第31話 野営地での一幕

 エルスたちが〝しょうもり〟を抜けた先。

 旧・ガルマニアの帝都は、文字どおり〝闇〟におおわれていた。


 黒よりも、なおくらき闇の壁。

 もはや〝〟とも呼ぶべきあんいきによって、空間が切り取られている。


「邪悪なのだー! まさに邪悪なる闇が渦巻いているのだー!」


「真っ黒だな。ッていうか、どうなってんだ? どうやって入りゃいいンだ?」


「ふっ、さあな――。軍曹どのにはアテがあるようだが」


 エルスは兵らにげきを飛ばす、ディークス軍曹に視線をる。そちらでは後方支援部隊が明日の突入作戦に向け、せわしなく野営地キャンプを設営しているようだ。


 全体的な人数は不明だが、出発前の段階よりも兵士の数が減っているように感じられる。行軍の際に負傷したのか、腕や脚に包帯を巻きつけている者の姿も多い。


「なんか、ケガしてる人が多いような?」


「うーん……。もっと魔物の数を減らしておくべきだったかな……?」


 そうティアナは言うものの、六人は〝レギオン〟を撃破後も、魔物たちの討伐を積極的に行なっていた。特にエルスは魔力素マナも体力も消耗し、最終的にはアリサに支えられながら、森を抜けることになったほどだ。


「いや、諸君らは充分すぎるほどに働いてくれた。わしが保証する」


 ゼレウスは何度も大きくうなずきながら、エルスらにねぎらいの言葉をかける。さきほどから彼は、チラチラと本隊の様子を気にしているようだ。ニセルが本隊そちらへ視線をると、従者のように軍曹に付き従っている、ユリウスの姿が確認できた。



「ご子息が心配ですか?」


「ああ……、すまぬ。やはり悟られてしまったか」


 ニセルの言葉に、ゼレウスはバツが悪そうに笑う。いまの彼は〝騎士団長〟というよりも、ひとりの〝父親〟としての顔をしている。


「貴公、子供は?」


「いえ、まだ独り身です。に、親が決めた相手はりますが」


 一般的な価値観でいえば、ニセルは家庭をもっていても不思議ではない年齢だ。ゼレウスはひとこと「そうか」とつぶやき、自らの胸の内を語りはじめた。


「何が切っ掛けとなったのか。いくら説いても出撃に応じなかったが、急に参加すると言い出してな。しかしわしを避けるかのように、率先して彼の下へ就くとは」


「ディークス軍曹――。彼は何者なのですか?」


 ニセルの問いに、ゼレウスはしばしのしゅんじゅんをみせる。そして周囲の視線が無いことを確認し、重々しげに口を開いた。



「彼は……。まさにディークスきょうは〝救世主〟として、我らの前に現れた。あの強力なぶきと強い信念、そして帝都奪還のための〝重要な鍵〟をたずさえてな」


「鍵、ですか?」


 ゼレウスは黙って頷いてみせる。続く言葉が無いことから、その〝鍵〟の正体を明かすつもりは無いようだ。それを察したニセルは質問を変える。


「信念というのは?」


「彼は我らの求めに応じ、新たな皇帝となることを宣言した。ガルマニアを奪還し、その玉座に就く。そして失ったきょてんを制圧し、再びの栄光を取り戻す――と」


 アルティリアにツリアンの町が存在するのと同様に、ガルマニアにも当然ながら、数多くの〝拠点〟が存在していた。しかし、それらの多くはていかんらくの際に暗域の中へと消失し、さらには戦後の混乱に乗じ、他国に占領されることとなった。


「かのアルティリアからトロントリアを奪い去った、我らが言えた立場ではないが……。ガルマニアから奪われた地は、なんとしても取り戻さねばならぬ」


「ええ。我々も傭兵として、尽力いたします」


「……感謝する」


 ニセルに感謝の言葉を述べ、ゼレウスは丁寧に頭を下げる。〝帝都奪還作戦〟が開始されて以降、彼には何度も頭を下げられることとなった。この作戦にはそれほどまでに、彼の〝すべて〟がめられているのだろう。



わしいささか、決断を早まったのかもしれんな……」


 ゼレウスは離れた位置で談笑している、エルスたちをる。


 このいんうつたる暗闇の中においても〝クィントゥスの盾〟に刻まれたガルマニアの紋章が、エルスの左腕でさんぜんと輝いて見えた。


             *


 決戦前のつかの休息。しかし、そんな穏やかな雰囲気を打ち破るかのように、肩を怒らせながら近づいてきたディークスが、エルスのからだを突き飛ばした!


