<これ以降は改稿が完了しております>

第29話 悲しみのレギオン

 しょうもりに響き渡る、たいれぬ不気味なほうこう。エルスたちいっこうは強大な敵との遭遇を予感し、迷宮ダンジョンと化した森をしんちょうに奥へと進んでゆく。


 そこで六人が到着した場所は、さきほどの広場の二倍以上はあるであろう、森の中をくり抜いたかのように大きくひらけた空間だった。


「どうやらアレが、みてェだな……」


 エルスは広場の中央にたたずんでいる、巨大な影を見つめてつぶやく。


 全体的なシルエットは〝馬〟に見えなくもない。しかし、脚の数はのように多く、それらは骨やにくによって形成されている。さらに胴体の部分からは、人類のものと思われる小さな腕が無数に突き出していた。


「ううっ……。私、こういうタイプはちょっとダメかも……」


 上半身は人型を保っており、太く巨大な腕にはに見合ったサイズの〝槍〟と〝盾〟を装備している。大きな頭にはガルマニア騎士団制式の兜をかぶり、そこから露出した口元は、悔しさをにじませるかのように固く結ばれている。


 こうした姿形フォルムだけを見れば、〝じんいったい〟と呼べなくもない。しかし、この魔物の最大の特徴は、巨体の全域に渡ってもんの表情を浮かべた〝顔〟が大量に張り付いていることだろう。


 それらの顔は時おり意思を持つかのように表情を変え、各々がさけびを発している。



「あの顔が、さっきの声の正体みたいだねぇ」


「あれは……。まさか、レギオンか?」


 ゼレウスは遅れて広場に踏み入るや、正面に巨大な魔物をえる。


 レギオンとは、ガルマニアに伝わる戦術のひとつを指す言葉だ。しかし、この場合は戦術的な用途とは異なり、単純に〝密集〟や〝集合〟といった意味合いを示す。


「……防衛せよ、防衛せよ……」


「……ガルマニアを、栄光を……」


「……陛下を、帝都を……」


 は〝騎士たち〟なのだろう。

 不気味な顔からは口々に、たけだけしくゆうかんな言葉が吐き出されている。


 その魔物レギオンの背後。暗黒の樹々の隙間には、出口らしき闇色の穴が開いているのが確認できる。彼らは帝都を守護するため、死してなおここに存在し続けているのだ。


             *


「さて、どうする?」


「あの様子じゃ、簡単に通してくれそうにはねェよなぁ……」


「うむ……。どうか彼らを解放してやってほしい」


 ゼレウスは紳士的に頭を下げ、再びレギオンに対して向き直る。そして彼は静かに魔物を見つめ、ガルマニアの紋章が刻まれた騎士剣を抜いた。


 そんなゼレウスの姿を認め、エルスたちも巨大な魔物の前へと進み出る。


 すると侵入者の存在に気づいたのか、兜の下に隠れた瞳が真っ赤な輝きを放ちはじめた。次に魔物かれかんまんな動作をって、巨大な槍と盾を正面に身構えた!



「来るぞ――! 散開せよ!」


 ゼレウスは叫び、素早く横へと回避行動をとる! 同時に彼が立っていた地点を深々とえぐるように、大地に一筋のしっぷうが走った!


「危ねェ……! 突撃してきやがったのか……。なんて速さだ!」


 開幕からの攻撃をかわし、エルスは〝みぞ〟の終点をる。そこには高速で突撃を繰り出した、レギオンの姿が確認できる。


 すると魔物は軽やかに方向を反転させ、片手で槍を高速回転させはじめた。


「ひえっ……! 次は何を仕掛けて……!?」


「クッ……、わからねェ! みんな、とにかく気をつけろッ!」


 初めて戦う相手である以上、充分に警戒をしておく必要がある。エルスはレギオンをちゅうしながら、対抗できる呪文を唱える。


 その直後、急にレギオンの姿がエルスの視界から消えた!


《エルス! 上だ――!》


 頭に響いたニセルの声に、仲間たちはいっせいに空を見上げる。


 そこには巨体をものともせずにちょうやくする、レギオンの姿があった! さらには足元へ向かって槍を構え、ティアナへ向かって急降下する――!


「フレイト――ッ!」


 エルスは移動魔法フレイトを発動し――視線を上に向けたまま固まっている、ティアナを目掛けて高速でぶ!


 そして巨大な槍が大地に突き立つ直前! エルスはティアナをほうようした状態で、闇色の樹木へと激突した!


「だっ……、大丈夫!? ごめんねエルス……」


「ああッ……! これくらい問題ねェ。間に合って良かったぜ」


 盛大な衝突音こそ響いたが、どうやら風の結界をまとったエルスがクッションになったおかげで、二人に大きなは無かったようだ。



「いくよッ! ミーファちゃんッ!」


 敵が着地した瞬間をねらい、今度はアリサの剣とミーファの斧が、レギオンへとおそかる! ミーファが魔法剣を掛けたのか、二人のものこんじきの光を放っている。


「ミーの正義を受けるのだー! どーん!」


「はぁぁ――ッ!」


 ミーファが放つ黄金の鉄塊が脚の数本を打ち砕き、アリサの振るう金色のせきが巨大な胴体を深々と斬り裂く!


 しかしにくで出来た脚は即座に胴体から生え戻り、傷口からこぼちた闇色の体液からは、全身が白骨と化した不死人類アンデッド・スケルトンの群れが生まれ出でる。


 さらにはレギオンの構える槍のさきに、闇色のいかずちが集中しはじめた!



