第21話 ディスコード

 自らを〝軍曹〟と名乗る、ディークスなる男。彼のぼうじゃくじんな言動を受け、集まったようへいらの眼には、敵意にも似た力がこもる。


 もっとも、過酷な作戦の前に過激な言葉で部下をすることなど、軍職に就く者にとっては特に珍しいことではない。しかし、この場に居る者は〝傭兵〟とはいえ、あくまでも冒険者。いわば〝自由を愛する者たち〟だ。


 険悪な空気が張りつめてゆく中、ディークスの言葉に反感を覚えた血気盛んな傭兵の一人が、肩をいからせながら彼の正面へと移動した。


「おい、金髪の小僧! ふざけんじゃねぇ! それが〝仲間〟に言う台詞か!?」


「あぁ? 文句があるなら失せろと言ったはずだ。消えろ、腰抜けが!」


「クソガキが……! いい度胸だ、わからせてやるぜ!」


 言うやいなや、男は腰の剣を抜き、ディークスへ向かって斬りかかる。対するディークスは男をえたまま〝黒い金属製の物体〟を取り出し、それを男へと向ける。 


「ファック!――馬鹿なデク人形め!」


 男が剣の間合いへ入る直前、乾いた破裂音と共に、ディークスの持つ物体から小さな火花がほとばしった。それと同時に男は動きを停止し、そのままあおけに倒れる。


 いったい何が起こったのか。しかし、倒れた男の額には、指の太さ程度の穴が開いて止め処なく血が流れており、彼の命が尽きたことは、誰の目からも明らかだった。



「こいつはなぁ? 銃ってしろものだ! 銃口ここからナマリの弾丸が飛び出す。テメェらが使うクロスボウの、数倍スゲェ奴だと言えば理解できるか? あぁ?」


 を殺めた直後にも関わらず、ディークスは自慢げに武器の解説を始める。だが、周囲のどよめきは一向に治まらず、当然ながら大半の者は倒れた男の方へ注意を向けている。騎士団長ゼレウスも黙したまま、ただ静かに目をじている。


 その空気を察してか、さらにディークスは声量を増し、さらなる高説を続ける。


「先に仕掛けてきたのは、そこのデク人形だよなぁ? 俺様は自分に殺意を向けた奴を、ただ返り討ちにしただけだ。テメェらも当然、経験が、あ・る・よ・なぁ?」


 ディークスからの正論に、集まった一同は押し黙る。傭兵ならずとも、冒険者にとって〝命〟のやり取りなど日常のこと。しかも、このトロントリアは〝街〟のように安全が保障された〝拠点〟ではない。が認められている〝けいそう〟なのだ。



「だからって……。そんな……!」


 傭兵の一人が、抗議的な表情をディークスへ向ける――が、彼がそちらをにらみつけるや、彼女は顔を伏せてしまった。この一連の状況を見て、ずっと感情を抑え込んでいたエルスが、ついに怒りをあらわにする。


「そうだッ……! だからッて、そんな簡単にを殺していいワケがねェ!」


「なんだ? そこの銀髪野郎。文句があるなら消えろと言ったはずだ!」


騎士団長ゼレウスさんにならいてくさ! でもなッ! あんたには従えねェ!」


 エルスの言葉でゼレウスが顔を上げ、目をみはるかのように彼へと視線を向ける。


「軟弱者が! いい機会だ。上官への反逆は、即座に銃殺だと教えてやる! それに、テメェのような不和的要因ディスコードが混じると、勝てる戦にも勝てねぇんだよ!」


 ディークスはエルスに銃口を向け、人差し指に力を込める。直後にほとばしる火花と炸裂音。そして、彼へ向かって飛来した弾丸を――ニセルが〝左手〟でつかみ取った。



「なッ――!? ニセルッ!」


 思わず声を上げるエルス。ニセルは穏やかな視線をエルスに向けたあと、すぐにディークスの方へと向き直り、彼に対して頭を下げた。


「うちのリーダーが出すぎた真似をいたしました。つつしんで謝罪します。軍曹どの」


「シィッ――! クソめ、しっかりと抑えておけ! 二度と歯向かうんじゃねえぞ」


 相変わらず威圧的な姿勢をくずさないディークスだったが、彼の額にはうっすらと汗がにじんでいるのが見てとれる。――直後、これらの騒ぎを聞きつけたのか、奥のドアから鎧姿の騎士が二名、あわてた様子で会議室に飛び込んできた。



