第22話 トロントリアの行末

 騎士団長ゼレウスのもと、穏やかな空気のまま進むかと思われた〝帝都奪還作戦〟の説明会ブリーフィングだったのだが。今回の作戦の総指揮を執るという〝ディークス軍曹〟の登場によって、少なくないわだかまりを残す形での終了となってしまった。


 エルスは仲間たちと顔を合わせ、改めて作戦参加のについて話し合う。


「さて、エルス。オレたちはどうする?」


「正直、迷ッちまうよな……。先にいちまッてわりィけど、みんなはどう思う?」


 エルスは全員の顔を順に見回す。アリサとミーファは「エルスに任せる」と即答するも、どうやらティアナは回答を決めかねているようだ。



「私は……。ここならエルスに会えるかなー、って思っただけで……。あはは……」


 ティアナは周囲を気にしつつ、トロントリアに来た理由を小声で話しはじめた。


 彼女が〝アルティリア王家〟から追放されてしまったことを聞き、エルスたちは驚きをみせたものの、当のティアナ本人には、あまり気にしている様子はない。


「それじゃティアナちゃんは、わたしたちが余計なことを言ったせいで……」


「ううん! ずっと前から注意されてたし、悪いのは私だから!」


 まゆを下げるアリサに対し、ティアナがくったくのない笑顔を見せる。こうして話すうちに普段の明るさが戻ったのか、やがて彼女も「エルスに任せる」との態度を示す。


「元々、エルスたちの仲間にしてもらうつもりだったし!」


「おー! これからは、共に探求の旅を続けるのだー!」


「わかったッ! よろしくな、ティアナ!――あとは、ニセルはどうする?」


 おそらくはくまでもなく、ニセルも自身と同じ選択をするだろう。エルスは年長者の意見をうかがう意味も兼ね、えて彼にもたずねてみた。



「そうだな。オレとしても、やはり参加すべきだろうと思う。――それに、いくつか気になることも出てきたしな」


 そう言ってニセルは、左手を広げてひしゃげた〝弾丸〟を皆に見せる。それは先ほど、ディークスがエルスへ向けて発射したものだ。


 エルスは改めて、ニセルに助けられた礼を述べた。


「ふっ、気にするな。〝いきなり撃つ奴〟の相手は慣れているからな」


「すごいねぇ。ニセルさん。わたし、さっきの、全然見えなかったよ?」


 ニセルの左腕は、金属製の〝どうたい〟にかんそうされている。以前は耐久性に難のある〝銅〟で作られてあったのだが、現在は硬度に優れながらも軽量で、魔法に対しても抵抗力のある〝精霊銀エレニウム〟のものに改修されていた。



 こうして仲間たちの意見をき終えたエルスは、ひときゅうをおいて大きくうなずく。


「よしッ、決めたッ! せっかく来たことだし、予定通り参加しようぜッ!」


 言いながらエルスは、こぶしを高々と突き上げてみせる。そんなリーダーの決定に、仲間たちも頷きやかちどきって同意を示した。


             *


 ちょうどいっこうの方針が決まった、その時。会議室の右奥側の扉が開き、鎧を着た騎士が姿をみせた。室内の視線がへと集まる中、彼はガルマニア式の敬礼をし、そのまま扉の前で話しはじめた。


「えー、お集まりの皆さま。このままトロントリアへたいざいの予定でしたら、ぜひとも〝地下街〟をご利用ください。あちらの建物内に、への階段がいます」


 まるで観光案内をするかような身振りを交え、騎士は慣れた口調で地下街への経路を説明する。それが終わると彼は再び敬礼し、再び扉の奥へと消える。



「へぇ、地下街だッてさ。ッてなんもねェし、ランベルトスに戻ろうかと思ったけど――。せっかくだし、行ってみるか?」


「そうだね。なんか面白そう」


「ふふー! 敵地の情報を探るチャンスなのだー!」


 さきほどの騎士の説明を受け、部屋に集まっていた傭兵たちも、続々と退室を始めている。エルスたちは出入り口の混雑が落ち着くのを待ち、最後に屋外へ出た。


             *


 一見するとはいきょのような、トロントリアの町風景。天上の太陽ソルは昼下がりの陽光ひかりを降らせており、もうすぐ霧が出るちょうこうか、うっすらとしたもやが掛かっている。


