランツは手帳を名札バッジえる。


 そして太陽ソルの光が射し込むなか――親友ミケルの隣であおけになり、ベランツは静かに深く、目を閉じた。



             *



 一方、ガルマニア王城のエルスたち。八人はリーランドからの導きを得たのちに、決戦の場である〝玉座の間〟へと踏み込んでいた。


 しかし周囲の空間には深いしょうが渦巻いており、壁や天井すらも確認できない。空間の中央にポツリと存在する〝玉座〟のみが、この場をかろうじて〝玉座の間〟たらしめているといった有様だ。


「あれが魔王ガルマリウス……、なのか?」


 エルスの言葉を受け、仲間たちの視線が絶えず玉座にたいせきしている、〝闇〟の一点へと集中する。


 そしてだいりんかくを成し、やがて人の形をとりはじめた。


 闇色をしたひとがたはマントと王冠をだらしなく身に着け、玉座の上で不安定に揺蕩たゆたっている。そしてズレた王冠の下には妖しく輝く〝魔王のらくいん〟も確認できる。


 人型の表情までは定かではないが、顔かたちはどことなく、若かりし頃のゼレウスを思わせるような雰囲気だ。



「おお……。何者だ? 我が聖域へと踏み込みしやからは。――む、ゼレウスか?」


 いっこうが人型に近づくや、それから声が発せられる。そして自身を呼ぶ声に応えるように、ゼレウスがそちらへと近づいてゆく。


「父上。お迎えに参上いたしました。大いなる闇へとかえる時です」


「なんだ? 貴様のような老いぼれなど知らぬ。――おお、そこに居たかゼレウスよ! さあ、我と一体となり、この大陸を手中へ収めようぞ!」


 人型――もといガルマリウスは歓喜の叫びを上げ、ユリウスに対してうつろなる視線を向ける。その視線をさえぎるように、ゼレウスがゆっくりと息子の前に進み出た。


貴方あなためられなかった愚息はです。てっかんいただきし愚かなる皇帝よ。――我が愛息ユリウスには指一本も触れさせはせぬ」


 本来、ガルマニアには王や皇帝は存在せず、げんろういんの主導による〝共和制〟に従う形で国が治められてきた。騎士や元老らによって選出された総将軍インペラトルが一時的に玉座に就く際には、植物のつるえだで編まれたかんむりを被るというのが慣わしだ。


 それには冠がいずれ朽ち果ててしまうことから、一時的な王位であると示す意味合いがある。ゆえに金属の冠を戴くことは、ガルマニアの伝統に反する愚行なのだ。



「さあ、終わらせましょう。未来の、新しきガルマニアのために。――はかなき帝国の愚かなる歴史は、現在をって幕を下ろすのです」


 ゼレウスはガルマリウスを真っ直ぐにえつつ、ガルマニアの紋章が刻まれた自身の騎士剣を外す。そしてそれを後ろ手で、息子・ユリウスに手渡した。


「ち……、父上?」


「すまぬユリウス。これがガルマニアの真実だ。――エルス殿、あとを頼みます」


「ああ、わかったぜ……。任せてくれ」


「かたじけない」


 エルスは拳を強くにぎり、戸惑ったままのユリウスを連れて後ろへ下がる。対してゼレウスはゆっくりと、ガルマリウスの方へと近づいてゆく。



「ええい、邪魔をするな老いぼれめ。……うぬ? 貴様、本当にゼレウスなのか?」


「ようやくお気づきか、我が父よ。さあ、此方こちらへ」


 ゼレウスが〝闇〟へ近づくにつれ、それは少しずつ彼の方へと吸い寄せられてゆく。ガルマリウスは老いた息子を拒絶するかのように、腕を伸ばして必死に抵抗するも――彼は徐々に人型を失い、ゼレウスの中へと吸収されはじめた。


「やめろ……! やめろ……! そのような死に損なった肉体では、栄光ある帝国ガルマニアの再興は……!」


「何をおっしゃいますか。――父上、貴方あなたすでに亡くなられているのですよ?」


「ぐああ……!? 痛い……! 苦しいっ……! なんなのだ!? このからだは……!」


 重傷を負ったゼレウスの肉体と同調しはじめたのか、ガルマリウスは激しい苦痛を訴える。やがてすべての〝闇〟はゼレウスの中へと飲み込まれ、ゼレウスの額に〝魔王の烙印〟が浮かび上がった――!



「おおっ……! おおおうっ……!? やってくれたな愚か者め! こうなれば貴様らを血祭りに上げ、そこの若き血族を、我が新たなる器としてくれる!」


「やらせるかよッ! いくぜ、ゼレウスさん……。さあみんなッ、最終決戦だッ!」

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