第39話 それぞれの使命

 古の賢者リーランドにより、この世界ミストリアスの成り立ちを知らされたエルスたち。


 重傷を負ったゼレウスの容態はぜんとして気になるが――本人の強い要望もあり、一同はリーランドからさらなる話を聞くことにした。


「それでは、この空間の正体を説明しよう。さいせいしんは『新しき世界に、旧世界のすべてを詰め込んだ』と話したのを覚えているかね?」


 リーランドは言いながら、円卓テーブルの上の球体を手でさし示す。

 一同は彼の言葉を受け、それぞれに肯定の意を表した。


「結構――。再世神はミストリアスを復活させるにあたり、数多あまたある歴史を統一すべく、世界記録抹消処置ダムナティオ・メモリアエを施した。しかし、そのごんのうってしても、いくつかの〝平行世界〟は異常空間としてのこり、現世に存在し続けてしまったのだ」


「じゃあ……。その空間が表に出ちゃったのが、異界迷宮ダンジョンなんですか?」


 ティアナからの質問に、リーランドは静かにうなずいてみせる。


「そうだ。だがあくまでも、は一つの例に過ぎぬ。マナリエンらの住まう〝しんじゅさと〟やなんじらの使う〝冒険バッグ〟なども、その空間を利用しただ」


 マナリエンとはヒュレインやアルミスタと同様の古い呼称であり、これはエルフ族を指す言葉だ。そして以前にリリィナが話していたとおり、エルフたちの本拠地である〝神樹の里・エンブロシア〟は、現実界とは別の空間に存在している。



「えッ? ダンジョンとかエルフの里はわかるけど、冒険バッグもなのか?」


「異空間は常々、いたるところに存在している。バッグの取り出し口は異空間それを認識するための、いわば手助けにすぎぬ。――ふむ。実際に見てみるかね?」


 リーランドは言いながら、テーブルを指で軽く叩く。すると何も無かった卓上に、半透明の光をまとった小型の拡大鏡ルーペが現れた。


 拡大鏡ルーペを包んでいた光は次第に失われてゆき、それと同時に半透明だった本体も、明確なる実体へと変化してゆく。


「これは〝かんそくしゃのレンズ〟という特殊などうだ。エルス、汝に授けよう。――さあ、そのレンズを通し、仲間の全身を見てみなさい」


 エルスはリーランドに礼を言い、机の上のアイテムを手に取ってじっくりとながめる。実体化したの質感や重さは、読書などに用いられる拡大鏡ルーペと変わらない。


 そしてエルスは言われた通り、観測者のレンズを通してアリサの姿を覗き見た。



「うわッ!? なんだこりゃ……!?」


 レンズの先に見えたもの――。それはアリサの全身にまとわりつくようにしるされた、おびただしいまでの数字や神聖文字のれつだった。


 さらに彼女の周囲には球形や立方形に切り取られた空間が貼りついており、その内部を貨幣ややくびんといった、アイテムのたぐいが浮遊している。


 アリサの右腕付近、すなわち〝武器収納の腕輪バングル〟の位置には、彼女のものである〝魔装式大型剣ダインスヴェイン〟の存在も確認できた。


「何が見えてるの? あっ……。もしかして、わたしの裸とか?」


「ええーっ!? そんなのダメっ! まだ心の準備が……!」


「ふふー! ミーはいつでも歓迎なのだ!」


「ばッ!?――ンなワケあるかッ! なんか神聖文字がぶわーっと書いてあって、こういう形の中にアリサの剣とかもあって……」


 エルスは身振りを交えながら必死に説明し、観測者のレンズをアリサに手渡す。


 を受け取ったアリサは自身の眼にそれを近づける――が、すぐに彼女は腕を下ろし、不思議そうに首をかしげた。



「うーん? わたしには何も見えないみたい」


 アリサはレンズをミーファとティアナにも渡してみるが、彼女らにも文字や空間といった不可思議なものは見えないようだ。


「あれ……? おッかしいな……」


 エルスは頭をきながら、戻ってきたアイテムをニセルに手渡す。


「ニセルは? どうだ?」


「いや、特に変化は無いな。義眼こっちならばあるいは――とも思ったが」


 ニセルは「ふっ」と息を吐き、レンズをエルスに返却した。



「うーん、どうなってんだ……?」


「おそらくは、エルス。汝に宿る魔力素マナの――いや、精霊の力によるものだ」


 リーランドの言葉に、エルスは彼の方へと向き直る。


「精霊とは、世界のきんこうを保つ。いわば汝は、神に近しい権能ちからを秘めておる」


「それ、前にも似たようなことを言われたけどよ。よくわからねェんだよなぁ……」


 現在のエルスにとっては〝精霊族〟としての強みよりも、どちらかといえば弱点ばかりが目立っている。彼がここまで生き残り、そして成長を遂げられたのは、頼もしい仲間たちの協力があってこそのことだろう。


             *


「世界をめぐるのだ。さすればおのずと、汝が成すべき使命も理解できるであろう」


「俺の、使命?」


しかり――。幸いなことに、そなたは仲間に恵まれておる。仲間かれらと共に在れば、いずれは正しき答えに辿り着ける」


 突如として突きつけられた〝使命〟に対し、困惑した様子で頭をひねっていたエルス。しかし仲間という言葉を耳にするや、すぐに満面の笑みを浮かべてみせた。



「なんだッ! 今までどおり冒険すりゃイイッてことか!――それなら問題ねェ。なんたッて、みんな頼りになる仲間だからなッ!」


 エルスは誇らしげに言い、アリサらの方へと視線をる。すると仲間たちは一様に、親愛に満ちた笑顔を自身へ向けていた。


 仲間らの顔を見たエルスは気恥ずかしそうに視線を外し、慌てて話題を元へ戻す。


             *


「とりあえずが、昔のゴチャゴチャした空間ところだッてのはわかったけどよ……。なんでガルマニアがこうなッちまったんだ?」


「それについては、わしから説明させていただこう」


 エルスからの疑問を受け、ゼレウスがステッキに身を預けながら、ゆっくりと立ちあがる。彼の顔からは完全に血の気が引き、見るからに衰弱してはいるものの、そのまなこには強い意志がみなぎっているのが見てとれる。