 ふとエルスが建物の横をると、ここへ入るときには存在しなかった、一本の〝剣〟が地面に突き立っているのが確認できた。


 おそらくは、ディークスによって射殺された男の〝墓〟だろう。そこに彼のなきがらは無く、すでに〝霧〟へとかえってしまったようだ。


 エルスは一人で剣の前まで足を運び、の前で目をじる――。



「どうしたの? エルス?」


「ああ……。わりィ。――よし、行こうぜッ!」


 エルスはきびすを返し、立ち止まったままの仲間の元へと、駆け足で合流する。


 うすもやのために視界は悪くなりつつあったが、トロントリアには建造物そのものが少なく――。エルスたちは迷うことなく、目的の建物を見つけることができた。



「ここか……。結構デケェ階段だな」


「うん! なんだか異界迷宮ダンジョンの入口みたいでワクワクするね!」


 石レンガ造りの平屋の中には、がんか、もしくは土を固めたような階段があり、真っ直ぐ地下へと伸びていた。密閉された空間とはいえ、壁にはいくつかのりょくとうが設置されており、足を踏み外す心配はなさそうだ。


 エルスたちが、その階段を下ってゆくと――。

 やがて彼らの目の前に、広々とした通路が現れた。


             *


「おおッ! こりゃスゲェな!」


「ほう、なるほどな。地上の〝霧〟から逃れるためか」


 トロントリアの地下街を見たエルスたちは、それぞれ感嘆の声をらす。アーチ状のトンネルの中、天井と壁は赤レンガで補強され、床にはタイルが敷かれている。道はいたるところで分岐しているようで、商店のものらしき看板も確認できる。


 立ち止まってながめていると、住人らしき青年が、五人に話しかけてきた。


「やぁ、団体さん。観光かい?」


「いや、俺たちは〝傭兵〟の募集で来た冒険者さッ!」


「そうか、それはご苦労さん。それじゃ、よければ酒場まで案内するよ? 、初めてだと迷うだろうし」


 案内を申し出る青年の言葉に甘え、エルスたちは彼に従って地下街を進む。


 青年の話によると、ここは元々、地中からガルマニアへの侵入を行なうためのトンネルだったらしい。赤レンガなどは地上の街に有った物を、運び入れたとのこと。



「地上は少しずつ〝霧〟にやられちゃうし、ガルマニアあそこへ行くには〝しょうもり〟を通る必要があるからね。まぁでも、トンネルこっちの方もとんしちゃったみたいだけど」


 この青年はエルスと同年代か、少しといった印象か。カリウスの話では『トロントリアの住人は全員が騎士』だということだが、この彼からは〝騎士らしさ〟は感じられず、故郷であるガルマニアに関しても、他人ごとのように話している。


「ああ、僕は生まれも育ちもトロントリアでね。ガルマニアと言われても、今ひとつさ。――言うなれば、僕は〝トロントリアじん〟かな」


 一同の表情から言いたいことをを察したのか、青年が自ら語る。


 ガルマニア帝国滅亡から七十年。人間族による国家ということもあり、実際に敗走を経験した世代の多くが、すでに寿命を迎えている。


 現在では、こうした考えを持った若い世代が増えてしまったことも、騎士団長ゼレウスの言っていた〝限界〟の一つなのだろう。


             *


 青年を加えた六人は通路を進み、一つの扉の前で立ち止まった。


 ここまでの通路は充分な道幅が確保されており、あまりきゅうくつさは感じなかったものの。地下街全体の強度を落とさないために、いたる所が壁や扉によって仕切られており、さながら〝迷路〟じみた構造になっていた。


「さぁ着いた。ここは冒険者にも人気でね。料理に劇に、狭いけど宿泊所もあるよ」


「へぇ……。こりゃ確かに、俺らだけじゃ迷っちまうとこだったぜ」


 エルスは財布から金貨を一枚取り出し、それを青年の前へと差し出した。


「えっ、いいのかい? 悪いね」


「ああッ! 助かったぜ、連れてきてくれてありがとなッ!」


 金貨を受け取った青年は軽い足取りで、通路の彼方へと去っていった。


 もちろん、案内の駄賃チップとして、金貨一枚は高額すぎるのだが。金払いが良いのはエルスの治らぬくせでもある。以前、彼がファスティアで長い足止めを食っていた際も、身の丈に合わない大盤振る舞いを続けたことが原因だった。



「んじゃ、ちょうど昼どきだし。なんか飯でも食いながら、話を整理しようぜ!」


「やった! 私、こういう所で食べるの初めて! 楽しみだなぁ!」


 五人はあいあいとした雰囲気で、酒場のドアをひらいて入る。


 これから訪れるであろう激戦と、静かに忍び寄る不穏な気配。それらに対するためにも、エルスたちは現在の状況を整理し、来たる決戦の日に備えるのだった。

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