第28話 呪われた魔物たち

 六人の前に現れた、おぞましい魔物の群れ。その正体は、ガルマニア騎士らの〝成れの果て〟である、不死人類アンデッドの集団だった。


「もう、霧にかえしてやることもできねェか……。すまねェ!」


 エルスは左手に短杖ワンドを持ち、くやしそうに歯を食いしばる。


 人類が変異した不死人類アンデッドは、悲しき存在であると同時に非常に強力な魔物でもある。下手に情をかけていては、エルス自身も〝かれら〟の仲間入りをしてしまう。



「エルスっ、お願いっ!」


 両手持ちの大型剣・ダインスヴェインを構えたアリサが、エルスに次の行動をうながす。すでに魔物たちは〝獲物〟の存在に気づき、こちらの包囲を開始しているのだ。


「ああッ……。頼んだぜ、アリサ! レイリフォルス――ッ!」


 炎の精霊魔法・レイリフォルスが発動し、アリサの剣に炎の魔力が宿る。同時に剣身の中央に埋め込まれた魔水晶クリスタルが赤く輝き、彼女自身にも力をみなぎらせてゆく。


 さらにエルスは呪文を唱え、ミーファの斧にも炎を定着させる。不死人類アンデッドを完全に滅ぼすには、炎で焼き払うのが最も効果的で簡単なのだ。



「いくよッ、ミーファちゃん!」


「了解なのだー!」


 少女らは燃え盛る武器を携え、勇猛果敢にの中へと斬り込んでゆく。対する不死人類アンデッドの騎士たちは、声にもならぬ音を発し、ガルマニア流の構えをとった。


「はあぁ――ッ!」


「とりゃーっ! どーん!」


 騎士らの持つ長剣の間合いリーチ外から繰り出される、炎のせきと燃えるてっかい。それらによって彼らのからだは打ち砕かれ、即座に炎のかたまりとなる。


 やがて炎は呪われた肉体を焼き尽くし、すべてをしょうへとしょうさせ、くうの中へと消し去った。



「いいぞッ、二人とも! よし、俺も――」


 アリサらが魔物を次々と闇へかえしているとはいえ、不死人類アンデッドたちはいまだ、全方位から押し寄せてくる。


 この七十年、どれほどの数の騎士が犠牲になったのか。見れば騎士以外にも、農具や調理器具を構えた、街の住民らしき不死人類アンデッドも混じっている。


「ガルマニアを……。取り戻してやんなきゃな……! ヴィスト――ッ!」


 風の精霊魔法・ヴィストが発動し、エルスのてのひらから風の刃が撃ち出される。風刃は直線上の群れを斬り裂き、闇色の樹にぶつかり消滅する。


 だが、風の刃で胴を両断された不死人類アンデッドたちは大地に伏してなおからだよじらせ、腕を伸ばしながらってくる。さらに、上半身を失った〝脚〟までもが器用に立ち上がり、エルスへ向かって走りはじめた。


「うげェ!? まッ、まじかよ……」


 思いもよらぬ光景に後ずさり、たじろぐエルス。


 そんな彼の背後から、輝く光輪が放たれる。光の円刃は迫りくる肉体に突き刺さり、ばゆい光をって、闇を打ち砕いてゆく。


「ごめんね……。解呪の光魔法は〝神職〟じゃないと使えないの……」


 光魔法・エンギルを放ったティアナは悲しげにつぶやいたあと、エルスに対して弱々しげにほほんでみせた。


 エンギルは魔物に対して非常に強力である一方、人類に対しては全くの効果がない。この魔法が効果を発揮したということは、あの騎士たちは完全に〝魔物〟と化していることのしょうなのだ。



