第32話 光の鍵を持った者

 次の日の朝。ガルマニア帝都の目前に設営された、野営地キャンプにて。ついにエルスたちは〝帝都奪還作戦〟をかんすいすべく、あんいきに包まれた帝都の内部に突入する。


 支給されたテントで目覚めたエルスたちは手早く出撃の準備を終え、指揮官であるディークス軍曹に指定された、集合場所の広場へと向かう。


 ちなみにテントは六人が寝泊り可能な、標準的な冒険者パーティ用のものが与えられ、エルス・アリサ・ミーファ・ティアナの四名で利用した。ゼレウスは指揮官用の大型テントへ戻り、ニセルは夜通しかに外出していたらしい。


そろったかデク人形ども! これより我が軍は、このしんくせぇ闇に突入する!」


 ディークス軍曹は大きな声を張り上げながら、おおな身振りで〝暗黒の壁〟を中指で示す。その〝黒〟よりもなお深い〝闇色〟をした壁を見ていると、この場所で空間が消失しているかのような、そんな不気味さを感じさせる。


《どうやって入るんだろうねぇ? あれ》


《わからねェ。こればっかりは、アイツに頼るしかねェな》


 あんごうつう首輪チョーカーを通し、エルスたちは頭の中で会話を交わす。しかし今回は作戦開始前のブリーフィング時と比べ、やけに周囲がざわついている。


「俺様が今から、このイカレた空間をファックする。そんで――」


「もうたくさんだ! これ以上、アンタには従えない!」


 ディークスの話をさえぎる形で、剣を構えたようへいの一人が、軍曹の前へとおどた。


 彼の顔に見覚えは無いが、少し幼さの残る声に、エルスは聞き覚えがあった。それは初日の説明会の際に〝銃〟を欲していた、あの傭兵候補のものだ。


 このままではディークスによって、またしても〝しゅくせい〟を受けてしまう。エルスが反射的に飛び出そうとするも、ニセルの腕で制止されてしまった。



「おいおい。まさか、ここまで来て、俺様に刃向かう馬鹿がいるとはなぁ? テメェ、死ぬ覚悟はできてんだろうな?」


「うるさい! よくも仲間を殺しやがって! 僕は見たぞ! こいつはワザと森の中で、僕の仲間たちを撃ちやがった!」


 傭兵の言葉に集合した一同からは、どうようの声が上がり始める。そして彼は剣を両手で構え直し、ディークスへ向かってかる――!


すのだ――! 頼む、どうか剣を納めてほしい」


 なんとディークスのそばひかえていたゼレウスが、振り下ろされた凶刃を自身の剣で受け止めた! せつ、傭兵は戸惑ったような表情をみせるも、すかさず剣を片手に持ち替え、右手の銃でディークスを撃つ!


 放たれた弾丸はディークスの左腕をかすめ、暗黒の中へと吸い込まれてゆく。そして次の瞬間。もう一発の銃声と同時に、傭兵の額から真っ赤な液体がした!



「ユリウス……。おぬし――」


「逆賊は処刑いたしました。お怪我の具合は? 軍曹閣下」


 傭兵を射殺したユリウスは涼しげに言い、ディークスに向かって軍隊式の敬礼をする。彼は父である騎士団長ゼレウスには、視線を合わせようともしない。


「なぜ頭を撃った? なにも、殺す必要はあるまいに……」


「ディークスきょうは、もうじきガルマニア皇帝となられるかたですよ。反逆者は処分されて当然でしょう? 父上どの?」


 ユリウスは冷ややかな表情で言い放ち、再度ディークスへ敬礼を行なう。しかし、当のディークスは彼に対し、殺気の混じった眼光を向けた。


「おい、クソガキ。次に出しゃばりやがったら、テメェの頭を吹き飛ばしてやる」


「もっ……! 申し訳ございませんでしたっ……!」


 ユリウスは一転して青ざめた表情になり、上官に対して何度も頭を下げる。そして腰を低くかがめたまま、逃げ去るように騎士らの奥へと引っ込んでしまった。


 弾丸によって裂かれたディークスの左腕からは、血液ではなく〝しろきり〟がしている。そこへ駆けつけてきた騎士の一人が、彼の負傷した腕に包帯を巻いた。


「まぁいい。楽しい祝宴パーティー此処っからだ。テメェらこしけどもに、十秒だけ時間をやる。俺様のやり方に文句があるヤツは、そのあいだに失せろ!」


 ディークスは怒りで目を見開きながら、大声で「いち」から数字を唱える。しかし、それが「とお」に達しても、この場から去る者は現れなかった。


             *


「よぉーし! よく訓練されたデク人形ども! テメェらは地獄行きの覚悟が出来てるってワケだな? そんじゃ、いよいよ〝鍵〟の出番ってワケだ」


 ディークスは口元を大きく吊り上げ、悪魔的な笑みを浮かべる。そして彼が右手をかざすと、そのてのひらの上に〝光の円盤〟が出現した。


「んッ……!? あれは……?」


 それを見た瞬間、エルスは思わず声を漏らす。幸いながら周囲の仲間たち以外には、今の反応リアクションを気づかれた様子はない。


《どうかしたの? エルス》


《あぁ、わりィ。って前に、どっかで見た気がすンだよな……》


 一同が息を呑んで見守るなか、ディークスは円盤を出現させた手を、ゆっくりと〝暗黒の壁〟の中へと沈み込ませてゆく。――すると見る間に不気味な闇が晴れ、同時に濃紫色の石垣によって造られた、高い城壁へと変化した。


