第23話 秘めたる夢と、思惑と
エルスたちが、酒場で昼食がてらの作戦会議を行なっている頃。
アルティリア王都、教会・孤児院にて――
「あー、えー、いー、うー、えー、おー、あー、おー」
エルフ族の少女・ナディアは運動用の広場で独り、発声練習に励んでいた。
「あめんぼ、あかいな、あいうえおー!」
ナディアは森に向かい、一心不乱に発声を続けている。そんな彼女の様子を、いつもの仲間であるミケルとベランツが不思議そうに眺める。
「なあ、ベランツ。ナディアのやつ、何やってんだ?」
「上手に話せるようになりたいんだって。ミケルが『おまえみたいな子供じゃ、エルスさんのお嫁になれないぞ』って言ったせいじゃない?」
「――んなっ!? おれのせいかよっ!」
ベランツに指摘され――ミケルは顔を真っ赤にしながら、テーブル代わりの切り株に置かれた本を手に取る。タイトルには〝はじめてのノイン語・初級〟と書かれているようだ。
「ノイン語って、今おれたちが喋ってる
「かなり古い本だね、それ。実はノイン語が共通言語になったのは、
「へぇー。そういうの詳しいよな、おまえ。将来は学者になるのか?」
「うーん……。それも良いけど……。その……
そう言ったベランツは耳の先まで真っ赤に染め、顔を伏せる。それを見たミケルは、ニヤニヤと笑いながら彼を
「おっ! ティアナ姉ちゃんを追いかけるのかっ!? へっへっ、頑張れよベランツくんっ!」
「ちょっ……!? 声が大きいよミケル……! 君だって、その剣! アリサさんのために修行を――」
「――バッ!? バカヤロー、
ベランツが出した名前によって、一転して劣勢へと追い込まれてしまったミケル。彼は腰に差した、短めの剣を抜いてポーズをとる。これは本来、ドワーフ族のサイズに合わせた物だが、他種族の子供用としても広く利用されている。
「はいはい。応援してるよ、ミケル」
「おまえもだよっ! ほら、今日も行くぞっ! 例の場所で修行だっ!」
「――あなたたち、また勝手に出かけるちもり?」
幼い少女の声にミケルが振り向くと――そこには口をへの字に曲げ、腰に手を当てたナディアが、堂々たる
「げっ、ナディア! いつの間に居たんだよ!?」
「近くで騒いでたら気じくわよ。どこに行く気? また
「――ああー! うるせぇうるせぇ! ほら、逃げるぞベランツっ!」
「ごめんね、ナディア……。夕飯までには戻るから、どうか内緒でっ……!」
ミケルに急かされ、ベランツも申し訳なさそうな顔で彼の元へ向かう。そして二人は秘密の抜け穴を
「はぁ……。どうなっても
ナディアは呆れたように溜息をつき、元の場所で発声練習を再開した――。
一方、トロントリアの地下街――。
ガルマニア騎士団長ゼレウスは執務室の机に向かい、傭兵らの名簿に目を通していた。その名簿には
「フム……。皆、見所のある者たちだったのだが。やはり致し方あるまいか。もはや、
ゼレウスは紙を
「いずれにせよ、
エルスはディークスの暴挙に堂々と立ち向かい、騎士団長である自身への信頼までも示してくれた。ニセル・マークスターという人物にいたっては礼節を
「賭けてみるか……。彼は許さぬだろうが……」
ガルマニア再興のための切り札は、できるだけ多く確保しておきたい。ましてや、自身の選んだ選択肢はリスクが非常に大きい。ゼレウスの瞳に、
その時、執務室のドアがノックも無しに開き、若い青年が入ってきた。
彼は地下街でエルスたちの案内を買って出た、あの青年のようだ。
「ただいま、っと。どうした、父さん? いつもより渋い顔して」
「ユリウスか。これから川釣りへ出るのか?」
「いや、振るのは剣さ。ちょっと訓練ついでに、魔物をね」
「何だと?」
ゼレウスは驚いたように目を大きく開き、手にしていた名簿を机へ下ろす。その紙束の上に、息子・ユリウスが投げた〝金貨〟が着地した。
「それ、騎士団に寄付するよ。僕が
「――何が、あったのだ?」
「まっ、なんていうか。僕も負けてられないな、ってね?」
手狭な執務室には、書物や書類に混じって武具も所狭しと置かれている。
ユリウスは手際よく、戦いの装備を身に着ける。
「あの作戦。帝都奪還作戦だっけ? やっぱり僕も参加するよ」
「む……!? ユリウスよ、それは――」
「おまえは足手まといだ――って言いたいのはわかってる。でも、気づいたんだ。やっぱり僕にも、誇り高き〝ガルマニア
「ユリウス、おまえ……」
何が息子を駆り立てたのか。ゼレウスは名簿の上に載ったままの金貨へ目を落とす。思えば、このエルスという青年も、ユリウスと同じ年頃だったろうか。
「行って参ります。父上」
ユリウスは父の正面に立ち、ガルマニア式の敬礼をする。そして出兵するが如く姿勢を正したまま、部屋から退室してしまった。
「なんという巡り合わせか……。軍神リーランドよ、どうか愛息を護り給え……」
再び独りきりになった執務室で、ゼレウスは静かに天を仰いだ――。
その夜――。
トロントリアから東、〝
〝軍曹〟ことディークスは、二人の人物と取引を交わしていた。
「おい、例の銃は準備できたんだろうなぁ?」
「造作もない。
「あぁ? 名前なんか知るかよ。クソメガネのデク人形が」
「クソ――!? なんと無礼な!
憤る〝
「ファック。知らねぇ――ってんだろぉ? 次は、
「はーいはい、ごめんなさいねん? ご注文の
「――シィッ。次は、もっとイイ女を連れて来やがれ!」
ディークスの言葉を無視し、彼女――ゼニファーは風を操って木箱を下ろす。どうやら、これらの荷物は彼女が魔法で運搬したようだ。
箱を確かめたディークスは中身だけを、持参した大きな革袋の中へ移しかえる。それが終わるや――彼は二人を睨みつけ、袋を引きずりながらトロントリアの方角へと去って行った。
「くっ――!
暴君の姿が見えなくなるなり、ボルモンクは怒りを露にする。そして携帯バッグから新たな眼鏡を取り出し、それを装着した。
「仕方ないわん、
ゼニファーは不敵な笑みを浮かべ、ボルモンクの耳元へ何かを囁く。それを聞いた彼もまた、彼女同様に口元を
「ヴィ・アーン! そうですか、エルス――あの特異点が、ガルマニアへ! これは面白いことになりそうですねえ!」
「どうするのん? まさか、ご自分で見物に行くつもりじゃ」
「愚問を。もう二度と、指揮官が前線へ出るような真似はしませんよ。さて、それよりも我々は、次の
「はぁーい。それにしても、かなり人手不足が深刻よねん」
「そんなもの、いくらでも創り出せば良いことです。さあ、急ぎなさい!」
愚痴をこぼすゼニファーを急かし、二人は彼女の
「軍曹の〝音〟を追ってみたが、やはりか。ふっ、こちらも準備をしておく必要がありそうだ」
天上の
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