第25話 仲間たちと共に

 エルスが不気味な夢を見た、その翌朝――。

 ついに〝帝都奪還作戦〟開始の時がやってきた。


 だが、硬く冷たい石床の上で目覚めたエルスには、早くも別の危機が訪れていた――。

 

 「ぐッ――ぐげぇぇッ……!」


 彼はアリサによってベッドから突き落とされ――さらにミーファとティアナが、しっかりとエルスにし掛かるような状態で、スヤスヤと寝息を立てている――。


 「くッ……首がッ……。おいッ、誰かッ……。三人とも寝てンのか……?」


 エルスは拘束から逃れようともがくも、体の要点を完全に抑えられているために動くことができない。痛む首をわずかに持ち上げると、目の前にミーファの尻が見えた。おそらく、下半身にはティアナが乗っているのだろう。


 「駄目だッ……。力が入らねェ……。もしかして折れちまったのか? 俺の首……」


 どうしても動けないことで観念し、エルスは彼女らが目覚めるまで、ただ天井を見つめることにする。ベッドから突き落とされることは茶飯事ではあるが、こうして床にまで押さえつけられてしまうのは珍しい。


 「そういや……。前ン時も、あの夢を見たんだッけか……」


 自らを〝エルス〟と名乗る、謎の少年の夢。はっきりと目が覚めた今でも、昨夜の不気味な記憶だけは鮮明に覚えている。


 「良い仲間に恵まれた――ッか。ああ、それだけは間違いねェ……」

 ――エルスは目をじ、しみじみと呟く。


 結局、彼が拘束から解放されたのは、それからしばらく後のことだった――。




 「ごめんね、エルス。またやっちゃったみたい」

 「わわっ……ごめんっ! 私が、こんなに寝相が悪かったなんてっ……!」


 時が過ぎ、ようやく目を覚ましたアリサとティアナ。エルスは彼女たちに、全身に治癒魔法セフィドによる手当を受ける。どうやら、彼は首以外にもダメージを受けていたようだ。


 「いやぁ……。たぶん、俺のせいなのかもしれねェからさ! ありがとな」

 「ええっ!? じゃあ私、エルスに……」

 「――ちッ、違ェ……! そういう意味じゃなく――」


 エルスは慌てて否定し――照れた様子で口元を押さえるティアナに、〝夢〟のことを話す。


 「そんな……。じゃあ魔王が?――それに、あの廃墟がエルスの家だったなんて」


 ティアナは詫びるような口調で言い、エルスに対して頭を下げる。追放された身とはいえ――アルティリアの王族として、何かしらの負い目を感じているのだろう。


 「ああ、気にしねェでくれよ! 確かに思い出すとつれェけど――それがあったからこそ、俺は冒険者になったんだしさッ!」

 「うん。わたしも。旅に出たおかげで、みんなと仲良くなれたもん」


 十三年前の惨劇が無ければ、二人はどのような未来を歩んでいたか。

 それは決して、誰も知り得ぬこと――。


 あの過去を経てこそ、現在がある。

 いま、エルスたちがに居るという事実だけが、未来へと続く真実なのだ。


 「そっか……。うん、わかった! 改めて、これからもよろしくね。二人ともっ!」

 「おうッ! そンじゃ、早いとこ準備しようぜ。もうすぐ集合に――」


 言いかけたエルスの視界内でミーファが着替えを始めたため、彼は慌てて後ろを向く。その後、背中に少女らの楽しげな会話を浴びながら、エルスは壁に向かって準備を済ませた――。




