第26話 帝都奪還作戦

 ついに〝帝都奪還作戦〟の決行日がやってきた。エルスたちはトロントリアの町外れにる訓練場に集められ、総司令官ディークスによる演説を聞かされていた。


「よぉーし! 一同、けいちゅうせよ! まずはデク人形ども! よくぞ逃げずに、この地獄へ集まった! 人形にしては、よく訓練されてるようだなぁ? 褒めてやるよ」


 作戦開始直前のブリーフィング。ディークスは広場に設置されただんじょうへと上がり、相変わらずの下品極まりないげきを飛ばす。



《チッ……。だめだ、やっぱりコイツは好きになれねェぜ……》


《しーっ。エルス、聞こえちゃうよ?》


 ディークスによるあっこうぞうごんを織り交ぜた演説が続く中、エルスたちは〝あんごうつう首輪チョーカー〟を使い、声無き会話を交わしている。


《ええっ、これって他の人にも聞かれちゃうの!? どっ、どうしよう……》


《問題ない、ティアナ。この〝暗号通話〟はがない限り、外にれはしないさ》


 しかし、そんな彼らとは裏腹に――。広場に整列した騎士や傭兵らの中には拳を振り上げながら、かちどきや歓声を上げる者の姿も多い。



《なんだ……? アイツ、じつは人気があったりすンのか?》


《うー。ミーは無理なのだー。悪の集会に放り込まれた気分なのだー》


 見れば、ディークスに賛同している者のようには、一様に〝銃〟が装備されている。傭兵候補の一人が期待した通り、訓練に参加した者には銃が支給されたようだ。


《あの武器を配って、自分の味方を増やしたッてことか》


《おそらくは、な。前回の作戦集会ブリーフィングから察するに、騎士や傭兵たちの忠誠心はされたと思った方が良さそうだ》


 純粋にガルマニアの奪還を目指す〝ゼレウス派〟と、闘争を楽しむために軍国を手に入れんとする〝ディークス派〟といったところか。ニセルは、そう分析する。



古代人エインシャント、なんだよね? あの人》


 アリサからの問いに、ニセルがわずかにうなずいてみせる。


 あの〝銃〟のどころや、博士はかせとの関係性――。ニセルは、この暴力的で無意味な時間を使い、自身が得た情報を仲間たちと共有した。


《アイツがナナシと同じ――古代人エインシャントだッてのは気になるけど……。ボルモンクさんせいと通じてるッてわかった以上、もう信用はできねェからな……》


《この作戦、ちょっと怖いけど……。なんだか〝不思議〟に出合える予感もするね》


 ティアナの言葉に、エルスも思わず笑顔をらす。古代の魔王と勇者の足跡を追い、世界の謎を解き明かす。これこそが、今のエルスたちが求める〝冒険〟なのだ。


             *


 やがてディークスの演説は終わり、続いて騎士団長ゼレウスが一同の前へ現れた。ゼレウスは丁寧かつ簡潔にあいさつを済ませ、本題である作戦内容の説明を開始する。


「さて――。ディークス軍曹から説明のあったように、諸君らには幾つかの部隊に分かれ、作戦任務に当たっていただくことになる」


 ゼレウスいわく、この作戦は、長期化することも想定されている。そのため実際にガルマニアへとおもむく攻略部隊の他、仮設拠点の維持と警護、およびトロントリア近辺にて後方支援を行なう専用部隊も編成する――とのことだった。


「傭兵諸君――もとい、冒険者諸君は、六人編成での行動をとしていると聞く。したがって四つの傭兵部隊を編成し、前線での任務に当たってもらおうと思う」


 説明を聞いたエルスは疑問を感じ、即座にニセルに質問する。


《ん? 冒険者のパーティは六人が良いッて? ニセル、そうなのか?》


《ああ。歴代の冒険者の間で磨き上げられてきた、最適解といったところだな。もっとも、時と場合にもるが》


 エルスらを除いた十八人の傭兵たちは、すでに三つのパーティを編成している。彼らの多くが銃を装備していることから、訓練の時点で親交を深めていたのだろう。



「ふむ。エルス殿のパーティは五人のようなので、騎士を加えさせていただきたい」


「おッ、いいぜ! 誰が俺たちと一緒に行くんだ?」


「感謝する。では、ユリウスよ」


 ゼレウスが鎧と兜で武装した、騎士の一人に目配せをする。その騎士・ユリウスは騎士団長にガルマニア式の敬礼をし、エルスの前へと進み出た。


「やあ、また会ったね」


「んッ? カリウスさん?――じゃねェな。わりィ、誰だッけ?」


「はは、見覚えはないかな? エルス」


 そう言ってユリウスは、頭部をおおっていた金属製の兜を脱ぐ。その下から現れた顔は、トロントリアの地下街にて、エルスらの案内をしてくれた青年だった。



「おッ! あン時のッ! そっか、名前はいてなかったもんな!」


「ああ、名乗ってなかったね。改めまして、僕はユリウス・ガルマリウス――。本当はもっと長いんだけど、ユリウスと呼んでもらえると助かるよ」


 ユリウスはクセのついた金髪に青い瞳、目鼻の整ったうるわしい顔立ちをしている。案内の時点では目立っていなかったのだが、こうして重厚な鎧を着込んでいることからも察するに、かなりの体格にも恵まれているようだ。


