第36話 救いきれぬものたち

 ディークスの魔術を破るべく、大魔法・ティルトヴィストを放ったエルス。


 大魔法の天と地を穿うがつ竜巻によって〝魔術の壁〟はあとかたもなく消滅し、円形闘技場コロセウムの地面は深くえぐられ、中央には巨大な穴が生じているといったありさまだ。


「すごかったねぇ、さっきの魔法。エルス、何ともないの?」


「へへッ、ちょっと頭がクラつくけどなッ! まッ、いつもの魔力素マナ不足さ」


 エルスは笑って言いながら、自らの額を隠すかのように手で押さえる。しかし〝魔王のらくいん〟はすでに消失しており、汗ばんだ額に銀色の前髪が張り付いた。


 烙印の効果か。それとも〝あの声の主〟のおかげか。あれだけの大魔法を使ったにもかかわらず、エルスが〝軽い目眩めまい〟だけで済んでいるのは奇跡に等しい。


 エルスは心配そうなアリサに対し、「大丈夫」とばかりに親指を立ててみせた。



「あの異形変異体クリーチャーっていう魔物、さっきので全部倒せたみたいですけど……」


「うー、悪の親玉も滅んだのだー?」


 周囲に敵の気配は無いが、ティアナはぜんとして剣に魔力をまとわせており、ミーファも彼女と同様に、斧を構えたまま注意深くあたりを見回している。


 さきほどまでの激戦がうそのように、戦場は静まり返ってはいるものの。ディークスの遺体すがたが確認できないこともあり、どうにも戦闘が終わったという実感が無い。


 他の仲間たちも警戒をくずすことなく、武器を手にしたまま陣形を維持している。



「軍曹閣下……。ううっ、申し訳ありません……」


 そんな一同の中で、いつの間にかエルス側に避難していたユリウスだけが、手で顔を覆いながら涙を流していた。そんなユリウスを慰めるかのように、カリウスが小刻みに震える背中を、ゆっくりとさすっている。


 同胞をあやめ、騎士らを異形に変えたディークスは指揮官などではなく、はやガルマニアにあだなす〝敵〟以外の何者でもない。


 ゼレウスは息子ユリウスの無事にあんすると共に、彼の様子を見てたんそくした。


             *


 完全な無風状態となった円形闘技場コロセウムにて、しばらく警戒を続けていたエルス。やがて彼は根負けしたかのように脱力し、大きく息を吐き出した。


「何も起きねェな……。とりあえず、ここを離れようぜ? あっちから奥に――」


「エルス! 盾を構えろ!」


 ニセルの声に即応し、エルスは腕輪バングルから〝クィントゥスの盾〟を出現させる!――直後、彼の左腕に軽い衝撃が走り、硬い金属音が響き渡った!


「シィッ! 防がれただと!?」


 てるような、ディークスの声。エルスが正面へ目を向けてみると、地面に伏せた状態で自身に銃を向けている、ディークスの姿が視界に入った。


 ディークスの下半身、すなわち腹から下は失われ、その断面からはおびただしい量の〝白い霧〟がしている。何らかの魔術で隠れていたのか、彼の周囲には、小さな砂粒が舞い踊っているのも確認できた。


「ディークス! あんたは、いったい……」


「ホーリーシィット! テメェさえっちまえば、俺様の完全勝利だったのによ!」


 困惑を隠しきれないエルスたちをよそに、ディークスは残ったからだを器用にくねらせ、腹の断面を下にして立ち上がる。このような姿となっても勝利をあきらめていないのか、銃口はエルスに向けたままだ。


「なぁ、もうやめようぜ? 俺の仲間がどうたいで治療を――」


「ファック! 主人公ぶるんじゃねぇ! いまいましい銀髪野郎が!」


 恨みの込められた怒声と共に、ディークスはエルスに対して銃を放つ!


 しかしエルスは盾で攻撃を難なく防ぎ、跳ね返った銃弾がディークスの左肩をかすめてゆく。ちょうだんによって斬り裂かれた彼の肩からも、腹部と同様に〝赤い血液〟ではなく〝白い霧〟が漏れ出している。



