第38話 再世された真世界

 ガルマニア帝都の王城内。異空間と化した図書館にて。

 でエルスたちは〝リーランド〟と名乗る、謎の老人と対面した。


 リーランドの姿は幻影がごとく透き通っており、からだりんかくからほのかに青白い光を放っている。フードの付いた焦げ茶色の魔法衣ローブまとい、白く長いひげをたくわえた彼のよそおいからは、いかにも〝賢者〟といった印象を感じる。


「リーランドッて……。やっぱ〝魔王〟の、だよな?」


「エルス、失礼だよ? すみませんっ、リーランドさん」


「あッ……! わりィ! 申し訳ねェ……」


 意図せず口をついた言葉であったが、アリサに即座に指摘され、エルスはあわてて謝罪を述べる。そんな二人のやり取りを見たリーランドは気分を害することもなく、大らかな様子で笑ってみせた。


「構わぬ。私が魔王と成ったことも、まぎれもなき一つの真実。――なによりエルス、なんじうちには〝魔王リーランドのざん〟が存在しておるな?」


「魔王の、らくいん……。気づいてたのか?」


「ああ。かなり変質してはいるが――。とても懐かしく、偉大なる力を感じる」


 リーランドはエルスを静かに見つめたまま、優しげに目を細めてみせる。この異空間に存在し続けた彼の瞳には、いったい〝何〟が映っているのだろうか。



「リーランドきょう。お会いできて光栄です。わたくしは――」


「ゼレウスだな? 栄光あるガルマニアの血を受け継ぐ者よ。――そなたははいを激しく損傷しておる。無理に話すと命を縮めるぞ?」


「えっ? ゼレウスさんのこと、知ってるんですか?」


 きょうしゅくした様子で頭を下げるゼレウスとは対照的に、アリサは目を輝かせながらリーランドに質問をする。優しげな老人という印象が祖父のラシードと重なるのか、彼女は早くもリーランドに対し、親近感を覚えたようだ。


「私には汝らの情報がえるのだ。そなたの名はアリサ。父はヒュレイン族のアーサー、母はアルミスタ族のレミ。アルティリアの生まれであり、年齢は十六だ」


「すごいっ! そんなことまでわかっちゃうんだ」


 ヒュレインとは人間族を、そしてアルミスタとはドワーフ族を指す言葉だ。しかし古い呼称である故か、さいせいに入ってからは高齢のエルフ族が用いるか、重要な書類に記載される程度にしか使われていない。


「すごいねぇ、リーランドさん。エルスのこともいてみたら?」


「おまえ、たまにそうやって変なスイッチが入るよな……」


 アリサは腕の良い占い師でも見つけたかのように、エルスに質問をうながしている。エルスは彼女の様子に困惑しつつ、リーランドの方へと向き直った。


             *


「なぁ、リーランドさん。そもそも、ッて何なんだ?」


は〝世界〟の重なり合いし場所。汝らが異界迷宮ダンジョンと呼ぶものと同質の空間だ」


「重なった、世界……? じゃあ、ダンジョンって〝別の世界〟だったんですか?」


 聞きなれた単語の登場に、今度はティアナが興味を示す。ダンジョンに仕組みについてはいまだ謎が多く、その解明も彼女ら探索者クエスターたちの使命の一つとなっている。


「厳密には異なるのだが。ふむ、まずはこの世界ミストリアスの状況を説明するとしようか」


 リーランドは思案のジェスチャをみせた後、正面の円卓テーブルに右手をかざす。すると卓上に半透明をした球体が現れ、ゆっくりと回転しはじめた。


 球体の表面にはデフォルメされた樹々や山々、城や街といったシンボルが立体的に描かれており、このガルマニアの存在する〝アルディア大陸〟の形も確認できる。


「これが旧世界。つまり、そうせいの頃の世界だ。――我ら人類は〝偉大なる古き神々〟によって創られ、この球体の上で暮らしていた」


 食い入るように球を見つめる一同をり、次にリーランドは指を鳴らす。直後、世界を示す球体はいくつもの数へと増殖し、それらが整列を開始する。


「実際にはこのように、複数の世界が平行するように重なり合っていてな。これらの世界は本流こそは同じだが、それぞれに異なった歴史を歩んでいたのだ」


「うー? どういうことなのだー?」


「つまり、リーランドどのが〝英雄〟となった世界と〝魔王〟となった世界が、同時に存在していた――と、いうことですか?」


 ミーファの疑問に対するニセルの答えに、リーランドはゆっくりとうなずいてみせる。そして彼が円卓テーブルを軽く叩いた瞬間、すべての球体が砕け散った。



「あっ、世界が……」


 球体を静かに見守っていたアリサが、突然の変化に言葉をらす。


「知ってのとおり我らの世界ミストリアスは、過去にしゅうえんの時を迎えた。創造主たる〝偉大なる古き神々〟によって終了を告げられ、一度は〝大いなる闇〟へとかえったのだ」


「でも……。復活、したんだよな……?」


 エルスの言葉に深くしゅこうし、リーランドは砕けた欠片かけらを集めるかのように両手を動かす。するとテーブルの中央に、新たな半透明の球体が浮かび上がった。


 さきほどまでの球体と異なり、今回のは球のに、立体的な樹々や街といったシンボルが描かれているようだ。さらに中心部には小さな光が内包されており、周囲の大地を明るく照らし続けている。