「わわっ! アリサ、一時撤退なのだー!」


 ミーファの号令と共に、二人の少女は即座に退く。


 直後、暗黒の雷が彼女らの居た地点を打ち砕く。しかし天にかかげられた大槍からは、さらに二人へ向けての絶え間ない落雷が降り注ぐ。


ライコウ――!」


 槍の先端を狙い、ニセルが雷の弾丸を発射する。すると魔銃の雷撃によって相殺されたのか、槍に宿っていた稲妻がしょうさんした。


 ニセルは続いてレギオン本体への射撃を行なうものの、放たれた雷弾は巨大な盾によって、ことげに防御されてしまった。



「それは〝クィントゥスの盾〟か? まさか貴公、マクシムスなのか?」


 スケルトンの群れを打ち伏せながら、ゼレウスは兜の下のかおる。すると彼の声に反応してか、固く食いしばられていた口元がゆっくりと開いた。


「……オオォッ、ゼレウス様……」


 赤い光を放つ瞳は、じっとくうを見つめたまま。レギオンの巨大な口が動き、騎士団長ゼレウスの名を絞り出す。


「……陛下、帝都、防衛を……」


「マクシムスきょう、もうよいのだ。大いなる闇へかえり、眠るがよい」


 騎士マクシムスは帝都陥落のおり、部隊長として最期までゆうかんに戦った男だった。


 まだ〝彼〟としての意思が残っているのか、ゼレウスからの呼びかけに、レギオンの頭部がゆっくりと足元を向く。


 そしてゼレウスが静かにレギオンへと近づいたたん、無数の〝顔〟がいっせいに、悲鳴のような叫びを発しはじめた――。


《マズイッ! えいしょうだ――!》


 エルスの声に反応し、ニセルが即座にゼレウスの元へと走る!――直後、レギオンの周囲に、おびただしい数の火球が出現した!


「撃たせるかよッ! サイフォ――ッ!」


 風の精霊魔法・サイフォが発動し、巨体の周囲の風が動きを止めた! 同時に、無数に浮遊する火球の大半が、くうへと消滅する!


わりィ! 全部は囲いきれなかった……!》


《ふっ。充分さ――》


 ニセルはゼレウスを退避させ、炎へ向かって雷撃を放つ! 雷に触れた火球は次々とゆうばくを起こし、爆風がレギオンのからだを削り取ってゆく!


 ごうごうたる爆炎によってきゃくを失った巨体が、ゆっくりと地面に落着する。


 した血肉から生じたスケルトンの群れも焼失し、あるいはアリサたちによって討伐され、次々と闇へとかえされていった。


             *


「……ゼレウス様、ガルマニアは、帝都は……」


「ああ、ガルマニアは健在だ。諸君らの尽力でな。よくやってくれた」


「……おお! オオオッ! オオオオ!……」


 ゼレウスの返答を受け、レギオンの全身から歓喜の叫びが上がる。さらに無数の〝顔〟のがんこうからは、黒いなみだもなくながでる。


 もはや騎士たちレギオンに、戦闘の意思は残っていないようだ。エルスはティアナに支えられながら、ゆっくりとゼレウスのもとへと近づいた。



「ゼレウスさん、送ってやってもいいか?」


「なんと? もしも可能ならば……。よろしく頼む……」


「わかった! アリサ、ミーファ。わりィけど、ちょっと手伝ってくれ」


 エルスからの呼びかけにアリサが駆け寄り、ティアナと共に彼を支える。魔法サイフォを広範囲に放ったことにより、エルスの魔力素マナは大きく消費されてしまったのだ。


 ミーファもエルスの意図を察知し、彼の背中にしがみつく。そしてエルスは右手に短杖ワンドを構え、悲しみを終わらせるべく〝かいじゅ〟の呪文を唱えはじめた。


「デストミスト――ッ!」


 闇魔法・デストミストが発動し、杖の先端から紫色の光が生じる。光はレギオンのからだに照射されるやほうを生み、少しずつ巨体を包み込んでゆく。


《ぐッ……、もう一息ッ……! 頼むッ、ってくれ――ッ!》


 エルスの顔はそうはくし、額からは冷たい汗が流れ落ちる。そんな彼に魔力素マナを供給すべく、アリサとティアナが強くエルスを抱きしめる。


 やがて巨体は紫色の泡に包まれ、だいに小さくしぼみはじめた。


 帝都陥落から七十年もの間、死してなお祖国に尽くした守護者たち。彼らのからだは黒い霧となり、天上へとのぼくかのように、大いなる闇へとかえっていった。



 騎士たちの居た場所には、一般的なサイズに戻った〝クィントゥスの盾〟のみがのこされている。ゼレウスはひざまずき、を両手で拾い上げた。


「すまぬ……。誇り高き騎士たちよ。諸君らをいつわったことを許してくれ」


うそじゃねェさ! 俺らがこれから、ガルマニアを取り戻すんだからなッ!」


「エルス殿――」


 ゼレウスは両手で〝盾〟を持ち、地面にへたり込んでいるエルスの元へと進み寄る。そして彼はひざをつき、エルスに〝盾〟を差し出した。


「この盾は、どうか貴公に使って欲しい。はるそうせいの頃より、ガルマニアの守護者として名をせた気高き英雄らが継承してきたものだ」


「……わかった。ありがたく使わせてもらうぜ」


 そのようなゆいしょただしいしろものを、部外者が受け取って良いものかというかっとうはあるものの、エルスはゼレウスの意思をみ、〝クィントゥスの盾〟を受け取った。


             *


 最後の番人を倒したことで、おごそかかなせいじゃくが訪れた大広場。


 ここでエルスたちがしばしの休息を得ていると――。

 やがて遠方から騒がしく叫ぶ〝生者〟らの声が、風に乗って響いてきた。


 エルスはアリサに肩を借り、どうにか真っ直ぐに立ちあがる。


「ようやく〝仲間〟が到着か! そンじゃ俺たちも、早く森を抜けちまおうぜッ!」

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