「マルベルド――!」


 ティアナは続けて光魔法・マルベルドを発動し、びゃっこうしょうへきを展開する。彼女の周囲――大股で三歩ほどの範囲内を、ドーム状の結界が包み込む。


「エルス! あのっ、無理しないでね?」


わりィ! 助かったぜ、ティアナ!」


 エルスはティアナのそばに寄り、いちど呼吸を整える。しょうの中で立て続けに魔法を魔法を放ったことで、軽い頭痛が彼をさいなみはじめているようだ。


             *


 結界の外、エルスたちの向かって右手方向では、ゼレウスが立派な騎士剣を抜き、不死人類アンデッドらとたいしていた。


「ふむ、貴公の顔には見覚えがあるぞ。ずいぶんちてしまったな」


 ゼレウスは会話をするかのように呟きながら、不死人類アンデッドの騎士と剣を打ち合わせる。彼の動きには一切の無駄がなく、剣技としての完成がなされている。



ごりしいが終わりにしようか。大いなる闇にて待つがよい」


 全身の筋肉を使った大振りで敵を弾き飛ばし、ゼレウスは剣を地面に突き刺した。そして前方の魔物の群れへ向かい、ふしくれだった右手をかざす。


「マフォルス――!」


 炎の精霊魔法・マフォルスが発動し、右手が示している方向――不死人類アンデッドたちのただなかに、複数の小さな火球が生じる。


ぜよ――!」


 魔力を込めた言葉と共に、ゼレウスが右手をにぎりしめる。そのせつ、空間に浮遊していた火球はたちどころに爆発し、激しい炎をらした。



「なッ……!? あれは、魔術か?」


 通常のマフォルスとは異なる発動効果エフェクトに、エルスは目をみはる。ゼレウスは騎士のみならず、魔術士としても高い技量を有しているようだ。


 炎にかれ、魔物の群れは次々としょうとなって闇の中へとかえってゆく。


「この一帯の〝まわしき樹木〟は、この程度の炎では燃えもせぬ。我らが絶え間なく打ち砕けども、暗域の侵食は増す一方なのだ」


「承知したぜッ! これなら心おきなく炎が撃てるッ!」


 ゼレウスの言う通り、闇色をした樹々には傷のひとつも付いていない。樹木でありながらも、どこか石のような――そのまがまがしい質感に、エルスは見覚えがあった。



《ねぇ、エルス。この樹って》


《ああ。俺も今、それを思ってた。〝こうつえ〟と同じだ……》


《ふっ。どうやら、が材料で間違いなさそうだな》


 以前よりランベルトスとトロントリアは、同盟の関係にあった。商人ギルドにせんぷくしていた〝博士はかせ〟は何らかの方法で、この森から〝こうの杖〟の材料を手に入れたのだろう。


             *


「さて――。切り札を出すには少々早いが。やむを得ないか」


 ニセルは「ふっ」と息を吐き、うごめく亡者の群れを静かに見つめる。彼は高度な暗殺術の使い手であり、人類との戦闘においては、るいの強さを発揮する。


 しかし、ニセルは肉体をどうたい化している影響で一切の魔法が扱えない。これまでも〝降魔の杖〟のような明確な〝急所〟が存在しない敵との戦いでは、遅れを取ることも多かった。


「また、お前の力を貸してもらうぞ? 〝じゅう・ヴェルジェミナス〟よ」


 そう言った彼の両手には、ちょういっついの銃が握られていた。それらの銃は濃い紫色をしており、ほのかな光を発している。



デン! ライコウ――!」


 ニセルの声にこたえるように、手にした銃に紫の稲妻が走る。そして彼は迫りくる敵に照準を合わせ、同時にトリガーを引いた。


 銃口からは雷撃の球体が放たれ、不死人類アンデッドからだを一瞬にして蝕んでゆく。そして次の瞬間には、それらはしょうにまで分解される。


「どうやら問題なく使えるようだ。感謝するぞ、ドミナ」


 ニセルはダイナミックに両腕を動かし、周囲の群れに次々と雷の弾を放つ。雷撃は正確に標的を撃ち抜き、あっという間に不死の魔物をくうへとかえしていった。



《なッ……!? ニセルも、持ってたのか?》


《ああ。二度と使うまいと思っていたが、が先に持ち出してきたんでね》


 ニセルによると、これまではドミナに銃を預けていたらしい。彼女は普段、機械の動力源として、この銃が持つ〝雷の力〟を利用していたとのことだ。


《まっ、詳しくはいずれ話すさ。今はせんめつに集中しよう》


《そうだな……。よしッ、俺も頑張らねェとだ》


 エルスも負けじと、群れへ向かって炎の魔法マフォルスを放つ。仲間たちはティアナの結界を中心に散開し、六人それぞれが持てる全力を尽くす。


 こうして攻勢を維持した結果、ようやく魔物の出現は治まり――。

 薄暗い森の中に、不気味な静寂が訪れた。


             *


「おッ、終わったのか……?」


「うむ、そのようだ。諸君、よくやってくれた」


 ゼレウスは剣を納め、自身のひげと服装の乱れを正す。


「ふぅ……。かなり大変でしたねっ! 皆さん、お疲れさまっ!」


 そして笑顔のティアナが皆をねぎらった瞬間――。

 森の奥からは何者かの、きっかいほうこうが響いてきた。



「うーん。まだ何か、いるみたい?」


「問題ないのだ! 正義の光で打ち砕くのみなのだー!」


 首をかしげるアリサに対し、ミーファが拳を突き上げながら闘志を燃やす。


「えっと、方向は――。あはは……。まさに目標地点からっぽい……」


 ティアナは魔導盤タブレットに視線を落としながら、苦笑いと共にほほく。エルスは短く息を吐いて呼吸を整え、自身の左のてのひらに右の拳を叩き合わせて気合いを入れる。


「どっちにしても、俺らがしかなさそうだな。――みんなッ、本番はここからだ! 気をつけて進むぜッ!」

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