第24話 語り継がれた〝真実〟

 〝帝都奪還作戦〟開始の前夜。

 エルスは一人、酒場の舞台の前席に座り、小演劇をながめていた。


 本日の演目はガルマニア帝国とアルティリア王国が一時的に同盟を結び、両国の宿敵である〝砂漠エルフ〟との決戦に臨む――と、いうものだった。


「お客さん、いつも熱心に観てくれるねぇ。そんなに気に入ってくれたのかい?」


 劇が終わり、えんじゃたちが後。酒場のオーナーを務めるかっぷくのよい中年女性が、エルスのテーブルにランベルベリージュースのグラスを置く。エルスは彼女に礼を言い、テーブルの上にチップを載せる。


「いやぁ。俺、とかがサッパリでさ! ちょっとでも勉強しときたいなッて!」


「おや、感心なことだ! これは演劇用の脚色が入ってるけど――まぁおおむねは、史実通りにやらせてもらってるよ」


 エルスの返答に気を良くしたのか、オーナーはもととなった戦記を語りはじめた。



 それははるか古代の旧世界、そうせい 三〇〇〇年のことだった。


 アルティリア王国とガルマニア帝国――両国の同盟軍はアルティリアの〝自由都市ランベルトス〟を拠点とし、南方の砂漠へと出撃する。


 同盟軍は多数の戦死者を出しながらも戦いぬき、ついに宿敵〝砂漠エルフ〟たちを、彼らのきょてんまで押し返すことに成功した。


 その後は、敵拠点へ総攻撃を仕掛け、激戦の末にを制圧。砂漠エルフからの降伏宣言をしょうだくし、彼らに『砂漠地帯からの北上を禁止する』むねの条約を結ばせた。これによって戦争は、同盟軍の勝利によって終結した――と、いうものだった。



「昔は、制圧の場面までってたんだけどねぇ。ほら、最近はエルフのお客さんもお見えになるし。いろいろと、ね?」


 以前は劇の終盤に、横たわるエルフ族の前で同盟軍らが祝杯を挙げる場面も盛り込んでいたらしい。そんな昔話を懐かしみ、オーナーがほがらかに笑ってみせる。


「まっ、元々が〝劇的〟な戦いだったからねぇ。なかでも大活躍したのが、我らがガルマニアの総将軍インペラトル・リーランドきょうと、アルティリアのアルトリウス王子だ!」


 エルスはリーランドという名に思わず声を上げそうになるが、甘酸っぱいジュースと共に言葉を飲み込む。彼がこれらの演目に興味を持ったのも、それらの多くに〝英雄リーランド〟が登場していたからに他ならない。


「それに、傭兵たちの活躍も忘れちゃいけないね。なにせ、戦後は傭兵団を率いていた名も無き団長が、ガルマニアの皇帝になったって話もある。その名残もあってガルマニアじゃあ、大事ないくさの時にゃ〝傭兵〟を連れていくんだよ」


「へぇ、そうなのか。その、リーランド――さんは、どうなったんだ?」


 エルスはジュースを一気に飲み干し、リーランドのてんまつたずねる。


「リーランドきょうは最期まで、ガルマニアに忠義を尽くされた。けいを皇帝の座に推す声も大きかったんだけど、ずっとなされたとか。そして、遥かなる時を越えたに至るまで、軍神として私らをおまもりくださっているのさ」


 そう言ってオーナーは、どこか物悲しげに天を仰ぐ。


 ガルマニアには〝ミストリア正教〟における〝よんしん〟以外にも、数多くの神々が存在しているらしく、一説によると、その数は十数万を超えるともされるそうだ。


 そしてリーランドも、他国の歴史においての邪悪なる〝魔王〟としてではなく、誇り高き〝軍神〟として、ガルマニアの人々から敬われ続けてきた。



「今じゃ大半の騎士が誇りを捨てちまって。まぁ私らも、稼ぎのために〝騎士ショー〟なんてやってるけどね。もう、時代になっちまったのかもねぇ」


 しみじみとつぶやきながら、オーナーが静かに目頭を押さえる。


 その後、彼女は従業員に呼ばれたため、一礼をして立ち去っていった。エルスはテーブルに金貨を一枚置き、小さな〝宿泊所〟となっている、通路奥の部屋へと戻る。


             *


「ただいま――ッて、みんな寝ちまってるか」


 部屋にはベッドが二つあり、片側にはミーファとティアナが、もう片側ではアリサが眠っていた。案内をしてくれた青年・ユリウスの言葉通り、この酒場の宿泊スペースは狭く、〝二人部屋〟を一つ確保するのが精一杯だったのだ。


