第27話 瘴気の森を抜けて

 かつて、アルティリア王国の辺境都市トロントリアとガルマニア帝都との境界には、美しい森が広がっていた。

 森は近隣で暮らす人々に資材や食料といった、豊富な恵みをもたらし――そのため、両国は互いに森を尊重し、永きに渡って大切に守り続けていた。


 だが、七十年前のガルマニア滅亡の後――。

 帝都の周囲一帯は高濃度のしょうに覆われ――この美しい森も、瞬く間に〝闇〟の侵食を受けてしまった。


 樹木は闇色に変色・変質し、濃紫色に染まった葉からは、絶えずしょうが降り注ぐ――。


 そして、いつしか――

 美しい森は〝しょうの森〟へと、醜い変貌を遂げてしまった――。



 エルスたちは〝帝都奪還作戦〟の〝特攻部隊〟として、一足先にトロントリアをたされた。


 そして、今まさに。

 彼らは、この闇色に染まった森の中へと、足を踏み入れようとしていた――。



 「うげェッ……。話には聞いてたけど、これはかなり手ごわそうだな……」


 エルスの目の前にあるのは、ただただ闇。まるで高濃度のしょうが黒い壁となって、木々の間に滞留しているかのようだ。この中に長くいれば、徐々に体力と魔力素マナを削られ、ゆるやかに死を迎えてしまうだろう。


 「すごいしょうだねぇ……。エルス、大丈夫?」

 「いざという時は、ミーの魔力素マナを分けるのだ! いつでも抱いていいのだー!」


 体内の魔力素マナは互いの肉体を触れ合わせることで、ある程度の譲渡が可能となっている。これまでもミーファはエルスにしがみつくことで、魔力素マナが不足しがちな彼に対し、自身の魔力素マナを受け渡していた。


 「ああ、ありがとなッ。とはいえ、どちらかというと体力だな……」

 「エルスが一番、体力なさそうだもんねぇ。――あれ? ティアナちゃん、どうしたの?」


 アリサは後方で、ひとり赤面しているティアナの方を振り返る。どうやら彼女は、ミーファの言葉を曲解してしまったらしい。

 エルスは慌てて誤解を解き、改めて気を引き締める――。



 「オレたちは、後に続く部隊のため――なるべく多くの魔物を排除しつつ、この森を抜ける。現時点での作戦は以上ですね? ゼレウスどの」


 「うむ……。諸君らに危険な役を任せることになり、誠に心苦しいが――どうか、よろしく頼む……」


 ニセルの確認に対し、騎士団長ゼレウスは丁寧に頭を下げる。本日はステッキではなく剣を帯びていることから、彼も共に戦うつもりのようだ。


 「後方支援は、私にお任せをっ! 休憩用に障壁バリアを張るから、しょうつらくなったら下がってね?」

 「ああッ。頼んだぜ、ティアナ!――それじゃみんな、準備はいいか?」


 一同は頷き――各々は、ものを強く握りしめる。

 とうとつに巨大な剣や斧を出現させたアリサらを見て、ゼレウスは思わず目を丸くするが――突入前ということもあってか、彼が驚きを声にすることはなかった。


 「よしッ――! それじゃ、突入だッ!」

 エルスは気合いと共に、〝闇〟の中へと足を踏み入れる!


 分厚いしょうの壁を突き抜けると――

 そこには、薄暗い森の光景が広がっていた。


 完全に視界を遮られることも覚悟したが、意外にも〝内部〟の見通しは良いようだ。見上げた空はくらく染まり、太陽ソルの姿は見えない。さながら、巨大なテントの内部といった状況か――。



 「なんだ、この森? しょうのせいもあるけど、なんか異様だな……」

 「あっ、この感じ――もしかしてっ!」


 閃いたかのように声を上げ――ティアナは左手に、魔水晶クリスタルの板がめ込まれた魔導盤タブレットを出現させる。彼女は腕輪バングルに武器ではなく、愛用のツールを収納していたようだ。


 ティアナは魔導盤タブレットを手にしたまま精神を集中し、静かに呪文を唱える――。


 「マピクト――!」


 探査の光魔法・マピクトが発動し、ティアナの持つ魔導盤タブレットに、小さな光が生じる! 光は魔水晶クリスタルの上をせわしなく走査し――盤面に、周囲の地形を描画した!


 「やっぱり! この森、ダンジョンになってるっ!」

 「おおッ、すげェ!――ッていうかダンジョンって、洞窟以外もあンのか……」


 世界に迷宮ダンジョンが現れる詳しい仕組みは、未だ解明されていない。光の地図を確認すると、密集した木々が壁のように立ち並び、迷路かの如く空間を区切っているのが確認できた。


 「こりゃ、下手に突っ込むと迷ッちまいそうだな……。なぁ、ゼレウスさん。どっちに行きゃいいか、わかるか?」


 「ああ……。以前と比べ、ずいぶんと様変わりしてはいるが――おそらくは、だろう」


 ゼレウスは慣れた手つきで地図を操作し、描画が消滅しかけているポイントを指さす。その位置を確認し、ティアナはアルティリア式の敬礼をしてみせた。


 「わかりましたっ!――それじゃ、行き先案内ナビゲーションは私がするね!」


 「さすがは不思議の探求者ラビリス・エクリスタ! 頼りになるのだー!」

 「うんっ! これでわたしたちは、魔物に集中できるね」



 エルス・アリサ・ミーファの三名が前衛となり、ニセル・ティアナ・ゼレウスが後衛へ回る。いっこうは魔物や罠に警戒しつつ、慎重に森の迷宮ダンジョンを進む――。


 「あっ、分かれ道! ちょっと待ってねっ!」


 ティアナはエルスの前へと走り、今度は右手にステッキを出現させる。その杖の先端には、デフォルメされたウサギの飾りが付いている。彼女は奇術師のように杖を回転させながら、小さく呪文を唱えた――!


 「マルポルト――!」


 光魔法・マルポルトが発動し、杖の先から光のくいが発射される!

 杭は地面に突き刺さり――杖と同様のウサギが描かれた、光の道標しるべを出現させた!


 「これでよしっ! 後から来るみんなにも、方向がわかるはずだよっ!」

 「やるなぁ、ティアナ! なんか、順調に行けそうな気がするぜッ!」


 迷宮ダンジョン探索者クエスターを自称するだけあり、ティアナは探索に特化した魔法を多く身につけていた。エルスたちは地図に従い、さらに奥へと進む。この先にはどうやら、広場のような空間が存在しているようだ。


 「いかにも出て来そうな感じだな……。よし、行くぜッ」


 エルスは覚悟を決め、細道から広場へと飛び込む!

 すると案の定――壁となった木々の間から、複数の魔物が姿を現した!



 「なッ……! なんだ、コイツらは……」

 「不死人類アンデッドなのだ! これは厄介な相手なのだー!」


 出現した魔物は、高濃度のしょうばくした――

 力尽きた騎士らの〝成れの果て〟だった。


 すでに肉体は崩壊し、自我は残っていないものの――

 彼らは死してなお、手にした武器で果敢に戦いを挑んでくる。


 今度は人類の敵、魔物の一員として――。


 「おお、誇り高きガルマニアの騎士たちよ。――諸君、遠慮はいらぬ。二度と動かぬよう、粉々に打ち砕き、焼き払い――大いなる闇へと、かえしてやってくれ」


 「……わかった! それじゃみんな、戦闘開始だ――ッ!」

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