第26話 帝都奪還作戦

 「よぉーし! 一同、けいちゅうせよ!――おい、デク人形ども! まずは逃げ出さず、この地獄へ集まったことを褒めてやるよぉ?」


 作戦開始直前のブリーフィング――。

 ディークスは広場に設置された壇上へ上がり、相も変わらずのげきを飛ばす。


 《チッ……だめだ。やっぱり、コイツだけは好きになれねェぜ……》

 《しーっ。エルス、聞こえちゃうよ?》

 《ええっ、そうなの!?――どっ、どうしよう……》


 《問題ない、ティアナ。この〝暗号通話〟は余程の事がない限り、外に漏れはしないさ》


 ディークスによる、聞くに堪えない――悪口雑言を織り交ぜた演説が続く中、エルスたちは〝暗号通話の首輪チョーカー〟を使い、声無き会話を交わす。


 だが、そんな彼らとは裏腹に――広場に整列した騎士や傭兵らの中には拳を振り上げ、かちどきや歓声を上げる者の姿も多く見受けられた。



 《なんだ……? アイツ、実は人望があったりすンのか?》

 《うー。ミーは無理なのだー。悪の集会に放り込まれた気分なのだー》


 見れば、ディークスに賛同している者の腰部には、一様に〝銃〟が装備されていた。傭兵候補の一人が期待した通り、訓練に参加した者にはもれなく、軍曹から銃が与えられたようだ。


 《あの武器を配って、自分の味方を増やしたッてことか》

 《おそらくは、な。前回の作戦集会ブリーフィングから察するに――騎士や傭兵たちの内情は、二分されていると思った方が良さそうだ》


 《古代人エインシャント、なんだよね? あの人》


 アリサからの問いに、ニセルは小さく頷く。

 あの〝銃〟の出処や、博士はかせとの関係性――。ニセルは、この暴力的で無意味な時間を使って、自身が得た情報を仲間たちと共有していた。


 《アイツがナナシと同じ――古代人エインシャントだッてのは気になるけど……。ボルモンクさんせいと通じてるッてわかった以上、信用はできねェからな……》


 《この作戦、ちょっと怖いけど……。なんだか、〝不思議〟に出合えそうな予感もするよねっ!》


 ティアナの言葉に、エルスは思わず笑顔が漏れる。古代の魔王と勇者の足跡を追い、世界の謎を解き明かすこと――。


 これこそが、今のエルスたちが求めている〝冒険〟なのだ。



 やがてディークスの演説は終わり――

 続いて、騎士団長ゼレウスが一同の前へ現れた。


 ゼレウスは丁寧かつ簡潔に挨拶を済ませ、本題である作戦内容についての説明を開始する。


 「さて、諸君――。ディークス軍曹から説明のあったように、諸君らには幾つかの部隊に分かれ、作戦任務に当たって頂く」


 ゼレウスいわく――作戦の長期化も想定されるため、実際にガルマニアへとおもむく攻略部隊の他、仮設拠点の維持と警護、およびトロントリア近辺にて後方支援を行なう部隊も編成されるとのことだ。


 「傭兵諸君――もとい、冒険者諸君は、六人編成での行動をとしていると聞く。従って、四つの傭兵部隊と、騎士団との連携によって作戦を行なう」


 《パーティは六人が良いッて? ニセル、そうなのか?》


 《ああ。歴代の冒険者の間で磨き上げられてきた、最適解といったところだな。もっとも、時と場合にもるが》


 ゼレウスの指示に従い――エルスらを除いた十八人の傭兵たちは、素早く三つのパーティを編成した。彼らの多くが銃を装備していることから、すでに訓練の頃より親交を深めていたのかもしれない。



 「ふむ、そちらの……。エルス殿のパーティは、五人のようなので――ガルマニア騎士を一名、加えさせて頂きたい」

 「おッ、良いぜ! 誰が一緒に行くんだ?」


 「感謝する。では、ユリウスよ――」

 ゼレウスは鎧と兜で武装した、騎士の一人へ目配せをする。


 騎士ユリウスは、ゼレウスにガルマニア式の敬礼をし――

 ゆっくりとエルスたちの前へ進み出た。


 「やあ、また会ったね」

 「んッ? カリウスさん――じゃねェな。わりィ、誰だッけ?」

 「はは、見覚えはないかな? エルス」


 そう言ってユリウスは、金属製の兜を脱ぐ。その下から現れた顔は、地下街でエルスらの案内を買って出た青年だった。


 「おッ! あン時のッ! そっか、名前はいてなかったもんな!」


 「ああ、名乗ってなかったね。改めて、僕の名はユリウス・ガルマリウス――。本当はもっと長いんだけど、ユリウスと呼んでもらえると助かるよ」


 ユリウスはクセのついた金色の髪に青い瞳、目鼻の整った見目麗しい容貌をしている。あの時には気がつかなかったが、重厚な鎧を着込んでいることからも、かなり恵まれた体格を有しているようだ。