「軍曹閣下! 何事で!? どこか、お怪我は!?」


「大したことじゃねぇ、イチイチ騒ぐな!――まあいい。とりあえず、そこの見苦しい〝残骸〟を、外へ放り出しておけ!」


「ハッ! かしこまりました!」


 騎士たちはガルマニア式ではない――頭の右側に、斜めに手を沿えるような敬礼をし、すぐさま冒険者のなきがらを外へと運び出しはじめた。見れば、彼らの腰にはディークスが使ったものと同じ、〝銃〟が装備されている。



「もう話は終わりだ。作戦の決行は三日後。腰抜け、やる気のえ奴、俺様に逆らおうとする馬鹿どもは、決行日までに去れ! わかったな?」


 ディークスは攻撃的に言い放ち、しょうすいした表情の傭兵たちを睨みつける。意図的なのか、彼はエルスたちの方へ視線を向けることは避けたように感じられる。


「言い忘れたが。剣だの槍だの、化石レベルの〝棒切れ〟で戦いたくねえ奴は、あとで地下の〝射撃練習場〟へ来い。特別に、こいつの使い方を教えてやるぜ?」


 右手の銃を誇らしげに指さしながら、ディークスがニヤリと口元を上げる。


 彼からの予期せぬ誘いに、一部の傭兵からは小さな歓声が上がる。惨劇があったとはいえ、目の前で見せつけられた、未知の武器に魅了された者もいたようだ。



 言い終えたディークスは鼻を鳴らし、奥の扉へと歩きだす。


 続いて騎士団長ゼレウスが再びだんじょうに立ち、最後に何かを言いかけたものの――振り返ったディークスによって、強いしっせきを受けてしまう。


「おい、ジジイ! さっさと来い!」


「申し訳ない……。では、傭兵諸君、このたびは――」


「ファック。――テメェ、耳までイカレちまったのか? あぁ?」


 もはや殺意すらも感じられる、ディークスの言動と険しい形相。それにもかかわらず、発言を中断したゼレウスは顔色を変えず、眉さえ動かさずに彼の暴言に従った。


             *


 依頼人らが立ち去ったあと、この場に残された傭兵らは、パーティ内で口々に相談しはじめる。聞こえてくる内容は、大半が作戦への参加のを問うものだ。


「俺たちゃ降りるぜ! あんなクソ野郎に指図されたかねぇからな!」


 傭兵の一人がそう叫ぶや、続いて数名の参加者が彼の意見に同意を示す。


 見れば初めに声を上げた者は、ティアナに絡んでいた男だった。その男に続き、この場で四名が依頼の破棄を宣言し、早々に会議室から退室してしまった。


なっさけないねぇ。あんなあらごと、あたしらには日常茶飯事じゃないか」


「まだ考える時間はある。各自、まずは頭を冷やすべきではないか?」


「僕は傭兵を続けるよ! あの〝すごい武器〟が手に入るかもしれないし!」


 室内に残った者は、おおむね参加に前向きな姿勢を示しているようだ。



 さきほど目立ってしまった影響か、傭兵らの数名はエルスやニセルに対して視線を向けており、二人の出方しだいで対応を決めようとしていることが感じられる。


「このまま作戦に参加するなら、アイツに従わなきゃいけねェッてことか……。なぁ、わりィけど、みんなの意見も聞かせてもらっていいか?」

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