 エルスはなんとか倒れずに踏み止まるも、大きく後ろに踏鞴たたらを踏む――。


「おい、銀髪野郎! ここは地獄の戦場だ。いつまでもさえずってんじゃねぇぞ?」


「グッ……! ああ、悪かったよ」


 もはや彼と争ったところで、なに一つとして良い結果は生まれない。そう悟ったエルスは素直にび、ディークスに対して頭を下げた。


「あぁ? それで済まされると思ってんのかぁ? よぉーし、いい機会だ。この俺様がじきじきに、そのナメ腐った性根を叩き直してやるよ」


 ディークスは拳闘でも始めるかのように指を鳴らし、軍服のえりもとを力任せにひらけてみせる。――その時、勢い余ったのか、彼の首から〝なにか〟が地面に落下した。


「んッ? なんか落としたぞ」


 地面に落ちた物体は、古びた〝りの守護符アミュレット〟のようだ。細いくさりの切れたは裏面を向いており、鋭角な傷によって〝ディクス〟と刻まれているのが確認できる。


 エルスは反射的に、守護符アミュレットへ向かって右手を伸ばす。


「ファック! それにさわんじゃねぇ!」


 ディークスは怒号と共に銃を抜き、いきなりエルスの右腕を撃ち抜いた! 乾いた炸裂音が響くと同時に、伸ばされた腕からは真っ赤な血液が流れ出す。


 突然の出来事に、野営地内の視線がいっせい此方こちらへ向けられる――。


 ディークスは銃口をエルスに向けたまま、乱暴に守護符アミュレットを拾い上げる。そして周囲をいっかつするかのごとく、言葉にならないほうこうげ、陣の奥へと去っていった。


             *


「なッ……。なんなんだよッ……! いきなり攻撃しやがって……」


「エルス――っ。大丈夫?」


 アリサは彼の治療をすべく、すぐに治癒魔法セフィドの詠唱を始める。しかし、そこへ割って入るかのように、銀色の金属小手ガントレットが伸びてきた。


「ちょっと待った。傷を塞ぐ前にしんさつを。……大丈夫、弾は抜けているね」


「あッ……。あんたは確か……、カリウスさんだッけ?」


 目の前に現れた男は、エルスたちがトロントリアを訪れた際に出会った騎士・カリウスだった。彼はエルスの腕を布でぬぐい、手早く治癒魔法セフィドで傷を癒した。



「やあ、久しぶりだね。それにしても驚いた……。治りが早いね、エルス君」


 カリウスはにこやかに笑いながら、ガシャリと右手を挙げてみせる。そして今度はゼレウスに向き直り、ガルマニア式の敬礼を行なった。


「カリウス副団長。任務ご苦労」


「ハッ、ゼレウス様」


「へッ? カリウスさんって、副団長だったのか? すまねェ……」


 エルスはあわてた様子で、見よう見まねでガルマニア式の敬礼をする。そんな彼の様子を見て、カリウスはさわやかに笑い声を上げた。


「いいよいいよ、気にしないで。それよりもゼレウス様、ご報告が……」


「うむ。構わん、ここで話せ。彼らは信頼できる」


「ハッ……」


 一瞬の戸惑いをみせたカリウスだったが、エルスの左腕の〝盾〟を見て、まぶしげに青い眼を細める。そして彼は姿勢を正し、小声で言葉をつむぎはじめた。



「兵たちの数が減少していることには、お気づきでしょうか? 実は――」


 カリウスいわく――。しょうもりでの戦闘の際、慣れない〝銃〟を用いたことで多くの〝同士討ち〟が発生し、加えて動きの悪い兵や戦意の低い兵などを、ディークス自身が〝しゅくせい〟したということだ。


「彼は奇声を上げながら、として兵たちを……」


「なんてヤツだ……! 仲間に対してすることじゃねェ……!」


 エルスは怒りをあらわにしつつ、強く拳を握りしめる。そんな彼とは対照的に、ゼレウスは冷静な様子で静かに両目をじている。


「そうか……。わかった、引き続き其方そちらよろしく頼む」


「お任せください。ご子息のおんは、我が命に代えてもおまもりいたします」


「すまぬ……。貴公には迷惑を掛けるな」


 カリウスは敬礼し、本隊の方へと戻ってゆく。彼は〝見張り〟の時と同様に剣と槍を装備しており、銃は携帯していないようだった。


             *


わしないばかりに。犠牲となった兵らには、顔向けもできぬ」


「もう俺は、アイツを仲間だとは思えねェよ。許せる限度を超えてやがる」


「ああ……。わしが必ずをつける。エルス殿――。どうか、あと少しだけ、この愚かな老人に決断の時間をちょうだいしたい」


 ゼレウスは言いながら、エルスに深々と頭を下げる。彼にも強い信念があるのだろう。その瞳には、確かな決意と覚悟の炎が宿っていた。


 あんいきに沈んだガルマニアを奪還する。ここまで来た以上、成すべきことにらぎは無い。エルスはゼレウスに大きく頷き、明日の突入に備えて休息をとる。


 あの深き暗闇の先にて待ち受けるのは、いかなるか。


 決戦の時は、こくいっこくと近づきつつある。天上の暗黒の夜空では、銀色のルナが地上へ向けて、柔らかな月光ひかりを降らせていた――。

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