第34話 異世界からの悪意

 ガルマニアの帝都にてユリウスを追い、巨大な城門をくぐったエルスたち。しかし城内に足を踏み入れた彼らはまたしても、きょうがくの表情を見せることとなってしまった。


 開け放たれた門の内側には、赤いじゅうたんや階段などの〝いかにも城内〟といった内装が確かにかいえていた。しかし現在、彼らの足元にあるのは土と砂による地面グラウンドであり、天上にはあかむらさきいろの空までもが広がっている。


「どうなってんだ? こりゃ」


「入ってきた門も消えちゃったねぇ」


転送装置テレポータの一種か。もしくは、空間がゆがめられているのかもしれんな」


 周囲には円を描くように混凝土コンクリートの壁が立ち、その上部には階段状の観覧席が設置されている。その構造から察するに、ここは円形闘技場コロセウムと呼ばれる施設のようだ。


 カリウスを加えたエルスたち七人は、この闘技場の中央部へと送り込まれていた。



「よォ、待ってたぜぇ? この反逆者どもが!」


 べつ混じりの怒声と共に、奥の入口からディークス軍曹が現れた。彼の手には拳銃が握られ、背中には新たに、両手持ち用の大型銃をかついでいる。ディークスの隣にはユリウスもり、彼はおびえたような目で、じっとこちらをにらんでいる。


「ディークス軍曹。もはや貴公を玉座に就けるわけにはいかぬ。数々の暴虐のうえ、我らの同胞を手に掛けた貴公に、もはや皇帝の資質は無い!」


「あぁ? 勝手なジジイだな、オイ。俺様は最初から、戦争をしに〝この世界〟に来たっったはずだぜぇ? 皇帝だ何だと担ぎ上げたのは、テメェだろうが!」


「この世界だって? どういう意味だッ! あんたは何者なんだよッ!?」


 エルスの問いかけに舌打ちし、ディークスは拳銃を発砲する。しかしエルスは攻撃を予測していたようで、銃弾を〝クィントゥスの盾〟で難なく防いだ。



「この銀髪野郎が……。テメェが現れてから、どうにもことが進まねぇ。計画は狂うわ、裏切り者は次々と出るわ。パチモンのデク人形の分際でよォ!」


「質問に答えたらどうだ、軍曹どの? お前さんの正体は古代人エインシャントということか?」


 ニセルの言葉が気に障ったのか、ディークスは彼に対して銃口を向ける。それにそくおうする形で、ニセルも二丁の魔銃ヴェルジェミナスを手に構えをとる。


「なんだ? テメェの玩具オモチャみてぇなフザケた銃は。あと、そのポーズは銃術ガンカタのつもりかぁ? 戦場は遊びじゃねぇんだぞ!」


「ふっ、会話にならんな。使い方は恩人に習ったものだ。詳しい由来など知らんさ」


 一触即発の空気に、アリサら仲間たちも次々と武器を手に身構える。対するディークスの周囲でも、奥側の入口から現れたガルマニア騎士たちが陣形を組み始めた。


             *


古代人エインシャントだと? 貴公、事実なのか?」


「知るかよ!……まぁ、そう呼びやがるヤツも居たっけなぁ? 俺様は〝別の世界〟から来た。戦争も出来ねぇような、腐りきった地獄のような世界からなぁ!」


「別の……、世界だって?」


 古代人エインシャントの名が示す通り、彼らは古代のそうせいに多く存在していた民だ。


 ディークスの弁が正しいのならば、さいせいの際に古代人エインシャントたちの復活がされなかったのは、るべき世界が異なっていたがゆえのことか。


「あのクソ世界ではなぁ? 人間は徹底的に管理され、ただ生かされるのみだ。イカレた政府の連中に頭ん中をファックされ、ワケのわからねぇ番号を割り振られ、人間らしい名も与えられず――あげく、勝手に死を選ぶことさえも許されねぇ!」