《まだあの人、エルスと戦うつもりみたい。気をつけてね?》


《ああ、ここは任せてくれ。なんか、この〝盾〟が俺をまもってくれてるみてェだし。どうにかあいつも、助けてやりてェんだ》


 エルスは短杖ワンドをベルトに納め、軽く右手を上げながら笑みを見せる。そんな彼の態度が気にさわったのか、ディークスはげんと共にさらなる銃弾を放つ。


「あんたがどんな目にってきたのか知らねェけどさ、もう武器を下ろしてくれよ。ちゃんと話をすれば、きっと助けになれるはずだ」


 襲いくる弾丸を盾で防ぎつつ、エルスはディークスとの距離をめてゆく。


「シャタップ! こちとらデク人形と話すような、イカレた趣味はぇんだよ!」


 心の底から嫌悪するかのように、ディークスはエルスの顔面へ銃を向ける。それでもおくすることもなく、エルスは彼に歩み寄る。



「俺たちはデク人形じゃない。〝血〟の通ったにんげんだ」


「それだよ! それこそが〝創り物の証〟だろうがっ!」


「へッ……?」


 エルスが疑問を浮かべたすきを狙い、ディークスは彼の右腕を狙い撃つ。銃の反動ゆえか弾道はわずかにれ、エルスの二の腕付近を斬り裂いた。


 傷口からは赤い血液が流れ、黒いコートのそでぐちから、ポタポタと地面に流れ落ちる。エルスは痛みに顔をゆがめるも、どうにか心を平静に保つ。


「人間にはなぁ? そんな不気味な液体は入ってぇんだよ! じゅんかつが漏れるってことは、テメェが人形っていう証拠だろうが!」


「ディークス……。あんたは何を言って……」


「ID:YT026-AC0F86-TYPE-W29-USNA003129-1A344E-DX――これが俺様に与えられた管理番号ナンバーだ! 本物の人間に、名前は無ぇ!」


 ディークスは謎の呪文をよどみなく唱え、目を見開いたままたんをきる。そんな彼の狂気的な様子に、エルスたちは困惑を隠しきれない。


《うー? あの者は何を言ってるのだー?》


《わからんな。古代人エインシャント――いや、てんせいしゃと呼ぶべきか。彼らの世界の常識は、オレたちのとは大きくかけ離れているようだ》


 まさに別次元。ディークスからもたらされた異世界の価値観に、エルスらは一切の共感を覚えることもなく、ただただ疑問と哀れみの表情を浮かべるしかなかった。


             *


 相容れぬ者同士のにらみ合い――。

 不気味な静けさと緊張感だけが、両者の間で静かに張りつめてゆく。


「もう充分だろうが、銀髪野郎。さあ、一対一で決着をつけようぜ」


 重々しいこうちゃく状態の末、ディークスが再び銃を構えなおす。


るしか……、ねェのか?」


「当たり前だ。俺様は生きるために戦争をする。テメェをブチ殺し、最強の軍国を手に入れ、盛大に戦争をおっぱじめる。――この世界が滅ぶまでなぁ!」


 エルスには――。

 もう掛けられる言葉が残っていなかった。


「わかった」


 渋々ながら、エルスは腰の剣に手を伸ばす。――その時、彼の後方から走ってきたユリウスが両腕を広げ、二人の間に割り込んできた!



「まっ……、待ってくれエルス! お願いします、軍曹閣下! どうか今は退いてください! 生きていれば必ずっ……!」


「ユッ……、ユリウス……?」


 彼の必死な表情にされ、エルスの右手がつかから離れる。ユリウスはエルスに視線を向けたまま、なおも自身の背後に居る、ディークスへ向けての説得を試みる。


「僕は軍曹閣下あなたの姿を見て、生きる目的を見つけました! 僕は父さんの人形だった! あなたと行動することで、僕に本当の生命が宿ったんだ!」


「ユリウスよ……。おぬしは、そのように……」


 ゼレウスは手にした剣を納め、必死に訴えている息子を見つめる。彼の真剣な様子に感化され、カリウスとティアナも静かに武器を下ろしてゆく。


 だが、そんな彼らとは裏腹に――。

 ディークスはユリウスの背中へ向け、迷いもなくトリガーを引いた!


「ユリウス!」


 父親ゼレウスとっにエルスを押しのけ、電光石火の動きで息子ユリウスの身体を真横へ向かって突き飛ばす!――直後、放たれたディークスの凶弾が、ゼレウスの右胸を貫いた!


「なッ……!? ゼレウスさん――ッ! うッ……、うおぉ――ッ!」


 再び長銃を構えるディークスを目がけ、エルスは真っ直ぐに突撃する! そして右手に細身の銘剣エレムシュヴェルトを出現させ、銃身ごとディークスの左腕を斬り落とした!


 すくい上げるような斬撃ののち、刃は流れるようにディークスの首を狙う。しかしエルスは感情を抑え、力む右手をなんとかとどめた。


「ファック――! 邪魔しやがって!」


 上半身だけのディークスはを使って連続でね、後方へと間合いをとる。背後の地面には大穴が開いており、彼はそのふちにて停止した。



「もう終わりだッ! ディークス! 降参しろッ!」


「あぁ……。どのみち、この〝アバター〟は限界のようだなぁ?」


 ディークスは破損した長銃を大穴へ投げ捨て、軍服ジャケットの内側から拳銃を取り出す。そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべ、その銃口を自らのに押し当てた。


「何を……、する気だッ……!」


「勝負はお預けだ。エルス、必ずテメェを殺してやる!」


 そう言い終えるや――。ディークスは指に力を込め、自身の頭を撃ち抜いた!

 彼のからだはグラリとかたむき、そのまま前方へとくずおれる。


 やがてディークスの肉体からは白い霧が噴き出し、そのままくうへと溶け去ってゆく。エルスはすべもなく、その光景を目に焼きつけるしかなかった。


「どうすりゃ……。よかったんだ……」


 ただぼうぜんと立ち尽くしたまま、エルスは地面を見つめている。円形闘技場コロセウムには父の名を呼ぶユリウスの悲痛な叫びだけが、いつまでも響き続けていた。

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