 打ち解けあった仲間同士とはいえ、さすがに三人の少女と小さな部屋に閉じこもるのは肩身が狭く。エルスは彼女らが寝静まるまで、酒場で時間を潰していた。



「そういや……。ニセルは帰ってこなかったな」


 ニセルはトロントリアに到着した夜から――酒場での作戦会議の後から姿を消し、それからエルスたちは彼を見かけなくなってしまった。しかし、特に心配をする必要はないだろう。ランベルトスの時と同様に、彼は必ず来てくれるはずだ。


「いよいよ明日か……。おやすみ、アリサ」


 エルスはアリサの頭をで、彼女が眠るベッドの端で横になる。そして彼が目を閉じるやいなや、エルスに睡魔がおそかってきた――。



             *



《ん……? ここは……》


 夢の中で、エルスが


 周囲は、ただただ、どこまでも続く、闇一面だけの世界。エルスはに見覚えがあった。そして、この後に発生するであろう事態を予測し、反射的に身構える。


 するとエルスの予想どおり――。

 彼の目の前に、焼け焦げた魔法衣ローブを着た、銀髪の少年が現れた。



《チッ……! やっぱり出てきやがったなッ!》


《ふふ。お待ちかねだったかい?》


《ああッ! おまえには、きてェことが山ほどあるからなッ!》


 少年は口元に笑みの形を浮かべたまま、闇の中でたたずんでいる。彼の目元は銀色の前髪に隠れており、その表情の真意を読み取ることはできない。


 少年の反応が無いことで、しびれを切らしたエルスがたんをきる。


《おい、おまえは何者なんだよッ!? やっぱり、おまえは魔王なのかッ!?》


《答えたはずだよ。僕は。それ以外の何者でもないよ》


 言い終えるなり、エルスと名乗った少年がゆっくりと顔を上げる。額には闇色に輝く〝魔王のらくいん〟が浮かび、瞳の無いがんからは、闇よりも深い暗黒がのぞく。


 そのようぼうのあまりの不快さに、エルスは大きく舌打ちする。


《エルスは俺だッ! おまえは誰だッ!? 魔王リーランドなのかッ!?》


《それは、もうじゃない。今の僕は、だ》


 再度の変わらぬ返答を受け、エルスも再び舌打ちする。このまま問答を重ねても、どうにもらちがあかないようだ。



《そうだ! こいつが魔王なら……。で倒しちまえば――ッ!》


 思わぬ名案を思いついたとばかりに、エルスが戦闘の構えをとる――が、どうしても動くことが出来ない。そんな彼の姿を、少年エルスが不気味な笑みで眺めている。


《チクショウ――ッ! だッ! また動けねェ……ッ!》


《人は見たいものだけを、見たいように見る生き物だ》


 誰に言うでもなく、つぶやくように――。少年が言葉を続ける。


《人々が見てきた歴史は――。真実は〝ひとつだけ〟とは限らない》


《何を……。言ってンだ……?》


 エルスは冷静さを取り戻し、真っ直ぐな目で少年エルスの顔を見つめる。――少年かれがんこうにはのうかいしょくの瞳が戻っており、額のらくいんも消えている。


 その少年の姿は、十三年前の〝誕生日〟の――。

 あの惨劇の日の、エルスだった。



《良い仲間に恵まれたね、君は。うらやましいよ》


《おまえ……。おまえは……、いったい……?》


《覚えておいて? 僕はエルス。いつでも力を貸してあげる》


 少年エルスは穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと後方へ遠ざかっていく。エルスは必死に追いかけようと試みるが――やはり、一歩も動くことはできない。


《あいつは……。俺、なのか――?》


 ずっとこわらせていたからだから、だいに力が抜けてゆく。やがてエルスの意識は少しずつ闇へと沈み、さらなる〝眠り〟へと落ちていった。

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