<これ以降は改稿が完了しております>

第30話 雪山のアルカディア

 ガルマニア帝都を目指すエルスたちが、しょうもりを抜けた頃――。


 勇者ロイマンのパーティはアルティリア北部の高山地帯を、さらに奥へと進んでいた。この険しい山道は完全に雪におおわれており、激しい吹雪がいっこうおそう。


「うっひゃー! 寒いっ! ねぇねぇボスー。まだ目的地には着かないのー?」


「ケッ、情けねぇナ! 俺っちなんて、全然平気ダゼ?」


「こんなトコにはんで来てる、ゲルっちが異常なだけだからっ!」


 猛然たる吹雪の中で、仲良く言い争いを始める男女。若い男の名はゲルセイル。魔族の血を引く〝魔人族〟である彼の頭には短いツノが二本生えており、むき出しの上半身は、暗い青色の肌をしている。


 対する少女の名はアイエル。彼女は断熱用のマントを頭から被り、小刻みに体を震わせている。目の上で切りそろえられた前髪は、紫に近い黒髪のようだ。



「フッ。この先に〝休息地アルカディア〟がある。太陽ソルあいだ辿たどくぞ」


「小さな集落みたいなものよ。そこで温かいスープでもいただきましょ?」


 年長の二人が穏やかな様子で、じゃれ合う二人を優しくなだめる。彼らはパーティの〝ボス〟である勇者ロイマンと、彼のパートナーであるハツネだ。


 そして四人の最後尾には、黙したまま雪山を進み続けている若者の姿もあった。



「オイ、ラァテル! オメェずっと静かダガ、死んでねぇヨナ?」


「ああ」


「そーいえば〝ダークエルフ〟って短命なんだっけ? こんな所でいきなりポックリ! なーんてのは絶対にやめてよねっ!?」


「フン、くだらんな」


 二人の悪趣味な冗談を、彼――ラァテルは一笑に付す。事実、アイエルの言うとおり、魔族とエルフ族の間に生まれた彼の人生は残り少ない。


「俺は生きる。何者を犠牲にしても、な」


 あかい瞳に炎を宿し、ラァテルはひとちる。


 生まれながらにして定められた、呪われし運命をくつがえす。それがラァテルの生きる目的であり、彼のささやかにして唯一絶対の望みなのだ。



             *



 五人が吹雪の中を進んでいると、やがて前方に石や木材で建てられたとおぼしき、集落の家々が徐々に姿を見せはじめた。


 集落はくぼを利用して創られており、斜面はなだらかで水平に近い。吹雪によって頻繁に視界がさえぎられるためか敷地内では多くのりょくとうが輝いており、発光する魔水晶クリスタルには、黄色い色硝子カラーグラスおおいがけられている。


「ようこそ、旅の方々。ここは名も無き休息地アルカディア。さぞ、長旅でお疲れでしょう」


 集落の入口に立っていた老人が、ロイマンたちを穏やかに迎え入れる。


 ファスティアのような繁華街とは違い――訪れただけで騒ぎになってしまう〝勇者のパーティ〟である彼らも、このようなへきではそうした心配は無用なようだ。



 老人に案内されながら、五人は酒場へと向かう。

 でもしているのだろうか。老人かれの腕には白い包帯が巻かれている。


「ああ、これですか。氷のつぶてでも当たったのか、気づくと出血しておりまして」


 この地には治癒魔法の使い手が居ないのか、見れば周囲の者たちも、腕や脚に包帯をしているようだ。さらに、案内された酒場内に至っては、きゅうがかりが右腕の全体にわたり、グルグルと包帯を巻いていた。


「あっ、ごめんなさい。やっぱり気になりますよね……? 山で変なとげでも刺さったのか、日に日に悪くなる一方で……」


 給仕係の女性は苦笑いを浮かべ、食材を取るために屋外へと出ていった。



 席に着いたロイマンは早々に強めの酒をあおり、仲間たちもあたためられたミルクやスープを飲み、冷えた体をいたわりはじめる。


「ナンカ、怪我してる奴が多くネェカ? 魔物デモ出たりしてナ!」


「ほら雪山だし、凍傷とかあるんじゃないー? うーん! あったまるぅー!」


「そうね。あとで少してあげましょうか」


 ハツネは自身の重傷を機に、医療術士としての技能も身につけていた。彼女がロイマンへ目をると、彼は「勝手にしろ」とばかりにわずかに口元を上げてみせた。


             *


 勇者たちが束の間を休息をまんきつしていた、まさにその時――。

 とつじょとして酒場の外から、住民らの悲鳴が響いてきた!


 冒険者としてのさがなのか。ロイマンは魔剣を手に、素早く屋外へと向かう。


「む、コイツは――!」


 ロイマンの視界に飛び込んだのは、異形と化した給仕係の姿だった。


 あの白い包帯は内側からはじけるように引き裂かれており、闇色にふくれあがった右腕が、不気味に脈を打っている。さらにからは棘の付いた触手が伸び、が獲物を求めるように、ウネウネと動き回っている。


 なにより右腕に浮かび上がっている、無数の小さな〝目玉〟の群れ――。


「ボス」


 彼に続いて酒場を飛び出したラァテルも、一目で〝それ〟の正体に気づく。


「ああ。〝はじまりの遺跡〟でったヤツだ。――おまえたち、魔法でたたかえ。間違っても直接アレに触れるなよ?」


 給仕係の変異が何かの切っ掛けとなったのか。包帯を巻いていた住民たちが、そこかしこで異形への変異をはじめている。そして変異したいちようかんだかい悲鳴をげ、逃げ惑う人々へ向かって闇色の触手を伸ばした――!



