第25話 良き仲間たちに恵まれて

 エルスが不気味な夢を見てしまった翌朝のこと。


 今日は、ついに訪れた〝帝都奪還作戦〟開始の日。――しかし、硬く冷たい石床の上で目覚めたエルスには、早くも〝別の危機〟が訪れていた。

 

「ぐッ……。ぐげぇぇッ……!?」


 エルスはアリサによってベッドから突き落とされてしまい――さらにミーファとティアナが彼にし掛かるような状態で、スヤスヤと寝息を立てている。


「くッ……、首がッ……。なぁッ、誰かッ……。おい、三人とも寝てンのか……?」


 エルスは拘束から逃れようとけんめいもがくも、体の要点を完全に抑えられているために動くことができない。痛む首をわずかに持ち上げると、目の前にミーファの尻が見える。おそらく彼の下半身には、ティアナが乗っているのだろう。



「駄目だッ……。力が入らねェ……。もしかして折れちまったのか? 俺の首……」


 どうやっても動けないことで観念し、エルスは彼女らが目覚めるまで、ただ天井を見つめていることにした。もはやベッドから突き落とされることははんであるのだが、こうして床に押さえつけられてしまうのは珍しい。


「そういや……。前ン時も、あの夢を見たんだッけか……」


 自らを〝エルス〟と名乗る、謎の少年の夢。はっきりと目が覚めた今でも、昨夜の不気味な記憶だけは鮮明に覚えている。


「良い仲間に恵まれた、ッか。……ああ、それだけは間違いねェ」


 エルスは目をじながら、しみじみとつぶやいた。


 ――結局、彼が拘束から解放されたのは、それからしばらくってのことだった。


             *


「ごめんね、エルス。また〝やっちゃった〟みたい」


「わわっ……、ごめん! 私、こんなにぞうが悪かったなんて……!」


 時が過ぎて、ようやく目を覚ましたアリサとティアナ。エルスは彼女たちから、全身に治癒魔法セフィドによる手当を受ける。どうやら、彼は首以外にもダメージを受けており、さながら負傷兵のような状態となっていた。