 身支度を整え、四人は狭い通路から酒場へと出る。

 決戦の日ということもあってか、今朝は店内に客の姿は無い。


 「悪いねぇ。ガルマニアのために戦ってくれる人たちを、あんな狭い部屋に閉じ込めちまってさ」


 「ふっふー! ミーは、ご主人様の奴隷なのだ! まったく問題ないのだー!」

 「えっ――そうだったのっ!? じゃ……じゃあ、私も奴隷に……」


 「ちょッ……!? それはいいからッ!――ありがとなッ、姉さんッ! 行ってくるぜ!」

 「あっはっは! 若いってイイねぇ! ガルマニアを頼んだよ?――軍神リーランドの加護が在らんことを……」


 酒場のオーナーに宿代を支払い、エルスたちは地下街へと出る。

 ――その途中、アリサが何かを言いたげに、エルスの顔を見つめる。


 「ん? どうした、アリサ?」

 「ねぇ、エルス。わたしも奴隷になろっか?」


 「いや……。せめて、おまえは今のままで頼むぜ……」

 「そっか。うーん、わかった」


 なぜか不満げに言い、アリサは前を行くミーファたちの元へ小走りで駆ける。

 いったい、何を話したのか。この数日――エルスが酒場で暇を持て余している間に、少女たちはすっかり仲良くなってしまったようだ。


 「なぁ、ニセル……。今日は来てくれるよな? 信じてるぜ……」


 エルスは姿を見せない兄貴分の名を呟き、大きくたんそくする。そして、前方で大きく手を振っている三人の元へと、慌てて合流するのだった――。




 「――よう、心配をかけてしまったな。きゅうきょ、この日までに準備しておきたいものがあってな」


 地下街から太陽ソルの下へ出た四人を、ニセルが出迎える。いつも通りに小さく手を挙げている彼の姿を見るなり、エルスは顔を輝かせた。


 「おおお――ッ! ニセル、待ってたぜッ!」

 「おはよう、ニセルさんっ! エルス、急にどうしたの?」


 「ふっ、さあな――。さて、時間がない。とりあえず、皆に渡しておくものがある」


 ニセルは人目を避けるように建物のかげに移動し、冒険バッグから革製の首輪チョーカーを取り出した。それの中央には目立たぬように艶消しの施された、特殊な魔水晶クリスタルが嵌っている。


 「ドミナに用意してもらった。いつもながらの試作品ということだが――これがあれば、声を出さずとも仲間同士で会話ができる」


 「えッ? それって、前に頭ン中にニセルの声が聞こえた――あんな感じッてことか?」


 ニセルはしゅこうし、アイテムの簡潔な説明を始める。


 いわく、これはニセルの特別などうたいにも組み込まれている、〝暗号術〟を利用した代物とのことだ。現在、エルスたちが使用している武器収納の腕輪バングルにも、同じ原理が応用されているらしい。


 「使い方は簡単だ。首に巻き、話しかけたい相手に呼びかける。もちろん、対象はを身に着けている者に限られるが」


 「おー! まさに正義のアイテムなのだ!――ご主人様、さっそくミーに着けて欲しいのだ!」

 「あっ……、じゃあ私もっ……! ほらっ、自分だと髪が邪魔で――」


 「へッ?……まぁ、別にいいけどよ……」


 エルスは手早く首輪チョーカーを身に着け、ミーファの前へ屈み込む。そして、妙にニヤついている彼女の首にアイテムを巻く。続いてティアナにも装着を済ませた後、またしてもアリサの視線を感じる――。


 「エルス、わたしも」

 「わかったよ……。ッてか、何なんだ? この儀式は……」


 何はともあれ――。

 全員分の装備を済ませ、エルスたちは集合場所である広場へ向かう。


 着いた場所は広場とは名ばかりの、ただ木製の柵に囲まれただけのエリアだった――。




 《なぁ、これでいいのか?》

 《ああ。上出来だ》

 《おー! ミーにも聞こえるのだー!》


 騎士団長ゼレウスとディークス軍曹の到着を待つ間、エルスらは首輪チョーカーの性能を試す。これも腕輪バングルと同様に、すぐに手足を動かすかのように簡単に扱えるようになった。


 《すごいねぇ、これ。どうなってるんだろ?》

 《これも古代人エインシャントの技術らしい。オレの頭をバラしてみれば、仕組みもわかるかもしれんが――》


 《うげッ……。やめてくれよ? でも、なんか――これで話してる間、ちょっとずつ魔力素マナが削られてる感覚があるな》


 エルスの言う通り、これは使用の際に微量の魔力素マナを消耗するようだ。アリサたちならば問題のないことだが、精霊族のエルスは使用に気を配らなければならない。


 《それにしても……。だいぶ減っちゃいましたね。傭兵さん》

 《だなぁ。いま居るだけで十八人か?……俺らを抜いて》


 《ふっ。賢明かもしれんな――。さて、軍曹どのがお出ましだぞ》

 ――ニセルは広場の奥側をあごで示す。


 すると、間もなく――

 整列する騎士たちの群れを通り、威圧的な足取りでディークスが姿を現した――。

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