第33話 陥落都市ガルマニア

 無事にあんいきの壁を抜け、ガルマニア帝都への侵入に成功したエルスたち。


 これまで七十年もの間、闇の中へと封印され続けていた街。その〝現在の姿〟をたりにするなり、一同はぼうぜんと立ち尽くす――。


「うわぁ……。なんだかすごいとこだねぇ」


「うえぇ、目が回りそうなのだー!」


 六人の視線は一様に、空を見上げるかのように上方へと向けられている。


 空は適度な明るさを保っているが、色はあかむらさきを帯びており、天上に太陽ソルの姿は確認できない。石や混凝土コンクリートで造られた背の高い建物には、様々な色硝子カラーグラスで覆われたりょくとうがぶら下げられ、が薄暗い街に、色とりどりの光を放っている。


 しかし、それよりも彼らの目を引いたのが、まるで空中を舞うかのように張り巡らされた太い金属製のレールと、その上を高速で走るトロッコの列だった。


 さらには巨大な水車があたかも〝風車〟であるかのごとく、空中でゆっくりとした回転を続けている。よくよく見ると、には人が乗り込むためのかごが取り付けられており、籠に乗った人々の、楽しげな笑顔も確認できる。



「なんだこりゃ……。ゼレウスさん、ガルマニアッてだったのか?」


「まさか……。わしが最後に目にしたのは、まがまがしき闇と炎に覆われ、まさに滅びゆかんとする……、そうごんなる帝都の姿だった」


 ゼレウスはまばたき一つすることなく、目を見開いたまま街の景色をながめている。


 また、ニセルが情報収集をすべく、街の男性に声を掛けてみるも、彼はこちらの存在を認識していないかのように、まるで反応を示さない。


「ふっ。もしかするとは、オレたちの空間とはズレているのかもしれん。ドミナの言葉を借りれば、濃厚霧領域ミストリアルサイドといったところか」


「なんだか、不思議の国に迷い込んじゃったみたいな感覚ですね……」



 あまりの光景に足を止め、エルスたちが戸惑っていると――。やがて背後からガルマニア騎士らを連れた、ディークス軍曹が姿を現した。そしてレンガ造りのトンネルを抜けた彼は、この街を見るなり舌打ちをする。


「シィッ! こんなモンがあるとぁ聞いてねぇぞ! 遊園地か!? ここは!」


「なんだ? その〝ユーエンチ〟ッてのは?」


「あぁ? このクレイジーな光景を見りゃ、馬鹿でも理解できるだろうが!」


 いらった様子で何度も両腕を広げ、ディークスは連続で〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせる。外でなにごとか起きたのか、彼の腕にはさらに包帯の数が増えている。


「ディークス軍曹。この〝帝都〟は、まさか貴公の仕業なのか?」


「そんなワケがあるか! 俺様は〝鍵〟を使っただけだ! こんな頭のイカレた場所なんざ、死んでも望むワケがねぇ!」


 ディークスは大声で吐き捨てた後、騎士らを連れて正面の王城へと進んでゆく。


 軍曹に従うガルマニア騎士たちは〝帝都〟に浮かれる様子もなく、ただぐに前だけをえている。やはり外では何らかの戦闘があったのか、よく見れば彼らの腕や脚にも、ディークスと同じ〝白い包帯〟が巻かれていた。


             *


「ゼレウス様、ご報告が……」


 軍曹らが去った後、カリウスが不意に立ち止まり、ゼレウスの前で敬礼をする。そばにはユリウスもり、彼は感激した様子で帝都の街並みを眺めている。


「うむ? 今度は何事か?」


「ハッ……。じつは先ほど、外で反乱が起きまして……」


 カリウスの話によると、エルスたちが〝闇のゲート〟をくぐった直後、ディークスに反感を抱くようへいたちが、いっせいはんひるがえしたとのことだった。


「鎮圧は完了しましたが……。彼らは昨夜の段階から、決起をはかっていたようです」


 傭兵たちが今朝のタイミングを狙ったのは、「この騎士団の中で反乱を阻止できる実力者は、ゼレウスならびにエルスたちのみ」との、判断されたがゆえのこと。――副団長カリウスは騎士団長に対し、そのように推察してみせた。


「そうか……。ついに、わしも決断すべき時に至ったか」


 ゼレウスは深く目をじ、大きく息を吐く。そして、ゆっくりと目を開き、自身らに注目しているエルスたちへと向き直った。



「エルス殿。わしは彼を――ディークス軍曹を、討つことに決めた」


「うッ……。やっぱ、そうなっちまうのか……」


 やはり、この結末しか存在し得なかったのか。エルスらとしても思うところは多々あるが、これ以上ディークスの蛮行を野放しにしておくわけにもいかないだろう。


 事実として〝帝都奪還作戦〟における人員の損失は、魔物との直接的な戦闘によるものよりも、軍曹からの〝粛清〟によって失われた命の方が多い。


 またを殺すことになる。ディークスは明らかな敵対者とはいえ、形式上は〝仲間〟である。たとえぞうごんばかりだったとしても、言葉を交わした相手なのだ。


 差し迫った覚悟を前に、エルスは震えを隠しきれない。そんな彼の心情を察した仲間たちが、あんごうつうはげましの言葉を掛ける。


《エルス、あまり気に病むな。お前さんのせいじゃない》


《ああ、わかってる……。でもやっぱ、他に方法があったんじゃないかッてさ》


 エルスは石で舗装された街路を見つめながら、悔しげに拳をにぎりしめる。


《うー。ミーにも身に覚えがあるのだー。仕方ないのだー》


《うん。もしかすると戦ったあと、ミーファちゃんみたいに〝良い人〟になるかもしれないし。わたしたちに出来ることを頑張ろっ?》


 思えばミーファとかいこうした際も、当初は全く会話にならず、戦闘に頼るしかなかった。もしかするとアリサが言うように、ディークスとも真剣に拳を交えれば、仲間として解り合える可能性があるかもしれない。


