第37話 賢者の招待

 での交戦ののち、どうにかディークス軍曹を退けたエルスたち。


 多くの疑問とわだかまりはぜんとして残っているものの、まずは冒険者として、なによりもガルマニアのようへいの一員として、いまは成すべきことを成さねばならない。


「ゼレウスさんの具合は?」


 エルスはゼレウスの元へと静かに近づく。彼は円形闘技場コロセウムの地面にあおけに寝かされており、ティアナとカリウスがけんめいに治癒魔法をつづけていた。


《どうにか一命は取り留めたようだ。だが、油断はできないな》


 ニセルはあんごうつうを使い、エルスに状況を説明する。おそらくはゼレウスの息子である、ユリウスに対しての配慮なのだろう。いまユリウスは横たわる父の前にひざまずき、涙ながらに祈りを捧げている。


 ゼレウスが受けた銃弾は彼の右胸を貫通しており、傷は当然ながら体内にも及んでいる。ティアナらは一般的な冒険者が扱える最高位の治癒魔法〝セフィルド〟を使用しているものの、こうした重傷を完治させるまでには至らない。


 これ以上の奇跡を得るためには、〝しん使〟といった正式な聖職者として教会に属するか、ミルセリア大神殿から〝聖者〟として認められる必要があるのだ。


             *


 ティアナとカリウスによる治療が幸いし、多少なりとも傷が癒えたのか、やがてゼレウスはゆっくりと目を開けた。そして涙を浮かべているユリウスを見るや、安心したようにわずかに顔をほころばせる。


「……すまぬ、心配を掛けたな」


「父さん……! 気がついたんだね!」


「ユリウスよ。ここは戦場、それに皆の前だ。わきまえよ」


「ごめ……。失礼しました、父上……」


 ゼレウスは携帯バッグからステッキを取り出し、それを支えに立ち上がる。そして治療に尽力してくれた両者に礼を言い、改めてエルスの方へと向き直った。



「エルス殿。ご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ない」


「いや……。俺は結局、何もできなかった。それより大丈夫なのか?」


ろんだ。まだわしには、成さねばならぬことが残っている」


 エルスたちがに来た目的は、あくまでもガルマニアの奪還と再興。ディークスとの戦闘は、いわば不測の事態でしかない。


 ゼレウスは真っ直ぐに大穴の向こう、円形闘技場コロセウムの奥側に位置している、入場門を静かに見つめる。あのさいおうにて待つ者のもとへ、なんとしてもおもむく必要がある。


 その時、門の奥から小さな人影が現れ、小走りでこちらへ近づいてきた。


             *


「シシッ! ようやく決着がついたようですね? おやおや、これはまた。ド派手にやらかしましたなぁ」


 入場門ゲートから現れた人物は、ゴブリン族の青年のようだ。彼はエルスが穿けた大穴を気にすることもなく直進し、軽く右手の指を鳴らす。


 すると穴のふちが強い光と共に輝きはじめ、外周から中心へ向かい、ゆっくりと元の地面に戻ってゆく。


 そして謎のゴブリンは修復された地面を渡りきり、エルスに一礼してみせた。



「ようこそ、勝者となられたきゃくじん。イシシッ! さあさあ、我があるじの元へとご案内いたしましょう」


「もしかしてザグドか……? いや、さすがに人違いだよな? わりィ、まったく状況が飲み込めねェ……」


 エルスは頭をきながら、自身を見上げている大きな瞳を見つめ返す。


「おやおや、あにじゃをご存知で? これは失礼! あっしはダズド。今はリーランド様のもとで、忠実なる執事をやっております。シシッ!」


「なッ……、なんだッて!?」


 ダズドと名乗ったゴブリンは、なんとザグドの弟だった。そのことにも驚かされたエルスだったが、彼が最も反応した単語は〝リーランド〟という名前の方だ。


「なぬっ!? リーランドきょうはご存命だと申されるのか? 彼は――ゴホッ!」


 リーランドといえば、はるか古代のそうせいに存在していた人物だ。一般的には〝魔王〟として知られている彼ではあるが、ガルマニアの民らの間では、伝説の〝英雄〟や〝戦神〟として語り継がれている。