 「わかったッ! よろしくなッ、ユリウス!」

 「それじゃ、ユリウスさんも入れて六人ってことで良いのかな?」


 アリサの言葉に、ユリウスは意味ありげに目を細め――

 そのまま彼は、ゼレウスの方へと向き直った。


 「騎士団長――。私は、こちらの方々とは行動いたしません」

 「む……。ユリウスよ、何ゆえに――」

 「私は、軍曹閣下と共に参ります。父さん――貴方あなたご自身が、エルスたちに同行なされては?」


 ゼレウスに冷たく言い放ち、ユリウスは再びエルスたちへ体を向ける。半ば口を開け、ぼうぜんとした表情のエルスに対し、彼は爽やかな笑顔を浮かべる。


 「それじゃ、そういうことだから。戦場でおう、エルス」


 ユリウスはきびすを返し、真っ直ぐにディークスの元へと向かう。そして軍曹に対し、頭の右側に手を沿えるような――あの敬礼をしてみせる。


 そんなユリウスの右腰には、やはり〝銃〟が装備されていた――。



 「なッ……何だったんだ? ユリウス……」

 「うっ、うーん……。私たち、嫌われちゃいました?」


 エルスらに対し、笑顔ながらも――まるで宣戦布告かのような態度をみせたユリウス。困惑する一同の元へ、ゼレウスがゆっくりと進み寄る。


 「申し訳ない。愚息が――ユリウスが、失礼をした」

 「いや、俺らは別に……。むしろ二人が親子だったことに、びっくりしちまったけどなッ!」

 「うー? 代わりに、騎士団長が一緒に来るのだー?」


 ミーファの声に、ゼレウスは視線を足元へ移す。自身を見上げる、金髪のドワーフ少女。ドワーフ族において黄金の髪色をもつ者は、王族のみに限られる。


 やはり、この者たちは只者とは思えない――。

 新たにいっこうに加わった少女にも、どことなく見覚えがあった。奇抜な衣装をまとってはいるが、彼女も高貴な生まれのはずだ。


 「おら、ジジイ! 丁度いいぜぇ――テメェは、その銀髪野郎どもと組め」

 「軍曹殿――。貴殿が申されるならば、承知しよう」


 対応を決めかねていたゼレウスの前へディークスが近寄り、侮蔑的な言葉で命令を下す。それに対し、彼は紳士的に頭を下げる――。


 「おい、銀髪!――テメェらは〝特攻部隊〟だ。軍の先陣を任せてやるよ」


 「チッ……。上等だッ! やってやろうじゃねェか!」

 「ヒャハハッ!――まぁ、せいぜい長持ちしろよぉ?」


 ディークスは嫌なわらい声と共に、大股で広場の壇上へとあがる。

 そして各部隊を指さしながら役割を振り分け、再び全軍へ向かってげきを飛ばした。


 「いいかぁ? デク人形ども! 我々はこれから東へ向かい、しょうの森を攻略する!――んで、ガルマニアの眼前に拠点を建てる。わかったな?」


 「サー・イェッサー!」

 銃を装備した騎士や傭兵らは口を揃え、軍曹に対して敬礼を行なう――。


 「おい、銀髪野郎! テメェらが先陣だ。テメェの失敗が即、作戦の失敗に繋がる。わかってんだろうなぁ?」

 「ああ、わかったよ。軍曹どの!」


 ディークスは狂気的な笑顔と共に中指を立て、作戦の指示へ戻る。心なしか、エルスたちに対する周囲の視線も、冷ややかなものに感じられる。



 「なんか、完全に目をつけられちゃったねぇ」

 「申し訳ない――。どうか悲願達成のため、ガルマニアに力を貸して欲しい」


 「もちろんさッ! あんなの、どうってことねェよ。俺たちは、俺たちに出来ることをやろうぜッ!」


 こうして、様々な波乱の種を抱えながらも――エルスたちはトロントリアの東、しょうの森への進軍を開始するのだった――。

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