「七十年前。わしが、まだユリウスよりも若かりし頃――。当時のガルマニア皇帝はアルディア大陸全域を手中に収めるべく、きんに手を出した」


「禁忌?」


よう。皇帝ガルマリウスはかつての栄光を取り戻さんと、あろうことかきんじゅである〝召喚術〟を用い、過去のガルマニア英雄らの召喚を試みたのだ」


 アルディア大陸にはアルティリア王国、商業都市国家ランベルトス、港町カルビヨン――そして南方の砂漠地帯を支配するしんろうの街サラムナナと、ガルマニア以外にも多くの拠点や国家が存在し、今なお水面下でのけんせいにらみあいを続けている。


 それぞれの国家は互いに同盟を結び、あるいは表立って敵対し、時には中小規模の紛争へと発展するといった事例も少なくない。



 特に七十年前にいたっては、ランベルトスがガルマニアの宿敵であるサラムナナと同盟を結んだことを契機に、大陸全土を巻き込んだ戦争への気運が高まっていた。


そうせいより我らガルマニアと〝砂漠エルフ〟との間には、深き因縁が在り続けた。さいせいに入り、彼らが〝サラムナナ〟をおこして以降、融和へ向かいつつはあったものの――。両民族の間の溝は、容易たやすく埋まりはしなかった」


 ぐんゆうかっきょのアルディア大陸。しかし、数多あまたあるそうせいの歴史の中で、世界屈指の軍事国家であるガルマニアが〝大陸統一〟を果たしたケースも多々あった。


 過去の歴史書を読みあさり、そのことに気づいた皇帝カルマリウスは〝召喚術〟を応用し、覇権国家となった〝ガルマニアそのもの〟を、現世にこさんとした。


「――召喚には成功したものの、望むべき兵力を得ることは叶わなかった。しかし、乱心した皇帝が何度も術を重ねた結果、帝都は異空間によって侵食され、このきっかいなる〝あんいき〟へのへんぼうげたのだ」


 この城の構造や、帝都の異様な街並みや人々の様子は、くだんの召喚術によるものか。ゼレウスは時おり激しくみ、残された命を削りながら、これら真実の一部始終をエルスたちに説明した。


             *


「じゃあ、ガルマニアが魔王に滅ぼされたッてのは……」


「うむ。乱心し、自らが〝おう〟と化してしまった皇帝ガルマリウス――まさに、我が〝父〟の手によるものだ」


「そういうことだッたのか……」


 エルスは長い息を吐き、静かに床へと視線を落とす。長きに語られたガルマニア陥落の真相が、よもやこのような形で起こっていたとは。


「……すまぬ。我が使命を果たし、魔皇ガルマリウスを滅ぼすため、どうか諸君らの力を貸してほしい」


「今さら断りなんてしねェさ。俺たちだッて、ガルマニアをとりもどしたいッて気持ちは一緒だしな!」


「うんっ! 行こう、エルス。わたしたちなら出来るはず」


 アリサからの言葉を受け、全員がそれぞれに気合いを入れる。ガルマニアだっかんときは近く、すでに残された時間はわずかばかり――。



「ああッ! それじゃリーランドさん、俺たちは先に進むぜ!」


「うむ。この先の扉を抜け、玉座の間へゆくがよい。――勇敢なる者たちよ。ガルマニアの未来を、よろしく頼む」


 仲間たちは続々と、図書館の最奥に見える両開きの扉へと向かってゆく。そんな彼らに続こうとしていた時、リーランドが不意にエルスを呼び止めた。


             *


「エルスよ。アインスのそくせきを追え。〝原初の地〟ダム・ア・ブイへ向かうのだ」


「へッ? なんでアインス?――ッつか〝ダム・ア・ブイ〟ってなんだ?」


「おそらくは、汝の仲間が知っておる。そこで〝真の世界の姿〟を見よ」


 最終決戦を前にして、エルスに与えられた不可解な情報。その抽象的な内容は気になるが、今は成すべきことを成さねばならない。


 エルスは再び姿勢を正し、リーランドの正面に向き直る。


「……わかッた! よくわからねェけど覚えとくぜ! 色々とありがとなッ!」


「ああ。健闘を祈るぞ。――我が力を受け継ぎし者よ」


 リーランドにガルマニア式の敬礼をし、エルスは仲間たちの元へと駆けてゆく。そして彼らは決意のかちどきを挙げ、扉の奥へと入っていった――。


             *


「そなたは行かぬのか? ダズドよ。この機を逃せば〝現実界〟には戻れぬぞ?」


「イシシシッ! どのみち、あっしの命は尽きておりますんで。それに、それはあるじさまでございましょう?」


「ははっ。違いないな」


 リーランドは静かに笑いながら、数多のほんだなの舞う頭上を見上げる。闇色の天井はどこまでも高く続いており、遠くには大小様々な光が、星々のごときらめいている。


「……これで良かったのだろう? さいせいしんミストリア。――いや、我が最高のにして最強の宿敵ライバル・アインスよ」

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