 その偉大なる名に興奮を示したゼレウスが、激しくみながらかっけつする。その様子にユリウスがあわてて父の背中をさすり、彼を静かに落ち着かせた。



「ええ、ええ。あっしは新入りゆえ、あれが〝存命〟と呼べるのかは判断しかねますが。確かにに〝存在〟しておられますよ。――ささ、こちらへどうぞ」


 ダズドは「イシシッ!」と息をらし、上品なしょでエルスたちに移動をうながす。


 ゴブリン族特有のくせもあり、ダズドの真意はつかみきれない。しかしながら彼の〝あるじ〟であるリーランドが、いっこうを歓迎しているという事実だけは伝わった。


「ともかく、会ってみるッきゃねェよな……」


 エルスの言葉に、仲間たちはそれぞれに同意を示す。そして八人はダズドの案内に従い、円形闘技場コロセウムの奥側にある入場門へと入っていった。



             *



 いっこうが入場門をくぐったたん、またしても景色が一変し、周囲は黒と紫を基調とした、薄暗い城内の様子へと切り替わった。


 城内にはつぼちょうぞう、絵画といった、美術品のたぐいが散見される。そして、は不可思議な力によって、フワフワと空中を浮遊し続けている。


「わぁー! いいなぁ、これ! 不思議の国のお城みたい!」


「なんだかすごいとこだねぇ。――あっ? あの絵の目。ちょっと動いたような?」


「おー! まさにみょうれつな空間なのだー!」


 見たこともないような空間に、三人娘は目をキラキラと輝かせる。そんな少女たちを尻目に、エルスら男性陣はゼレウスを気遣いながら、慎重にを進めてゆく。


「シシシッ! 皆様。足元が悪いですので、どうかお気をつけを」


 ダズドの言うとおり、城内には不自然な段差や壁があり、思いのほかに歩きづらい。どうやらこの場所は、複数の空間を繋ぎ合わせて形成された場所のようだ。



「父上、傷は大丈夫ですか?」


「ああ。……それよりも見よ。この様式こそ、我がガルマニアの王城。こうして最期に目にすることが叶うとは」


 懐かしき光景を目に焼きつけるかのように――。

 ゼレウスは大きく目を見開いたまま、ゆっくりと首を動かしている。


「ゼレウス様……」


 カリウスは槍の穂先に照明魔法ソルクスともし、あるじのために光をかかげる。


 彼の槍には魔水晶クリスタルが埋め込まれており、高位魔法を使う際の〝しょくばい〟としても使える仕組みとなっているようだ。



《リーランドか……。なんかダズドの言い方だと、わりィヤツじゃなさそうだけど》


 エルスはけんしわを寄せながら、静かに思考をめぐらせる。現在、彼らが向かっている先にて、思いも寄らぬ人物との対面がひかえているのだ。


《絵本に出てた魔王だっけ? うーん、今度は戦いにならないといいねぇ》


《ああ……。そう……、だな……》


 ディークスが選んだ結末を自身の責任だと感じているのか、エルスはしぼすように言う。アリサは「ごめん」と小さくつぶやき、さり気なく話題を変えた。


《そういえば、腕の傷。いまのうちに治そっか?》


《いや、もう治っちまった。――ほら》


 そうアリサに伝え、エルスはコートの裂け目を見せる。確かにから見える彼の皮膚には、傷のひとつも存在しない。


《昔から治るのは早ェからな。ガキの頃に落としちまった指も、すぐに治ったし》


《あれって、本当ほんとだったんだ?》


《いつも言ってるだろ? 放っときゃ治るッて。うそなんか言わねェよ》


 エルスが幼少の頃――。彼が父親の剣で遊んでいた際に、誤って自身の指を切り落としてしまうという事故があった。


 その後、泣きながらアリサの家まで駆け込んだエルスだったが――アリサの母が手当てをしようと確認した時には、彼の指は何事もなく元通りになっていたのだ。


 当時のエルスは『より治りが早いだけ』だと思っていたが、自身が〝精霊族〟であることを自覚した以上、そうなった理由にもなんとなく想像がつく。精霊族は肉体のせいそのものが〝魔力素マナ〟に近く、常人とは体質が大きく異なっているのだ。


             *


 エルスらがな城内を進み続けていると、やがて両開きの扉が見えてきた。扉は黒く重厚な木材によってこしらえられており、とっやノブが無い代わりに、中央には闇色をした魔法陣が浮かび上がっている。


 ダズドがに軽く触れると魔法陣は消滅し、扉が半透明の状態へと変化した。


「ささ、どうぞ。あるじは気の良いひとですので、どうぞ気軽フランクに接してやってくだせえ。それはもう、寂しがり屋で。シシッ!」


「……ダズドよ。余計なことは言わんでよい」


 扉の奥に見える部屋から、ろうれんな男性の声が響いてくる。

 エルスたちは互いに顔を見合わせた後、静かに室内へと立ち入った。



 一同が入室した場所は、机やほんだななどが乱雑に並べられた、広い図書館のような空間だった。それらの家具は床上のみならず、壁や頭上・空中にまで配置された状態でれ動き、多くは直立状態すら保っていない。


 エルスたちは頭に本棚をぶつけないよう、注意を払いながら室内を真っ直ぐに進み、ひときわ巨大な円卓テーブルの前で立ち止まる。そこでしばらく周りを見回していると、に半透明をした、老賢者の姿が浮かびあがった。


「ようこそ、ゆうかんなる客人がた。私の名はリーランド。ここの管理者を任されている、ただ亡霊だ」

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