「おお……! これぞまさしく、帝都の城壁……!」


 歓喜の声と共に、ゼレウスが震える腕を其方そちらへ伸ばす。それに呼応するように、ガルマニアの騎士たちからも、かんたんするようなざわめきが起こる。


 城壁の向こうはいまだ確認できず、入口らしき物もない。ただ一点、ディークスの正面に〝ゲート〟のような、渦巻いた〝闇〟がるのみだ。



「おい、銀髪野郎! まずは〝特攻部隊テメェら〟が入れ。一番乗りの栄誉をやるよ」


「ああ、望むところだッ! ありがたく行かせてもらうぜ」


 エルスは仲間らと共に、闇のゲートの前に立つ。どうやら〝しょうもり〟に引き続き、ゼレウスも彼らと行動するようだ。


 七十年の時をて、開かれた封印の先に何が待つのか。

 六人の間に緊張が走る――。


「いよいよだねぇ。ちょっとだけ不安だけど、頑張ろ?」


「おー! ミーたちの正義を見せてやるのだー!」


 ガルマニア帝国を、この暗域から奪還する。

 思うところは多々あるが、今はその目的に集中する。


「ここまで来たら、やることは変わらねェ。みんな、行くぜッ――!」


 エルスたちは覚悟を決め、暗黒の空間へと飛び込んだ!



             *



「うげッ、真っ暗だな……。皆、はぐれねェように気をつけてくれよ」


 闇の空間内では完全に視界が遮られ、方向すらもつかめない。自らの手足すらも見えず、自分自身の〝存在〟らぐ感覚を覚える。


「ううー。前も後ろもわからないのだー」


「うーん、魔導盤タブレットも反応しない。とにかくぐに進みましょう!」


 エルスたちは声を発し、互いの位置を確認しながら、この真っ暗な暗黒空間の中を真っ直ぐに、前へ前へと歩み続ける――。


 すると目の前に小さな〝光〟が現れ、次第に大きさを増しはじめた。

 どうやら、が出口のようだ。


 六人は最後まで気を抜かず、暗闇の中で光を目指し、慎重に進み続けた――。


             *


「おー! ついに邪悪なる闇から抜け出したのだー!」


「ふぅー! よかったぁ、ちゃんと全員居ますね!」


 暗闇を抜けた先は、重厚な門の内部のような場所だった。背後には入口と同じく〝闇のゲート〟があり、前方にはトンネル状の長い通路が伸びている。


「おお……。ここは帝都の――!」


 ゼレウスは言葉に詰まりながら、両の目頭を指で押さえる。いまの彼の頭の中には、言葉に出来ぬほどの熱い想いが渦巻いているのだろう。


 ティアナは静かにゼレウスへ近づき、彼の背中を優しくさすった。



「ふっ、本番はこれからだが――。ひとまずの目標は達成か」


「ああッ! 何がひそんでやがるかわからねェ、気を引き締めていこうぜ」


「すべては諸君らのおかげだ。ありがとう」


 しばしの後、落ち着いたゼレウスが顔を上げ、五人に改めて礼を述べる。


 直接的に帝都への〝扉〟を開いたのは、間違いなくディークスであるのだが、やはりエルスらの活躍があってこそ、ここまで辿たどけたと言っても過言ではない。


             *


「うーん。他の人たち、入ってないねぇ?」


「そうだな……。『待ってろ』とも言われてねェし、先に街を調べとくか?」


 六人が闇へ飛び込んでしばらくつが、未だ後続は現れない。エルスの提案に仲間たちは同意し、トンネルの先の〝光〟へ向かって歩き始めた。


 七十年ぶりに破られた封印の先で、ガルマニア帝都はなる状態となっているのか。エルスたちは緊張と不安を胸に抱きつつ、くずれたレンみちをゆっくりと進む。



「あれ? なんだか、人々の話し声が……」


「ほんとだ。あっ、ほらエルス。街が見えてきたよ?」


 ティアナたちの言うとおり、光の先からは何やら談笑するかのような、にぎやかな声が響いてくる。そして六人が長いトンネルを抜けた後、その視界に飛び込んできた〝街〟の光景に思わずエルスたちはぎもかれた!


「おお! なんということだ!」


「なッ……!? いったい何がどうなッてんだ――!?」

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