第35話 白き敵対者と黒き共闘者

 異空間と化したガルマニア城内に存在する、円形闘技場コロセウムにて。

 エルスたちは武器を手に、異形変異体クリーチャーを従えたディークスに対して身構える。


「突撃部隊、前へ出ろ! 支援部隊は後方へ陣取れ!」


みんなッ、あのバケモンには魔法で! 直接 触らねェように、注意してくれッ!」


 エルスとディークス。両者は互いに、仲間へ対して指示を出す。指揮官リーダーの声にアリサたちは勇ましくこたえ、異形変異体クリーチャーの群れは無言で素早く隊列を組む。


「前衛どもを足止めしつつ、あのイカレた格好の女を狙え! ヤツが回復役ヒーラーだ!」


「ふっ。やらせんよ――」


 相手がティアナを狙ってくると判断し、敵・後方の支援部隊へ向けて、ニセルがヴェルジェミナスの雷撃を放つ。しかしディークスも自陣の後衛が狙われることは想定済みだったのか、対抗呪文を素早く発動させる。


「マゴラム――!」


 土の精霊魔法・マゴラムが発動し、ディークスを中心とした広範囲に、土によって形成された複数の壁が出現した。


 ニセルの雷撃は大地の壁によってはばまれ、損傷を与えることもなく消失する。



「なッ!? 魔法まで使いやがるのかよ!?」


「戦場ではなぁ? 相手の実力を見誤ったヤツから死ぬんだよ!」


「ご主人様! あれは〝魔術〟なのだー! 気をつけるのだ!」


 マゴラムは本来、局地的に大地を鳴動・隆起させることにより、敵をするための魔法だ。しかしディークスは呪文の特性を理解したうえで改変アレンジを加え、防衛のための〝魔術〟として発動したようだ。


「支援部隊! ざんごうから触手で攻めろ! 突撃部隊はヤツラの陣形をくずせ!」


 魔術によって生み出された壁は障害物となり、戦場に留まり続けている。


 指揮官の命令に従い、後方の異形変異体クリーチャーたちは死角から闇色の触手を伸ばす。壁の隙間からは不気味なうめき声と共に、鎧を身にまとった個体が続々と姿をみせた。



「ミーファちゃん、あっちをお願い!」


「おー! 心得たのだー!」


 狭い隙間内での戦闘は不利と判断し、アリサとミーファは二手に分かれ、敵の前衛部隊を迎え撃つ。頭上からは断続的に触手が迫り、エルスとニセルが迎撃に当たる。ゼレウスとカリウスは戸惑いを隠しきれぬまま、異形の敵にものを構えた。


「おのれディークス……! よくも我らがどうほうを、このようなおぞましき姿に!」


「ゼレウス様! 前へ出すぎると危険です!」


 騎士たちの変わり果てた姿をたりにし、いつになく冷静さを欠いた様子のゼレウス。彼は炎の魔法剣レイフォルスを宿した剣を振るい、前へ前へと斬り込んでゆく。


 異形変異体クリーチャーかろうじてひとがたを保ってはいるものの、人体の関節を無視した動作で鎧は損壊し、そこから変質した肉体や目玉の群れが脈動している様子が確認できる。


 あまりのまがまがしさにを直視できず、ゼレウスはわずかに視線をらす。その一瞬を見逃さず、異形変異体クリーチャーは目の前の獲物ゼレウスへ向け、闇色の触手を伸ばしてきた!


「むぅ、不覚……!」


 敵の触手にからめとられ、ゼレウスのからだが軽々と宙へ持ち上げられる。しかし、ティアナの光魔法エンギルによって触手は断たれ、彼を締め上げていた闇の力も消失した!


 束縛を解かれたゼレウスは地面へ落下し、即座に起き上がって剣を構える。――同時にカリウスが異形変異体クリーチャーにタックルをかんこうし、続けてゼレウスが倒れた敵の胸元へ、炎の剣を突き立てた!


 燃え上がる剣によって全身をかれ、のものとは思えぬだんまつと共に、異形変異体クリーチャーの肉体はしょうと化して溶け消えてゆく――。



「すまぬ。アルティリアの姫君よ」


「あっ、気づいてたんですね? 正確には〝もと〟なんですけど……。あはは……」


「そうか……。ともかく、礼を言わせていただく」


 ゼレウスは紳士的に一礼し、すぐに戦場へと向き直る。ティアナも真剣な表情に戻り、魔力をわせた剣を両手で構えた。


 ディークスが率いていたガルマニアの騎士たちは、少なくとも三十名はたはずだ。前方ではアリサたちが善戦しているとはいえ、魔術によって築かれたざんごうのせいもあり、敵の総戦力はいまつかみきれていない。


             *


「このまま耐えるか……? いや、これじゃジリひんになッちまう」


 上空から迫る触手を風の魔法ヴィストで斬り払いながら、エルスは額にあぶらあせにじませる。物量で迫りくる兵力を押し留めてはいるものの、彼の魔力素マナも削られ続けている。