「いやぁ……。たぶん、俺のせいなのかもしれねェからさ! ありがとな」


「ええっ!? もう私はエルスに……!?」


「ちッ、ちげェ! そういう意味じゃなく――」


 ティアナの妄想を全力で否定し、エルスは彼女に〝夢〟の内容を話す。


「そんな……。じゃあ、魔王が夢に? それにきんそくそばの、がエルスの家だったなんて……」


 ティアナはびるかのような口調で言い、エルスに対して頭を下げる。すでに追放されたとはいえ、アルティリアの王族としての負い目を感じているのだろう。


「ああ、気にしねェでくれよ! 確かに思い出すとつれェけど――。それがあったからこそ、こうやッて俺は冒険者になったんだしさッ!」


「うん。わたしも。旅に出れたおかげで、みんなと仲良くなれたもん」


 もしも十三年前のさんげきが無ければ、エルスとアリサはどのような未来を歩んでいたのだろう。――それは、決して存在し得なかった未来。


 あの過去をたからこその、現在がある。いま、エルスたちがに居るという事実だけが、真の未来をひらいてけるのだ。



「そっか……。うん、わかった! 改めて、これからもよろしくね。二人とも!」


「おうッ! そンじゃ、早いとこ準備しようぜ。もうすぐ集合に――ッ!?」


 言いかけたエルスの前でミーファが着替えを始めたため、彼はあわてて後ろを向く。その後、彼は少女らの楽しげな会話を背に、壁に向かって淡々とたくを済ませた。


             *


 身支度を整えた四人は狭い通路を通り、酒場の空間へと出てきた。今日は〝決戦の日〟ということもあるのだろう。店内にエルスたち客はいない。


「やっぱりきゅうくつだったろ? 悪いねぇ。ガルマニアのために戦ってくれる英雄たちを、あんな狭い部屋に閉じ込めちまってさ」


「ふっふー! ミーは、ご主人様のれいなのだ! まったく問題ないのだー!」


「ひぇっ!? そうだったのっ!? じゃ……、じゃあ。追放された私も奴隷に……」


 ティアナはミーファの言葉に驚き、エルスを上目遣いにいちべつする。


「ちょッ!? それはいいからッ!――ありがとな、姉さんッ! 行ってくるぜ!」


「あっはっは! 若いってイイねぇ! 軍神リーランドの加護があらんことを!」


             *


 エルスは酒場のオーナーに宿代を支払い、いっこうは地下街へと足を踏み入れる。


 そんな入り組んだ地下街を通り、地上への脱出を目指す道中のこと。エルスはアリサが何かを言いたげに、自身を見つめていることに気づいた。


「ん? どうした、アリサ?」


「エルス、わたしも奴隷になってあげよっか?」


 エルスは頭を抱えながら、疲れ果てたかのように長いためいきを吐く。


「おまえは、今のままで頼む……」


「そっか。うーん、わかった」


 アリサは少し不満そうに言い、前を行くミーファたちの元へと小走りで向かう。


 いったい、少女たちは何の話をしていたのか。この数日、エルスが酒場でひまを持て余している間に、三人はすっかり仲良くなってしまったようだ。



「なぁ、ニセル……。今日は来てくれるよな? 信じてるぜ……」


 エルスは姿を見せない兄貴分の名をつぶやき、再び大きくたんそくする。そして前方で大きく手を振っている、三人の元へと駆けだすのだった。



             *



「よう。心配をかけてしまったな。きゅうきょ、準備しておきたいものがあってね」


 地下街から太陽ソルの下へ出た四人を、ニセルがひょうひょうとした様子で出迎える。そんな彼の姿を見るなり、エルスがおおに顔を輝かせてみせる。


「おおおーッ! ニセル、待ってたぜェーッ!」


「おはよう、ニセルさんっ! エルス、急にどうしたの?」


「ふっ、さあな。――さて、時間がない。まずは皆に渡しておくものがある」


 ニセルは四人を建物のかげへと誘導し、ふところから黒い革製の首輪チョーカーを取り出した。の中央にはつやしのほどこされた、小さな〝魔水晶クリスタル〟がまれている。


「ドミナに用意してもらった。いつもながらの試作品ということだが――。声を出さずとも、仲間同士で会話ができるというしろものだ」


「それって前に、ニセルの声が頭ン中に聞こえた――。あんな感じッてことか?」


 ニセルはエルスにしゅこうを返し、四人にアイテムの説明を始める。


 いわく、これはニセルの特別などうたいにも組み込まれている、〝あんごうじゅつ〟を利用したどうとのことだった。現在、エルスたちが使用している武器収納の腕輪バングルにも、これと同じ原理が応用されているらしい。


「使い方は簡単だ。首に巻き、頭の中で話しかけたい相手へ〝念じる〟ように呼びかける。もちろん会話対象は、を身に着けている者に限られるが」


 自身の額を指さしながら、ニセルが仲間の顔を順にる。どうやら彼自身はを着けなくとも、この機能を利用できるようだ。



「おー! まさに正義のための秘密アイテムなのだ! ふふー、ご主人様! さっそくミーに着けて欲しいのだー!」


「あっ……。じゃあ私も……! ほら、自分だと髪が邪魔で……!」


「へッ? まぁ、別にいいけどよ……」


 エルスは手早く首輪チョーカーを身に着け、ミーファの前で屈み込む。そして、妙にニヤついている彼女の首にアイテムを巻き、続いてティアナの首輪チョーカーの装着も終える。


 そこで彼は、アリサの視線を感じとった。


「エルス。わたしも」


「ああ、わかったよ。……ッてか、なんなんだ? このしきは……」


             *


 準備を整えたエルスたちは、集合場所である町外れの〝訓練場〟へと向かう。彼らが着いた場所は訓練場とは名ばかりの、木製のさくで囲っただけの〝広場〟だった。


《あー、あー。なぁ、これでいいのか?》


《はっきりと聞こえる。どうやら使い方は問題ないようだな》


《おー! ミーにもバッチリ聞こえるのだー!》


 騎士団長ゼレウスとディークス軍曹の到着を待つ間に、エルスたちは首輪チョーカーの性能を試す。これも武器収納の腕輪バングルと同様、彼らは手足を動かすかのように、すぐに使いこなせるようになっていた。


《すごいねぇ、これ。どうなってるんだろ?》


古代人エインシャントの技術らしいが。オレの頭をバラせば、詳しくわかるかもしれんな》


《うげッ……。は絶対にやめてくれよ? でも、なんかさ――。これで話してると、ちょっとずつ魔力素マナが削られちまうみてェだ》


 エルスの言うとおり、これを使用している際は、微量の魔力素マナしょうもうしてしまうようだ。の人類であるアリサたちならば問題のないことだが、魔力素マナに近しい〝精霊族〟であるエルスは注意しなければならない。



《それにしても……。だいぶ減っちゃいましたね。傭兵さん》


《だなぁ。一、二、三、四……。いま居るだけで十八人か。俺らを抜いて》


 グループで談笑を続ける傭兵らの対角には、ガルマニアの騎士たちが整列している。そんな騎士らの中央には、木製の簡素な〝演説台〟が置かれていた。


《さて……。どうやら〝軍曹どの〟が、お出ましのようだ》


 あんごうつうで言いながら、ニセルが広場の奥側をあごで示す。


 そちらへエルスが目をると――。整列する騎士たちの群れを突き抜け、威圧的な足取りで演説台へと向かう、ディークス軍曹の姿が確認できた。

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