「だったら! それが本当なら、ここで平和に暮らしゃ良いじゃねェかッ!」


「馬鹿かテメェは! 戦いが! 戦争が! この〝生命いのち〟のやり取りこそがっ! 人間が〝生きてる〟って証だろうがっ!」


 ディークスは再び、エルスへ向けて銃を放つ! しかし放たれた弾丸は、アリサの大型剣によって地面へはじとされた。



《エルス、油断しないでね? あの人いきなり攻撃してくるし》


《ああ、わりィ。助かったぜアリサ》


 エルスはディークスをにらみつけたまま、あんごうつうでアリサに礼を述べる。


「テメェらみてぇなデク人形に、俺様が教えてやるよ。世界中を巻き込んだ戦争を通じ、本物の生命の重さってヤツをなぁ!」


「俺たちはにんげんだ! デク人形じゃねェ! あんたのやってることは、ただの殺人だろうがッ!」


 ディークスはエルスに向けていた銃口をずらし、ティアナに向けて不意打ちの弾丸を発射する。乾いた炸裂音と共に飛び出した銃弾も、ニセルの魔銃から放たれた雷撃によって、空中でちりと化して消滅した。


 さきほどからことごとく銃撃を防がれ、ディークスの額にも焦りによる汗がにじむ。



「なぜ俺様の銃が……。テメェら、いったい何なんだ? これまでのデク人形とは、〝モブ〟どもとは明らかに違う……! 気に入らねぇんだよ!」


「なぁ、ディークス。あんたの苦労も別の世界ッてヤツも、俺には理解も想像できねェけどさ……。もう無駄な戦いはやめようぜ?」


「クソが……! まさか、こいつが〝主人公〟だってのか? いや、そんなはずぇ! あってたまるか――!」


 戸惑いを振り払うかのようにディークスは雄叫びを上げ、額の汗で金色の短髪を逆立てる。次に彼は背負っていた大型銃を外し、エルスに向かって狙いをつけた。



「ディークス軍曹、エルス殿の言うとおりだ。武器を下ろしたまえ。決してざいほうめんとはいかぬが、我々とて貴公の命まで奪うつもりはない」


「そっ……、そうです! 軍曹閣下! 父上は――騎士団長は、きっと悪いようにはいたしません! 僕たちが間違っていました……」


 父・ゼレウスの言葉に続き、ユリウスもすがるように、上官ディークスを説得しはじめる。


「どいつもこいつも銀髪野郎にほだされやがって! テメェら、それでも軍人か!」


 ディークスは怒りの形相を浮かべ、ユリウスに対して銃口を向ける。


 するとユリウスはれるような短い悲鳴を上げ、あわてて騎士らのかげへと隠れてしまった。そんな彼とは対照的に、ディークスの周囲を固めるつわものどもは、さきほどから直立したままどうだにもしていない。



「絶対に認めねぇ……。この俺様こそが主人公だ! エルスとか言ったな? テメェをブチ殺し、それを証明してやる!」


 ディークスはふところから闇色の玉を取り出し、それを地面に叩きつけた!


 砕け散った玉からはおびただしい量のしょうあふれ、それと同時に周りの騎士らが、苦痛の表情と共にもだえだす――。


 すると間もなく、もんうめきを上げていた騎士たちのからだが肉や骨のきしむ音を上げ、異形変異体クリーチャーの姿へと変化する。彼らの肉体は主に〝白い包帯〟が巻かれていた部位を中心として、激しい変異が始まっているようだ。


             *


「どうだ、モブには相応ふさわしい姿だろうが! 奴らを殺せ! 異形変異体クリーチャーども!」


「こいつらは〝こうつえ〟の……!? こうなったら、もうやるしかねェ……!」


騎士かれらの負傷は、の銃弾によるものか。全員、ディークスの武器には気をつけろ。――オレも迎撃に専念する」


 ディークスの弾丸はこうつえと同様に、あの〝しょうもり〟の樹木を利用していたのだろう。ニセルはそう推察し、仲間たちに注意をうながす。


「反逆者どもをしゅくせいし、この世界を戦争によって支配する! け、開戦だッ!」


「やらせるかよッ! いくぜみんなッ、戦闘開始だ――ッ!」

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