 ニセルの魔銃ヴェルジェミナスも無制限に雷撃を放てるわけではないらしく、時おり彼も攻撃を休め、何らかの操作を行なっている状態だ。


《まだ弾薬カートリッジに余裕はあるが……。早めに決着をつけたいところだな》


《クソッ! あの〝壁〟さえどうにかできりゃ……》


 ディークスの生み出した〝大地の壁〟は、ぜんとして戦場に存在し続けている。相手は壁の向こうでのろうじょうを決め込んだのか、声を聞き取ることもできない。


 土の精霊魔法を破るには、優位属性である〝風の精霊魔法〟をぶつける必要がある。しかしディークスのこう使したものが〝〟である以上、エルスが〝〟で対抗するにはさらに上位の魔法を当てなければならない。



《よし。俺が空から、魔法で壁をブッ壊す! 出来るだけ離れておいてくれ!》


 エルスは意を決したように仲間に言い、太陽ソルの無い赤紫色の空を見上げる。


《わかったっ! でもエルス、太陽ソルには気をつけてね?》


《ああッ! たぶん、なら高く飛んでも大丈夫なはずだ》


 太陽ソルの下での高空飛行を行なうと、強烈な光線によって即座に肉体をき払われてしまう。それゆえに鳥類は飛ぶことを捨て、人類が移動魔法フレイトなどを使う際にも、低空での飛行が絶対条件となっている。


《ニセル、ティアナ、援護を頼む!》


《ああ、任せておけ》


《おっけー! 地上こっちのことは安心してっ!》


 アリサとミーファは戦闘を続けながら後退し、徐々に前線を下げてゆく。さらにティアナが作戦を説明したのか、ゼレウスたちも退避を開始したようだ。


 仲間たちが配置に就いたのを確認し、エルスは右手に短杖ワンドを構えた。



「どうにかッてくれよ……! フレイト――ッ!」


 風の精霊魔法・フレイトが発動し、エルスの周囲を風の結界が包み込んだ。


 結界をまとったエルスは高く空中へとしょうし、魔術の土壁を眼下に収める。地上からは待ち構えていたかのように大量の触手が彼へと迫ってくるものの――ニセルの雷撃とティアナの光魔法によって、は上空へ到達することもなく消滅する。


「ありがとな、皆――。それじゃいくぜ、大魔法ッ……!」


 仲間からの援護を信頼し、エルスは深く目をじて、静かに呼吸を整える。そして短杖ワンドに左手をかざしながら、ゆっくりと正確に呪文を唱えた。


「ティルトヴィスト――ッ!」


 風の精霊魔法・ティルトヴィストが発動し、地上の壁を囲うように、巨大な魔法陣が出現する。魔法陣からは上空へ向けて輝く緑色の結界が伸び、その範囲内に激しい暴風と竜巻を発生させた!


 しかし風のほんりゅうは結界の中のみならず、外部にまでも吹き及んでいる。地上のアリサたちも重心を低く保ち、どうにか防御姿勢をとっている状態だ。



「思った以上にキツいぜ……! クソッ、暴走させるわけにゃいかねェッ……!」


 ティルトヴィストはエルスの知る限り、ヴィスト系統の最高位にある魔法だ。空中で体勢を維持しながら解き放つには、あまりにも難度が高い。エルスは霧散しようとする意識を必死に繋ぎ留めながら、術の制御に全神経を注ぐ。


《……ツラそうだね? 力を貸すよ?……》


《なッ……!? またかッ……!》


《……仲間を、傷つけたくないんでしょ?……》


 エルスの頭の中に響く、いつもの幼い少年の声。――しかし、それは普段の悪魔的なささやきとは違い、どこか親しみすらも感じさせる。


《わかった。頼むッ、俺に力を貸してくれッ……!》


《……任せて。ほんの一瞬さ……》


 声の主からの提案に応じ、エルスはに身を任せる――。


 その瞬間、エルスの額に〝おうらくいん〟が浮かび上がる。そして、は彼の瞳を闇色を変化させると共に、まがまがしい輝きを放ちはじめた!


「未熟な術だね。これじゃ空間ごと消し飛んでしまう。――風よ、収束せよ」


 まるで楽団を指揮するかのように、は慣れた様子で短杖ワンドを振る。すると荒ぶっていた竜巻は垂直方向に形を整え、赤紫色の空へと伸び去ってゆく。


「これで充分でしょ。お疲れさま、エルス」


 そうつぶやきながら、は左手の指を鳴らす。――直後、竜巻は荒縄がほどけるかのごとく力を失い、りょっこうの魔法陣と共に、あとかたもなく消失した。


 円形闘技場コロセウムの地面にはせんじょうをした、深いくぼみだけが残されている。もはやその場所には異形変異体クリーチャーはおろか、ディークスの姿すらも確認できない。



 地に穿うがたれた穴をながめつつ――は赤いマントをなびかせながら、ゆっくりと高度を下げてゆく。そして静かに地上へ降り立つや、彼はおもむろにバランスをくずした。


「うわッ……! ととッ!」


「エルスっ! 大丈夫?」


 背後から叫ぶアリサの声に、振り返ったエルスは白い歯を見せる。すでに彼の額には烙印は無く、瞳もいつもののうかいしょくへと戻っていた。


「ああッ、大丈夫だ! ほんのちょっとだけ、ヤバかったけどな――ッ!」

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