「わかったッ! よろしくなッ、ユリウス!」


「それじゃ、わたしたちはユリウスさんも入れた六人ってことでいいのかな?」


 アリサの言葉にユリウスは目を細め――。

 そのままゼレウスの方へと向き直る。



「騎士団長。私は、こちらの方々とは、共に行動いたしません」


「む……。ユリウスよ、何ゆえに――」


「私は、軍曹閣下と共に――。父さん。貴方あなたご自身が、エルスたちに同行なされては?」


 ゼレウスに冷たく言い放ち、ユリウスは再びエルスたちへと体を向ける。そして口をなかば開けたままのエルスに対し、さわやかな笑顔を浮かべてみせた。


「それじゃ、そういうことだから。戦場でおう。エルス」


 ユリウスはきびすを返し、真っ直ぐにディークスの元へと向かう。そして軍曹に対し、頭の右側に斜めに手を沿えるような、あの敬礼をしてみせる。


 そんなユリウスの右腰にも、やはり〝銃〟が装備されていた。


             *


「なッ……。何だったんだ?」


「うっ、うーん……? 私たち、嫌われちゃいました?」


 ユリウスはエルスに対して笑顔ながらも、まるで宣戦布告かのような態度をみせた。彼の態度に困惑している一同の元へ、ゼレウスがゆっくりと進み寄る。


「申し訳ない。そくが――。ユリウスが失礼をしてしまった」


「気にしてねェさ。二人が親子だったことには、びっくりしちまったけどなッ!」


「うー? それでは代わりに、団長どのが一緒に来るのだー?」


 ミーファの声で、ゼレウスが足元へと視線を移す。自身を見上げる金髪のドワーフ族。において黄金の髪色をもつ者は、王族のみに限られる。


 やはり、この者たちはただものとは思えない。新たにいっこうに加わった少女も、ゼレウスには見覚えがあった。奇抜な衣装をまとってはいるが、彼女も高貴な生まれのはず。


「おい、ジジイ! 丁度いい。……テメェは、その銀髪野郎どもと組め」


「軍曹殿。貴殿が申されるならば、喜んで承知しよう」


 対応を決めかねていたゼレウスの前へとディークスが近づいてゆき、べつてきな言葉で命令を下す。対するゼレウスは紳士的に頭を下げ、彼の指示をかいだくした。


             *


「銀髪野郎! テメェらは〝特攻部隊〟だ。――喜べ。軍の先陣を任せてやるよ」


「へッ、上等だッ! やってやろうじゃねェか!」


「ヒャッハハアッ! まぁ、せいぜいしろよぉ……?」


 ディークスは嫌なわらい声を上げながら、再び広場の壇上へと戻る。そして各部隊を指さしながら役割を振り分け、全軍へ向かって指示を飛ばしはじめる。



「いいか、デク人形ども! 我々はこれから東へ向かい、〝しょうもり〟を攻略する! 着いたらガルマニアの眼前に拠点を建てろ。わかったな?」


「サー・イェッサー!」


 銃を装備した騎士や傭兵らは口をそろえて返答し、軍曹に対して敬礼を行なう。


「おい、銀髪。テメェの失敗が、作戦全体の失敗に繋がる。わかってるよなぁ?」


「ああ、わかってるよ。――軍曹どの!」


 ディークスは狂気的な笑顔と共に中指を立て、作戦の指示へ戻る。心なしか、エルスたちに対する皆の視線も、冷ややかなものに感じられた。



「なんか、完全に目をつけられちゃったねぇ」


 アリサは周囲をぐるりと見回し、自身の口元に指を当てる。ティアナはエルスのかげに隠れ、ミーファは眉をつり上げながら、うなごえをあげている。


「申し訳ない……。どうか悲願達成のため、ガルマニアに力を貸してほしい」


「あんなのどうってことねェよ。俺たちは、できるだけのことをやるだけさッ!」


 こうして帝都奪還作戦は様々な波乱の種を抱えながらの幕開けとなった。そしてエルスたちはトロントリア東の〝瘴気の森〟へ向け、即座に進軍を開始した。

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