「これが現在の世界。さいせいされたミストリアスだ。旧世界との違いがわかるかね?」


「えっと、街や森などが内側にりますね。中央で輝いているのは太陽ソルでしょうか」


 さいせいされたミストリアスは、巨大な球体の内側に、貼りつくような形で存在している。それは地平線が緩やかに反り返っていることや、常に太陽ソルが中天に位置していることからも明らかだ。


 ユリウスの出した回答を聞き、リーランドは首を縦に振る。


「正解だ、ガルマニアの若き同志よ。――そしてもう一つ、決定的に違っていることがある。現在の世界には、以前のような〝平行世界〟は存在せぬ」


「じゃあリーランドさんが歴史ン中で、英雄とか魔王だったりするのッて……」


「そう。さいせいしんミストリアは世界を復活させた際、この球体せかいの中へ〝すべて〟を詰め込んだ。旧世界の、異なる歴史も含めてな――」


             *


 さいせいしんミストリアなどとぎょうぎょうしい名で呼ばれこそしているが、元々は異世界から訪れた転世者エインシャントの一人であり、〝名も無き旅人〟にすぎなかった。


 そのような者には当然ながら、世界を〝〟から創造した神々のような、偉大なる力などは無い。旧世界が終焉を迎えた後、砕け散った世界の欠片を必死に集め、どうにか形を保つだけが精一杯だったのだ。



 それでもさいせいは成り、世界は再び命を宿した。

 しかし、すべての力を使い果たしたことで、彼の存在はらぎはじめた。


 消滅してしまう間際、彼は〝ある少女〟との約束を交わし、世界に在り続けることになる。それから彼は永い眠りに就き、今でも世界を見守っている。


 愛する世界を闇のかごへと隠し、そとからの干渉を受けぬよう。この不完全な世界が、いつか〝真世界〟として育つまで。――いつか彼女との約束を果たすまで。


             *


「――大量に存在する〝真実〟の中から、人々はより良い〝真実〟だけを選び取った。こうしてさいせいに伝わる歴史は、新たにつむがれてきたのだ」


「おー! しかし、よくあれだけの数がに入ったのだー?」


 ミーファは半透明の球体に手を突っ込みながら、リーランドのあごひげを見上げる。球体それには実体がないようで、彼女が手を入れる度に小さくバチバチという音が鳴る。


「もちろん、すべてを残すことはできなかった。選ばれなかった真実や記録は抹消され、多くの存在や空間が〝無かったこと〟となった」


「記録の……、抹消だッて!?」


 エルスは思わず声をげる。彼は以前にドミナより、〝師匠〟なる人物の存在や記録が消滅したという話を聞かされていた。その不可解な話はばくぜんとした不気味さを帯びたとげとなり、今なお心に突き刺さっている。


記録抹消処置ダムナティオ・メモリアエ。――古来より、ガルマニアに伝わる極刑の一種だ。主にぼうぎゃくを働いた指導者や貴人らに対し、その功績や記録のすべてを歴史から抹消する」


「まさかさいせいしんさまは我が国の絶対指令オーダーを、世界に適用なされたと?」


「あらゆる刑の本質とは、国や人々、ひいては世界を守ることにある。おそらくはも、新たなる世界を守るためにはむを得なかったのであろう」


 リーランドの弁が確かならば、転世者エインシャントたちの抹消も〝世界を守るため〟なのだろうか。エルスは複雑な表情を浮かべながら、自身のあごに手を当てた。


             *


「さて、世界の成り立ちは理解できただろうか? では、この空間の正体だが……」


 リーランドが話を進めようとしかけた時――。

 突然ゼレウスが激しくみだし、口から大量の血を流しはじめた。


 ユリウスはあわてて父のからだを支え、カリウスが治癒魔法の詠唱に入る。


「ゼレウスさんッ!? すまねェ、ちょっとながばなししすぎちまッたみてェだ」


「……いやわしに構わず、リーランド卿のお話を。これは諸君らにとっても、ガルマニアにとっても……、誠に得がたき機会なのだ」


 ゼレウスはリーランドに非礼をびた後、その場で床に座り込む。続いてカリウスもりつれいし、あるじの治療を行なうためにしゃがみ込んだ。



「そなた、構わぬのか?」


ぎょに。どうか彼らに、真実とお導きを」


 もはや死期を悟っているのだろう。この異空間に退路はなく、たとえ脱出できたとしても、最寄りの教会に向かうにはランベルトスまで行くしかない。


 そして当然ながら道中には、あの〝しょうもり〟が存在する。そこへ重傷を負ったゼレウスが立ち入れば、高濃度の瘴気によってまたたに死が訪れるだろう。


「――よかろう。ではしばしの間、そこでこらえよ」


「はい。まだわたくしには、がありますゆえ」


 ゼレウスは、もう助からない。

 それは決して納得は出来ずとも、すでに全員が理解している事実なのだ。


 エルスは強く拳を握り、感情を抑えつけるかのように歯を食いしばる。


 アリサも皆の士気を下げぬよう、あえて無邪気に振舞ってはいたようだが。今では完全に口をつぐみ、視線を床へ下げている。



 あまり時間は残されていない。しかし、ここはゼレウスの覚悟にむくいるためにもリーランドから情報を、知るべき真実を知らなければならない。


 覚悟を決めたエルスは真っ直ぐに、リーランドの赤い瞳を見た。


いかね?」


「ああッ。俺たちに教えてくれ。この場所の正体と、真実と導きッてヤツを」

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