「……わかった。俺たちも協力するぜ、ゼレウスさん」


「すまぬ。貴公らには、何から何まで迷惑を掛ける」


 ゼレウスは迷いもなくエルスに言い、ガルマニア制式の敬礼をする。いでエルスも彼にならい、ガルマニア式の敬礼を行なった。


             *


「それにしても……。何なんだろうな? この街は……」


 エルスは無理やりにでも気分を変えるべく、奇妙な街を改めて見渡す。そこで彼は中年男性の一人に近づき、声を掛けてみることに――。


「なぁ、オッサン。――ぐあッ!? なッ、なんだ……!?」


 男性の肩に叩こうと、彼に軽く触れた瞬間!――エルス自身の記憶の中に、凄まじい量の〝映像〟や〝情報〟が一気に流れ込んできた!


 それは美しい農地の風景。そこで農業にいそしむ若い男性。あるいは広大な砂漠にて、敵と対する中年男性。恵み豊かな美しい森と、城壁に囲まれた荘厳なる街。そしてがいせんを祝うパレードの中、たけだけしくかちどきを上げる、赤い髪をした英雄。


 夜空には丸くかじり取られたかのようなルナが浮かび、きらめく光が無数にまたたいている。


 それらの情報が荒れ狂うだくりゅうかのごとく、エルスの精神へと押し寄せる。やがて彼はこんだくし続ける意識に耐えかねて、全身を激しくけいれんさせた。



「ウアァアーッ……! ガッアアァ――ッ!?」


「エルスっ!」


 異変を察したアリサは男性から、急いでエルスをがす。ようやく精神への侵食から解放され、エルスは肩を激しく上下させながら、荒々しく息をする――。


「びっくりしたぁ……。どうしたの?」


「助かったぜアリサ……。わからねェけど、なんか色々と〝えた〟んだ……」


 顔面の汗やよだれを拭い、エルスは呼吸を整える。すぐ近くでは、彼と同様に住民の少女に触れてしまったティアナが、ミーファに救助されていた。


「あっ、ありがと……」


「問題ないのだ!」


「ティアナちゃんも? 大丈夫?」


 アリサはエルスの背中に手を当てながら、ティアナに向かって視線を移す。幸いにも彼女はエルスほどの、強い影響を受けたわけではなかったようだ。


「うんっ! でもね……。さっき見えた景色の中で、この子が確かに言ってたんだ。ランベルトスのことを〝自由都市ランベルトス〟って……」


 現在のこの世界ミストリアスにおいて、ランベルトスは〝商業都市〟という名をかんしている。まちが〝自由都市〟と名乗っていた時期は、はるか昔のそうせいにまでさかのぼる。


「じゃあ、このヘンテコな街は、創生紀のガルマニアってことか?」


「ふむ、過去か……。ガルマニアには歴史に記されることもなく、抹消された記録もったと聞く。このような帝都が、絶対に〝なかった〟とは断言できぬな……」


 ガルマニアを取り戻すには、この街が置かれている現状も把握する必要があるだろう。この不思議な住民たちとは違い、建物や物品などは実体を保持しているらしく、触れると素材のしっかりとした質感が伝わってくる。


 街の住民らには触れぬよう、エルスたちがしんちょうに調査を進めていると、急にカリウスがあわてた様子で、ゼレウスの元へと駆け寄ってきた。


             *


「あの、ゼレウス様……。ユリウス様をお見かけしませんでしたか?」


「ぬ? 貴公と共に居たと、そう記憶しているが……」


「はい……。つい先ほどまでは物珍しげな様子で街を眺めていらしたのですが。私が少し目を離してしまったすきに……。申し訳ございません」


 いくら不可思議な場所とはいえ、ユリウスはエルス以上の年齢だ。きょうしゅくした様子で頭を下げているカリウスに、ゼレウスは苦い笑みを浮かべてみせる。


おさなではない。そう案ずる必要も――」


「あっ、ユリウス! あそこにいるのだー!」


 ミーファが指さした方向へ目をると、王城に向かって走ってゆく、ユリウスの背中が確認できた。そして彼は此方こちらいちべつし、びんな動作で城門の中へと消える。


「ユリウス様! まさか、軍曹どのに我々の計画をしらせるために……!?」


「なッ、そりゃマズイぞッ!? 早く追いかけねェと、先に手を打たれちまう!」


「うむ……。我らも急ぐ必要がありそうだな……。ユリウス……」


 この〝帝都〟の謎はぜんとして気になるが、ディークスへの襲撃計画をしらされた可能性がある以上、先に彼との決着をつける必要がありそうだ。


 エルスたちもユリウスを追い、急ぎ王城内へと向かう。

 そこで彼ら七人は、驚くべき光景を目にすることになるのだった。

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