「うわっ!? キモっ! 何あれ、異形変異体クリーチャーじゃん!」


「敵の名前なんてドウでもイイダロ。魔法剣をクレヨ。サッサと片づけちまおうゼ」


 仲間たちが戦闘の準備を進めるなか、ロイマンは魔剣ヴェルブレイズを構え、真っ先に異形変異体クリーチャーへ向かって突撃する!


 ほむらを宿したりょうじんにより、かつてにんげんだったやすやすと溶断され、闇色の液体と共に全身からしょうらす。


 そんな倒れた敵には目をくれず、ロイマンは次々に標的へと斬り込んでゆく!


「へぇー、なるほどねっ。なかなかやるじゃん。あのオジサンっ!」


「当たり前ダロ。ボスの実力チカラをナメんなヨナッ!」


 アイエルの魔法で魔風ヴィストまとった大型剣を構え、ゲルセイルも手近な異形変異体クリーチャーへと向かってゆく! 魔人族である特性上、一切の魔法を扱うことができないが、これまでも彼はアイエルとのバディによって戦闘を有利に進めていた。



「えーっと、じゃないんだけどなー。まっ、いっか!」


 アイエルはたのしげな笑みを浮かべながら、戦闘の行方を観察する。


 ハツネの剣にはロイマンによる炎の魔法剣レイリフォルスの炎が宿り、ラァテルはこうじゅつを駆使しながら、単騎で敵を撃破しているようだ。


「気功術かー。確かにスゴいけど、あれって〝権能チート〟でも〝特別ユニーク〟じゃないんだよねー。長く生きられない、ってトコもマイナスだし」


 ラァテルを目で追うのをめ、アイエルはゲルセイルへと視線を集中させる。


 吹雪をものともしない、きょうじんな肉体。さらに魔族の血によるものなのか、あの異形変異体クリーチャーの攻撃を受けても、特に異常を起こしていない。


「うーん、完璧っ! やっぱし、一番の有望株サンプルはゲルっちだよねっ!」


 アイエルは申し訳程度の交戦を行ないながら、嬉しそうに言葉をらした。


             *


 きょうかんさんげきの中、戦いはまたたもなく決着し――。ロイマンたちの活躍により、異形変異体クリーチャーたちのきょう休息地アルカディアから取り除かれた。


 真っ白な雪の上には、黒いインクをブチけたかのような跡がせいさんに遺されている。そのこんせきも吹きすさぶ風雪によって、いずれ白に塗り尽くされてしまうだろう。


「あの……。ありがとうございました。冒険者さま……」


 生き残った一人の女性が、ロイマンらに感謝を述べる。


 そんな女性の左腕には、まだ白い包帯が巻かれている。それに気づいたハツネは彼女に断りを入れ、静かに布をがしてみた――。


 布の下には指先ほどの小さな穴が開いており、傷口の周囲が硬質化し、闇色へと変色をはじめている。するとハツネは女性の瞳を見つめ、さとすような口調で言う。


「悪いことは言わないわ。この腕を落としなさい? でないと貴女あなたも〝変異〟してしまう。――さっきの怪物みたいにね」


「えっ……!? そんなっ……、嫌っ! 無理です、絶対に出来ませんっ……!」


「フッ、好きにしろ。俺たちは先を急ぐ。次の目的地へ向かうぞ」


 ロイマンはれいてつに言い放ち、仲間たちをともなって雪の登山道を登ってゆく。そんな彼らの耳には女性の激しいどうこくが吹雪に混じり、いつまでも響き続けていた。


             *


「ナンカ、後味ワリぃヨナ」


「仕方あるまい。俺たちは〝神〟じゃぇ。どうにもならんこともあるさ」


 固まったせっぺきを魔剣で蒸発させながら、ロイマンが五人の先頭を行く。いつもは頼れる大きな背中も、今は小さくうれいて見える。


「あれって放置しちゃうとさー、また大変なことになっちゃうんじゃないの!?」


「そうね。でも、それは彼女たちの問題よ。太陽ソルこくが終わる前に急ぎましょ」


 四人は言葉を交わしながら、白く冷たい闇の中を、ただ一向ひたすらに前進する。


 その時、彼らの背中を見つめていたラァテルが瞬時に消え――。

 少しの間をおいたあと、仲間たちの元へと現れた。



「ラァテル! オメェもチットはしゃべれヨナ! 消えちまったかと思っタゼ」


「ああ。気が向けばな」


 ラァテルの手にはしっこくの光を放つ、両刃の短剣がにぎられている。ロイマンはいちべつし、小さく「フン」と鼻を鳴らす。


「まあいい。次の目的地は近い。〝つげしょ〟までは一気に進むぞ」


 いつしか周囲の吹雪はみ、とうしょくをした太陽ソルの光が五人を照らしはじめている。


 その冷たい光に導かれるように――。勇者ロイマンのパーティは天上に続かんとする雪山を、さらに上へと登り続けてゆくのだった。

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